サエ、絶賛誘拐され中 2
空腹を満たして、改めて正面に座るジンを観察してみる。
身綺麗になった彼は、初対面の時より若々しくなっていた。十代ではないが、三十代にも見えない。しかし二十代後半かと言われると、素直に頷けない。何だか、落ち着き過ぎているのだ。
まあ、私の年齢推測は当たった試しがないけど。
そんなことより、今見ていて思ったのは、違和感がない、ということだ。何処か胡散臭い、というか信用ならない気がするのは、出会いがあんなだったからだろう。しかし、それらを抜きに見ていると、何だかしっくりくる。
少し考えて、理由に思い至った。
見た目が、西洋人っぽくないのだ。いや、東洋人っぽいと言った方が正しい。
日焼けした肌もどうやら黄色人っぽいし、どうりで違和感がないはずだ。今まで東洋人として暮らしてきたのだから、それらしい人を見ていて違和感を感じることなどないだろう。
「何だ?」
「!いや、別に・・」
そんな感じで、じろじろと見ていたら、ジンが目を上げた。
彼も食事が終わったらしい。空の食器を脇に置き、改めてこちらを見る。
ようやく話ができる。まずは、確認からだ。
「ね、訊きたいことがあるんだけど」
「ああ、答えられることなら、何でも訊いて良いぞ」
「じゃあ、・・・ジンは、何処から来たの?」
「・・・・何処から、ね。そうだな・・・、此処じゃない何処かからだ」
何だそれ。私は、言葉遊びがしたかったわけではないのだが。
いや、それにしては顔が真剣すぎる。つまり「察しろ」ってことか。とは言え、もう確信に近い予想はできている。だから、確認、なのだ。
「・・どうやって、は愚問だね。じゃあ、今は何してるの?」
「主に従って働いているさ。お前に会いに来たのも、主の命があったからだ」
ジンもアヤメと同じらしい。アヤメの言葉が信憑性を増していっているようで、落ち着かない。
でも、それを訊くのも嫌だから、代わりに別のことを訊いてみた。
「主って?」
「お前がどれくらいこの世界に精通しているか知らないが・・、とある国のお偉いさん、としか言えんな。・・・俺も質問、良いか?」
「良いけど、・・何?」
「お前は、自分のことをどれくらい知っている?」
自分のこと?
名前は国枝沙恵で、22歳。血液型はO型。スリーサイズは・・・ってそういうことじゃないよね。うん、分かってる。そういうことではなくて、多分、アヤメが言っていたようなことだろう。
なら答えは簡単だ。
「よく知らない」
「だろうな。いろいろ調べたが、ほとんど情報らしい情報が得られなかったからな。お前、いつから『こっち』に居るんだ?」
調べたって、何をどうやって・・?とか思ったけど、今は関係ないか。話の本筋を見失うと、後が大変だ。ただでさえ、自分の状況が分かっていないのだから、集中するべきだ。
「えっと、4日、いや、5日目かな」
「そうか。じゃあ、主からどんな説明を受けた?」
「・・・何にも」
「何も?何もなかったのか?」
「うん・・・」
正確には、説明しようとはしてくれていたのだ。アヤメの乱入がなければ、ちゃんと聞けていた。そうだよ、アヤメのせいだよ。ここまで私が混乱する羽目になったのは。
「ふう、じゃあまずは俺たちの説明から、だな。何処から話せばいいのか分からないから、大本から順に行くぞ」
「う、うん」
ドキドキする。アヤメから話を聞いたこともあったけど、結局信じきれなかった。でも、今ならどんな荒唐無稽な話も、落ち着いて聞ける・・・ような気がする。
少なくとも、いつまでも避けていてはいけないことは、理解できたから。
「まず俺たちは、召喚主、つまり魔法使いの手によって、此処とは違う世界から召喚される。理由は様々だが、召喚された側、俺たちの方にも選定条件があるらしい」
「選定条件?」
「ああ。その条件は、『世界に馴染めていない者』であること・・・らしい。そして、そういった人間は召喚されたら、戻りたくないと考えることが多いって話だ」
「ちょっと待って、『世界に馴染めていない』ってどういうこと?」
いきなり意味が分からない言葉が、出てきやがりましたよ。馴染めてないって、その世界で生まれ育って馴染めないなんてことあるんだろうか?そもそも「馴染む」って、何をもってそう判断するのだろうか。
馴染んでなかった、なんて思ったことないけど。
いや、馴染む・馴染まないなんて考えること自体ないって。
「どういうこと、と言われると困るな。言葉では説明がつかない。無理に言葉にするなら・・・・、「居場所がない」、そう思ったか否か、だろうか」
「・・・そんなこと、思ったことないよ」
「本当か?」
いや、実は似たようなことを考えたことはあった。
でもそれは、誰だって感じたことのある感覚だと思う。
居場所がない。あるいは、他人と違う所があるという感覚。疎外感や居心地の悪さ。
集団生活をしていて、全くそれを感じない、なんて恵まれた環境には居なかった。必ず何処かしら不満があり、誰かとは調和できず、爪弾きにしたりされたり、そういうことをして居心地のいい場所を探すものだと思っていた。
いや、多分他の人も似たり寄ったりだろう。最初から全てお膳立てされた生活など、そうそうない。
召喚された側の条件が本当にそれなら、誰でも召喚されうる、ということになってしまう。
「そうだ。少なくとも、俺たちの世界では日常的に有り得るだろうな。だから、これはあくまでこちらの、召喚の研究をしている魔法使いたちの見解だ。正しいとは限らない。・・・俺に関しては、当てはまってると言える、ただそれだけだ。ああ、詳しくは訊くなよ。話したくないし、関係ないしな」
「うん、分かってる」
「そうかい。じゃ、次だ。そうやって召喚された俺たちだが、まあ、一方的な需要で引っ張り込まれたんだ。十中八九、召喚主の言うことを聞かない。だから、魔法使いたちは召喚する際に、術を仕込んでおくんだよ」
ああ、この部分はアヤメの話と一致する。多分先に続くのは、同じような言葉だろう。
召喚主には逆らえない。そして、ヒトでなくなった。
実際、ジンの話は似たようなものだった。でも、今度はちゃんと全部説明してくれた。とても普通じゃ信じられないような、それこそ異世界じゃなければ絶対信じない。そんな話だけど。
「術、って言うのは・・・、まあ、予想できるだろうが、俺たちに言うことを聞かせるための術だな。これは、使った召喚術によって強制できる範囲が決まってる。お前のは知らないが、俺のは結構緩めだな。余程強い調子で命令されなければ、従わなくてもOKだ」
「結構、自由度高いんだ。で、もし逆らったらどうなるの?」
「それも術によって異なるけど、大体は頭が痛くなるな」
「・・・参考までに訊くけど、どれくらい?」
「死にたくなるくらい、だな」
さらっと答えたよ。でも、内容はちょっと、いやかなり、嫌だ。
私はタクトに命令されたことは一度としてないけど、うっかり彼に逆らったりしたらそうなるんだろうか。・・・・・それは嫌だ。
死にたくなるくらい頭が痛くなるなら、いっそ死んでやりたい。そう思ってしまう。
「まあ、痛みもピンからキリまであるらしいけどな。俺のは割とキツめだ。強制力がない分、痛みが強く設定されてるんだろう」
「へ、へえ・・・」
「先輩からの助言だ。主の言うことは、それなりに聞いといた方が身のためだぜ」
「はあ・・」
いらない助言だ。というか、そんな話を聞いた後で逆らおうなんて思わない。
タクトと再会したら、せめてどのくらいの痛みが来るのか訊いておこう。
心の中で、堅く誓った。
「で、問題はここからだ」
「問題?」
「ああ、俺たちは目的あって召喚されたんだ。当然、目的を達成できなければ意味がない」
それは・・、そうだろう。どんな理由であれ、召喚したからには使役するのは当然だろう。・・・できれば、こき使ってほしくはないが。
ん?でもそうすると、確かに問題があるな。
「気付いたか?・・そう、人間にはできることとできないことがある。目的に沿った者を召喚できればいいが、そう上手くいかないのが現実だ。だから、魔法使いたちは考えたのさ」
「考えた・・何を?」
「最低なことだ。・・・・・召喚できる者を選べないなら、目的を成就できるようなモノに創り替えればいい・・ってな」
創り替えるって・・・。それはつまり・・・。
『ヒトであって、ヒトでない。私たちは、そういう存在よ』
アヤメの声が蘇る。
ああ、こういうことだったのか。それは、タクトも言い難いはずだ。「君をヒトでないモノに創り替えた」なんて。
私がタクトの立場でも、言えない。自分が望んで召喚したならともかく、私の場合は間違いだったのだから。
「・・・あれ、そうすると・・」
「ん?どうした?」
「あー、えっと・・」
私が召喚されたのは、間違いだった。でも、ジンの話を聞くに、召喚の対象は人間だ。
しかし、それではタクトの言っていた使い魔云々と繋がらない。タクトが嘘を言っていたとは考え難いが・・・。
この際だ。ジンに、このことを相談してみよう。
**** 説明中 ****
「・・・・それは、初めて聞いたな」
先輩がびっくりしていらっしゃるよ。「そんなことあるのか・・・」って。
まあ、驚きもするか。私も、タクト自身も、驚いたぐらいだから。
いや私は最初、夢だと思ってたけどね。でも一応、驚きはしたんだよ。次から次へと状況が変わっていったから、驚き過ぎて淡白な反応しかできなくなったけど。
「そうか。じゃあ、俺たちとは何か違うところもあるかもな」
「え、今更そんなこと言う?」
「仕方ないだろ。お前の事情なんて知らなかったんだから」
大の大人が拗ねるな。気持ち悪い。
おっと、それどころではない。始まりがジンやアヤメとは違っても、術の話は充分に私にも有り得る話だ。そこんところは、どうなんだ。
「さあな。間違って召喚されたということは、術が不完全である場合もあるだろうし・・。そういうのはよく分からない。俺は魔法使いじゃないんでね」
「そんな・・・」
「・・・気の毒だとは思うが、俺がしてやれることはあまりない」
「うん。・・・・あまり?」
と言うことは、ちょっとは何かできるということなんだろうか。
期待を込めてジンを見ると、初めて会った時のような、ギラギラとした瞳と目が合った。
これはジンが、私に会いに来た理由に関係ありそうだ。
なんとなく、そう思った。
「そう、してやれることは、無いに等しい。が、選択肢は増やしてやれる」
「選択肢・・って?」
「このまま、だらだらとこの世界で暮らすか、俺たちに協力して有意義に過ごすか、だ」
「元の世界に戻る選択肢は?」
「正規のルートなら可能だろうな。でも、お前はイレギュラーで召喚されたんだ。難しいだろうな」
おいおい、本当に今更そんな、絶望感を煽るようなことを言わないでよ。
うんざりして、文句を言おうと思ったけど、真剣すぎるほど真剣な顔に阻まれた。まあ、そうだろう。ジンにとっては、こっちが本題なのだろうから。
しかし、何でそうまでして私を仲間にしたがるんだろう?
アヤメも私に固執しているようだった。希少である魔法使いのタクトを求めるなら、分かる。でも、間違って召喚された平凡な私を得ても、何も良いことはないと思うが。
「お前、元の世界に帰りたいのか?」
無言の私に、ジンが訊いた。その問いに対する答えは、言うまでもない。
頷く私に、ジンが複雑な視線を返した。意味は分からないが、彼は彼で何か思うところがあるらしい。さっきも、「元の世界に居場所がない」みたいなこと言ってたし。そういう人から見れば、帰りたがっている私は奇異に映るだろう。
いや、私も死に物狂いで帰ろうとはしていないから、理解できるところもあるのかもしれない。
腹を割って話すことなんて、今は考えられないが。
「・・・そうか。でも俺も簡単には引けないんだ。一応、主の命令があるからな。ということで、お前の能力を教えてくれ。それによっては、俺は手を引いても良い」
随分と引っ掛かる物言いだが、命令なら従わなくてはいけない。そういうのは、充分理解した。しかし、また能力か。私は間違って来たんだから、自分とは違うと何故考えない。
・・・・いや、違う。召喚対象は選べない。だから、当然ジンも私と同じ、ただの人間である可能性はある。なのに、さも当たり前のように『能力』なんて言っているということは・・。
私にもあるのか?
いやいや、そうだよ。そういう話だったじゃないか。
召喚されて、創り替えられた。だから、何か普通じゃない、所謂『能力』が宿っている。そういうことか。
ひょっとして、ひょっとしなくても、アヤメもその『能力』目当てで来たのだろうか。
『能力』。
って言われてもなぁ。それらしいことをした覚えもないし。
それこそタクトに訊かなければ、分からない。・・・私のようなイレギュラーにも、同じように『能力』が付くのか分からないけど。
「簡単に言えないのは分かってる。でもそれを聞かなきゃ、俺もお前を自由にはできない」
「いや、て言うか・・・、私、知らないんだよね」
「?知らない?何を・・って、まさか・・・・」
「『能力』、知らないけど」
どうしよう。ジンが机に突っ伏してしまった。「マジか」とか言ってる。
うん、マジです。本当です。知らないんだよね、これが。
「ということは、こいつじゃなくて魔法使いの方を捕まえなくちゃいけないのか。ああ、でもあっちには・・・」
何だかぶつぶつと呟きだしたジンから、窓の外へ目を移す。
いやぁ、良い天気だな。ピクニック日和って感じ。これで温かい緑茶でも飲めたら、最高なんだけどな。
なんてまったりすること数分。ようやくジンが顔を上げた。
この数分の間にちょっと老けた気がするのは、気のせいだろうか。
「・・・行くぞ」
「えっ・・、何処へ」
「移動する。お前を攫った奴らがまだ居るみたいだからな。それに・・・」
「?」
「いや・・。さあ、行くぞ。ローブを羽織って・・、フードをしっかり被れよ」
急に慌ただしくなって、詳しく訊けなかった。のんびりする暇もなく、民家を後にする。
家と家の間を通って、進んでいく。前を行くジンは早足で、ついて行くのがやっとだった。
一瞬逃げれるかも、とも思ったが大人しくしていた。昨夜の様子から、難しいのは分かり切っていたから。
その判断が正しかったと分かるのは、もう少し経ってからだった。
また良い所で切っちゃいます。すみません。
次はタクトです。




