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第三話 二年後 前編

一体私はどのぐらい目を瞑っていたのだろう。

ほんの数十秒の出来事だったのだろうが、私には数分経ったような感じがする。


「ミサトさん、着きましたよ?」


凪ちゃんに声を掛けられ、未だ少し眩暈がしながらも目を開けた。

私達が立っていたのはワープする前と同じ位置。

つまりベンチの前に立っている。


「此処は……?」


「えっと、ミサトさんがいた時代は2009年でしたから、今の西暦は2011年ですね」


電子式腕時計を見ながら凪ちゃんはそう答えた。

未来でも腕時計は使われているらしい。


「どうかしました?」


私は凪ちゃんの腕時計をずっと見つめたつもりはなかったのだが、彼女から見たら私はずっと視線を向けているように見えたらしい。


「いや、凪ちゃんの時代でも腕時計は使われてるんだなって」


「確かに言われてみれば腕時計は出来てからは何処の時空でも使われていますね。一応私のは電波時計なんですが」


電波時計とは、基地局からの電波を受信することによって時刻が修正されるため自分で時刻を設定する必要のない時計のことだ。

勿論、私の時代にも電波時計はある。

私は凪ちゃんから腕時計を見せてもらった。

白を基調としあまり飾り気のないシンプルなデザイン。


少し私のいる時代とはデザインは違うが、どうやら性能は時代が違っても変わっていないみたいだ。

私は辺りを見渡すが別段変わった事も何もない。いつもの噴水広場の風景にしか見えない。


「意外に変わってないものなんだね」


「いえ、変わってますよ?ほらあそこです」


凪ちゃんは広場の外にある建物を指した。


「あっ……、あんなところにコンビニが出来てる」


二年前には広場の向こうに出来ていなかったはずのコンビニが建っており、よく言われて見れば少しばかり風景も変わっている気がする。


「本当に時空へ飛んだんだね」


「私の言うことを信じてなかったんですか?」


頬を膨らませ、凪ちゃんは私を見つめた。


「だって半信半疑だったし……」


「そういうところは今のお母さんと変わらないんですね」


彼女はさっきの頬を膨らませていた表情から一変、私の姿を見てクスッと笑う。

その姿は女の私から見てもとても可愛く感じる。


「ねぇ、凪ちゃんのお母さん……いや、未来の私はどんな感じなの?」


そういえば、未来の私はどうなっているのだろうか?

気にならないと言えば嘘になる。

私の質問に対し、少しだけ思い出すよう素振りを見せ、ポツポツと話を始めた。


「んー。特に変わったことはないですよ。優しいお母さんです。でも、今回だけは違ったんです。どうしてあんな行動に出たのか……」


だんだんと声が小さくなり頬から涙が一筋流れ落ちる。

……もしかして私、触れちゃいけないこと聞いてしまった?


「ね、ねぇっ!とりあえずさ、色々見てみない!」


「うぅ……」


これ以上彼女を泣かせないように私は話題を変えるためそう言ったのだが、どうやら私の言葉は凪ちゃんの耳には入っていないらしい。さっきより涙の粒の数が増えている。


「凪ちゃん泣かないでよ。まずは未来の私を見つけるのが先だよ?」


喜怒哀楽がこんなにもはっきりしている人は余り見かけないかも知れない。

私はブレザーの右ポケットからウサギの刺繍(ししゅう)が施してあるお気に入りのハンカチを取り出すと、彼女の頬から次々と流れ落ちる涙を拭い取りベンチに座らせた。

数分後、未だ頬と目を赤くさせていながらも何とか凪ちゃんは泣き止んでくれた。


「ごめんね。私が変なことを聞いたばかりに」


本当に申し訳ないと思っている。

ちょっとした好奇心で聞いたはずが逆に彼女を傷つけてしまった。

私の謝っている姿を見て凪ちゃんは、いえ、つい感情が高ぶっちゃって泣いてしまっただけなので。私こそ申し訳ないです、と律儀に頭を下げていた。


「そんな……。凪ちゃんが謝ると逆に私が申し訳ないと思えてくるよ。私のことなら大丈夫。……それより、さっき肉まん買ってきたんだけど食べる?」


凪ちゃんをベンチに座らせて落ち着かせている間、せめてのお詫びとして二年前に出来ていなかったはずのコンビニへと足を運び、肉まんを買ってきた。

コンビニの袋の中には、肉まん・あんまん・ピザまんが各二つずつ入っており、袋越しでもほんのり温かい。

私は袋から肉まんを取り出し、凪ちゃんに手渡そうとした。

だが、凪ちゃんはきょとんとした表情を浮かべ私の手にある肉まんを見つめている。


「どうかしたの?」


「肉まんって何ですか?」


「えっ?」


……予想外だ。

肉まんのこと知らないとは思っても見なかった。未来には肉まんは存在していないのだろうか。


「肉まんっていうのは……、その……何?肉饅頭を略して肉まんって言うんだ。中にはいろんな具が入ってるよ」


「へぇー」


私は肉まんを凪ちゃんに渡す。

対する凪ちゃんはそれをまじまじと見つめると、少しだけ(かじ)り口に含んだ。


「どう?」


「わぁ……!これ美味しいです!」


「それなら良かった」


本当に嬉しそうに食べている。

何とか彼女を元気に出来てよかった。


「肉まん美味しいです~」


さっきとは打って変わって妙にハイテンションながら、凪ちゃんは肉まんを食べ続けていた。

おかげで私の分まで取られちゃったけど……。

でも元々彼女のために買ってきたものだ。

元の時代にいる限り、肉まんなんて何時でも食べれる。


「あれ?これは?」


肉まんと種類が違うと思ったのだろう。

袋に入っている残りの二種類を指して私に聞いてきた。


「右があんまんで、左がピザまんだよ」


「ピザ?ピザってパリッとした生地に色々トッピングして最後にチーズをかけて焼くあのピザですか?」


どうやらピザの事は知っているらしい。

私の時代にあるピザの特徴と一緒だ。

と言うか、ピザは知っていて肉まんは知らないって……。

私はそんなことを思いながらも口には出さず、うん、そのピザだよ、と答えてあげた。


「えっ?じゃあもしかしてこのピザまんにピザがそのまま丸ごと入ってるんですか?」


彼女の発言に私は思わず、近くの自動販売機で買って飲んでいた葡萄(ぶどう)ジュースを吹き出してしまった。

ああ、葡萄ジュースが勿体無い……。


「いやいや!ピザは丸ごと入ってないよ」


ピザまんと聞いて、ピザがそのまま丸ごと入っていると思ったらしい。

最初は凪ちゃんを電波系少女かと思っていたけど……。

天然少女みたいだ。

周りに飛び散ってしまった葡萄ジュースをハンカチやティッシュで拭いている間に、凪ちゃんはピザまんを食べ進め、とうとう私が買ってきた肉まん・ピザまんを完食してしまった。

しかし、あんまんは凪ちゃんの口には合わなかったらしく、うーん……ちょっとこれは私には無理です、と言って苦笑いを浮かべており、一口で食べるのをやめてしまった。


あんまんは私の大好物だ。

彼女が食べなかったあんまんを私が現在進行形でせっせと食べ進めている。

あんまんを食べてる私を横目で見ながらも、こんなに美味しい食べ物を頂いたのは初めてです!本当にありがとうございます!と満足そうに笑っていた。


「それならよかった。で、本題だけどこれからどうすれば……」


「とりあえず二年後のミサトさんを見つけるのが先決ですね」


「そうだけど、今の時間は学校だよ?どう考えても無理じゃ……」


突如、凪ちゃんは手帳のようなものを取り出す。

こんな時に手帳なんか出してどうするのだろうか?


「それって手帳?」


「電子手帳です。ちょっと設定しておけばその人の過去未来の予定が全て分かるんですよ。似たような機能は時空移動で使ったクラシックテレポーションにも付いているんですが、こっちのほうが機能がいいので」


手帳を捲り彼女は淡々と答えるが、その時私はある疑問が浮かび上がった。

葡萄ジュースを飲む手を止めずに、私は彼女に聞く。


「じゃあ、その過去を改変しようとしている未来の私の予定も分かるんじゃないの?」


しかし、私の問いに彼女は首を振って否定をした。


「それは出来ません。自らが行った時空行動しか見ることができないんです。えっと……、2011年は……。あっ、ありました。今日の日付はどうやら2011年12月23日みたいですね。ミサトさんの予定は大学受験に向けての勉強のためこの近くの塾に通っているみたいです」


「えっ?二年後の私は塾行ってるの?」


現在の私は高校一年生。

渚高校は私立校で行こうと思えば大学までエスカレーター式で行ける。

当然、私は他を受験することなく、そのまま上がるつもりでいる。

今のところ成績はあまり悪くはないし親も塾なんか行かなくてもいいと言っているのに。


「何故、塾へ行くようになったの?」


不思議にしか思えず私は凪ちゃんに聞いた。


「んー、最初はそのまま大学へ上がるつもりだったみたいですが、とある出来事で国公立大学を目指すようになったみたいですね」


「そのとある出来事って?」


「未来の予定によれば、そのある人が国公立大学への進学するらしくその影響でミサトさんも目指すようになったみたいですよ」


「ある人……ね。それは誰なの?」


私の問いに対して、何故か凪ちゃんは悪戯な笑みを浮かべ笑っている。


「何が可笑しいの?」


「いえ……、別に……。ふふっ」


依然として凪ちゃんの笑いは止まらない。

その様子に私は訝しげな表情を浮かべるしか無い。


「ちょっと、そんな意味深な笑い方されたらこっちだって気になるわよ」


「それはもうそろそろしたら分かりますよ。3、2、1……。あちらを見てください」


「?」


腕時計を見ながらそう促され、凪ちゃんが指を示している方向へと私は視線を向けた。

彼女の指した先にはベンチがあり、その近くのビルから二人の男女が出てきた。

そして、仲良くベンチに腰を下ろす。

そこには私ともう一人の男の人がいて……。

あれ?あの人何処かで……。

もう一度、目を凝らしてよく見てみると――そこには私の知った人物がいた。


「柚樹!?」


柚樹(ゆずき)とは小さい頃からの幼馴染だ。

中学受験をして私立校に入った私と違い、彼はそのまま地元の中学へと上がり、学費が安い一般的な公立高校へ行ったと聞いた。

お互い別の中学へ上がったっきり、自然と会話も薄れていき今は彼と一度も会っていない。

高校は違うはずなのにどうして……?


「ねぇ、何で私と柚樹が仲良くベンチに座ってるのよ?」


私は当然のごとく凪ちゃんに聞くが、当の彼女は小さく溜め息を付いていた。


「ミサトさん、あの状態を見てまだ分からないんですか?」


分からないことはない。でも、私は今、目で見ていることを信じたく無いだけだ。

黙っている私を見てこれ以上聞いても無理だと思ったんだろう。

一呼吸置いて、凪ちゃんは私を見つめて話を始めた。


「二年後のミサトさんは柚樹さんと付き合っています」


――やっぱりね。考えたくも無かったけれど。

頭を抱えて溜め息を付いている私を余所に話を続ける。


「その付き合うきっかけというのは……」


話をそう切ってまたクスクスと笑い始めた。

さっきから何が可笑しいのか。


「さっきからクスクス笑って……。感じ悪いわよ?」


流石にこんなにも笑われると少しばかり気分が悪い。

自分の行動が行き過ぎたと分かったのか、彼女は少し申し訳なさそうな顔をすると再び言葉を紡ぎ始める。


「あ、すみません。で、話を続けますが、理由が……柚樹さんにからかわれて頭にきたミサトさんが『彼を見返してやる!』って言って塾を行き始めたのが原因みたいですよ」


「な、何よその理由!」


私はただ頬を赤らめて怒るしかなかった。

その様子を見て凪ちゃんは笑いを抑えきれなくなったんだろう。

お腹を抱えて笑い始めた。


「それから、色々あって二人は付き合うようになった見たいですよ。いやー、青春っていいものですね」


いや、あんたも私と同い年でしょ……。

そんなことを思いながらも、私は少しムスッとした表情で彼女に言い返す。


「そりゃ見ている側は楽しいだろうけどこっちとしてはこんなのは勘弁して欲しいよ。いいもん。未来なら何時だって変えれるし」


「これはどうあがいても決定事項になっていますから。諦めてください」


「そんな!」


私の驚いた表情を見て、凪ちゃんはこれでもかというぐらいまた笑い出した。


「……何、本気にしているんですか。ちょっとした冗談ですよ」


「もう!人をからかったりして!凪ちゃんが言ったら妙に説得力があるから冗談に聞こえないの!」


そう言い返したのだが、さっきまで笑っていた凪ちゃんが急に静かになった。


「どうかしたの?」


あまりにも急な変化のため、私は怒るのをやめてしまった。


「ちょっと、行きましょう」


ただ凪ちゃんはその一言を言い、私の手を掴み走り始めた。


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