召喚した者、されたモノ 6
「渡部菖蒲」という名前は、とても馴染みがある響きだ。
この世界では聞かない響き。
元の世界で、しかも私の国で聞く音だ。ということは・・・。
「まさか、同じ世界から・・?」
「どうやら、そのようね」
「話が早くて助かるわ」と微笑むアヤメ。しかし、にわかに信じ難い話だ。
もしかして、彼女も間違って召喚されたのだろうか?
いや、それにしては、順応し過ぎではないだろうか。
同じ世界、しかも同じ国から来た・・・にしては、鞭とか使いこなしているし。
まさか元居た世界でも、鞭を振り回していたわけではないだろうから、この世界で得た技術なのだろう。
アヤメが、この世界でどれくらいの間過ごしたのか定かではない。が、元の世界でほとんど役に立たない技術を体得するなんて、必要に駆られない限りないだろう。そんなにこの世界は物騒なのだろうか。
・・・確かに、変な生き物が居たり、戦争が起こったりしてはいるが。
私もいつか、そういった技術を覚えるんだろうか・・?
想像がつかない。
関係ないことを考えてしまった。
そう、彼女が召喚された人である、ということを考えなければ。
・・・ん?いや、それの何処を考えればいいんだ?
私と同じだから、何だと言うのだ。特に考えるべきポイントがない。あえて言うなら、その彼女が何故こんな所に居るのか、ということぐらいだろうか。
「私は、とある御方の手足となって働いているの。・・得た能力を存分に使ってね」
能力?「実は超能力者でした」的なオチですか?
いや、「得た」ということは、誰かに貰ったのか?
超能力を、貰う??
うーん・・、意味が分からない。というか、そういうのって、あげたり貰ったりできるものでもないと思うのだが・・・。
「理解できないって顔。やっぱり、何の説明も受けていないようね。本当、魔法使いって卑怯な人達が多いわ」
何故そうなる。
卑怯って・・。どうして私の周りには、ちゃんと説明してくれる人が居ないのだろうか。
一から十まで説明してよ。聞いている方の身にもなってほしい。切実に。
「私たちは、召喚主に服従するしかない。慣れ親しんだ世界から引き離されて、勝手な都合で使われる。ヒトであって、ヒトでない。私たちは、そういう存在よ」
うん、分からない。
どうしよう。アヤメの脳内空間がヤバイことになってるようだ。なんか変な電波でも受信しているんだろうか。
いや、「慣れ親しんだ世界から引き離されて」っていうのは分かる。まあ、そうだろう。
「自分は召喚される!」とか確信している奴は、そうそう居ないだろう。良くて「別の世界に行ってみたい」とかだろうし。
私自身、いきなりこの世界に召喚されたのだし。
そこの部分は、頷ける。
しかし残りの部分は、正直言ってさっぱりだ。
単語は理解できるんだよ?言っている意味自体は、分かる。でも、理解はできても納得できない。
「召喚主に服従」?
私がいつタクトに服従しましたか。・・・逆らってもいないけど。
「勝手な都合で使われる」?
いやいや、元の世界に帰るための活動はしているけどね。それだけ。特に使い走りにされた覚えもない。
「ヒトであってヒトでない」って・・・、いやいやいや、人だから。人間だから。それ以外になった記憶はありませんが。変身とかもできないし。
「分かる?貴方は、自分の置かれている状況すら知らない。貴方、良いように使われているだけよ。そこの魔法使いさんに、ね」
分からないですよ、アヤメさん!
困った。本格的に、話に付いていけなくなった。こういうときは、素直に助けを呼ぶべきだ。
とにかくタクトに目を向ける。
「・・・」
何だか思いつめた顔しているんだけど。「えっ、何で?」って感じてしまうぐらいに。
声、掛け辛い・・。というか、こっち見てないし。あえて私を、視界に入れないようにしているみたいだ。
勘弁してよ。困ってるんだよ、こっちは。
・・・仕方ない。期待薄だが、クラークを頼ろう。
「・・・・」
おお!目が合ったっ!
「・・・・」
うん、逸らされない!
「・・・・」
・・・・で、どうしろと?
おいおい、私は困ってるんだよ。見れば分かるだろ?そんなガン見してないで助けてよ。
という心の声は、そりゃあ届かないよね。分かってた。分かってたとも!
「何も言わないのが、その証拠よ」
いえ、貴方は黙っててください。まだ分からないから。アヤメワールドに入れてないから。
ちょっと待って。今考えるから、ちょっとだけ待ってて。
頼りにならない男2人から目を離して、考えるポーズをとる。
何事も形から、である。
まず、アヤメが真実を言っているとして、今までの話で「?」な部分を考えてみよう。いや、ほとんど全部「?」だけど。
そしてタクトの態度。
自分が放置してきた疑問。
それらを総合すると・・・・。
本来、タクトは使役する使い魔を召喚するつもりだった。それが何処をどう間違えたのか、私が召喚されてしまった。つまり、使い魔≒私、となるのではないか?
そこで考えるべきは、アヤメの言葉。「召喚主に服従」。
これをタクトと使い魔に当てはめる。
召喚したタクトが、使い魔に攻撃される。そんなことは起こらないだろう。そんなリスクがあるなら、わざわざ召喚することもない。切羽詰まっていれば分からないでもないが、あの時の2人はそんな状況にはなかった。
それは、タクトと使い魔の間には、主従関係が形成されると分かっていたからじゃないだろうか。しかも、恐らく一方的な同意の下の関係となるはずだ。
そして使い魔を私に置き換えたら・・・。
しかし、それでも疑問は残る。私自身には、服従している実感がないのだ。単に命令を受けたことがないから、かもしれないが。
次は「勝手な都合で使われる」。
これは考えるまでもない。使い魔相手なら、まあ、好き勝手命令するだろう。そもそもそういう目的で召喚するのだろうから。
で、私はというと・・。これもやっぱり、命令を受けたことがないから証明しようがない。
更に、「ヒトであってヒトでない」。
これは全然分からない。
使い魔は、多分ヒトではないのだろう。しかし私は人間だ。例え使い魔に置き換えて考えたとしても、そこが変わることはない。
でも、タクトから聞いた話。その最後で、タクトは私に「取り返しのつかないことをしてしまった」って言っていた。
それがどうも引っ掛かる。ただの勘ではあるが、「ヒトであってヒトでない」ということに関係あるような気がする。
アヤメの言葉を信じられる証拠があるわけじゃない。でも、考えれば考えるほど、不安になっていく。それが真実のような気がしてしまう。
「だからどうした」って思う自分と、「嫌だ」と思う自分が居る。
今の私は混乱していた。
冷静に分析しているようで、その実、導き出される答えから逃げていたのだ。そして、タクトもまた、逃げていたんだと思う。
顔を逸らしているのが、その証拠だ。
突然、バリンッという音がした。
予期せぬ音に、クラーク以外の全員が驚きの表情を浮かべた。
「・・っ!?」
さっと音がした方を見る。窓が割れて、何かが部屋の中に入ってきたのだ。自然と、全員の視線がそれに集中する。
それが、握り拳大の塊であると理解した瞬間、強い光が炸裂した。反射的に目を閉じて縮こまった私を、誰かが担ぎ上げた。
小さな悲鳴が口から洩れる。しかし、驚く意思に反して、体は宙を浮いたまま移動し始めた。
脳内がパニック状態で、細かいことが分からない。ばたばたと煩い足音がする。そして、やたらと移動しているのと、なんだか遠くで鉄がぶつかり合う音がしている、ということだけがかろうじて分かった。
とにかく自分が、移動をしていることは分かった。分かったけど、まだ目が開けない。と言うか目が痛い。流れる涙を拭おうにも、乱暴に運ばれていてできない。
「痛っ!!」
いきなり投げ出された。床に、思いっきりぶつかった。腰を強かに打ちつけて、さっきとはまた別の涙が浮かぶ。
痛みにのたうち回る間に、そばに何人か来た。
そして、ガラガラと言う音。体の下から伝わる振動。それらは、もう慣れ始めたものだ。そう、馬車が動いた時のもの。
それに気付いた私は、なんとか目を開けた。
滲む視界に、誰かの足が見える。汚れていて、何色ともつかない靴が目につく。
タクトでもクラークでもない。それだけは断言できる。同時に、「じゃあこれは誰だ」という疑問が湧く。
とりあえず体勢を立て直そう。そう考えて身動きしたが、押さえつけられてしまう。
あれよあれよという間に、手は後ろで縛られ、足も一つに纏められてしまった。
「ごめんね。窮屈だと思うけど、我慢して」
私の前に回ってきた誰かが、そんなことを言った。
ようやく戻った視界に、アヤメが映る。
全然悪いと思っていない顔には、満足そうな笑みが宿っている。
「あ、騒がないでね。あまり乱暴にはしたくないから」
屈んできたアヤメがそう言う。しかし、私はよく理解していなかった。何が起こったのか、脳が処理することを拒否していたのだ。
段々、理解が追い付いてきた。目を動かして、周りを確認する。
アヤメの他に、2人の男が居る。
タクトとクラークは、居ない。
誘拐。
そんな単語が、瞬時に浮かぶ。
この20数年の人生で、初めてのことだ。
いや、一般家庭で頻繁に誘拐されるなんて有り得ないが。というか、ほとんどの人は誘拐経験なんてないはずだ。
いやいや、そんな愉快なことを考えている場合ではない。
誘拐された?私が?
何故・・・って、アヤメはそこのところを説明していなかったな、そういえば。
再び周囲に目を向ける。
アヤメと、年嵩の男が隅の方で何か話している。小声で話しているようで、全く聞こえない。
残ったもう一人、汚い靴の男が私をじっと見ている。監視役なのだろう。感情の浮かばない瞳はクラークのようだけど、何故か凄く嫌な感じがする。
クラークで思い出した。2人はどうしているのだ?
どうもこの馬車には乗っていないようだ。では、何処に居るのか。分からないが、誘拐されたのは私だけのようだ。
それが、どうにも不安にさせる。
荒い運転で体が痛むこともあって、もぞもぞと動いてみる。が、だから何ができるというわけではない。
どうしたら良いのだろうか。これが漫画の主人公だったら、犯人と話して情報を得たりするんだろうが、生憎と私にそんな高度なことを求められても応えられない。
怖くて仕方ない。
すぐには、殺されないとは思う。でも、目的が分からないことが、どうしようもなく恐怖を呼び起こさせる。
知らないことは、恐ろしいのだ。
そうして、恐怖に震えている間に、馬車は止まった。と、猿轡と目隠しをされる。また担ぎ上げられて、移動する。
ヤバイ。なんか、凄くヤバイ気がする。
ひやりとした空気が、更に恐怖を掻きたてる。
心臓が煩いぐらい打っている。この世界に来て初めて、身の危険を感じた。
タクトとクラークの顔が浮かぶ。その幻影に助けを求めるが、当然何も起こらない。
階段を降りるような振動の後、今度は慎重に降ろされる。
お尻の下に冷たくて堅い感触がある。石の上に居るみたいだ。
猿轡と目隠しが外される。
そこは、石でできた部屋だった。端から端まで、5歩で行けてしまうくらいの広さだ。その四角い部屋の四隅に、灯りが灯っている。そして、唯一の出口である扉の前に馬車に乗っていた3人が立っていた。
「此処で大人しくしているのよ?暴れたりしたら・・・お仕置き、しちゃうから」
にっこりと笑って、私の手足からロープを回収するアヤメ。残りの2人は、油断なく腰の剣に手を掛けている。ものすごい警戒具合だ。
言われずとも、暴れたりなんかしない。そんな度胸は持っていないのだ。
とにかく言われた通りにしようと、アヤメの顔を見る。
攫ったのだから、何か要求することがあるのだろう。
しかし彼女らは、それ以上は何も言わず扉を開けた。その向こうはすぐ階段になっていたのだが、それを上がっていく。誰も振り返えらない。
最後のアヤメが扉を閉めて、鍵をした。やたらと重そうな音だった。
しばらく扉を見ていたが、誰か戻ってくることもなく、私は独り、取り残された。
取り残されて、手持無沙汰になった私は、部屋をよく観察することにした。
そう、冷静に考えて行動すれば、逃げ出すことも不可能ではないはずだ。そう自分を励まして、顔を上げる。
観察する。とは言ったが、見るべきものが特にない。
部屋の中にあるのは、灯りの灯った蝋燭と、毛羽立った布切れだけだ。布切れはそれなりに大きくて、体がすっぱり包める。多分これを羽織って寝ろってことだと思う。
こんなんで寝れるとも思わないが。
次いで、天井へ目を向ける。
思ったよりも高い。と、天井付近に四角い穴が空いているのを見つけた。どうやら、通気口らしい。
高い位置にある上に、小さいので脱出には使えない。でも、洩れて来る光から、今が夕方であるのは分かった。
先程から随分時間が経ってしまった気がする。
ぼんやりとその穴を見上げていると、鍵が開く音がした。見ると、ちょうど扉が開いたところだった。そして、汚い靴の男が入ってくる。その手には、食事を乗せたお盆があった。
部屋に一歩入った男は、それを床に置いた。
私が何か反応を返す前に、扉は閉められ鍵が掛る。
何で、そんなに急いで出て行こうとする。しかも、広くもない部屋なんだから、目の前まで持って来てくれれば良いものを、何故入口手前に置いた?
理由のない怒り、のようなものが胸を占める。
何度か深呼吸して、その感情を鎮める。不安が大きすぎて、感情が引きずられてしまう。
溜息を吐きながら、食事に手を伸ばす。
とりあえず食べる。食べれば幾らか元気になるのが、私だ。
単純な自分に感謝しながら、暗くなってしまった穴を見上げた。
補足:サエの考察の中で出てくる「≒」は、「置き換えられる」という意味で使っています。
本当の意味は・・・何でしょうね?
作者はよくわからず使っています。気になる方は調べてみてください。
次回は、サエが動けないので、タクト視点でいきたいと思ってます。




