力の代償
イニュオが神の領域へと帰った後。
———廃工場。
崩れた鉄骨の影で、いつきはその場に座り込んでいた。
「……今の、何だったんだ」
吐き出すような声。
その前に、音もなく近づく影がある。
アルゴスだった。
「彼女は六柱神の一人、
動神アレスに仕える――血の女神だ」
「……狙われる」
「より強い存在に」
「だが――」
言葉を遮るように、いつきが顔を上げる。
「神?
ほんとに、いるの?」
アルゴスは一拍、沈黙した。
「……お前に話しておくことがある」
それだけ言うと、踵を返す。
“ついてこい”という命令でも、誘いでもない背中。
「……?」
いつきとましろが目を合わせる。
「いってらっしゃい」
柔らかく、しかしどこか不安を含んだ声。
「いってくる」
「まだ何があるかわからないから……気をつけて」
いつきはアルゴスを追った。
ましろは、その背中をただ見送るしかなかった。
⸻
———ビルの屋上。
風が強い。
街を見下ろすアルゴスの背は、やけに遠く見えた。
「話ってなに?」
真っ直ぐな眼で問いかける。
「お前は神を信じていないな」
「うん」
即答だった。
「だが、この世界には“神”が存在する」
「世界の秩序を保つ者――六柱神だ」
「……なんだ、神の話か。聞きたくない」
拗ねたように言ういつきをよそに、アルゴスは続ける。
「いや。お前は、聞かなくてはならない」
「———今、この瞬間もな」
沈黙。
「世界は六人の“神”に支えられている」
⸻
「六柱神第六席
動神アレス」
「"力"は加速。系統は共鳴型」
「止まることを否定し、進むことだけを肯定する」
「思想は――
『止まるくらいなら、壊れろ』」
「だからこそ」
「お前の前に現れる危険性が、最も高い」
「……それで、イニュオが来たのか」
いつきが呟く。
⸻
「六柱神第五席
祈神天照」
「"力"は光。系統は共鳴型」
「人の信仰がある限り、彼女は輝く」
「思想は
『期待は、光にも影にもなる』」
「信仰を失うことを、何より恐れている」
「"神"の中で、最もお前を危険視しているのは――彼女だ」
「……信仰は人の自由だ」
「その"神"が、何をしてくれた」
いつきの声は、棘を帯びていた。
⸻
「六柱神第四席
変神ロキ」
「"力"は変化。系統は共鳴型」
「物語が動くことを、何より愉しむ」
「思想は
『混沌こそが、世界を動かす』」
「世界が固定されることを、誰よりも嫌う」
「……俺がいると、世界は変わる?」
「そうだ」
「お前は因果を歪める存在だ」
⸻
「六柱神第三席
観神アテナ」
「"力"は選択。系統は中立」
「感情より、構造を見る神」
「戦争も、救済も」
「必要なら、肯定する」
「思想は
『正しさは、冷たい』」
———その言葉に、いつきの脳裏に母の姿がよぎる。
「今、お前が即座に排除されていないのは」
「彼女の判断によるものだろう」
「……でも」
「そいつが一番、嫌いかもな」
⸻
「六柱神第二席
犠牲神オーディン」
「"力"は未来視。系統は起点型」
「未来を見るために、自らを犠牲にし続ける」
「だが、必要とあらば」
「世界すら、犠牲にする」
「思想は
『知識は救いか、呪いか』」
「無償を、認めない神だ」
「……傲慢だな」
「じゃあ俺の“右手”も、対価を払ってるの?」
「……それは、後で話そう」
⸻
「六柱神第一席
無神ハデス」
「"力"は老化。系統は起点型」
「祈りも、救済も、拒まない」
「――だが、与えない」
「善も悪も関係なく」
「すべてに“終わり”を与える」
「思想は
『終わりがあるから、生は輝く』」
「"六柱神"で、最も危険な存在だ」
「全てを終わらせられる、唯一の"神"」
いつきは一歩、踏み出した。
「そんな奴が……
“神”を名乗っていいのかよ!」
「だが、事実だ」
「この世界ではな」
⸻
俯くいつき。
「……やっぱり、認められない」
「"神"なんて」
「抗うのか?」
「わからない」
「……でも、俺を狙ってるんだろ?」
「そうだ」
「観察されている」
「観察?」
「俺は生きてる!」
「“神”は人を、何だと思ってるんだ!」
沈黙。
「……直接、聞きに行けって?」
いつきの眼は、逃げていなかった。
「さっき言ってた“後で話す”って何だよ」
アルゴスは、ゆっくりと口を開く。
「お前の“力”にも、代償がある」
「代償……?」
「"力"を使えば、因果が歪む」
「お前には見えない場所でな」
「その歪みが、限界を超えると……」
「誰かの命はこの世から消える。」
「———っ……!」
「可能性だ。」
「あくまで使いすぎた場合——」
「今は、まだ小さい」
「……まだ、な」
⸻
カラスが屋上から飛び立つ。
———六柱神の存在。
———力の代償。
それぞれの運命が、静かに噛み合い始めていた。




