召喚した者、されたモノ 3
宿に帰ってきたのは、私が一番だった。
今までとは違う広い部屋に、独りでいるのはそれなりに苦痛だった。
自分の部屋を思い出す。狭い部屋万歳、と思ったのは、初めてだった。
いや、自室の狭さを嫌だと思ったことはないのだけれど。むしろ気に入りすぎて、こうした広い部屋に落ち着くことができないのかもしれない。
することもないので、帰って来ないタクトのことを考えてみる。
思ってみれば、彼も謎の人物だ。
クラークほどではないが、何をしているのか、何のために旅をしているのか、謎な部分が多い。単純に出会って4日しか経っていないからかもしれないが。
しかしまだ、魔法の「ま」の字も見ていない。
魔法使いには違いないのだろうが、そんなに使い処のないものなのだろうか?魔法と言うものは。
というか、なんとなく数えていたが、4日だ。
私がこの世界に来て、4日。
4日もと考えるべきか、4日しかと思うべきかは置いておく。それでもこの4日は、いろいろなことが起こっている。思い返しても、随分と濃厚な日々だったと思う。
総じて順風満帆な道中だった。が、彼らとの距離が縮まるような何か、ゲーム脳的に言えばイベントが、なかった。
彼らは、私に何も言ってこない。
必要なものは買ってくれたし、歩き慣れない私のために馬車まで用意してくれた。しかし、それはおかしくないか?
普通そこまでするだろうか。
確かに、間違って召喚してしまった負い目はあるのだろう。だがそれにしては、気持ち悪いくらいの気の使いようである。
そして、肝心なことが一つ。彼らは何かを隠している、ということ。
他の人に、私の事情を話さないのは何故なのか。考えてもみたが、結局、分からないという答えしか出てこない。
訊いても・・答えては貰えないだろう。そうだったら、隠すなんて面倒なことはしないだろうし。でも、隠していること自体は秘密にしていない。
では、一体何を隠しているのだろうか。
「うーん・・・」
堂々巡りする思考に、唸り声が出る。
考えても、やっぱり分からない。分からないなら、考えなければいい。なのに、考えてしまうのは何故だろうか。
・・・・暇だからだろうか。
そんなことをつらつらと思っていたら、何の前振りもなく扉が開いた。
「あ、おかえり。タクト・・・じゃない?」
「・・・・・」
音もなく入ってきたのは、タクトではなかった。というか、今この街にはいないはずの人だった。
「・・・・」
いつものように無言で扉の鍵を閉め、近くの壁へ背を預ける。
私が驚いていることに気付いていないのだろうか。
いや、気付いていたとしても、こいつは何も言わないだろう。というか、何でもう帰って来たんだ?何かあったのだろうか。
訊いてみようかな、と思ったが止めた。きっと例の如く何もしゃべらないだろうから、無駄だろう。大人しく通訳が帰ってくるのを、待つことにした。
広いとは言え同じ室内に、それなりに見知った相手が居るのに会話がない。
拷問のような時間だ。早く帰ってきてほしい・・・。
「ただいま~」
遅い。
クラークが帰って来てから数時間後。昼過ぎぐらいに、タクトは帰って来た。
本当に遅すぎる。このクラークと、2人きりの食事を想像してみろ。2人居るのに、1人で食べているような気分だった。
いや、そう言えばタクトは、今までクラークと2人旅だったっけ。想像するまでもなく体験していたか。
というか、食べていたのは私だけだったから、1人で食べていたと言えなくもないか・・?
どちらにせよ、良い気分ではなかった。
謝ってほしいくらいだ。何に対してかは、分からないけど。
「あ、やっぱり俺が一番遅かったか。これでも急いだんだけどな」
ちょっと待て。
何故、クラークが居ることをツッコまない。それどころか、居るのが当たり前、と言う風に話していることがおかしすぎる。
私か?やっぱり私がおかしいのか?この世界の認識は、そこまで私の概念と懸け離れているのだろうか?
1人で頭を悩ましている間に、タクトは余った椅子に腰を下ろす。大きく息を吐きだした様子は、例えは悪いが、中年のサラリーマンのようだった。
「ストレスの溜まる仕事をした後に、満員電車に揺られました」みたいな顔をしている。
つまり、疲れた顔をしていたわけだ。
「さて、報告会だ」
着ていた上着を椅子の背に掛け、タクトが私たちを見回す。誰から報告するか、考えているのだろう。でも、私は報告することがない。あるのは、レイルから受け取った紙と、伝言だけだ。
ということで、タクトが何か言う前に、目の前に紙を差し出してみた。
「ん?これ、レイルから?」
「うん」
伝言は・・・タクトが読み終わってからで良いか。
宿の厨房から貰って来た焼き菓子を齧って待つ。のんびり待てばいいか。そう思っていた。が、紙を読むうちにタクトの表情が真剣なものへと変わっていった。
「・・・サエは、これ読んだ?」
「え?ううん、読んでない」
「そう・・・。クラークは、まだだよな」
「・・・・」
クラークには、そもそも紙の存在自体教えてない。それを、目線だけで確認して、再び紙を見る。
そんなに重要なことが書かれていたんだろうか?
何が書かれているのか、ちょっと気になった。確認はできなかったけれど。タクトはそのまま紙を畳んで、懐に入れてしまったのだ。
「レイルは他に何か言ってた?」
「うん。『だから、僕は国に仕える道を選んだんだ』って言ってた」
「・・・・そっか」
呟くように言って、目を閉じてしまった。
どうしたのか、と訊いていいものか。訊いて答えてくれるのだろうか。訊くのが怖い、というのもある。
・・・何で怖がる必要がある。訊くは一時の恥、とも言うのに。
分かっている。怖い理由は、多分・・・どう転ぶか分からないからだ。
先が見えないのに前へ進むのは、勇気がいる。今まで訊きたくて訊けなかったのは、ほとんどそれが原因だ。
聞いてしまっては、後戻りできない。今が変わってしまうのが、怖いのだ。
一歩を踏み出す勇気が、私には欠けている。補う気もない。だから、いつまで経っても子供なのだ。
「戦争が、始まる」
自虐的なことを考え始めた思考が戻ってくる。
言ったタクトに、私とクラークの視線が集中する。
戦争が始まる。それは分かっていたことだ。レイルも、そう言っていた。でも、タクトはそれがどうしようもなく嫌らしい。表情が、苦々しいものに変わっている。
「軍部でも、その話は行き届いていた。まあ、多少思いなおす様に言っといたけど、何処までもつかは分からない。でも問題は、戦争が始まることじゃない」
そこで、タクトはクラークの方を見た。それを受けて、クラークがテーブルに一枚の地図を広げた。
その地図は、多分この街を含む周辺のものだと思う。地図の中央に国境の関所が書かれている。そこから左右に一本の道が通っている。恐らくこれが、私たちが通るはずだった道だ。
左へと続く道は、緩やかに曲がって別の国境線を跨いでいた。右の線は、すぐに街の名前に突き当たっている。今居る街だ。
クラークは、そこから外れた一角を指差した。そこにも、細い線が書かれている。どうやら道らしい。その道を辿って国境まで進んで、そこで指が止まった。
「此処が、開戦場所、か?」
「・・・・」
浅く頷いて、あちら側、対立している方の国を指し示す。そこにも、細い道がある。その一つを辿って、同じ国境で止まる。
多分、だが、向こうの進行を示しているのだろう。
しかしどうやって、その情報を得たのだろうか。というか、この地図を見る限り1日で行って帰って来られる距離じゃない気がするが。
最短の国境越えはできなかった。だから、山の中を行く。という話ではなかっただろうか?山を通ったら凄く遠回りになるのに、どんな魔法を使ったのだ。
・・・・。魔法、使ったのか?
いやいや、クラークは魔法使いではないはず。少なくても、そんなことは誰も言っていなかったような気がするが。・・・言っていないだけで、本当は使える、とか?
どれだけ謎を増やせば気が済むんだ、この男は。
「うん、それは予想通りだけど・・・。まさか、それだけか?」
「・・・・」
次に、ポケットから小さな紙片を取り出し、地図の上に置いた。それを見たタクトが息を呑む。
私もとりあえずそれを見た。が、息は呑まなかった。
その紙片は一辺5センチくらいの正方形だった。その紙一杯に図面が書いてある。
魔法陣、としか言いようがない図面だ。
三角形が2つ重なった星を中心に、円が書かれている。空いた隙間には細かな文字。普段この世界で見る文字とは、違うようだ。だが、私には何なく読めた。
えっと、『空間干渉』?『座標』・・『能力』・・・?ああ、細か過ぎてよく分からない。だけど、どうやら単語の羅列らしい。文章ではないが、どうにもファンタジックな内容だ。
いや、魔法に使うものだろうから、ファンタジックであって当然だが。
「これを何処で?」
「・・・・」
「そうか。だとすると、やっぱりあいつは・・・」
「・・・・」
「そうだけど・・。でも、これは俺も見たことないタイプだ。出典元が分からないと、どうしようもない」
置いて行かれた。
うん、分かってはいたけどね。
しかし、2人の世界(変な意味ではないよ)に入ってしまったよ。こういう時、私はどうすればいいのかな。
とりあえずお菓子食べてよう。
ぼりぼりと3つ食べ終わった頃に、ようやく話が一段落した。
クラークは壁際に戻り、タクトは魔法陣が書かれた紙片を見て難しい顔をしている。別に良いんだけど、この疎外感はいつまで経っても慣れないと思う。
今日も空が青いなぁ、とか思ってて良いかな。と、窓の外に目を移す。
「あ、ごめん、サエ。君にも関係あることなのに、何も言わなくて」
「ううん、別に・・・。関係あるの?」
「ある。これは、召喚用の魔法陣なんだ」
タクトが、手にした紙をテーブルの上に戻した。
つられてそれに目を向けたが、何がどう召喚用なのか分からない。・・・・『空間干渉』とかが、そうなのかな?
「召喚用の魔法陣っていうのは、種類が幾つかあるんだ。これは、俺も知らないもので、どういう作用があるのか一切不明なんだ」
「作用?」
「そう。・・・俺たち、サエに教えてないことがあるんだ。ほら、まだ話すべき時じゃないって言ったの、覚えてる?」
そりゃ、覚えてるよ。今朝の話だ。忘れてる、なんて思われる方が心外だ。
文句は腹の内で留めて、頷く。
「話さないのは、俺が怖いから、なんだ。ごめん。不安を感じさせていることは、分かってるんだ。でも、もうちょっと待ってほしい。俺に勇気が出るまで、待ってほしい」
そんな悲痛そうな顔をされて、「待てない」とは言えないだろう。というか、どんなことを隠しているんだ。無駄に恐怖を感じてしまう。
それでも頷く。私も、聞く勇気が出るまで、まだまだ時間が掛りそうだから。
そう思うと、私たちは案外似た者同士なのかもしれない。勇気が出ない同盟でも、組むべきかも。ヘタレた同盟だな。ネーミングセンスも悪すぎる。提案はしないでおこう。
「ありがとう。でも、これだけは言っておくよ。これを使った奴は、この戦争に関わってる。戦争が始まるよりも、もっと厄介な問題。それに関係しているはずだ」
「??ごめん、よく分からない」
私は、「勉強はできるけど馬鹿」と言われる類の人間だから、もっと噛み砕いてほしい。話の飛躍はなるべく少なく、分かりやすい単語を使ってお願いします。
「ああ、えっと、まずこの戦争の始まりから話した方がいいかな」
「うん」
頷いて、タクトの言葉を待つ。
戦争の始まりって、どういうことなのだろうか。場を弁えてないと言われかねないが、ちょっとわくわくする。
「戦争の始まり、いや、今のこの状況が何故作り出されたのか。原因は何だったのか、誰も分からないらしいんだ」
「何で?」
「見つからないから。普通、きっかけとなった出来事なり、政治的流れだったり、何か目に見える理由が存在するはずなんだ。なのに、それが少しもない」
「・・・理由って、そんな分かりやすくあるものなの?」
何とも不思議な話だ。
いや、コメントを言えるほど、私は政治を知っているわけではないが。
「ある。どうして戦争になったのか。示せなければ、理由もなく戦争を仕掛けてきたって疑いをかけられるからね。どちらかの国、あるいは、どちらも、自国の正当性を主張できる免罪符を持っているはずなんだ」
「免罪符?ああ、「私たちは悪くないです」って胸張って言えるってこと?」
「そう。だから、王命が出たってことは、その免罪符を用意できているって考えるのが普通だ。ほら、レイルも王命の存在を知ってから、様子がおかしくなっただろ?」
そうか。王命、つまり国のトップが戦争を認めたってことは、当然、自国の正当性をいつでも主張できるってことか。
「ん?でも、今ないって・・・」
「うん、ないって言った。だからおかしいんだ。理由もなく戦争するなんて、意味がない。国力が無駄に低下するだけだ。でもこれが、両国とは別の者の介入があったと考えると、ある仮説が立てられる」
なんとなく、タクトの言いたいことが分かった。
でも、それは私には関係ない話である。関係ないはずだった。私は、異世界から来た私とこの世界の出来事が、関わりを持つはずがないと、思い込んでいたのだ。




