表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/89

その時タクトは・・・ 1


 今回は、魔法使いタクトの視点です。



 するど閃光せんこうが目を刺す。

 何が起こったのか理解するより先に、体が動いた。とっさに目をかばい、身を低くする。

 小さな悲鳴を聞いた気がした。が、視界がうばわれて確認できない。


「?!」


 乱暴な足音が複数。次いで、剣戟けんげきの音が響いた。

 襲撃しゅうげきだ。恐らくアヤメという女の仲間。思ったよりも対応が早い。まるで、こういう事態を予測していたような動きだ。

 彼らの行動について考えていたら、肩を軽く引かれた。クラークだろう。そう判断して、逆らわずに身を引く。


「サエがさらわれた」

「サエが!?」


 ぼそりと言われた言葉に、先程の悲鳴の主がサエであったことをさとった。同時に、目を開く。まだ少し痛い。しかし、開いていられないほどではない。

 すぐ後ろにクラークが居る。その足元に男が一人倒れている。他に、3人の男が俺たちを囲っていた。全員剣を持ち、殺気をみなぎらせている。


 ゆっくり話している暇は無さそうだ。サエのことは心配だ。が、今は目の前の敵に集中するべきだろう。

 用意していた魔法を発動させるべく、意識を集中させる。そして、魔法を使う時に必ずすると決めていること、先人たちへの感謝をささげる。

 集中し始めた俺を護るように、クラークが一歩前に出る。


「奥の魔法使いを先にれ!」


 リーダー格の男が叫ぶ。ほぼ同時に左右の男たちが、こちらへ突っ込んでくる。

 如何いかにクラークが強くても、真逆の方向から同時に攻撃されては、対処しきれない。それは当然のことだ。だから、俺は術を放つ前にやられる。・・・普通なら。


「・・『ブレスアロゥ』!」

「何!?」


 俺の目前から現れた見えない矢が、近くに居た2人の敵を貫く。この魔法は、外傷はできないが衝撃が対象を打つ。られた2人は、うめき声とともに倒れた。

 残った男は、驚きの顔を浮かべている。それは、そうだろう。一般に言われている魔法使いの弱点がないのだから。



 魔法使いが魔法を使うには、2通りの方法がある。

 一つが、一から呪文詠唱じゅもんえいしょうをする方法。これは主に、精密せいみつな魔力コントロールが必要な時に使う。が、詠唱の間は無防備だ。しかも、術によっては発動条件があるものもある。とっさの時には使えない方法だ。俺も戦闘時にこちらを使うことは、ほとんどない。

 しかし、一般的に「魔法使い」と言われて人々が思い浮かぶのは、この呪文詠唱をしている姿だ。見栄みばえが良いし、何より一般人は魔法使いを目にする機会のない。そんな人々とって、そのイメージが強く印象に残ってしまうのだ。襲撃者たちも、こちらの姿を思い浮かべていたのだと思う。


 俺が使ったのは、もう一つの方法。それは、事前にある程度、呪文詠唱をしておく方法だ。

 魔法の研究をし、詳しくなると稀に、詠唱破棄えいしょうはきや詠唱の保留ほりゅうが可能な術式じゅつしきに出会うことがある。それは特に攻撃魔法に多くみられることだった。恐らく、その魔法をつくった者が、利便性を追求した結果なのだろう。

 今の魔法使いは、太古たいこのそういった魔法使いたちが創った術式を、応用して使っていることがほとんどだ。かく言う俺もその一人。



 もちろん研究している以上は、自分なりの構成式を創ってはいる。が、これが難しい。

 魔法は理論だ。誰でも考えることはできる。ただ、それを発動させられる者が、少ないだけなのだ。まあ、発動にいたるまでの理論を考え出すのも、一筋縄ひとすじなわではいかないが。


 とにかく、先人せんじんたちには感謝したい。魔法使いが、魔法が、万能ではない要因の一つ。呪文詠唱を簡略化かんりゃくかできるのは、ひとえに彼らの努力のおかげだ。

 それは師匠せんせいに教えてもらったことでもある。だからというわけではないが、俺は魔法を使う時は、その偉大なる先人たちに感謝をすることに決めていた。



 そういった魔法使いなら知っている、言わば常識が彼らにはなかった。俺は毎朝、簡便な魔法をいくつか唱え(となえ)ている。攻撃魔法は元より、使えそうな魔法は呪文保留をしておくのだ。

 もちろん、それには限度があって、俺の魔力では2つか3つくらいしか保留しておけないのだが。そして、保留した魔法は一度使うと効果を無くす。一度に一回しか使えないが、とっさの時には役に立つ。今のように。



 知らなかった事実に狼狽ろうばいし、すきだらけになった男を、クラークが叩き伏せる。これで、全員倒した。が、サエが攫われてから幾らか時間が経ってしまった。今から追いかけるのは難しいかもしれない。


 頭の隅ではそう考えていたが、体は勝手に部屋を出ていた。廊下には、思ったよりも人が居た。皆「何事か」と、俺たちの部屋をうかがっていたようだ。だが、そんなことに構ってはいられない。客たちの前を、急いで通り過ぎる。

 階段を半ば落ちるようにして降りて、表へ飛び出す。夕暮れに染まり始めた道に、逃げた奴らの姿は見えない。


「・・くそ!」


 思わず苛立いらだった声がれた。あせりが苛立ちに変わっていっている。それは分かっている。でも、どうしようもない。

 騒ぎに気付いて集まりだした野次馬から逃げるように、宿に戻る。



 部屋に戻る前に、主人に簡単な説明をする。と言っても、全てを伝えたりはしない。宿は変えるしかないが、他の宿にまで断られるようなことがあっては困る。厄介事やっかいごとを抱えているなどとうわさされては、身動きが取れなくなってしまう。


 幸い、宿の主人は話を信じてくれたらしい。強盗に入った(と、いうことにした)男たちを役所に差し出して、新しい宿屋を探す。

 この数日に何度も宿を変えている気がする。今までなかったわけではないが、滅多めったにないことは確かだ。

 サエが来てから、滅多に起こらなかったことが、どんどん現れている気がする。



 一番意外だったのが、クラークの態度だ。今までは、俺以外の人間を気に掛けたことなどなかったのに、サエに対してはやけに世話を焼いている。

 サエと俺が似ているというのもあるんだろうけど、ひょっとしたら・・・という想像もしてしまう。そんなことは有り得ないが、サエはいずれ元の世界にかえる。還さなければいけない。それが、俺の義務だと思っている。でももし、万が一、クラークがサエのことを好きになってたら・・・。


 黙々と、新しい部屋に荷物を入れるクラークを見る。見た感じいつもと変わらない。俺のように焦っているようにも見えない。まあ、表情が変わることの方が少ない奴だから、見た目は当てにならないのだが。


「・・・・」


 ふと、クラークがこちらを見る。いつもの無言だ。

 サエは、クラークと俺がちゃんと会話できていると思っているようだ。でも、実はできていない。俺が勝手に推測してしゃべっているだけだ。間違っていれば訂正してくる。だから何も言わない時はそれでほぼ間違いないはず。そういう憶測で会話している、と言うか、一方的に俺が喋っているのだ。


 ひと芝居しばいと大差ない。現にカーディナルにはそう言われた。でも、長く居ると不思議と言いたいことが分かるようになるものだ。それなのに、まるで居ないかのように話を進めるのもどうかと思うし・・、と考えた結果、一人で受け答えしているような話し方をするようになった。

 最早もはやくせのようなものだが、自分では悪くないと思っている。他の人には理解されたことがないけど。



 で、今のクラークは、多分俺の視線が気になったのだろう。こうしてまじまじと観察したのは、初めて会ったとき以来だ。あの時は、状況が状況だったから、さすがに俺も出会う人出会う人、うたがってかかったものだ。その疑った一人と、今では無言で意思疎通いしそつうできるようになったとは、嬉しい驚きだ。



 当時と今を比べて感動している俺の前に、小さな荷物が置かれた。それは、サエの荷物だ。小さな、それほど中身の入らない肩掛けのかばん。サエが向こうの世界から持ってきた物だ。

 置いたクラークの顔を見るまでもなく、彼の考えは分かった。この鞄を頼りに、追跡の魔法をかけろ、ということだろう。俺も、同じことを考えてはいた。そのために必要な術式をメモした紙を、探していたところだ。


 しかしやっぱり、クラークはサエのことを気にしている。理由は皆目かいもく見当がつかないが。まさか本当に、好きになってしまったわけではないだろう。それは有り得ない。住む世界が違う以前の問題があるのだから。俺の中の事実に沿えばそうなるが、真相は分からない。無言を読むことができる俺でも、クラークの本当の気持ちを察せられたことは、恐らく一度もないだろうから。



 そこでようやくメモを見つけた。長いこと使っていなかったから、大分だいぶ奥にしまわれてしまっていた。いつだったか、大事な術式を書いた紙を間違って捨ててしまったこともあったから、内心冷や冷やしてしまった。術式を覚えていないわけではないが、使わない記憶はびていくもの。メモすることは大切だ。


「なあ、クラーク」

「・・・・」

「お前はさ、サエのこと・・・。いや、なんでもない」

「・・・・」


 気になることは訊いてみる・・・つもりだったけど、止めた。訊いても答えてくれないだろうし、こればっかりは言葉で返ってこないと分からないだろう。言わないなら、訊かない。今はそれで良いと思う。それに、改めて訊く内容を考えてみると、ちょっと恥ずかしい。「サエのこと好きなのか?」ってなんか、こそばゆい感じだ。気恥ずかしい。訊かなくて正解だったかも。


 気恥ずかしさに体をむずむずさせながら、必要な物を机の上に並べていく。俺の知っている追跡の術式は、すでに簡略化されたものだ。誰がやったのかは分からないが、精度を抜きにすれば、数ある追跡の術の中でも最も簡単なものだった。

 用意する物は、専用の魔法陣と追跡対象の持ち物。そして、術師の目となる使い魔か、式。それだけだ。俺は使い魔がいないから、式を使う。



 東洋で開発された魔具まぐ式符しきふを魔法陣の隅に置く。この式符は、魔力を込めると鳥などの動物の姿に変わる。術師と視覚が共有でき、遠方や危険な場所の偵察に使える。使い魔のように複雑な命令はくだせないが、探すだけなら問題ない。

 広げた魔法陣の中央にサエの鞄を置く。これで準備万端だ。


「じゃあ、俺は今から術に集中するから、後は頼む」


 クラークが頷いたのを確認してから、目を閉じる。意識を集中。感謝も忘れず捧げて、小さく呪文を唱える。追跡の魔法は、どのような術式かによって呪文の使い方が変わる。今から使う魔法は、必要な道具が少ない代わりに、術を使っている間はずっと呪文を唱えていないといけない。

 簡単だし、間違いようがない呪文だが、「ずっと」という部分が面倒くさくもある。まあ、他の術式だと対象の体の一部とか、魔力で恐ろしく広くて鋭敏えいびんな『フィールド』を創らなくてはならなかったりするから、この程度我慢がまんするべきなのだろう。

 口は疲れるが、魔力の消費はそこまで多くないのも良い。



 ぶつぶつと呪文を唱えていたら、置いた式符が鳥の姿に変わったのが分かった。視界が共有リンクする。目を閉じ呪文を唱える俺が見えた。視点を変えて、クラークの姿を見る。いつも通り、座りもせずに立っている。そして、足元、式の立つ魔法陣へ目を向ける。その中央に置かれた鞄から、一筋の光が伸びていた。これを追っていけば、持ち主の元へと行ける。まあ、サエを攫った一味には魔法使いもいるから、そう簡単にはいかないだろうけど。多分、方向ぐらいは分かるはずだ。



 外へと続く光を追って、式が飛ぶ。部屋の外、街の上を飛んでいく。良い眺めだが、今は楽しんでいる場合じゃない。

 光は街の東を目指して伸びている。暗くなった空では、その線がよりはっきり見える。しばらく飛ぶと、不自然な光景にった。

 サエを目指していた光の糸が、途中で途切れていたのだ。場所は、まだ街の中だ。本来なら、持ち主に届くまで途切れることなく続くはずだ。やはり、追跡術の対応が既にされていたようだ。

 本当に、方向しか分からない。街の中なのか、あるいは、外まで行ったのか。それは分からない。しかし、方向さえ分かれば他に方法はある。


 念のため、光の消えている辺りを一通りさぐる。めぼしい所は特にない。サエはもっと先に居るのだろう。もう一度、光の先を見て式を手元へ帰そうとする。しかし、すぐに停止させた。式を近くの屋根に降ろして、視界を固定させる。

 途切れていたはずの光が、動いた気がしたのだ。じっと見ていると、少しだが確かに動いていた。先程までの漂う感じではなく、横に波打つように動いている。

 一体どうしてか。誰かが術に干渉しているのだろうか?だが、この術式は簡便さゆえに、干渉されればすぐに分かる。干渉、ではない。ということは、術の対象であるサエに何かあったのか?

 光の伸びる先に行ってみるべきだろうか。だが、これがわなでないとは言い切れない。サエが居るように見せかけて、にせの情報を掴ませるつもりなのかも知れない。



 迷っていると、本体の方の肩を掴まれた。クラークだろうが、何の用だろうか。今まで、術を使っている間、俺の邪魔になるようなことはしたことがない。そんな奴が俺を呼び戻そうとしている。只事ただごとではない。急いで式に戻るように命令し、俺自身の目を開けた。室内には、クラークの他にもう一人、知り合いが居た。






 読んでいただきありがとうございます。


 次は、サエ視点に戻る・・・、予定です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ