反逆の祭り
———天空の社
静寂に包まれた神域。
白い霧のような雲が、
ゆっくり流れる、その空間の奥に、
一つの小さな部屋があった。
そこには、年老いた女が、一人座っている。
長く垂れた耳たぶ。
閉じた瞳。
白い簡素な装束。
六柱神を支える存在———順風耳。
彼女は何も、していないように、見える。
だが、その耳は、世界のすべてを聞いていた。
風が囁く声。
街の雑踏。
祈り。
悲鳴。
そして———
「今度、ヒカリノで祭りがあるだろ?
それをぶっ壊す。」
その言葉に、
順風耳の眉が僅かに動いた。
遠く離れた地。
少年と男の声。
「とりあえず、あの馬鹿デカそうな神輿は跡形もなくなるな。」
「それから、“神”を信仰してる奴らも———」
空気が震える。
順風耳はゆっくりと、目を開いた。
濁りのない静かな瞳。
「……そうですか。」
小さく呟く。
「反逆の火は、
もうそこまで、来ていますね。」
彼女はゆっくりと、立ち上がった。
杖をつく音が、静かな神域に響く。
コツ——
コツ——
長い廊下の先。
そこには、六柱神が集う場所。
巨大な扉の前に立つ順風耳。
「失礼いたします。」
扉がひとりでに開く。
———円卓の間
光も闇もない空間。
五つの影。
順風時の背後から、
身体に、熱を帯びたアレスが現れる。
円卓の間に六柱神が揃う。
「どうした?順風耳。」
そう言いながら、彼は円卓に座す。
順風耳は、静かに頭を下げる。
「申し上げます。」
低く落ち着いた声。
その一言で、円卓の視線が集まる。
「ヒカリノ大陸にて——」
「祭りを襲撃する計画が、確認されました。」
空気が一瞬で重くなる。
「なるほど。」
笑ったのはロキ。
「誰が?」
順風耳は迷わず答える。
「堕神側の男——オリエント。」
「そして——」
少しだけ言葉を置く。
「“神殺し”の少年、いつきに接触しております。」
円卓の空気が揺れた。
天照が立ち上がる。
「やはりか。」
アテナは目を細める。
「祭りが狙われる可能性は考えていた。」
アレスが面白そうに笑う。
「へぇ……」
「面白くなってきたじゃねぇか。」
オーディンは静かに順風耳を見る。
「他には?」
順風耳は、ゆっくりと答える。
「神輿の破壊。」
「信者の虐殺。」
「それにより——」
「"神"を地上へ、
引きずり出すつもりのようです。」
沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのはハデス。
「確かに。」
「愚かながら、理には適っている。」
ロキが肩をすくめる。
「派手な祭りになりそうだね。」
順風耳は頭を下げたまま言う。
「如何いたしましょう。」
その問いに、
しばらく誰も答えなかった。
そして——
アレスが立ち上がる。
椅子がゆっくりと音を立てた。
「いいだろう。」
口元が歪む。
「その祭り——」
「俺が見に行ってやる。」
円卓の空気が、
わずかに熱を帯びた。
———東の荒野
崩れた礼拝堂。
夕焼けが、崩れたステンドグラスから差し込み、
床に赤い光を落としている。
中では三人の影が退屈そうに時間を潰していた。
ナイフを回して遊んでいる男。
ハザエル。
床に寝転がり天井を見ている男。
ペイモン。
そして壁の隙間から外を眺めている男。
アリトン。
その時——
風が吹き込んだ。
「……帰ってきたか。」
ペイモンが起き上がる。
礼拝堂の入口に立っていたのは、
オリエントだった。
「遅かったね。」
アリトンが振り返る。
ハザエルはニヤリと笑う。
「どうだった?」
「神殺し。」
オリエントは答えず、ゆっくり歩いてくる。
靴音が礼拝堂に響く。
そして近くの椅子に腰を落とした。
「会ってきた。」
短い答え。
「おお?」
ペイモンの眉が上がる。
「それで?」
オリエントは少し笑う。
「面白い奴だ。」
ハザエルが興味を持つ。
「強いのか?」
「まだ分からん。」
「だが——」
「普通じゃない。」
アリトンが少し不安そうに聞く。
「仲間になるの?」
オリエントは鼻で笑った。
「無理だな。」
「完全に、正義側の顔、してやがる。」
ハザエルが爆笑する。
「ははは!」
「だろうな!」
「顔見ただけで分かるわ!」
ペイモンは腕を組む。
「で?」
「どうする。」
オリエントは天井を見上げた。
崩れた天井の隙間から、赤い空が見える。
「誘ったんだがな。」
「祭りに———」
ハザエルが嬉しそうに立ち上がる。
「来るのか?」
「来ない。」
即答。
「だよな。」
ペイモンは苦笑する。
オリエントは少しだけ口角を上げた。
「だが——」
「止めに来る。」
礼拝堂の空気が少し変わる。
「あくまで、勘だけどな。」
アリトンが小さく呟く。
「……戦うの?」
「その時は———」
オリエントは立ち上がる。
「だが、それでいい。」
「派手な方が面白い。」
ハザエルはナイフを回す。
「いいねぇ。」
「俺も暴れたい。」
ペイモンは冷静だった。
「問題は"神"だ。」
「本当に降りてくるか?」
オリエントは笑う。
「来るさ。」
「神輿を壊して、信者を潰して、街を燃やせば——」
「嫌でも顔を出す。」
アリトンは少し震えた声で言う。
「大丈夫かな?」
沈黙。
その沈黙を破ったのは、
オリエント。
「任せろ——」
彼の目がわずかに光る。
「本物の戦争を見せてやる。」
ハザエルが笑う。
「最高じゃねぇか。」
ペイモンは静かに息を吐く。
「……祭りは三日後だ。」
オリエントは礼拝堂の出口へ歩き出す。
「準備しとけ。」
振り返らずに言う。
「"神"を堕とす。」
夕焼けの光の中で、
四人の影がゆっくり伸びていた。
そして——
反逆の祭りが、
確実に近づいていた———
———天空の社
闘技場の間。
そこでは、風を切り裂く音が響く。
レンガ造の地面に、汗が滴り落ちる。
イニュオが闘いの準備をしていた。
そこに、男の声が届く。
「———行くぞ。イニュオ。」
「了解。」
イニュオは即答だった。
だが、二人の背後から足音が近づく。
「待て———」
高く澄ました声。
「私の祭り、」
「私の信者達が、狙われている。」
「お前らの、手間は取らせん。」
強い口調でアレスに話しかけたのは、
———天照。
「俺の出番だろ?」
聞く耳を持たないアレスに、
天照は目を閉じた。
「天児....」
天照が、そう呼びかけると、
背後から、身体が少し、丸みを帯びた、
小さい男が現れる。
その男は、合掌をしながら、
その二人に向かって、言葉を放つ。
「"止まれ"。」
その声が響いた瞬間、
空間そのものが凍りついた。
アレスの筋肉が軋む。
「……チッ。」
指一本、動かない。
「ここで、待っていろ。」
天照は微笑む。
神と人間。
そして——
神殺し。
すべての歯車が、
ゆっくりと回り始めていた。
その頃——
ヒカリノの街で、
少年は夜空を見上げていた。
「……祭り。」
右手を握る。
運命は、もう動いている。




