召喚した者、されたモノ 1
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『また落ちちゃったよ~』
『私も~。ねぇ、沙恵は?』
私は・・・。
『ああ、沙恵はさ・・ほら』
『あ、そうだっけ・・。でも、就活って面倒くさいよね~』
『ね』
だったら、しなきゃ良いのに。
『でも、就職しなきゃ始まんないし』
私は・・・就職なんて、したくない。
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嫌な夢を見た・・・気がする。
いや、「嫌」という感じではなかったか・・?・・・・・分からない。
何を感じていたかは定かではないが、良い感情でなかったことは確かだ。強いて言うなら・・、焦り、だろうか。
何にしても、最悪な目覚めだ。
ぼんやりする頭を無理矢理動かして、起き上がる。うん?部屋の中に違和感が・・・。
「起きたのか」
朝起きたら、見知らぬ男が部屋に居た。さて、私はどうしたらいいでしょうか。
とりあえず、こいつは誰だ。
・・・変質者だ。
間違いない。
であれば、撃退しなければ。
手近にあった枕を男の顔に投げつけた。が、手元が狂って顔ではなく、胸に当たった。
「おい、いきなり枕なんて投げるなよ。はしたないぞ。・・・って、ちょっと待て。それはさすがに困る」
サイドテーブルに置かれた花瓶を手に取った私に、さして焦りもせずにそんなことを言ってきた。その余裕が頭に来たので、持ち上げてみた。
「いや、待て。話せば分かる。だからそれを降ろせ」
鈍器を投げつけられそうになっているのに、随分と冷静な変質者だ。というか、その「疚しいところはありません」と言わんばかりの顔は何だ。
やっぱりぶつけてやろう。
持ち上げた花瓶を、振りかぶる。
「落ち着けって。どうしたんだよ?」
どうしたと来たよ、この変質者が。
・・・・・いや、待て。この声、何処かで聞いたことがあるような・・?
私も冷静になるべきだ。
ようやく頭が、「考える」という方向に行ったところで、花瓶をテーブルに戻す。
どうやら私は、寝惚けていたようだ。変質者を排除することしか考えられなかった。
・・・・ん?それは当たり前じゃないか?
いやいや、よく考えてみよう。
まず、こいつは誰か、だ。声は聞いたことあるような気がするが、寝起きの頭は信用ならない。きっと知らない人だ。そもそもこっちの世界で、声を覚えるほどの知り合いなど数えるまでもない。
この人は知らない人だ。
では、知らない男が部屋に居た、ということについて考えてみよう。というか、部屋には鍵を掛けていたはず。どうやって入って来たんだ。
「おい、大丈夫か?」
「・・・誰?」
「あん?何だって?」
「あんた誰」
「昨日会っただろ?サエ」
昨日?昨日会った人と言うと・・・、カーディナル姐さんと、後は酒場の店員さんぐらい・・・。
「あ」
「思い出したか?まあ、昨日は街に着いたばかりだったからな」
昨日会ったのは、酒場の店員さんとカーディナル姐さんと・・、あの臭い男だ。他にも話を聞いた人はいるが、この声。思い出してみれば、確かにあの男と同じ声だった。しかし、見た目が全然違う。
昨日は、見るからに手入れをしていない格好だった。だが今は、長かった髪が短くなり、髭も綺麗に剃られていた。体も洗ったのだろう。あの据えた臭いは少しもしない。コートこそ同じだが、中に着ているものも違うようだ。
見上げるほど高い背に、程よく切られた焦げ茶色の髪。やや日焼けした顔は、凛々しかった。
「またなって言っただろ」
と言われてもね。
まさか昨日の今日で、しかも部屋に侵入してくるとは想像すらしていなかった。だから、気付くのに遅れてしまった。
いや、ここまで変わっては気付きようがない気もするが・・。というか、この男が非常識なことをしでかしているのは、動かしようのない事実だ。
「ちょっと、お前に確認したいことがあってな」
「確認?・・というか、鍵は?」
「鍵って、部屋の鍵か?これくらいだったら、3秒も掛らない」
つまり不法侵入したってことですね。分かりました。・・って、完全に変質者だよ。反省の「は」の字もないし。
非常識だよ。それとも、この世界じゃ犯罪にならないの?おかしくない?
「そう睨むなよ。俺は何にもしてないし、しないって。確認したいことがあるって言っただろ?」
「・・・・で、確認したいことって?」
「だから、睨むなって。・・そうだな、まずは・・・・」
さっさと出て行ってほしい。そう思って会話を進めたのに、彼は黙ってしまった。不自然な沈黙に首を傾げる。彼の目は、扉に向いていた。
次の一瞬は、きっと当分は忘れられないだろう。
「どうしたの?」と問う前に、扉が勢いよく開かれた。同時に、男が窓に向かって駆け出す。
開かれた入口から飛び込んできたのは、抜き身の剣を構えたクラークだった。
窓ガラスが砕ける音。
私を一瞥したクラークが、窓際に走り寄った。外で騒ぐ人々の声がした。
2階から飛び降りた。そのことが、頭の中を回る。しかし、どうやら無事らしい。騒ぎが小さくなっていくのが、その証拠だ。
静かになった部屋の中には、私とクラークしか居ない。今の一瞬で起こった緊張が、ゆっくり解けていく。
「クラーク、サエ!大丈夫か!?」
開いたままだった扉から、タクトが駆けこんできた。
未だベッドの上に居た私を見て、次いで剣をしまうクラークを見る。最後に割れた窓に近寄って、外を覗いた後に、私に顔を向けた。
「サエ、大丈夫?」
「う、うん。大丈夫」
「そっか、良かった。クラークは?」
「・・・・」
無言の返しに、安心したように笑った。また私に目を向けたタクトは、いきなり顔を真っ赤にした。
一体どうしたのだろうか。耳まで真っ赤だが、何かの病気だろうか。
「??どうかした?」
「あ、えっと、ごめんっ!すぐ出てくから!」
そう叫んで、返事も聞かずにクラークを引きずって出て行った。
扉が閉まる。頭の中に疑問符を浮かべた私が、取り残された。
本当に、どうしたのだろうか?
1人首を捻って、ベッドから降りる。とにかく着替えだ。そう思って、やっと気付いた。
タクトが赤くなった理由。
私は、まだ着替えてなかった。そう、寝巻のままだったのだ。しかも、この寝巻は薄い生地のネグリジェで、大胆に胸元が抉れているデザインだった。
・・あー、うん。タクトも男だもんね。というか、女の私がすぐ気付かないって・・。
いや、私は寝惚けてたんだよ。だから、良いんだ。決して恥じらいがないわけではないんだから。
うん・・・、はぁ・・・。
あんなことがあったので、宿を変えた。街を出ることも考えたが、道中襲われても困るので止めた。
あの男の目的は分からないが、害意はなかった。とりあえず、いきなり襲われることはないだろうけど、味方が多い街中の方が安全だ。
そして、対策として、私たちは同じ部屋で過ごすことにした。
居間と寝室が分かれている部屋を取ったのだ。この世界の通貨価値は知らないけど、とんでもない数字だった。何だか申し訳なくて仕方ない。
「これぐらいどうってことないさ。鍵を掛けても入って来たんだろ?それなりの警戒しなきゃ防げないよ」
しかし、それにしても寝室を丸ごと私に譲って、2人は居間のソファで寝ると言うのだから、申し訳なく思わないわけがない。
「いいって。女を護るのが男の仕事だろ」
力強く笑って、そんなことを言ってくれる。胸がキュンキュンするよ。タクトは意外と格好良い奴だった。
いや、「意外と」なんて言っては失礼だ。彼は、とっても格好良いのだ。
それにしても、あの男が知りたかったこととは、何だったのだろうか。
「確認したいことがある」と言っていたが、私の何を確認するつもりだったのか。
考えてみるが、思い当たることがない。別にとても仲が良くなったわけでもないし、おかしなことを言った覚えもない。どころか、ろくに会話すらしなかったと思うのだが。
「サエの方には何もなくても、その人の方には、何かあるんじゃないか?」
「それは、そうだろうけど・・。その何かって何なのかな?」
「・・・さあ?何なんだろうな」
「?」
「それよりさ、クラークは何であんな朝早くに、サエの所に行ったんだ?」
タクトが変だ。何だか、男の目的に心当たりがあるような感じがする。・・・私の考え過ぎだろうか?話題転換もわざとらしいし。
でも、至れり尽くせりな立場で困らせるようなことは、訊きたくない。
言いたくないことなんて、誰にだってあるものだし、訊くべきじゃないよね。
それに、クラークがタイミングよく来た理由は、私も知りたい。
「・・・・」
「クラーク?」
「・・・・」
「・・・・」
ちょ、タクトまで黙ると、もう誰がどの沈黙を担当しているのか分からなくなるんだけど!?
え?て言うか、この重苦しい空気は何?何で2人とも深刻そうな顔してるの?
わけが分からない。
タクトさん、一人芝居お願いします。もうツッコんだりしないから。酷いこと思ったりしないから。
「・・・うん、なんとなく分かった」
「な、何が?」
「あ、えーっと・・、うん」
いやいや、「うん」じゃないから。沈黙を破ったと思ったらこれですか。
私に一体何を期待しているんだ。私には、クラークの沈黙を読み解く能力もなければ、頭の中を覗く能力もないんだけど。
言ってくれなければ、何も分からない。
しかしタクトは、言い難いのか、それとも言いたくないのか、視線を彷徨わせている。時々「うー」とか「あー」とか言うぐらいで、明確な言葉が出てこない。
「うーんと・・・、ごめん。上手く言える自信がない。もう少し待って。いつか、言わなきゃいけなくなったときには、絶対言うから」
「はあ」
結局、クラークが来た理由も分からないままなのか。
何だか、当事者なのに疎外感を感じる。
こういうのは、嫌だ。
我儘かもしれないが、一緒に居るんだから、もう少し言ってくれても良いと思う。それで私が悩むことになっても、言ってほしい。自分のことなんだから。
危険であるなら、尚更言ってほしい。知らなかったら、回避することすらできないし。
それとも、伝えたら拙いことなんだろうか。言ったら最後、とか?でも、だったらそう言えばいい。いつか言うなら、今でも良いだろうに。
こういう時、自分は嫌な奴だと思う。
「言ってほしい」と一言言えば良いのに、それをしない。思うだけで、何もしない。それは、卑怯だ。
とか思っても、やっぱり言わないんだよなぁ。
何でだろ。
うだうだ思っててもしょうがない。
言いたくないなら、無理に訊かない。それで良いではないか。
嫌なことは、考えない。例えそれが逃避であったとしても、構わない。考えたくないって今の自分を尊重しよう。
「男のことは放っておこう。こちらからは、どうしようもないんだし。今は戦争を止めることの方が大切だ」
「そうだね。・・・でも、止める方法なんてあるの?」
というか、止めることなんてできるのか?具体的に何も分かっていないのに?
無謀を通り越して、ただの夢物語な気がする。
「確かに、現状じゃ難しい。何をするべきか、それすらも分からないからな。でも、当てはある」
「え、あるの?」
「あるよ。・・上手くいけば、だけど」
何とも頼りない返事だな。でも、やってみるに越したことはないだろう。
上手くいけば良いなら、上手くやれば良い。問題があるなら、皆で考えればいいのだ。3人寄れば文殊の知恵と言うし。
「まず、俺たちが動けない理由は、圧倒的な情報不足。これを解消するためには、この国で情報を収集するだけじゃ駄目だ」
「じゃあ何処で情報を集めるの?」
「隣国さ。どうして戦争をすることになったのか。向こうの国ではどうなっているのかを知るべきだ」
「それは、そうだけど・・」
「関所を通らず行けるのは、クラークだけだ。だから、これはクラークに行ってもらう」
「・・・・」
「関所を通らずに」ってことは、昨日却下した案を部分採用するってことか。
確かに、私は無理でもクラークやタクトなら行けるかもって、思ったけど。本当にそうするとは、思わなかった。大丈夫なのだろうか。
「で、残った俺たちはこっちの軍部から情報を集めつつ、必要があれば妨害をする」
「妨害?」
「戦争が始まったら元も子もない。ちょっとした悪戯でもして、撹乱するんだ。これは危険だから、俺がやる」
「じゃあ、私は?」
「サエはレイルの所に行ってもらう。レイルは、絶対何か知ってる。でも、俺やクラーク相手に言うとは思えない。サエ相手なら警戒しないだろうし、口も滑りやすくなるかもしれない」
見事に根拠がないな。というか、ある意味丸投げじゃないか。信用していると言ったら聞こえはいいが、当たって砕けろ感があるのは気のせいか・・?
まあ、私が役に立つことなんて、そうないだろうけど。やることがあるだけ、まだマシだと思おう。
「それと、レイルや他の人に、サエが異世界から来たってことは秘密にしてほしい。特に召喚されたってことは言っちゃ駄目だ」
「何で?」
「理由はあるけど、今は言えない。とにかく駄目だ。良い?」
「・・うん」
良くはないけど頷いておいた。今までも思っていたことだが、やっぱりタクトは他の人に私のことを知られたくないらしい。
理由は不明。
言っても問題なんてない気がするんだけどな。まあ、タクトが私を陥れるわけないし、大人しく言うことを聞いておこう。
そんなことより、あのレイルから情報を聞きだす方法を考えなくては。
こうやって、疑問を後回し後回しにする悪い癖を、直すべきだと思う。直していれば、少しは違っていたかもしれない。この先の展開だって、もっと変わったかもしれないのに。
この時の私は、そんなこと全く考えていなかった。




