第五話 四年後
「う……っ」
乗り物酔いを滅多にしない私が此処まで酔うとは思っても見なかった。
「ミサトさん、大丈夫ですか?」
凪ちゃんは心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
流石にこの状況じゃとてもじゃないが大丈夫とは言えない。
「……何で凪ちゃんはあんな激しい揺れを受けてそんなに平気なの?それよりもなんで前に来るより激しいのよ?」
「小さいごろからずっと時空移動はしていたので……。こればかりは慣れるしかありませんよ。時空移動が激しいのは、元いた時代より離れれば離れるほど、時空の揺れや長さは長くなって来るんです」
「じゃあ、またこの先をもっと行くと揺れは激しくなるんだ?」
「ええ。今はあの揺れ程度ですが私の時代のところまで行くになると流石の私でも少し気分が悪くなりますね。でも、この時代の前後ならあの揺れ以上の時空の揺れはないと思いますよ」
もうこれ以上移動したくない……。
でもあの揺れならまだ何とか耐えられるかも知れない。
顔を上げると目の前にあったのは私の見覚えのある場所だった。
――私立・渚高校。
いや、渚高校に隣接している渚短大の前といったほうが正しいかも知れない。
渚短期大学とはその名のとおり短期大学であり、3分の2の人々は渚高校から上がってくる。
レベルも真ん中より少し上ぐらいで決してそこまで高くはないが、サークルや学部等も他の大学に比べて豊富で市内の高校からの進学希望者が多い。
そのような理由もあってか毎年、倍率が高いので意外にも入るのは難しい――という説明はさて置いて。
何故、この大学の前に私たちはいるのだろうか?
「何でこの大学の前にいるのよ?」
「あれ?此処を設定したはずは無いんですが……」
クラシックテレポーションをポケットから取り出し設定の確認をしている。
「うーん……。設定場所はミサトさんの四年後ですから、間違いは無いんでしょうけれど……っ!」
「どうしたの?」
突然驚きの様子で私の手を引っ張り電柱の影に隠れた。
そして……、前方から向かってきていたのは多少、今より何処か大人びている未来の私の姿だった。
私たちに気が付くことなくそのまま大学の門をくぐり抜け校舎に入っていく。
「国公立大学へ行ったんじゃなかったの?」
「いや、国公立大学へ恐らく彼女は行ってますよ」
「じゃあどうして……?」
「今日は多分、研修会じゃないのでしょうか?でも、此処に来るのは予想外で……」
凪ちゃんは鞄から一枚のプリントを取り出した。
なるほど。確かに『○○大学研修』と書いてある。
場所も此処に指定されている。
渚大学に立っている時計塔が示している時刻は午後11時過ぎ。
今の時刻ぐらいから始まるらしい。
「どうするの?」
「行って見るしかないですね」
「此処、大学よ?一般の人が入れるわけが……」
「それなら大丈夫です。今日はオープンキャンパスも兼ねてるみたいですから」
「そう、それなら……っ!」
一瞬、背後から冷たい目線を感じた。
後ろを振り向くが一般の大学生や高校生ぐらいしか見当たらない。
「どうかしましたか?」
そこまで表情を変えたつもりは無かったのだが、何かを感じ取ったのだろう。
心配そうな表情で私を見つめていた。
「……いや、大丈夫。ちょっと気になっただけだから」
「無理しないでくださいね?」
私は少し戸惑いを感じながらも大学の門へと入っていった。
大学の中に入ってみると意外にも広く建物も新しい。
各教室では模擬講義やオープンキャンパスのイベントを行っていた。
「結構、楽しそうですね」
「確かに何となくのびのびしてるところもあるよね……」
「あっ!経済学部の講座へ行って見ましょうよ!旅行料金についての学び方見たいです!」
「あのねぇ……、未来の私を探すのが先決じゃ……」
私の言葉が終わらぬ間に彼女はさっさと教室に入っていった。
幸いにもまだ講義は始まっていない様子だ。
……あの子のマイペースぶりにはついていけない。
仕方なく私も彼女の後に続いて教室に入った。
あまり人気のない講座なのか教室は半分にも満たない。
私と凪ちゃんは窓側の一番後ろの隅のほうへ座った。
真剣に進路を決めている高校3年生の人たちの邪魔をしたくは無かったからだ。
――数分後。
講師と思われる人物が教室に入ってきた。
彼は人数が少ないことに驚き、少しがっかりした表情を浮かべていたが直ぐに表情を戻し授業を始めた。
私は学校の授業は嫌いだ。
だが、此処まで来てしまったのなら仕方が無い。
たまたま私の鞄の中に入っていた筆記用具とルーズリーフを広げて授業を聞いては見るがよく分からない。
しかし、隣にいる凪ちゃんはニコニコした表情を浮かべ、真面目に講師が言っていることを全てメモに取っている。
高校生でも分かりやすいよう旅行の金額について話始めたのはいいのだが、そこからよく分からない話が続き……、半分居眠りをしそうになりながらも一時間にもわたる講義が終了した。
「楽しかったですー!」
授業が終わった後、ずっとこれしか言っていない。
余程楽しかったのかその表情はご機嫌そのものだ。
「経済方面の勉強が好きなの?」
「はい!なんか商業や経済って見ているだけで楽しくないですか?」
「いや、私は……あんまり」
「そうですか……。あっ、ちょっとトイレ行きたいのでこの荷物お願い出来ませんか?」
「いいよ。持っとく」
私に鞄と預け、校舎の一番隅のほうにある女子トイレへと行ってしまった。
なんだかトイレの目の前で待つのも気が引けるので、少し離れた場所で待つ。
「もう12時過ぎか……。後で凪ちゃんと二人で何処かご飯食べに行こう……っ!」
突然背後から布のようなもので口を塞がれた。
助けを求めようにも此処は校舎の隅のため人通りが少なく、ましてや昼ごはん時にこんな場所に人が通っているはずも無い。
だんだんと校舎の景色が薄れていく……。
駄目だ……、もう持たない。
そう思った瞬間、私の意識は途絶えていた。




