第35話 アイドル誕生
防災対策はしておりますかな。
これは持っておこう。
登山に時には、必ず持ってるよ。
山頂にいけすかない団体がいた時なんか、よく使う。
■ソルビトール商会・本店キッチン
俺は中華鍋を振っていた。
チャーハンをパラパラにするには、先にご飯と卵を混ぜる派と、
卵を炒めてからご飯を入れる派がいるが、俺は後者だ。
半熟の目玉焼きを作り、そこにご飯を投入して崩しながら炒める。
これで米の一粒一粒がコーティングされる理論を実証している最中だった。
ドタドタドタッ!
ファミマが厨房に駆け込んできた。
「ショウ! あのね、デンプンおばさんがサロンに来たから、試しに電気流してみたの!」
「ぶっ!」
俺は危うく鍋をひっくり返しそうになった。
「……お前、拷問か?」
「違うわよ! 『肩が凝った』って言うから、ゴボテンからもらったビリビリする機械を繋いでみたの。
そしたら『すっごい効くぅ~』って!」
「……低周波治療器か?」
相手が頑丈な龍族だからいいが、他の種族だったら即死レベルの刑罰だ。
「いいか、電気は電圧より電流の方がヤバいんだ。加減とか大丈夫か?」
「大丈夫! たぶん!」
「たぶんって言うな」
まあ、龍のウロコを通して直接通電したなら、強力な電気風呂みたいなものだろう。
きっとシリアルがこれを聞きつけて、「電気エステ」としてメニューに取り入れるに違いない。
チークワンブー(経営顧問)に言っておこう。
保険に入っておけと。
◇
しばらくして、噂のデンプンおばさんがキッチンにやってきた。
見た目は、腰の曲がった小柄なお婆ちゃんだ。
俺が作ったパラパラチャーハンを、ハフハフと食べている。
「……んまぁ~い。ネギは焦がすのと、仕上げの直前で2回入れるのね。
香ばしさと食感、絶妙だわぁw」
ん?
俺は耳を疑った。
見た目は老婆なのに、声が……異常に可愛い。
鈴を転がすような、それでいて艶のある、全盛期のアイドル声優のような声だ。
「あの……デンプンさん、昔、何かやってました?」
「演劇よ。100年ぐらい前だけどねぇ。
昔はモテモテで、国中のオスドラゴンが貢物を持ってきたものよ。
もう疲れちゃったから引退したけどね」
声がいい。良すぎる。
俺は無駄に質問して、彼女に喋らせ続けた。
この声、埋もれさせておくには惜しい。
「……実はですね、デンプンさん。ラジオの試験放送を始めようと思うんです」
「ラジオ?」
「はい。屋上に赤い鉄塔がありますよね。
あれから『電気の波』に乗せて、『声の波』を遠くまで届けるんです」
「?」
彼女は首を傾げている。
俺は身を乗り出した。
「つまり、あなたの声が、この山から遠く離れた街まで届くんです。
その最初の一声を、お願いしたい」
「あら? いいの、私みたいな年寄りで」
「あなたがいいんです! この声が必要なんです!」
俺は力説した。
アイドル誕生の瞬間だった。
◇
5日後。
ゴボテンが、目の下にクマを作りながら研究室から出てきた。
「……できたよ。AM放送用送受信機」
一部に【風魔法(伝達)】の魔道具を使っているが、基本構造はトランジスタとコイルだ。
いずれ完全な科学製品に交換可能だという。
なぜ5日で作れる? それに寝てるか?
過労死しないか心配だ。
受信機を各支店と、チーギュウのクレメンス(ハシガミ)に配布した。
そして正午。
記念すべきテスト放送が開始された。
『あー、テステス。……入ってるかしら?』
受信機から、あの可愛らしい声がクリアに流れる。
ノイズ混じりのその音は、まさに昭和のラジオだ。
『こちらは、ソルビトール本店放送局です。ただいまより、試験放送を開始しました』
俺はカンペを出した。
デンプンさんが読み上げる。
『それでは参りましょう! ……「デンプンの、オールナイトニッポン」!』
昼間だというのに、タイトルは深夜放送。
だが、あのテーマ曲が脳内で再生され、妙にしっくりきた。
◇
1ヶ月後。
ショウタウンでは、ラジオブームが巻き起こっていた。
富裕層にはゴボテン製の「お高めのトランジスタラジオ」が。
庶民や子供たちには、寺子屋で作らせた「鉱石ラジオ(電源不要)」が普及した。
テスト放送だというのに、あまりの人気に「昼の帯番組」がレギュラー化してしまった。
特に火曜日の『デンプンのお悩み相談コーナー』が大人気だ。
3000年生きたドラゴンの含蓄ある回答と、あの可愛らしい声のギャップが受けている。
なぜか王都チーギュウからも、速達便でお便りが届く。
ラジオネーム「赤羽の飲んだくれ」……間違いなくクレメンスだ。
その後、アタオカ、チーギュウ、クツズレにも放送・中継局が作られた。
さらにゴボテンが「磁気テープ録音機」を発明したことで、
番組の作り置きが可能になった。
録音したテープを【転移門】で各局に配送することで、
世界初の「深夜放送・同時ネット」が実現したのである。
文明開化の音は、電波に乗って世界中へ広がり始めた。
今の人にはわからんと思うが、寝る前に録音ボタン押して、
布被せて、押し入れに入れて、翌朝、そのテープを聴くという苦悩。
もう、昔の話さ。




