召喚した者、されたモノ 5
重要なところで変な女性が登場した。
訊きたくて仕方なかったことが、今やっと知れると思ったらこれだ。私は呪われているのか?
いや、今はそんなこと考えている場合ではないが。
しかし誰だ、この人は。そして何故、鞭を構えている。
というか、鞭なんて初めて間近で見た気がする。武器自体、滅多に見ることのない生活だったから。
いや、それが普通だと思うけどね。少なくとも元の世界、私の国ではそうだった。一般人が武器を持てるような国ではなかったはずだ。
だから、驚きはしたけど現実って感じはしてなかった。
まさか攻撃されるなんて、予想はできても対応なんてできるわけない。
「サエ!」
タクトの声にはっとする。
ぼんやりしている場合じゃない。空を切る鞭は、幸い私にもタクトにも当たらなかった。それでも攻撃が止んだわけじゃない。
動けない私の前に、タクトが立つ。
身を呈して護ろうとしているのだろう。そんなタクトの前に鞭が叩きつけられる。
「・・・一応言っておくわ。抵抗は無意味よ。大人しくするなら、あまり痛くないようにしてあげる」
「・・・・」
余裕の笑みを浮かべる女性が、一歩前に出る。でも私たちは、動かない。
というか、私は動けないのだが。
どうしたらいいのか分からないし、下手に動いたら状況を悪化させかねない。タクトも、私が余計な動きをすることを望んでいないだろう。
とにかく、もしまた攻撃されたら、今度こそちゃんと避けられるように身構えておくことしかできない。
「あら、本当に無抵抗なの?つまらないわね」
「・・目的は何だ?」
大人っぽいのに、子供みたいに唇を尖らせた女性に、タクトが訊く。堅い声が、緊張具合を増長させる。
さっきとは別の意味で、続きを待ってしまう。
「目的?私の?そうねぇ・・、別に教えてあげても良いけど、条件があるわ」
「条件・・?」
まあ、タダではないだろうとは思ってた。そんな親切なタイプにも見えない。
そんな場合ではないだろうが、ふと変なことを思ってしまった。
こういう時の条件って、もしできないことを言われてしまったらどうするのだろうか、と。
いや、相手ができるかできないかぐらい調べているだろう。でも、その情報が間違ってたら、できないことを言ってしまうことだってあると思う。もしそうなったら、きっと恥ずかしいだろうなぁ。
いやいや、今の考え全てが現実逃避ではないのだよ。
だって、私たちは何も悪いことはやってないし、何か重要な役職に就いているわけでもない。そんな私たちに、武器を向ける必要性がないのだから。
それに、ただの一般人にできることなんて、限られてるだろう。それなのに、条件を突きつける方がどうかしているのだ。
そうだ、きっとそうに違いない。
内心の混乱を抑えて女性を見る。彼女は、にんまりと笑った。何が愉しいのか分からない。が、ちょっと、いや、とても悪い予感がするぞ。
ここまで分かりやすい悪役顔も、そうはないだろう。そんな笑い方だった。
「簡単なことよ。そっちの彼女を渡してくれれば良いわ」
・・・「そっちの彼女」?誰のことだ。
なんてボケられるほど、思考は停止していない。私のことだ。それは分かる。でも、意図が分からない。
私を連れて行ってどうするつもりだ?意味が分からないぞ。今までで一番分からないぞ。
「何故、彼女を・・?何かさせるつもりなら、俺がやる。だから、」
「駄目よ。・・・分かっているくせに、白々しいわね。まあ、その娘が使えるかどうかは知らないけど。居ないよりはマシでしょう」
まるで私が、何か特別なことができるみたいな言い方だな。
できないですよー。料理もまともに作れない不器用さんだからね。ちょっと妄想力・・じゃない、想像力豊かな一般人です。それ以上でも、それ以下でもありません。
とか、心の中で反論。
実際には言わない。そんなこと言える空気じゃないから。
ん?なんかタクトがそわそわしてる・・・ような気がする。
気のせいかもしれないけど、いつもと雰囲気が違うような・・。
いや、そんなことないかも・・?いつもと状況が違うから、比べようがない。
「・・彼女は、連れて行かせない」
「あらあら、騎士様気取り?カッコ良いわね。でも、魔法使いが私に勝てるかしら?」
そう言って、足元の床に鞭を打ちつける。
「呪文詠唱なんて、待ってあげないわよ?」
「別に構わないさ。・・・俺は、戦わないから」
あっ、今気がついた。
部屋の扉が開いている。さっきまでは、女性が私たちを追い詰めている間も、確かに閉まっていたはずだ。でも、今は開いている。
一体いつ開いたんだ。音の一つもしなかったけど。
って、そんなこと追求してもしょうがない。
そんなことより、開いた扉だ。その向こう側。暗い廊下に、立体的になった影が居た。
いや、影じゃない。
「余所見しちゃ駄目じゃない。私たちは、貴方を取り合っているんだから」
開いた扉から、女性に目を戻す。
余裕の笑みは変わりなく、どうやら扉が開いていることにすら気付いていないらしい。
でも、タクトは気付いている。私と同じ方向を向いているのだから、当たり前だ。さっきまで緊張で強張っていた背中が、少し柔らかくなっている。
私も少しだけ、入り過ぎていた力を抜くことができた。
女性が、タクトに笑いかける。
「戦わない、でも渡さない。それじゃあ、世の中渡って行けないわよ?」
「どうかな?選択肢はまだまだあるからね」
「へえ、参考までに聞くけど、他にどんな選択肢があるのかしら?」
タクトの背中に隠れて、じりじり下がる。
うっかり邪魔になることだけは避けなければ。
同じように、タクトも少しずつ後ろに下がり始める。と言っても、大きく動けばバレてしまうから、本当に少しずつ、だが。
そして、一瞬横にある椅子に目を向けた。
何をするつもりか、と思ったら、いきなりタクトが動いた。
一瞬見た椅子を掴んで、持ち上げたのだ。
「馬鹿ねっ!」
鞭が撓る。
椅子を掴んでいたタクトの手が、強く打たれた。そして、鞭は女性の手に戻る。
それは、一瞬の出来事だったはずだ。その一瞬で、廊下の陰に隠れていたクラークは、女性の背後に肉薄していた。
「・・?!」
女性が気付いた時には、もう遅い。女性の首に、鋭い手刀が叩きこまれた。
クラークは止まることなく、力を失った女性の体を縛り上げた。
数秒の間に、一段落ついてしまった。
止めていた息を、吐きだす。次いで、膝ががくがくし出した。今頃、緊張が来たらしい。自分の鈍さにびっくりだ。
タクトが、部屋の扉を閉めている間に、クラークが窓の外を確認する。
「大丈夫か、サエ?」
タクトがさり気なく、近くのソファに誘導してくれた。足もがくがくしていたし、ちょうど良かった。どさりと、音がするほど豪快に座ってみた。
うわぁ・・、よく見たら手も震えてる。どんだけ緊張してたんだろうな、私は。
やっと一息ついた時には、クラークとタクトは定位置に着いてた。
床に身動きが封じられた女性が居る以外は、話し合っていた時と変化がない。
「・・・とりあえず、クラーク」
「・・・・」
「ありがとう。助かったよ」
タクトが、安堵した顔でお礼を言う。
確かに、クラークが来なかったら危なかっただろう。
と言うか、クラークはどれだけ強いのだ。あんな速さで動く人間なんて、初めて見たぞ。
私は人間の限界を甘く見ていたみたいだ。目で追えないぐらい速く動くなんて、漫画かアニメのキャラじゃなきゃ無理だと思ってた。
「本当にありがとう」
私も、心からお礼を言ったよ。
意味は分からないまでも、狙われたのは私だしね。もしクラークが居なかったら・・・、私は一体どうなっていたのだろうか。
考えると、ちょっと怖くなった。
湧きあがってきた恐怖に思わず身を震わせてしまった。と、クラークがおもむろに歩き出した。
どうしたのかと、目で追う。彼はテーブルを迂回し、更に私の背後に回った。疑問符が浮かぶ私の真後ろで止まり、いきなり私の頭を鷲掴みにした。そして、ごしごし頭を擦る。
・・・あの、結構痛いんですが・・・。髪も思いっきり乱れてるし。
意味不明過ぎて反応が返せないままに、彼の手は離れた。そして、元の位置に戻る。
意味が分からない・・・。
いや、きっと何か意味があるのだろう。でも、残念ながら私には分からなかった。
彼のことで困ったら、タクトに訊くに限る。
助けを求めて見たら、ぽかんと口を開けていた。
ええ、それはもう盛大に。
「え、えっと・・」
「あ、・・・うん、多分慰めたつもり・・・、だと思うよ」
そうか、慰めてくれたのか。へぇ~、ふ~ん・・。
似合わないなぁ。
クラークには悪いが、全然、そんなイメージないんだけど。その証拠に、タクトも、自分で言ったのに自信なさそうだし。
「・・・・」
「ごめん。お前がそんなことしたの、初めて見たから驚いちゃって。いや、うん、そうだよな。お前だって他人を慰めることぐらいあるよな!」
そんな必死になって肯定してあげなくても・・・。
どう見ても、クラークはそういうことをしそうにないのだ。ちょっと失礼なことを考えてしまうのは、仕方のないことだ。
そう、私も同じく、失礼なことを考えてしまったからな。
それが当然の反応というものだ。
しかし、そんなフォローをすると言うことは、実はクラークは傷付いてしまったんだろうか。見た目が変わらないから全く分からない。
傷付けてしまったなら、私も謝るべきだろうか。例え口に出していないとは言え、思いっきり考えてしまったし。
それとも、再びお礼を言うべきだろうか。連続でお礼を言うのも、芸がないみたいで嫌なんだが。
いや、芸のなさなんて気にしては、お礼なんて言えないだろう。そもそも、お礼の言葉に種類なんてないし。
そうだ。時間が経てば言えなくなってしまうし、今言うべきだ。「ありがとう」と。
勇気を出して口を開く。
が、遅かった。
「この女性は、一体何処の誰なんだろうな。それに、目的が・・・」
ああ・・・。言えなかった。今行ったら、あれだよ。空気読めない子になってしまう。それはどうかと思うし、今まで頑張って空気読んできたのが無駄になってしまう。
これは、なかったことにするしかない。
うん、そうだ、私は何も言おうとしてなかったよ。
「・・・・」
「訊いてみれば良いって。それはそうだけど、起きるまで待つのか?」
「・・・・」
「へぇ、そんなことできるのか。じゃあ、そうしよう」
久しぶりの独り芝居だなぁ。
何だか心が癒されるよ。
やっぱりいつも通りと言うのは、心の平穏のためにも必要だよね。
私が独り、癒されていると、クラークが床に膝をついた。寝かせていた女性の背中を支えて、上体を起こす。
何をするのだろうか。
クラークは、女性の背中、肩甲骨の間を指で押した。
「・・う・・」
おお、女性が起きた!
あれかな。ツボ押しみたいな、そんな感じの何かか。
いや、ツボ押しと言うものをよく知らないから、本当はどうだか分からない。あくまで「ツボ押しっぽい」というだけだ。
とにかく、女性は起きた。
女性はすぐに状況を理解したらしい。部屋に入って来てから初めて、真剣な顔をした。
その目は自分を倒したクラークに向けられている。
「ええと、今の状況は分かってるな」
「・・・ええ」
「訊きたいことが幾つかある」
「でしょうね。まあ、仕方ないわ。こんな状態じゃ、何もできないし」
手も足も縛られているのだ。彼女は身動きすらしづらいはずだ。
でもそれにしては、冷静と言うか、再び余裕が戻ってきているようだ。
クラークが居る限り大丈夫だとは思うけど、理由もなく不安になってしまう。
「じゃあ、まずは君の名前を教えてもらおうか」
「アヤメ」
「アヤメ、君は彼女のことを連れて行こうとした。君は、どこまで知っているんだ?」
「私、回りくどいのは嫌いよ。はっきり言ったら?」
くすりと微笑む。
縛られ、身動きができない状態で、よく笑えるものだ。私にはとても真似できないだろう。
いや、恐怖とか焦りとかが限界値を超えれば、笑えると思う。余裕のある笑いではないだろうが。
彼女、アヤメの顔には恐怖も焦りもない。
余裕綽々ってこういうことを言うんだろう。自由だったさっきまでと、まるで変わらない態度だ。
私たちが、拷問とかしないと分かっているからだろうか。
「・・・君は、もしかして、・・・」
もしかして・・・何なのだ。気になるところで切るんじゃない。
アヤメが、おかしそうに笑っているのが目の端に移る。彼女は、タクトのことを笑っているようだ。なのに、その目は私を見ていた。
「もしかして、何?・・なんてね。何を訊きたいのかは、分かったわ。勇気の出ない召喚主の代わりに、私が教えてあげる」
改めて、アヤメが私を見た。その目を見ていると、胸がざわざわしてくる。
教えるとは、「私に」ということだろうか。分からない。
いや、分かっているのかもしれない。彼女は、タクトが言わなかったことを知っている。そんな気がするのだ。
「私のフルネームは、渡部菖蒲。此処とは違う世界から来た、召喚された人間よ」