揺れる想い、軋む円卓
———廃工場
天井の隙間から灰色の空が見える。
カラスが一羽、ゆっくりと横切った。
「久しぶりね。」
静かな声。
いつきが振り向く。
「あ……」
そこに立っていたのは、
黒い髪を揺らす女。
「……あんたは」
モイラは軽く手を振った。
「覚えててくれた?」
「忘れるわけない……」
いつきはゆっくり体を起こす。
「俺のこと襲ってきた。」
「ひどい言い方ね。」
「あれは私の信者達がやったことよ。」
モイラはくすっと笑った。
「あんたがやらせたんだろ。」
モイラは目を合わせない。
「....何のよう?」
いつきは真っ直ぐに聞く。
モイラは少し
考えるふりをしてから答えた。
「話したかったの。」
「……俺と?」
「ええ。」
彼女は工場の奥へ歩きながら言う。
「あなたが、今、何を考えてるのか。」
いつきは眉をひそめた。
「変な奴だな。」
「よく言われるわ。」
モイラは天井の隙間から空を見上げる。
「灰色ね。」
「……」
「あなたの心みたい。」
「....そんなことない。」
いつきが不機嫌そうな顔をする。
モイラは振り返る。
「迷ってるでしょ。」
その一言で、空気が少し変わった。
「……何を?」
「———全部。」
モイラは肩をすくめる。
「"神"とか。」
「"力"とか。」
「あの女の子のこと、とか。」
「女の子?って、ましろのこと?」
「なんで知ってるの?」
「それは秘密。」
「……あんたは、何なんだ。」
モイラは一瞬だけ目を細めた。
「それ、二回目ね。」
「答えろよ。」
しばらく黙った後、
モイラは微笑む。
「あなたと同じよ。」
「……何?」
モイラは当然の様に答えた。
「ただ、"力"を持ってる。」
いつきの顔が固まる。
「そんなこともう、わかってる。」
「なんで、俺の周りを彷徨く?」
「それは....面白いから。」
モイラはあっさり言った。
「あなたを欲しがってる“神”。」
「それに抗うもの。」
「どっちにつくの?」
空気が凍る。
いつきの拳がゆっくり握られる。
「……別に....。」
「俺は俺だ。
神なんて信じないし、
"力"を振いたい訳じゃない...。」
モイラは少しだけ優しい目をした。
「あなた、やっぱ面白いわね。」
「……」
「でも、これからどうするの?」
「あの女の子はオリエントの下へいったわ。」
「なんて?」
いつきはモイラに一歩踏み出す。
それでも、
モイラは少し楽しそうに言う。
「大丈夫よ、あの子は無事。」
「でもね、」
「あなたがのんびりしてる間に、
歯車は回ってるわ。」
「そんなこと言われたって....」
「しっかりしな。」
モイラはいつきをまっすぐ見た。
「“神殺し”の力を持ってるのに」
「まだ人間の顔してる。」
いつきの目が揺れる。
「普通ね———」
そのまま、モイラは続ける。
「そういう"力"を持った人間は、
すぐ壊れる。」
「"神"を憎むか。」
「自分を憎むか。」
「世界を憎むか。」
そして、少し近づく。
「でもあなたは違う。」
「まだ迷ってる。」
「まだ気にしてる。」
「その"力"の代償を」
「なんでそれを?」
モイラはふっと笑う。
「分かるわよ。」
「私だって、神域に居たんだから。」
「"力"については、ある程度——」
「そうなの?」
「えぇ、でも、面白くなかった。」
「刺激も、自由もない———」
「でも、この世界は面白い。」
「あなたみたいな子が、いるから。」
「———だから好きよ。」
いつきは少しだけ目を逸らした。
「……変な奴。」
「ありがとう。」
モイラは満足そうだった。
モイラは空を見上げる。
「運命って、動いた方が綺麗なの。」
風が吹く。
そしてモイラは歩き出した。
「また会いましょう。」
「次は———」
振り返るモイラ。
「あなたが何かを選んだ後に。」
去って行く背中を
いつきは眺めた———
———円卓の間
光も闇もない空間。
ただ、静かな空気だけが漂っている。
その中心に、六つの影。
六柱神が座す。
一人が静かに口を開く。
「祭りが近い。」
低く落ち着いた声。
オーディンだった。
「六大祭か。」
別の声が応じる。
「千年以上続く、信仰の儀式。」
薄く笑ったのは———アレス。
「律儀なもんだ。」
「だが、足りないなぁ。」
アテナが答える。
「ここ数年、信仰者が減ってきてるからな。」
「祈りを、集めなければ。」
天照が言う。
「だが、世界は保たれている。」
「問題はない。」
アテナが返す。
別の声が響く。
「祭りかぁ....」
「無事に終わるかな?」
ロキは笑った。
そこに、重い声が響く。
「"神殺し"の少年がいる。」
空気が少しだけ張り詰める。
その声の主は、ハデス。
その声に反応する天照。
形相を変え、口調を尖らせる。
「祭りは邪魔させない。」
「落ち着け。」
天照をアテナが宥める。
「珍しいな。」
アレスは笑う。
それに、答えるのはアテナ。
冷たい声で返す。
「だが、奴は危険だ。」
「危険?」
ロキは肩をすくめた。
「だから面白いのに。」
オーディンが静かに口を開く。
「気をつけろ。」
「ヒカリノ大陸に——」
オーディンの言葉に、
ロキが身体を乗り出す。
「何か見たのか?」
「.......。」
揺れる円卓の間に、足音が響く。
その影は、六柱神に言葉をかける。
「サタンが動くぞ。」
「右手の少年の下へ向かってる。」
ヘルメスだった。
「こんな時にか。」
立ち上がるアテナ。
「邪魔はさせない。」
更に鋭くなる天照の声。
それに反し、
小さく笑う声。
また別の声が答える。
「俺の出番か?」
その声はアレスだった。
他の"神"は答えない。
アレスが続ける。
「なんだ、止めないのか?」
「少年次第だ。」
真っ直ぐ見据えるアテナ。
「もしもの時は———。」
"光"を放つ天照。
その会話を、重い声が遮る。
「歯車は回っている。」
「だが———」
「世界は終わらない。」
ハデスの重い声に
再び沈黙が落ちる。
「"右手の少年"が"神"に触れる時———」
「壊れるのは——」
「神かもしれないね。」
軽い口調のロキ。
———その言葉に、
揺れる円卓。
噛み合う歯車。
———そして、
混ざり合う運命。




