大賢者ゲイリー
古代の山脈「嘆きの尾根」の頂上付近、雲が尻の形をしているような不思議な場所に、
一人の男が座っていた。
立派に蓄えられた髭、ローブは最高級の星織り布、杖は龍の骨とユニコーンの涙で作られた逸品。
頭には知恵の冠……のはずが、実はただのトイレットペーパーの芯を逆さにしただけの即席冠だった。
彼の名はゲイリー・ハライテーナ。
史上最も魔力を持った男であり、同時に史上最も便座と親密な関係を築いた男。
「ふぅ……今日も魔力循環が活発だな」
ゲイリーは深いため息をつきながら、腹をさすった。
彼の体内では、毎秒毎秒、膨大な魔力が渦を巻いている。
普通の魔術師ならその1/100でも爆発死するほどの量だ。
だがゲイリーの場合は、爆発する前にまず腸が爆発する仕様になっていた。
そこへ、息を切らして一人の若い弟子が駆け上がってきた。
名前はリット。19歳。まだ一度も下痢で戦を中断したことがない、純粋無垢な若者である。
「師匠! ついにその時が来ました!
大陸全土を震撼させる『終末の魔王』が復活したとの報せです!
全賢者会議が緊急召集をかけ、あなたの力が必要だと……!」
ゲイリーはゆっくりと立ち上がり、杖を握り直した。
……が、すぐに顔が引きつる。
「リットよ。今、何時だ?」
「え? 太陽がちょうど真上なので、正午を少し回ったところかと……」
「つまり……あと7分は安全圏か。よし、行くぞ」
「師匠!? もう出発ですか!?」
「当たり前だ。魔王を待たせるわけにはいかん。
……ただし、道中で厠があれば寄る」
二人は山を駆け下り、魔王城を目指した。
道中、魔物の群れが襲ってきた。
ゲイリーは片手で杖を振る。
一瞬にして周囲100メートルが青白い光に包まれ、魔物たちは分子レベルで蒸発した。
「さすが師匠! 圧倒的です!」
「褒めるのはあとだ、リット。
今は……今は別の圧倒的危機が迫っている……!」
ゲイリーの顔がみるみる青ざめていく。
魔力の奔流が腸を直撃したのだ。
彼は必死に歩幅を小さくし、膝を寄せて歩き始めた。
通称「賢者のペンギン歩き」である。
やがて二人は古い街道沿いの小さな村にたどり着いた。
そこに、奇跡が——いや、救世主が——あった。
「ようこそ、旅人さん。 ポーションも魔法の巻物も、下痢止めもあるぞい!厠もな!!」
店主の老婆がニコニコしながら言った瞬間、
ゲイリーの目が輝いた。まるで救いの女神を見たかのように。
「婆さん……その下痢止め、最高級のやつをくれ。
在庫全部だ。金ならいくらでも出す」
「ほぉ、随分と切羽詰まっとるのう。
最高級は『神聖封腸散・極』じゃ。飲めば24時間は鉄の腸になるぞい」
ゲイリーは震える手で金貨を投げ、粉末を一気に飲み干した。
「……効く、効いてる……!
これでようやく、魔王と真正面から——」
その瞬間だった。
ドゥンッ!!
遠くの空が真っ赤に染まり、魔王城方面から巨大な黒い柱が天を突いた。
魔王が本気を出し始めた合図だ。
「師匠! 急ぎましょう!」
「待て、リット……まだだ……」
ゲイリーは静かに目を閉じた。
そして、深く深く息を吸い——
「今だッ!!」
彼は一瞬で空間を歪め、瞬間移動の禁呪を発動。
次の瞬間、二人は魔王の玉座の真ん前に立っていた。
魔王は30メートルはある巨体。
六本の腕、十二の目、口からは溶岩が滴っている。
「おお……ついに来たか、伝説の賢者ゲイリー・ハライテーナよ!
貴様の魔力、すべて我がものと——」
「黙れ」
ゲイリーの声は低く、しかし異様に落ち着いていた。
「わしは今、24時間だけ鉄の腸を手に入れた。
その間に決着をつける」
魔王が嘲笑う。
「24時間だと? 笑わせるな! 我との戦いは数日、いや数週間かかるぞ!」
ゲイリーは杖を構え、静かに微笑んだ。
「いいや……3分で終わらせる!」
そして彼は、人生で最も集中した瞬間を迎えた。
膨大な魔力が一気に収束し、
星を砕くほどのエネルギーが一点に凝縮され——
「ハライテーナ最終奥義——
『我慢の限界を超えた者の一撃』!!」
バァァァァン!!!
光が世界を白く塗りつぶした。
魔王の巨体は一瞬で消滅。
残ったのは、巨大なクレーターと、焦げた王冠だけだった。
リットは呆然と立ち尽くす。
「……師匠、勝ちましたね」
「ああ。勝った」
ゲイリーはゆっくりと杖を下ろし、
勝利の余韻に浸ろうとしたその瞬間——
グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!
腹の奥底から、まるで地響きのような音が響いた。
「……え?」
ゲイリーの顔が一瞬で青ざめる。
「待て……待て待て待て待て……!
神聖封腸散・極は24時間効くはず……!
なのに……なぜ……!?」
リットが慌てて駆け寄る。
「師匠!? どうしたんですか!?」
ゲイリーは両手で腹を押さえ、膝をガクガク震わせながら呟いた。
「……わかった……
魔王を倒した瞬間の魔力放出が……
俺の体内魔力を一瞬で限界突破させた……
その衝撃波が……下痢止めを……貫通した……!」
次の瞬間、声にならない声が魔王城全体に響き渡った。
「魔力の残渣を浄化する最終浄化儀式」と呼ぶべき轟音だった。
ゲイリーは顔を真っ赤にしながら、
両手でローブの裾を必死に押さえ、
しかしもう制御不能。
「うわあああああああ!!!
真理が……!
真理がああああぁぁぁぁあ!!!」
リットは目を丸くして後ずさる。
「し、師匠……!?
これ……史上最大の魔力放出じゃなくて……!?」
ゲイリーは最後の力を振り絞って叫んだ。
「リットよ……!
この瞬間を……記録せよ……!
これこそが……真の『我慢の限界を超えた者の一撃』の代償……!
賢者とは……勝った瞬間に……負けるもの……!」
そして彼は、
魔王の玉座のど真ん中で、
盛大に、歴史に残るレベルの「解放」を果たした。
……その後。
大陸全土に謎の伝説が生まれた。
一部の学者は「これは魔王の最後の呪いだ」と主張したが、
実際を知るリットだけは、
「いや……あれは師匠の……」
と言いかけて、
毎回引きつった表情伏せ黙り込むようになった。
ゲイリー・ハライテーナは、
『史上最強の賢者』
永遠に語り継がれることになった。




