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エイシスト  作者: 翔陽
26/39

白と黒


———荒野の中心、崩れた礼拝堂。


風が砂を巻き上げる。

砕けた十字架が、地面にいびつな影を落としていた。


その前に立つ——

ましろ。


「……ふぅ」


短く息を吐き、

右手を胸に当てる。


(——乱れてる)


ましろは、自分の内側を確かめるように、

覚悟を、静かに"固定"した。


そして、礼拝堂を見上げる。


「……そこに、いるんでしょ。」


問いではなく、確認。


次の瞬間——

礼拝堂の上から、乾いた拍手が響いた。



「へぇ...」


軽い声。


「君、勘がいいね——」


短髪、細身。

左手をポケットに突っ込み、

右手をだらりと下げたまま笑っている。


——そこにいたのは、オリエント。


「一人?」

「随分と、無謀だ。」


「あなた達が危険だから——」


ましろは視線を逸らさない。


「だから、いつきに近づかないで。」


一歩も引かない声。


「それだけ。」


「はは....」


オリエントは肩をすくめる。


「正義の味方か?」

「それとも——“神”の番犬?」


空気が、わずかに張り詰めた。


「私は“神”じゃない——」

「秩序を、守るだけ。」


「同じだよ。」

オリエントは即答だった。



「秩序を守る奴は、変化を嫌う。」

「君もそうだろ?」


ましろが言葉を返す。

「変化が、必ずしも正しいとは限らない。」


「でもさ——」


オリエントは礼拝堂の上から、静かに飛び降りる。

しっかりと砂を踏みしめ、ましろの前に立つ。


「世界は、もうゆがんでる」

「君も——気づいてるだろ?」


一瞬。


ましろの眼が、僅かに揺れた。


「だからって……いつきを巻き込まないで。」


「それは無理だ。」

笑みを残したまま、声だけが低くなる。


「奴はもう、"そこ"に立ってる。」


「いつきは、ただの少年よ。」


「違う。」

短く、切るようにオリエントが言った。


「奴は“選べる”。」


ましろの指先が、わずかに震える。

「選択は、人を壊すこともある。」


「だから?」

笑うオリエント。


「守る?」

「箱に閉じ込めて、何も見せない——」



時が一拍空く。



「——それが、救いか?」



一瞬の沈黙。



「あなたは……」

ましろは言葉を選ぶようにそれを放つ。

「人が壊れるのを、楽しんでる。」


「半分正解。」


オリエントは笑ったまま。


「でも——半分違う」


そして、静かに。


「俺はさ....」

「“神”が作ったものが、壊れればいい。」

「そう思ってる。」


その刹那。


ましろの背後に、

見えない“秩序”が、立ち上がった。


——オリエントは目を細める。


「……あー」

「君....思ったより危険だね....。」


そう言うと、

オリエントはきびすを返す。

数歩歩くと、ふと口を開く。



「ねぇ、秩序のお姫様——」


背を向けたままオリエントは問う。


「いつきが選んだら」

「君は——止められる?」


「…………。」

ましろは答えない。


オリエントは、それで十分だとばかりに笑う。


「また会おう——」

「次は——同じ側かもな。」


荒野に、静寂が戻った。


ましろは、胸に手を当てる。


(……遅かった)


空を見上げるましろ———



———礼拝堂の中。


崩れた壁のそばにハザエルが待っていた。


「おい、帰すのか?」

ハザエルがオリエントを、覗き込む。


「別に、いいだろ?」


「これでいい。」

ペイモンが口を挟んだ。

「ここで手を出せば、あの少年は———」


白い雲の向こうで、

世界の歯車が、確かに回っていた。




———時は少しさかのぼる。


———高層ビルの屋上。

そこにはアルゴス。


一羽のカラスが、空を横切った。


「……さっきの少女、大丈夫?」


背後から、女の声。

それでも、アルゴスは振り返らない。


「…………。」


「相変わらずね。」

小さく笑う声。


「ほんとに、あなたって口が重い。」

その声の主は———モイラ。


アルゴスは黙ったまま、

街の先——

さらにその向こうを見ている。


「にしても、驚かないのね?」


「見ていた。」

短い返答。


「全部?」


「必要な分だけだ。」


「ふふ」

モイラは肩をすくめる。


「じゃあ、私に会ってくれた理由は?」


「…………。」


「冗談よ...」


モイラはそう言って、

少しだけ声の調子を落とす。


「あの少年を——」

「どうする気?」


「お前が気にする必要はない」

アルゴスは即答だった。


「ひどい男。」

モイラは唇を尖らせる。


「少しくらい、人の話を聞いてもいいじゃない。」



沈黙が二人を包む。



「私にはあなたが、あの少年を“殺す”ようにしか見えない。」


アルゴスの視線が、わずかに動いた。


「なぜ、そこまで気にかける。」


「一目惚れ———」

モイラは即答した。


「…..…。」

アルゴスの眼が揺れる。


「冗談じゃないわよ。」

モイラは微笑む。


「あの純粋なひとみ。」

「それと——」


モイラは一瞬、言葉を探す。


「彼の“記憶"の中...とも違う。

"そこ"にある———」


「……想いか。」


「ええ」


モイラは答える。


「あなたも知ってるでしょ?」

「私の“力”———」


「だが、それは他者の記憶には干渉できない。」


「そう...だから不思議なの。」


風が、二人の間を抜ける。


「あなたに聞けば分かると思ったけど。」

「今、それはどうでもいい。」


「あの瞬間だけ、流れてきた。」

「記憶じゃない。」

「ずっと胸に秘めているもの——」


「……“そこ”に、確かに在った。」


アルゴスは、何も言わない。


モイラは続ける。


「だからよ———」

「あの子が、これから何を選ぶのか——」


「“神殺し”の力を持ったまま。」

「それでも——」


少しだけ、声が柔らぐ。


「純粋な瞳で、世界を見続けられるのか。」


「……惹かれるでしょう?」


アルゴスは答えない。


「まぁ」

モイラは苦笑する。


「あなたには関係のない話ね。」


モイラは一歩、距離を取った。


「あなたは、いつも世界しか見ていない。」

「一人の人間になんて、興味がない。」


モイラは言葉を続ける。


「——でしょ?」



再びの沈黙が二人を包む。



「ごめんなさい。」

「話しすぎたかしら。」


モイラは背を向ける。


「“子守”、がんばってね。」


風と共に、モイラの気配が消える。


——アルゴスは、動かない。


街を。

大陸を。

世界を。


すべてを、同時に見下ろしながら。


(……それでも———)


その視線は、

確かに“一人の少年”を捉えていた。




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