第六話 誘拐
「すみません、ミサトさん遅くなっちゃって……。あれ?ミサトさん?」
彼女は周辺を探すが、肝心のミサトが見つからない。
「何処行っちゃったんでしょう……。っ!」
彼女はふと下を見るとあのクマのストラップが落ちていた。
見間違えるはずも無い。ミサトが持っていたストラップだ。
その周りは何処か暴れたような痕跡も残っている。
「ミサトさんに何かあったんじゃ……!」
しかし、このような時はどうしたら分からないのか、彼女は真っ青な表情を浮かべる。
思考を巡らせるが、頭の中は真っ白になっているようだ。
「あっ!そうだ!あれがあったんだ!」
彼女は思いついたように、鞄の中を探ると急いでポケットからクラシックテレポーションを取り出し、すぐさま位置検索をかける。
。
そういえば、ミサトが持っていた鞄の中に腕時計をそのまま入れっぱなしにしてしまっていた事を思い出したらしい。
実はあの腕時計はただの腕時計ではなく、GPS機能でついており、クラシックテレポーションで位置検索が掛けれる様になっているのだ。
画面が示している場所は近くの倉庫街。
兎に角、行ってみないことにはどうにもならない、と凪は心のなかでそう思いつつも、急いで近くの倉庫街へとクラシックテレポーションを利用し瞬間移動を行った。
◇◆◇
「ん……」
薄れる意識の中、少し目を開けた。
目の前には機材などが積み上げられてある。
此処は……倉庫だろうか?
「やっと気が付いたみたいだね」
「!」
私は咄嗟に声がした方を振り向いた。
そこには……。大学にいた未来の私が手足で縛られていた。
「どうして此処に……?」
「さあ……。多分、貴女と同じ理由だよ。いきなり口を塞がれて。此処にいるって訳。……貴女、名前は?」
未来の私に言ってもいいのだろうか。私は一瞬躊躇したが、鈴音ミサト、と一言だけ答える。
「へぇ、私と同じ名前だね……。そういえば何処となく私と似ている気が……」
「き、気のせいじゃない?」
流石に未来の私に感づかれたら何が起こるか分からない。
私はそう言って彼女の気をそらせていた時、背後から冷たい視線と共に言葉が降り掛かってきた。
これは――あの時に感じた視線に間違いない。
「あらあら?二人ともお喋りはそこまでよ?」
後ろを振り向くと、そこには――。
今となっては考えられないほど、変わり果てた未来の私の姿があった。
目は冷たく見下しており、とてもじゃないが、凪ちゃんが言っていた『優しい母親』のイメージとはあまりにもかけ離れすぎている。
「どうして、こんなことをするんですか!」
「どうして?今の貴女の存在が私にとって邪魔だからよ。貴女がいたら、私は彼の未来を壊すことは出来ない……。そうあの時の約束を守らなかったんだもの。当然の罰よ」
「あの時の約束って……?」
彼女が何のことを言っているのか縛られている私たちにはよく理解できない。
ただ、危ないことを考えているのは確かだ。
「貴女も見たでしょう?私と柚樹が約束をしたところを……。でも、私の時代では彼は約束を守ってくれなかった。私と一緒に居てくれるって言ったのに、結婚する前に他の女の人と付き合っていた……!私はそれが許せなかった。そして、全てをリセットしに来たのよ。またもう一度人生をやり直すために……!」
まさか……!
私はやっと彼女が何をしようとしているのかが理解出来た。
「そんなことは無い!あなたの未来はちゃんと幸せな家庭を築いている!現に、凪ちゃんが生まれてるじゃない!」
「知らないわよ……。そんなこと。そうよ、彼がいけないのよ……。彼がいなければ……」
私の呼びかけにも応じず、未来の私は手に持っていたナイフを振り下ろそうとした。
咄嗟に目を瞑ったが、一向にナイフが体に当たることは無い。
不思議に思い、薄ら目をあけてみると、目の前には――未来の私の手を取り、ナイフを止めている凪ちゃんが立っていた。
「良かった……。間に合った……。ミサトさん無事だったんですね」
「馬鹿!あんた今、何したのか分かってるの!」
「ドアが頑丈で中々開かなくて……。やっとドアを開けたと思ったら、ミサトさんたちに向かってナイフを振り下ろしている姿が見えたので……」
「な……!」
向こうのほうでナイフを振り下ろした未来の私は予想外の事態に驚きを隠せない。
凪ちゃんは私たちに「大丈夫です」と言い残し、未来の私に向かって一歩ずつ近づいていく。
「お母さん、やっと会えましたね。いい加減このようなことはやめてください」
「こ、来ないで……。これは私の問題なのよ!」
「だから、ですよ。お母さん一人だけの問題じゃない。私の問題でもあるんです」
「来ないでって言ってるでしょ!」
パニックになって取り乱したのか未来の私は凪ちゃんの手を振り払い、ナイフを振り回す。
しかし、彼女は躊躇せずに再びナイフを持っている未来の私の右手を掴んで止めた。
「……お母さんが出て行った後、お父さんは心配してましたよ。そして、あの女の人はただの友達と言っていました。お母さんはただ単に勘違いしてただけなんじゃないですか?」
ハッと気が付いたようにナイフを振り回していた未来の私の動きが止まった。
その瞬間、涙があふれ始めその場で泣き崩れた。
そんな母親の姿を見つめながら、凪ちゃんは私たちの手足を縛っていたロープを外した。
「凪ちゃんありがとう」
「あの……ありがとうございます」
先ほどの彼女のやり取りが理解できず四年後の私は不思議な表情を浮かべながらも、助けに入った凪ちゃんの方へ視線を向けるとそう言って頭を下げた。
凪ちゃんは非常に申し訳ないと思っているのか曇った表情を見せている。
「未来の貴女を巻き込んでしまってごめんなさい。……ちょっと、失礼」
凪ちゃんはそう言うと、四年後の私のおでこに何かを貼った。
その瞬間、何かの催眠術に掛かったように四年後の私は意識を失い倒れてしまう。
「ちょっと!何してる……」
「しーっ。あまり大声出したら彼女が起きちゃいますよ。このことはやはり記憶消去しておいたほうがいいと思って」
「彼女と未来の私はどうするの?」
凪ちゃんは少し顔をしかめる。
「四年後のミサトさんは、元の家に戻してあげるとして……。お母さんは、どうしましょう……」
未だ泣き崩れている未来の私を遠目で見てみる。
その様子はとてもまともだとは思えない。
「あの様子じゃ相当、精神的に来てると思う……」
「ですよね……」
暫く悩んでいると、突如、倉庫のドアが開いた。
誰かに見つかった……!
そう思い、後ろを振り返るとドアの前に立っていたのは……。
少し大人っぽくなっているが間違いない。
未来の――柚樹だ。
「ミサト!」
未来の私に向かって柚樹は走り出す。
声に気が付いたのか未来の私は彼の方に向いていた。
「柚樹……?」
「ごめん、勘違いさせた俺が悪かった。あの人とはただの友達関係なんだ。それ以上やましい事は何も無い。」
「私こそ、ごめんなさい。私のせいで凪が……」
「もうそれ以上言わなくてもいい」
さらに泣き崩れる未来の私を柚樹はしっかりと抱きしめていた。
「お父さん!」
そんな様子を見て、凪ちゃんは柚樹の元に駆け寄る。
「凪……。お前も急にいなくなって……。っ?怪我してるのか?」
柚樹は何かに気がついたように凪ちゃんの腕を見やった。
どうやら、ナイフを振り払う際に、地面で軽く擦り傷を作ってしまったらしい。
「えっ?あ、うん。でもたいしたこと無いよ。かすり傷だから」
「ちょっと待ってろ」
まるで手品を見ているかのように柚樹は手のひらから薬のようなものを出した。
恐らく時空空間を操って出したんだろう。
凪ちゃんが怪我をしたところを柚樹は消毒し始める。
だが、消毒液が染みたのか少し痛みで顔を歪ませる。
「いっ……。もう少し優しく出来ないの?」
「仕方が無いだろう」
手際よく薬を塗り、包帯を巻きつける。
一体、何処でそのような応急処置を学んだのか不思議でならないんだが……。
ずっと見ていた私の視線に気が付いたのか柚樹はこちらを向いた。
「君は……。もしかして、ミサト?」
「ええ。『過去の』だけれど」
「そうか……。ごめんな」
「そんな急に謝られても……。これからどうしたらいいの?」
「それは凪がやってくれると思う。俺はこのミサトをつれて先に未来に帰るよ。凪、過去のミサトをよろしくな」
「わかった」
凪に目配せをし、柚樹は凪ちゃんと同じ色のクラシックテレポーションを取り出す。
「それじゃ、元気で……。凪、後はよろしく頼むぞ」
「うん」
柚樹の周りが変わり始める。
あまりにも眩しい光を放ち、思わず目を瞑ってしまった。
そして……私が目を開けた頃には柚樹と未来の私の姿は無かった。
「とりあえず、お父さんも行ったはずですし、私たちも行きましょう」
「うん、分かった」
私は四年後の私を背負い、凪ちゃんはクラシックテレポーションを取り出し移動の準備に取り掛かると、柚樹が移動したのと同じように景色が変わり始めた。
「行きますよ?」
「う、うん……」
今は手を差し伸べることは出来ないため、凪ちゃんは私の腕を掴む。
私はまたあの揺れが来るのを覚悟して目を瞑ったのだが、今回の移動は本当に一瞬の出来事であった。
目を瞑って数秒。
直ぐに元の景色へと戻っていた。
一瞬の出来事だったため揺れも無く気持ち悪くもならなかった。
「早い……」
あまりにも早い移動に私は目を瞬きさせるしかない。
「瞬間移動はほんの一瞬の出来事ですから。さて、この部屋ですよね?ミサトさんの部屋は」
「えっ?あ、うん」
私は未来の私をベットに寝かせ、辺りを見渡す。
未来の私の部屋もまったくと言っていいほど、配置が変わっていない。
勉強机の上にや床は物が散乱してはいるのだが何故か、ベットだけは綺麗に整頓されている。
「ミサトさんの部屋って……その、異様ですね」
「……今の私もそう思う」
部屋の中を見ていると溜息ばかりしか出てこない。
私たちがそんなことを思っているのも知らず、すやすやとベットの上で未来の私は寝息を立てている。
「さて……、もう用事も終わったし、帰ろうか」
「……そうですね。ミサトさんを現代に戻さないと」
「確かに……でも、また気持ち悪くなる……」
「仕方ないですよ。何度も言いますがこれは慣れですから。諦めてください」
凪ちゃんは苦笑いしながらもまた、クラシックテレポーションの設定をし始める。
「しっかり掴まっててくださいよ!」
「言われなくてもそうするって」
今度は地響きが起きたのかと言うほどの強い揺れだった。
……なんか行きより揺れがだんだん強くなっている気がしてならない。




