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エイシスト  作者: 翔陽
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傍観する者


世界は、止まって見えていた。


正確には——

アルゴスの視界において、すべては常に同時に存在している。


廃工場。

いつき。

ましろ。

イニュオ。


そして——

まだ姿を現していない“次の因果”。


アルゴスの顔に並ぶ無数の瞳が、同時に瞬いた。


「……やはり、こうなったか」


彼の視界には、戦いの“結果”が幾重にも重なっていた。


いつきが倒れる未来

イニュオが撤退する未来

ましろが介入し、因果が大きく歪む未来

そして——

神が直接、降りてくる未来


「どれも、可能性だ」


アルゴスは静かに呟く。


観測者である彼は、

未来を決めない。


ただ、

「起こりうるすべて」を、見ているだけだ。



視線を、いつきに向ける。


少年の右手。

そこに集まる、無数の矢印。


「想いの向きを変え、削除する力……」

「だが本質は、もっと深い」


アルゴスの瞳が細まる。


いつきは、"力"を理解していない。

それでも——


「無意識に、世界を“選び始めている”」


致命傷になる矢印を削った。

それは単なる防御ではない。


“この未来は要らない”と、拒絶した行為。


「……"神"に近い選択だ」



イニュオを見る。


彼女の矢印は、強く、太く、安定している。

戦いに迷いがない。


「血の女神」

「戦場において、最適解しか選ばない存在」


だからこそ——

いつきの“歪さ”が、彼女を苛立たせる。


「定まらない"力"」

「だが、削除するたびに可能性が収束していく」


アルゴスは、理解していた。


この戦いは、

勝敗を決めるものではない。


「これは……“選別”だ」



遠く、神の領域。


アレスの因果が、わずかに揺れる。


「……動くな、アレス」


アルゴスは、誰にも届かない声で呟く。


「今ここでお前が来れば、世界は壊れる」


六柱神の中でも、

アレスは“干渉が過ぎる”。


彼が前線に出れば、

修正ではなく、破壊になる。


「まだだ」



再び、廃工場。


廃工場に、沈黙が落ちた。


壁に叩きつけられたいつきの喉元に、

イニュオの槍先が静止している。


一ミリも揺れない。


「……まだ足りない」


その声に、あざけりはなかった。

あるのは、戦士としての冷静な評価だけだ。


「……でもさ」

右手を、ゆっくりと地面につく。

「最初より……ずっと見えてる」


いつきが立ち上がろうとしている。

膝は震え、息は荒い。


それでも——

矢印は、まだ前を向いている。


ましろが一歩、前に出る。


「……私が——」


「大丈夫。」

「そのまま。」


いつきは荒い呼吸のまま、天井を見上げる。

視界の端に、無数の矢印が揺れていた。


殺意。

戦意。

踏み込み。

次の一手。


だが——

全部は消せない。


(……でも)


いつきの右手が、胸を掴む。


(前より、ずっと……)


"右手"を通して伝わる、微かな震え。

自分自身の想い。


恐怖。

怒り。

それでも立ち上がりたいという意志。


それらが、一本の太い矢印となって

胸の奥から前方へ伸びていた。


———


それをアルゴスは、静かに"観測"する。


ずれる因果。


ほんのわずか。

誰も気づかない程。


ただ、

イニュオの次の一撃の矢印が、変わった。


「……?」


イニュオが、違和感を覚える。


ほんの一瞬。

だが、戦場では致命的な“ズレ”。


イニュオの目が、わずかに細まる。


「……ほう」


彼女には見えない。

だが、戦場で培った本能が告げていた。


——何かが、変わった。


「なるほど……」

イニュオは小さく笑う。

「観測者か。やはり、見ているな」



槍が引かれる。


「立てるなら、立て」


その瞬間。


胸を掴んでいた"右手"を押し当てた。


削除ではない。

方向転換でもない。


——統合。


恐怖も、怒りも、決意も。

全部を一つに束ねる。


「……っ!」


身体が、跳ねた。


床が砕ける音。

さっきとは違う。


「……!」


ましろが息を呑む。


(速い……!)


いつきは壁を蹴り、天井を使い、

三次元的に距離を詰める。


イニュオは盾を構える。

正面防御。


だが——


いつきの視界には、

盾の意志が届かない“隙間”が見えていた。


(そこ……!)


拳を振るう直前、

"右手"で左腕に触れる。


エネルギーの統一。


そして、衝撃。


鈍い音が、工場に響く。


「……くっ!」


イニュオが半歩、下がった。


——二度目だ。


今度は、明確に。


イニュオは笑った。


「はは……なるほど」


槍を構え直し、地を踏みしめる。


「成長しているな、少年」


その全身から、

今までとは比べ物にならない戦意が"噴き上がる"。


矢印の数が、爆発的に増えた。


「なら、これはどうだ」


イニュオの姿が、再び"増える"。


三方向。

全て実体。

全てが殺意。


だが——


いつきは、もう混乱しなかった。


(全部を消す必要はない)


"右手"が、静かに動く。


自分の足。


矢印を一本、削る。


——「迷い」。


次の瞬間。

いつきは“考えずに”動いた。


盾を跳び越え、

槍の軌道をかすめ、

拳を振り抜く。


イニュオの頬を、かすめた。


ほんの一瞬。


だが確かに——

触れた。


沈黙。



矢印が、すっと消える。


イニュオは手で頬に触れ、

そこについた血を見つめる。


「……」


そして、静かに笑った。


「もう十分だ」


戦意が、引いた。


「これ以上は、壊すことになる」


イニュオは槍を下ろし、背を向ける。


「覚えておけ、少年」


振り返らずに言う。


「君はもう、自由ではない」


「それは——」


一瞬、振り向く。


「神にとって、一番厄介だ」


次の瞬間、

イニュオの姿は消えた。


———


アルゴスは、ただ見ていた。


全ての因果。

全ての可能性。


そして。


(……初めてだ)


彼の視界に、

見えない揺らぎが生まれていた。



「……"観測"不能域に、入り始めている」


誰にも聞かれない声で、呟く。


廃工場の床で、

いつきは膝をつき、息を整えていた。


ましろが駆け寄る。


「……生きてる?」


いつきは、かすかに笑う。


「……なんとか」


右手を見つめる。


そこにはもう、

ただの“力”ではない何かが宿り始めていた。


———

いつきは、その場に座り込む。

「……今の、何だったんだ」


どこからとなく現れるアルゴス。

そして、二人にゆっくりと近づく。


「彼女は六柱神の一人動神アレスに仕える、

血の女神」


「狙われる」

「より強い存在に」

「だが——」


一つの視線を、いつきに向ける。


「お前はもう、“ただの人間”ではない」


風が吹く。

廃工場の埃が舞う。



観測者は、次の未来を見ていた。


この世界はまだ壊れてない。

いまはまだ———

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