堕ちた刃
———東の荒野
夜はまだ終わっていない。
だが、荒野は昼のように明るかった。
夜を染める光。
夜を深める闇。
その中心に——
一つの身体が倒れている。
砂に広がる血。
地面に伏したハザエル。
その血が、砂を濡らす。
ペイモンが駆け寄る。
「ハザエル!」
ハザエルは笑った。
「……うるせぇ。」
口から血を吐く。
「まだ……」
ゆっくり体を起こす。
「死んでねぇ。」
アリトンが叫ぶ。
「もうやめろ!」
「無理だ!」
だがハザエルは、立ち上がる。
体中が穴だらけだった。
それでも笑う。
ナイフを握る。
「神様よ。」
天照を睨む。
「俺を舐めんな。」
その瞬間
ハザエルが走り出す。
ペイモンの目が見開く。
「やめろ——」
次の瞬間。
天照を襲う。
ナイフが振り下ろされる。
「死ねぇ!!」
———キィン。
音と同時に、
ナイフが止まる。
天照の指が、
刃を挟んでいた。
ハザエルの笑みが止まる。
それでも、
ナイフが天照の首元に、近づこうとする。
「"服従"しろっ!」
———その瞬間。
空気が僅かに固まる。
だが、天照は静かに言う。
「愚かな人間。」
次の瞬間。
"光"が貫いた。
ハザエルの胸。
身体が浮く。
荒野が静まり返る。
血が砂へ落ちる。
ハザエルは笑った。
「……へっ。」
視線をオリエントへ向ける。
「悪ぃ。」
「先に……」
体が崩れる。
砂へ倒れる。
動かない。
ペイモンが拳を握る。
アリトンが震える。
オリエントだけが
静かに天照を見ていた。
そして呟く。
「.....そうか。」
ゆっくり歩き出す。
「"神"ってのは、こうやって人を殺すのか。」
その瞳が闇に染まる。
荒野の闇が
さらに広がる。
ペイモンは静かに立っていた。
アリトンは言葉を失っている。
そして——
オリエントだけが歩いた。
ゆっくり。
砂を踏みしめながら。
ハザエルの前で止まる。
しゃがみ込む。
何も言わない。
ハザエルの手から落ちていたもの。
ナイフ。
ただのナイフだ。
刃は欠けている。
血の匂いが漂う。
オリエントはそれを拾う。
指で刃をなぞる。
「……借りるぞ。」
小さく呟いた。
ペイモンが視線を向ける。
「オリエント。」
オリエントは立ち上がる。
ナイフを軽く回す。
「いい牙だった。」
その目が、ゆっくりと天照を見上げる。
その"光"は、さっきよりも、強くなっていた。
遠くの街から
祈りが届く。
アリトンが震えた声で言う。
「……無理だ。」
「勝てない。」
ペイモンは静かに答える。
「知っている。」
オリエントは笑った。
「そうか?」
ナイフを握る。
「"神"なら——」
その目が、暗く光る。
「殺す価値がある。」
空気が重くなる。
ペイモンが言う。
「許したくないが、」
「このまま戦えば、全滅だ。」
オリエントは黙ったまま聞く。
「一度引く。」
「祭りまで時間がある。」
「そこで"神"を堕とす。」
オリエントは少し考えた。
そして——
肩をすくめる。
「ハザエルは?」
その時だった。
光と闇の狭間に、黒い裂け目が走る。
空間が歪む。
そこから、一人の男が現れる。
ゆがんだ笑み。
長い影。
三人の視線が集まる。
男はゆっくり、その一歩を踏み出す。
砂が揺れる。
低い声が響いた。
「派手にやってるじゃないか。」
ペイモンが眉を上げる。
「……お前か。」
男は笑った。
その名は———サタン。
サタンは周囲を見渡す。
壊れた荒野。
"神の光"。
そして
倒れているハザエル。
「一人死んだか。」
オリエントは答えない。
ナイフを握ったまま立っている。
サタンが面白そうに笑う。
「怒ってるな。」
「............。」
オリエントが口を開く。
「何の用だ?」
「今、"神"を殺す。」
サタンは肩をすくめる。
「そうか....」
"光"に目を向けるサタン。
口角が上がる。
「素敵じゃないか。」
ペイモンが言う。
「遊びに来たのか?」
サタンは首を振る。
「いや。」
ゆっくりオリエントを見る。
「確認だ。」
「お前が——」
少し間を置く。
「本当に"神"を殺せるかどうか。」
オリエントは笑った。
ナイフを持ち上げる。
「見てろ。」
「次は——」
空を見上げる。
"光"が荒野を照らす。
オリエントの声は、静かだった。
「神の番だ。」
荒野の夜は
まだ終わらない。




