召喚した者、されたモノ 2
朝から変質者騒ぎで疲れたが、やることはまだまだある。タクトが仕入れてきた、レイルの居場所へ向かう。
彼は同じ街で宿を取っているらしい。本格的に、この戦争に対応しようとしているのだろう。ただ、レイルが戦争を止めようとしているのか、それとも、戦うつもりなのかは分からない。
タクトにも、何も教えてくれなかったらしい。
タクトに書いてもらった地図を見る。
地図の読めない私にも分かりやすい。迷うことはないだろう。
しかし、心細くて仕方ない。この世界で初めて、独りで行動しているからだ。
というか、朝変な人に襲われた(わけではないが、便宜上そういうことにしておく)私を、独りで出歩かせるとは・・・。気が利いてたり、抜けてたりだな。まあ、人手も時間も惜しいのだから、仕方ないのかもしれないが。
タクト曰く「人が多い所では襲われないから、大丈夫」ということだし。それも何処まで信じて良いのか分からない所があるけどね。
街の雰囲気は、元の世界と変わらない。それは良いのだ。でも、不安だ。
いや、落ち着かない、と言った方が正しいか。言葉が通じるから、文字が分かるから、だから何なのだと言いたい。大丈夫なんてとても言えない。
挙動不審にならないように気をつけながら、周囲を見回す。別に変な生き物が居るわけでもない。普通の人間しかいない。なのに、何でこうも落ち着かないのだろうか。
タクトとクラークと一緒の時は、こんな不安とは無縁でいられた。居なくなって初めて気づく、というやつだろうか。
いやいや、今は不安を感じている場合ではない。
兎にも角にも、やるべきことをやろう。今はそれしか出来ないのだし、それ以外を考えても仕方ない。
気持ちを切り替えて、もう一度地図を見る。
レイルの居る宿までもう少し・・・なはずだ。多分。自信はそこそこあるが、方向音痴っぽい所があるからな、私は。油断は大敵だろう。
歩くこと数分。
特に迷うことなく、目的地に着いた。随分とでかい建物だ。
宿を見上げる。全部で4階建てだ。周りは2階か、良くて3階建て。でかく見えるわけだ。それに、横幅もある。全体的に大きくて、周りが貧相に見えてしまう。
『宿屋 黒猫』。大きな黒猫が描かれた看板は(かんばん)、可愛かった。建物の外観も、おシャレだ。やや女性向きに見えるが、レイルが自分でこの宿を取ったのだろうか。
外見的には似合ってるけど、中身を考えると違和感があるな。そもそも、軍人が泊るような宿じゃない気がするが・・。
・・・まあ、いいか。そんなこと、どうでもいい。
黒猫が描かれた扉を押し開け、中に入る。が、一瞬場所を間違えたかと思った。
いや、宿自体は良いのだが、此処にレイルが居るとは思えなかったのだ。
何故ならこの宿の内装が、外観以上に女性向けだからだ。女性専用の宿だと紹介されたら、信じてしまいそうだ。
淡いピンク色の壁紙に、花畑が描かれた絵画。緑鮮やかな観葉植物。カウンターの上にも、綺麗に咲いた花が飾られている。そして、受付の方々も全員女性。着用している制服もスーツとメイド服を足して2で割った感じの、フリルとリボンが可愛いデザインである。
そして至る所に黒猫の絵が描かれている。更に、この宿の看板猫が2匹いる。もちろんどちらも黒猫だ。
「・・うわぁ・・・」
先に言っておくが、感嘆の声ではない。思わず出てしまったのだが、私の心情をこの上なく表していた。
間違いない。私は、別の場所に来てしまったのだ。此処にレイルはいない。居ないに決まっている。
こんな「男お断り!」みたいな雰囲気の宿に、彼が泊れるはずがない。
「・・。いらっしゃいませ」
フロアに客が居なかったからか、受付嬢が全員こっちを見る。見た瞬間は無表情に近かったのに、瞬きした後には満面の笑みに変わっていた。
・・・・怖い。
歓迎されているのに、背筋が寒くなった。
「御泊りですか?」
「い、いえっ!知り合いに、会いに来たんですが・・・。あの、レイルって言うんですけど・・」
「レイル様ですね。・・レイル様は、210号室をご利用です。ご連絡しますので、少々お待ちください」
「はい」
どうやら、間違ってはいなかったらしい。此処に、本当に泊っている。いろんな意味で大丈夫だろうか。
と、無駄な心配をしていたら、入口が開かれた。なんとなく振り向く。入って来たのは、2人の紳士だった。
いや、1人は燕尾服を着ているし、執事とその主人か。まあ、この場合彼らの身分なんて関係ないだろう。
御客様なのは、見れば分かる。なのに、受付嬢たちの反応が冷たい。
客ではない私には満面の笑みだったのに、彼らにはにこりともしない。それどころか、「いらっしゃいませ」すらない。完全に無視している。
この空気と内装に、彼らも戸惑ったようだ。しかし、出て行くことはせず、受付までやってくる。執事が、頑なに視線を逸らし続ける受付嬢の前に立った。
「一晩泊まりたいのですが、よろしいですか?」
「すみません。当宿は満室になっております」
さっき私に、泊るかどうか訊いてなかったか?
しかし、宿の人間が満室だと言っているのだ。横から口を挟むべきではないし、何より怖い。カウンターの隅でレイルを待ちつつ、彼らの様子を見るに留める。
「一部屋で良いのですが、難しいですか?」
「すみません、一部屋も空いておりません」
「・・・そうですか・・」
厳しい、と言っても良いくらいの口調だ。
断られた執事が、判断を仰ぐべく主人の方へ目を向ける。しかし紳士も、肩を竦めただけで何も言わなかった。
何も言わずに出て行く彼らを見送り、受付に顔を戻す。
笑顔で仕事をする受付嬢たちが居た。
・・・・うん、流石異世界。恐ろしい。
「お待たせいたしました。御部屋までご案内いたします」
「あ、はい」
怖い受付に背を向けて、メイドさん(こちらは完全にメイド服だ)の後を歩く。
階段を一番上まで上がって、廊下を真っ直ぐ進む。
何だか、扉と扉の間隔がおかしい。次の扉までの距離が長すぎる。
廊下を挟んで左右に扉はある。が、数えてみても3つしかない。そして、突き当たりまでは大分距離があるところに最後の扉があった。つまりこのフロアには4つしか部屋がないのだ。
大きな宿なのに、部屋数が少なくないか?そう思うが、既に目的の部屋まで来てしまった。
疑問を一時保留にして、メイドさんが立つ扉に体を向ける。
メイドさんがノックをすると、「入れ」と声が返って来た。当たり前のように、メイドさんが扉を支えてくれる。中へ入ると、メイドさんは一礼して扉を閉めた。
ゆっくりと部屋の中を見回してみる。
レイルの部屋は、とても豪華だった。私たちが取りなおした宿も、それなりだった。が、レイルの部屋はその上を行っていた。
家具の値段も高いのだろうが、間取りも多そうだ。角部屋だけど、入口がやけに突き当たりから遠いかった理由もすぐに分かった。
部屋の両隣りに部屋があるのだ。扉が左右の壁にある。入口が一つしかないが、利用できる部屋は多い。だから、扉と扉の間隔が異様に長かったのだろう。
この部屋、一晩幾らぐらいするのだろうか。
「昨日振りだね」
正面の執務机に座るレイルが、私を見ていた。
彼の目の前には、書類の束が山積みになっている。ものすごく高い山ではないが、忙しそうなのは見て分かった。
「僕は忙しい・・って何回言ったかな」
「ごめんなさい」
「もう良いよ。手短に、用件だけを言ってくれ」
用件だけって・・・。つまり、訊きたいことを簡潔にってことだよね。えっと・・・。
話は聞くけど、手は止めないレイルを見て、するっと言葉が出てきた。
「・・・昨日は、どうしてすぐに帰ったりしたの?」
「用事があったから。君には関係ないよ」
書類を繰る手を止めずに素っ気なく返す。でも、訊いた瞬間、その手がぴくりと反応したのを、私は見逃さなかった。
ここは掘り下げるべきだろう。
「その用事って何だったの?」
「何でもいいだろ。君には関係ないんだから、言う必要もない」
じろりと睨んでくる。が、可愛い顔に睨まれても全然怖くない。
受付嬢たちの方が余程怖かった。
「私たちは、戦争を止めたいの。だから、情報が欲しい。昨日の用事って、絶対に戦争に関係あることだよね?だから、話を聞きに来たの」
私に駆け引きは向いてない。だから、直球勝負だ。
レイルは、手にした書類に署名して、机の隅に置いた。次の書類を手に取るかと思ったが、ペンも手放してしまった。
溜息を吐いて、私を見上げる。
「戦争を止めたい、ね。理由は・・まあ、訊かなくても分かってるけど。僕は、国に仕えてるんだよ?この件は、僕たちの問題だ。君たち一般人に教えるべきことは、今のところない」
「でも・・」
「それに、君たちに教えて、それで何が変わるんだよ?君たちに、何ができるのさ」
私たちに、できること?それは・・・。
「それは・・、分からないけど・・」
「特にないでしょ?個人の力なんて、高が知れてる。強力な後ろ盾があるわけでもない」
「でも、何か、できるかも知れないよ・・?」
我ながら、弱弱しい反論だと思う。「何か」なんて言っていては、説き伏せられない。せめて勢いがあれば違うのだろうが、私自身できることが分からないのだ。
いや、できることなんて、そう多くないことが分かっているのだ。だから、強く出られない。
「そんなの、夢物語だよ。現実を見なよ。大きな流れは、誰にも止められない。動き出したら、もう止まらないんだよ」
「・・・戦争は、もう始まっちゃうの?」
「まださ。まだだけど、いつかは始まる。絶対にね。そして僕らは・・・」
レイルは、多分反戦争派だ。そう思う。だって、私に言っていることは、全部自分に言い聞かせているようだから。苦しそうに顔を歪ませて、そう言い聞かせている。
私より年下なのに、私より、現実を見ている。
「どうしようもないの?」
「どうしようもないよ。言っただろ?個人の力なんて、高が知れてるってさ。大きな流れの中で、自分を護るためには、大きな力が必要なんだよ」
自嘲するように笑って、引き出しから一枚の紙を出した。
私からは良く見えなかったが、何か書いて折り畳んだ。それを、私に差し出す。
「・・タクトに、伝えてよ。だから僕は、国に仕える道を選んだんだって」
差し出された紙とレイルを交互に見る。
話はこれで終わり。そう言うように、レイルは書類に没頭し始めた。
手の中の紙に目を落として、考える。でも、碌な考えは出なかった。
「じゃあね」と言って、部屋を出る。レイルは、最後まで私を見ようとしなかった。
宿からの帰り道。歩きながら考えるけど、やっぱり何も考えつかなかった。
というか、そもそも自分は何を考えているんだ?考えてるフリをしているだけじゃないのか?
ああ、どうしようか。答えが出ないどころか、自分が何を考えているのかすら分からないなんて・・。
こんな風に頭を悩ましたことがないから、どうしたらいいのか分からない。
学校で、こんなこと習ったことがない。将来十中八九使わない、関数だの何だの教えるぐらいなら、もっと問題に対する考え方について教えて欲しかった。
いや、ひょっとしたら教えてくれていたのかもしれない。しかし、どんなに思い出しても、学校ではテストの点を重視していた気がする。
授業でどんなに寝ていても、テストで良い点であれば、良い成績を取れた。その生活は楽だった。でも、いざという時に困るぐらいなら、もっとちゃんと人生の勉強をしておくべきだったと思ってしまう。
具体的に何をしていたら良かったのかは、分からないけど。
レイルから渡された紙を見る。中は、読んでない。なんとなくだが、レイルはタクトに宛てて書いたように思ったのだ。
私が見るべきではないし、見たくない、とも思っている。
だって私は・・・。
慌てて前を見る。こんなフラフラしていたら、誰かにぶつかってしまう。
そう言えば、クラークはどうしているだろうか。ふと、そんなことが頭をよぎる。
宿を出るのは、ほぼ同時だった。まだ隣国にすら着いていないだろう。
大丈夫なのだろうか。道中ではなく、情報収集の方が気になる。
話すのか、話さないのか。
自分の目で見られないのが、微妙に残念だ。もし話すのなら、声を聞いてみたいとも思う。
いつか、彼の声を聞くことができるだろうか。それともその頃には、元の世界に還ってしまっているだろうか。
分からないけど、還るまでには聞きたいと思う。
今の私が確信を持って言えることは、それだけだった。




