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召喚した者、されたモノ 1



**********



『また落ちちゃったよ~』

『私も~。ねぇ、沙恵さえは?』


 私は・・・。


『ああ、沙恵はさ・・ほら』

『あ、そうだっけ・・。でも、就活しゅうかつって面倒めんどうくさいよね~』

『ね』


 だったら、しなきゃいのに。


『でも、就職しゅうしょくしなきゃ始まんないし』


 私は・・・就職なんて、したくない。



*********



 いやな夢を見た・・・気がする。

 いや、「嫌」という感じではなかったか・・?・・・・・からない。

 何を感じていたかはさだかではないが、良い感情でなかったことは確かだ。いて言うなら・・、あせり、だろうか。

 何にしても、最悪な目覚めだ。


 ぼんやりする頭を無理矢理動かして、起き上がる。うん?部屋の中に違和感いわかんが・・・。


「起きたのか」


 朝起きたら、見知らぬ男が部屋にた。さて、私はどうしたらいいでしょうか。

 とりあえず、こいつは誰だ。


 ・・・変質者だ。

 間違いない。

 であれば、撃退げきたいしなければ。

 手近にあった枕を男の顔に投げつけた。が、手元がくるって顔ではなく、胸に当たった。


「おい、いきなり枕なんて投げるなよ。はしたないぞ。・・・って、ちょっと待て。それはさすがに困る」


 サイドテーブルに置かれた花瓶かびんを手に取った私に、さして焦りもせずにそんなことを言ってきた。その余裕よゆうが頭に来たので、持ち上げてみた。


「いや、待て。話せば分かる。だからそれを降ろせ」


 鈍器どんきを投げつけられそうになっているのに、随分ずいぶんと冷静な変質者だ。というか、その「やましいところはありません」と言わんばかりの顔は何だ。

 やっぱりぶつけてやろう。

 持ち上げた花瓶を、振りかぶる。


「落ち着けって。どうしたんだよ?」


 どうしたと来たよ、この変質者が。

 ・・・・・いや、待て。この声、何処どこかで聞いたことがあるような・・?

 私も冷静になるべきだ。


 ようやく頭が、「考える」という方向に行ったところで、花瓶をテーブルに戻す。

 どうやら私は、寝惚ねぼけていたようだ。変質者を排除はいじょすることしか考えられなかった。

 ・・・・ん?それは当たり前じゃないか?

 いやいや、よく考えてみよう。



 まず、こいつは誰か、だ。声は聞いたことあるような気がするが、寝起きの頭は信用ならない。きっと知らない人だ。そもそもこっちの世界で、声をおぼえるほどの知り合いなどかぞえるまでもない。

 この人は知らない人だ。


 では、知らない男が部屋に居た、ということについて考えてみよう。というか、部屋にはかぎけていたはず。どうやって入って来たんだ。


「おい、大丈夫か?」

「・・・誰?」

「あん?何だって?」

「あんた誰」

「昨日会っただろ?サエ」


 昨日?昨日会った人と言うと・・・、カーディナルねえさんと、後は酒場の店員さんぐらい・・・。


「あ」

「思い出したか?まあ、昨日はまちに着いたばかりだったからな」


 昨日会ったのは、酒場の店員さんとカーディナル姐さんと・・、あのくさい男だ。他にも話を聞いた人はいるが、この声。思い出してみれば、確かにあの男と同じ声だった。しかし、見た目が全然違う。


 昨日は、見るからに手入れをしていない格好かっこうだった。だが今は、長かったかみが短くなり、ひげ綺麗きれいられていた。体も洗ったのだろう。あのえたにおいは少しもしない。コートこそ同じだが、中に着ているものも違うようだ。

 見上げるほど高い背に、ほどよく切られたげ茶色の髪。やや日焼けした顔は、りり々しかった。


「またなって言っただろ」


 と言われてもね。

 まさか昨日の今日で、しかも部屋に侵入しんにゅうしてくるとは想像すらしていなかった。だから、気付くのにおくれてしまった。

 いや、ここまで変わっては気付きようがない気もするが・・。というか、この男が非常識ひじょうしきなことをしでかしているのは、動かしようのない事実だ。


「ちょっと、お前に確認したいことがあってな」

「確認?・・というか、鍵は?」

「鍵って、部屋の鍵か?これくらいだったら、3秒も掛らない」


 つまり不法侵入ふほうしんにゅうしたってことですね。分かりました。・・って、完全に変質者だよ。反省はんせいの「は」の字もないし。

 非常識だよ。それとも、この世界じゃ犯罪はんざいにならないの?おかしくない?


「そうにらむなよ。俺は何にもしてないし、しないって。確認したいことがあるって言っただろ?」

「・・・・で、確認したいことって?」

「だから、睨むなって。・・そうだな、まずは・・・・」


 さっさと出て行ってほしい。そう思って会話を進めたのに、彼はだまってしまった。不自然な沈黙ちんもくに首をかしげる。彼の目は、扉に向いていた。

 次の一瞬は、きっと当分とうぶんは忘れられないだろう。



 「どうしたの?」とう前に、扉がいきおいよく開かれた。同時に、男が窓に向かってけ出す。

 開かれた入口から飛び込んできたのは、の剣を構えたクラークだった。

 まどガラスがくだける音。

 私を一瞥いちべつしたクラークが、窓際まどびわに走り寄った。外でさわぐ人々の声がした。

 2階から飛び降りた。そのことが、頭の中を回る。しかし、どうやら無事らしい。騒ぎが小さくなっていくのが、その証拠だ。



 静かになった部屋の中には、私とクラークしか居ない。今の一瞬で起こった緊張きんちょうが、ゆっくりけていく。


「クラーク、サエ!大丈夫か!?」


 開いたままだった扉から、タクトが駆けこんできた。

 だベッドの上に居た私を見て、いで剣をしまうクラークを見る。最後に割れた窓に近寄って、外をのぞいた後に、私に顔を向けた。


「サエ、大丈夫?」

「う、うん。大丈夫」

「そっか、良かった。クラークは?」

「・・・・」


 無言のかえしに、安心したように笑った。また私に目を向けたタクトは、いきなり顔を真っ赤にした。

 一体いったいどうしたのだろうか。耳まで真っ赤だが、何かの病気だろうか。


「??どうかした?」

「あ、えっと、ごめんっ!すぐ出てくから!」


 そうさけんで、返事も聞かずにクラークを引きずって出て行った。

 扉が閉まる。頭の中に疑問符ぎもんふを浮かべた私が、取り残された。

 本当に、どうしたのだろうか?

 1人首をひねって、ベッドから降りる。とにかく着替えだ。そう思って、やっと気付いた。

 タクトが赤くなった理由。


 私は、まだ着替えてなかった。そう、寝巻ねまきのままだったのだ。しかも、この寝巻は薄い生地きじのネグリジェで、大胆だいたんに胸元がえぐれているデザインだった。

 ・・あー、うん。タクトも男だもんね。というか、女の私がすぐ気付かないって・・。

 いや、私は寝惚けてたんだよ。だから、良いんだ。けっしてじらいがないわけではないんだから。

 うん・・・、はぁ・・・。




 あんなことがあったので、宿を変えた。街を出ることも考えたが、道中どうちゅうおそわれても困るのでめた。

 あの男の目的は分からないが、害意がいいはなかった。とりあえず、いきなり襲われることはないだろうけど、味方が多い街中の方が安全だ。


 そして、対策として、私たちは同じ部屋で過ごすことにした。

 居間いまと寝室が分かれている部屋を取ったのだ。この世界の通貨価値つうかかちは知らないけど、とんでもない数字だった。何だかもうわけなくて仕方ない。


「これぐらいどうってことないさ。鍵を掛けても入って来たんだろ?それなりの警戒けいかいしなきゃふせげないよ」


 しかし、それにしても寝室を丸ごと私にゆずって、2人は居間のソファで寝ると言うのだから、申し訳なく思わないわけがない。


「いいって。女をまもるのが男の仕事だろ」


 力強く笑って、そんなことを言ってくれる。胸がキュンキュンするよ。タクトは意外と格好良かっこいやつだった。

 いや、「意外と」なんて言っては失礼だ。彼は、とっても格好良いのだ。



 それにしても、あの男が知りたかったこととは、何だったのだろうか。

 「確認したいことがある」と言っていたが、私の何を確認するつもりだったのか。

 考えてみるが、思いたることがない。別にとても仲が良くなったわけでもないし、おかしなことを言った覚えもない。どころか、ろくに会話すらしなかったと思うのだが。


「サエの方には何もなくても、その人の方には、何かあるんじゃないか?」

「それは、そうだろうけど・・。その何かって何なのかな?」

「・・・さあ?何なんだろうな」

「?」

「それよりさ、クラークは何であんな朝早くに、サエの所に行ったんだ?」


 タクトが変だ。何だか、男の目的に心当たりがあるような感じがする。・・・私の考え過ぎだろうか?話題転換わだいてんかんもわざとらしいし。

 でも、いたれりくせりな立場で困らせるようなことは、きたくない。

 言いたくないことなんて、誰にだってあるものだし、訊くべきじゃないよね。

 それに、クラークがタイミングよく来た理由は、私も知りたい。


「・・・・」

「クラーク?」

「・・・・」

「・・・・」


 ちょ、タクトまで黙ると、もう誰がどの沈黙を担当しているのか分からなくなるんだけど!?

 え?て言うか、この重苦しい空気は何?何で2人とも深刻しんこくそうな顔してるの?

 わけが分からない。

 タクトさん、一人芝居ひとりしばいお願いします。もうツッコんだりしないから。ひどいこと思ったりしないから。


「・・・うん、なんとなく分かった」

「な、何が?」

「あ、えーっと・・、うん」


 いやいや、「うん」じゃないから。沈黙をやぶったと思ったらこれですか。

 私に一体何を期待しているんだ。私には、クラークの沈黙を読み解く能力もなければ、頭の中を覗く能力もないんだけど。

 言ってくれなければ、何も分からない。

 しかしタクトは、言いにくいのか、それとも言いたくないのか、視線を彷徨さまよわせている。時々「うー」とか「あー」とか言うぐらいで、明確な言葉が出てこない。


「うーんと・・・、ごめん。上手うまく言える自信がない。もう少し待って。いつか、言わなきゃいけなくなったときには、絶対言うから」

「はあ」


 結局、クラークが来た理由も分からないままなのか。

 何だか、当事者なのに疎外感そがいかんを感じる。

 こういうのは、嫌だ。


 我儘わがままかもしれないが、一緒いっしょに居るんだから、もう少し言ってくれても良いと思う。それで私が悩むことになっても、言ってほしい。自分のことなんだから。

 危険であるなら、尚更なおさら言ってほしい。知らなかったら、回避かいひすることすらできないし。

 それとも、伝えたらまずいことなんだろうか。言ったら最後、とか?でも、だったらそう言えばいい。いつか言うなら、今でも良いだろうに。



 こういう時、自分は嫌な奴だと思う。

 「言ってほしい」と一言ひとこと言えば良いのに、それをしない。思うだけで、何もしない。それは、卑怯ひきょうだ。

 とか思っても、やっぱり言わないんだよなぁ。

 何でだろ。



 うだうだ思っててもしょうがない。

 言いたくないなら、無理に訊かない。それで良いではないか。

 嫌なことは、考えない。例えそれが逃避とうひであったとしても、構わない。考えたくないって今の自分を尊重そんちょうしよう。


「男のことは放っておこう。こちらからは、どうしようもないんだし。今は戦争をめることの方が大切だ」

「そうだね。・・・でも、止める方法なんてあるの?」


 というか、止めることなんてできるのか?具体的に何も分かっていないのに?

 無謀むぼうを通りして、ただの夢物語な気がする。


「確かに、現状じゃむずかしい。何をするべきか、それすらも分からないからな。でも、てはある」

「え、あるの?」

「あるよ。・・上手くいけば、だけど」


 何とも頼りない返事だな。でも、やってみるに越したことはないだろう。

 上手くいけば良いなら、上手くやれば良い。問題があるなら、みんなで考えればいいのだ。3人寄れば文殊もんじゅ知恵ちえと言うし。


「まず、俺たちが動けない理由は、圧倒的あっとうてきな情報不足。これを解消かいしょうするためには、この国で情報を収集するだけじゃ駄目だめだ」

「じゃあ何処で情報を集めるの?」

隣国りんごくさ。どうして戦争をすることになったのか。向こうの国ではどうなっているのかを知るべきだ」

「それは、そうだけど・・」

「関所を通らず行けるのは、クラークだけだ。だから、これはクラークに行ってもらう」

「・・・・」


 「関所を通らずに」ってことは、昨日却下きゃっかした案を部分採用ぶぶんさいようするってことか。

 確かに、私は無理でもクラークやタクトなら行けるかもって、思ったけど。本当にそうするとは、思わなかった。大丈夫なのだろうか。


「で、残った俺たちはこっちの軍部から情報を集めつつ、必要があれば妨害ぼうがいをする」

「妨害?」

「戦争が始まったらもともない。ちょっとした悪戯いたずらでもして、撹乱かくらんするんだ。これは危険だから、俺がやる」

「じゃあ、私は?」

「サエはレイルの所に行ってもらう。レイルは、絶対何か知ってる。でも、俺やクラーク相手に言うとは思えない。サエ相手なら警戒しないだろうし、口もすべりやすくなるかもしれない」


 見事に根拠こんきょがないな。というか、ある意味丸投げじゃないか。信用していると言ったら聞こえはいいが、当たって砕けろ感があるのは気のせいか・・?

 まあ、私が役に立つことなんて、そうないだろうけど。やることがあるだけ、まだマシだと思おう。


「それと、レイルや他の人に、サエが異世界から来たってことは秘密ひみつにしてほしい。特に召喚しょうかんされたってことは言っちゃ駄目だ」

「何で?」

「理由はあるけど、今は言えない。とにかく駄目だ。良い?」

「・・うん」


 良くはないけどうなずいておいた。今までも思っていたことだが、やっぱりタクトは他の人に私のことを知られたくないらしい。

 理由は不明。

 言っても問題なんてない気がするんだけどな。まあ、タクトが私をおとしいれるわけないし、大人おとなしく言うことを聞いておこう。

 そんなことより、あのレイルから情報を聞きだす方法を考えなくては。



 こうやって、疑問を後回あとまわし後回しにする悪いくせを、直すべきだと思う。直していれば、少しは違っていたかもしれない。この先の展開だって、もっと変わったかもしれないのに。

 この時の私は、そんなこと全く考えていなかった。




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