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異世界遁世  作者: 半防御 with G
文明開化の音がする
35/50

第35話 アイドル誕生

防災対策はしておりますかな。

これは持っておこう。

登山に時には、必ず持ってるよ。

山頂にいけすかない団体がいた時なんか、よく使う。

■ソルビトール商会・本店キッチン


俺は中華鍋を振っていた。

チャーハンをパラパラにするには、先にご飯と卵を混ぜる派と、

卵を炒めてからご飯を入れる派がいるが、俺は後者だ。

半熟の目玉焼きを作り、そこにご飯を投入して崩しながら炒める。

これで米の一粒一粒がコーティングされる理論を実証している最中だった。


ドタドタドタッ!

ファミマが厨房に駆け込んできた。


「ショウ! あのね、デンプンおばさんがサロンに来たから、試しに電気流してみたの!」

「ぶっ!」

 俺は危うく鍋をひっくり返しそうになった。


「……お前、拷問か?」

「違うわよ! 『肩が凝った』って言うから、ゴボテンからもらったビリビリする機械を繋いでみたの。

そしたら『すっごい効くぅ~』って!」

「……低周波治療器か?」

相手が頑丈な龍族だからいいが、他の種族だったら即死レベルの刑罰だ。


「いいか、電気は電圧ボルトより電流アンペアの方がヤバいんだ。加減とか大丈夫か?」

「大丈夫! たぶん!」

「たぶんって言うな」


まあ、龍のウロコを通して直接通電したなら、強力な電気風呂みたいなものだろう。

きっとシリアルがこれを聞きつけて、「電気エステ」としてメニューに取り入れるに違いない。

チークワンブー(経営顧問)に言っておこう。

保険に入っておけと。



しばらくして、噂のデンプンおばさんがキッチンにやってきた。

見た目は、腰の曲がった小柄なお婆ちゃんだ。

俺が作ったパラパラチャーハンを、ハフハフと食べている。

「……んまぁ~い。ネギは焦がすのと、仕上げの直前で2回入れるのね。

香ばしさと食感、絶妙だわぁw」


ん?

俺は耳を疑った。

見た目は老婆なのに、声が……異常に可愛い。

鈴を転がすような、それでいて艶のある、全盛期のアイドル声優のような声だ。


「あの……デンプンさん、昔、何かやってました?」

「演劇よ。100年ぐらい前だけどねぇ。

昔はモテモテで、国中のオスドラゴンが貢物を持ってきたものよ。

もう疲れちゃったから引退したけどね」


声がいい。良すぎる。

俺は無駄に質問して、彼女に喋らせ続けた。

この声、埋もれさせておくには惜しい。


「……実はですね、デンプンさん。ラジオの試験放送を始めようと思うんです」

「ラジオ?」

「はい。屋上に赤い鉄塔がありますよね。

あれから『電気の波』に乗せて、『声の波』を遠くまで届けるんです」

「?」


彼女は首を傾げている。

俺は身を乗り出した。

「つまり、あなたの声が、この山から遠く離れた街まで届くんです。

その最初の一声を、お願いしたい」

「あら? いいの、私みたいな年寄りで」

「あなたがいいんです! この声が必要なんです!」


俺は力説した。

アイドル誕生の瞬間だった。

 ◇


5日後。

ゴボテンが、目の下にクマを作りながら研究室から出てきた。

「……できたよ。AM放送用送受信機」


一部に【風魔法(伝達)】の魔道具を使っているが、基本構造はトランジスタとコイルだ。

いずれ完全な科学製品に交換可能だという。

なぜ5日で作れる? それに寝てるか? 

過労死しないか心配だ。


受信機ラジオを各支店と、チーギュウのクレメンス(ハシガミ)に配布した。

そして正午。

記念すべきテスト放送が開始された。


『あー、テステス。……入ってるかしら?』

受信機から、あの可愛らしい声がクリアに流れる。

ノイズ混じりのその音は、まさに昭和のラジオだ。


『こちらは、ソルビトール本店放送局です。ただいまより、試験放送を開始しました』

 俺はカンペを出した。

 デンプンさんが読み上げる。


『それでは参りましょう! ……「デンプンの、オールナイトニッポン」!』

昼間だというのに、タイトルは深夜放送。

だが、あのテーマビタースウィート・サンバが脳内で再生され、妙にしっくりきた。



1ヶ月後。

ショウタウンでは、ラジオブームが巻き起こっていた。

富裕層にはゴボテン製の「お高めのトランジスタラジオ」が。

庶民や子供たちには、寺子屋で作らせた「鉱石ラジオ(電源不要)」が普及した。


テスト放送だというのに、あまりの人気に「昼の帯番組」がレギュラー化してしまった。

特に火曜日の『デンプンのお悩み相談コーナー』が大人気だ。

3000年生きたドラゴンの含蓄ある回答と、あの可愛らしい声のギャップが受けている。


なぜか王都チーギュウからも、速達便でお便りが届く。

ラジオネーム「赤羽の飲んだくれ」……間違いなくクレメンスだ。


その後、アタオカ、チーギュウ、クツズレにも放送・中継局が作られた。

さらにゴボテンが「磁気テープ録音機オープンリール」を発明したことで、

番組の作り置きが可能になった。

録音したテープを【転移門】で各局に配送することで、

世界初の「深夜放送・同時ネット」が実現したのである。


文明開化の音は、電波に乗って世界中へ広がり始めた。

今の人にはわからんと思うが、寝る前に録音ボタン押して、

布被せて、押し入れに入れて、翌朝、そのテープを聴くという苦悩。

もう、昔の話さ。

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