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もふもふ聖獣はサーシャがだいすき

作者: 早乙女姫織
掲載日:2025/11/25

評価、感想、ブックマークしていただけると作者が小踊りして喜びます。

王都の大聖堂は、朝の光を受けて白く輝いていた。高い天井から吊るされた聖火は揺らめき、祈りを捧げる人々の声が低く響く。だが、その中心に立つはずの「聖女」は、誰からも敬われてはいなかった。


彼女――サーシャは、聖女として選ばれた少女だった。幼い頃から神託を受け、癒しの力を持つとされていたが、その力はあまりに小さく、王国の期待には応えられなかった。傷を癒すことはできても、重病を治すことはできない。祈りを捧げても、奇跡は滅多に起こらない。

「偽物の聖女」――それが彼女に与えられた影の名だった。


神殿の司祭たちは冷ややかな目を向け、騎士たちは「役立たず」と囁いた。王子でさえ、かつては優しく微笑んでくれたのに、今では視線を逸らす。サーシャは毎日祈りを捧げながら、自分の存在が薄れていくのを感じていた。


そんなある日。

神殿の前の石畳に、一匹の小さな獣が倒れていた。毛並みは泥にまみれ、ところどころ毛が抜け落ち、痩せ細った体は震えている。丸い耳と短い足、尻尾はぼさぼさで、誰が見ても「汚らしい野良獣」だった。

「なんだ、あれは」

「汚い……追い払え」

参拝に来ていた人々が顔をしかめ、石を投げようとする。だがサーシャは思わず駆け寄り、その獣を抱き上げた。小さな体は驚くほど軽く、胸の奥でかすかな鼓動が震えていた。

「この子……生きてる」

彼女は祈りを込めて掌をかざした。淡い光が滲み、獣の傷が少しだけ癒える。だがそれは奇跡と呼ぶにはあまりに小さな力だった。周囲の人々は失笑し、冷たい声を浴びせる。

「聖女様は、そんな汚い獣を抱いておられるのか」

「やはり偽物だ。神の加護を受ける者なら、もっと立派な聖獣を呼び寄せるはずだ」

嘲笑が広がる。サーシャは唇を噛みしめながらも、獣を抱きしめた。小さな体は震えていたが、彼女の胸に顔を埋めるようにして寄り添ってくる。その温もりが、冷たい言葉よりも強く彼女を支えた。

「……いいの。誰が何と言っても、この子は私が守る」

その瞬間、彼女の心に小さな決意が芽生えた。


しかし、神殿の空気はさらに冷え込んでいく。司祭たちは「聖女が汚れた獣を抱いているなど、神への冒涜だ」と非難し、王子は「君はもう役目を果たせない」と告げた。サーシャは弁明しようとしたが、誰も耳を貸さない。

やがて、王国の評議会で決定が下された。

「聖女サーシャは偽物である。神の加護を持たぬ者を聖女と呼ぶことはできぬ。いままで聖女と偽っていたため、王国より追放する」

その言葉は冷たく、重く、彼女の心を打ち砕いた。だが、涙は流さなかった。彼女の腕の中で眠る小さな獣が、かすかに鳴いていたからだ。

「……行こう。私たちの居場所を探しに」


夜遅くに、サーシャは神殿を去った。背後で鐘が鳴り響く。誰も見送る者はいない。だが、彼女の胸には小さな温もりがあった。


街を抜け、荒野へと足を踏み出す。冷たい風が吹きつけるが、獣は彼女の腕の中で丸くなり、眠っている。泥にまみれた毛並みはまだ薄汚れているが、その瞳は不思議なほど澄んでいた。

「あなたがいてくれるなら、私は偽物でも構わない」

サーシャはそう呟き、歩みを進めた。

王国から追放された「偽りの聖女」と、誰からも馬鹿にされた「薄汚れた獣」。二人の旅は、静かに始まった。


夜明け前に王都を去ったサーシャは、冷たい風の中を歩いていた。背後に広がる大聖堂の鐘の音は、もう彼女を呼ぶものではない。王国の人々は彼女を「偽物」と断じ、居場所を奪った。だが、腕の中には小さな温もりがあった。泥にまみれた毛並みの獣――誰もが「汚らしい」と嘲笑した存在が、彼女の唯一の伴侶だった。


荒野は広く、果てしなく続いていた。冬の冷気が地面を覆い、乾いた草が風に揺れる。サーシャの足は重く、靴底はすぐに擦り切れた。だが、彼女は歩みを止めなかった。獣は彼女の胸に顔を埋め、時折かすかな鳴き声を漏らす。その声が、孤独を押し返す唯一の力だった。


昼は太陽が容赦なく照りつけ、夜は星々が冷たく瞬いた。サーシャは野営の火を起こす術も乏しく、拾った枯れ枝を集めて小さな炎を灯す。炎の前で獣は丸くなり、尻尾を巻き込んで眠る。サーシャはその姿を見つめながら、心の奥に芽生える不思議な感覚に気づいた。

――この子は、ただの獣ではない。

泥にまみれた毛並みの奥に、時折淡い光が宿るように見えた。夜の闇の中で、その瞳は星よりも澄んで輝いた。サーシャは掌を伸ばし、そっと撫でる。すると獣は小さく鳴き、彼女の指先に温もりを返す。

「ありがとう……あなたがいてくれるから、私は歩ける」

旅の途中、彼女は幾度も試練に遭った。


ある日、荒野をさまよう盗賊に囲まれた。彼らは「偽物の聖女が逃げてきた」と嘲笑し、金品を奪おうとした。サーシャは必死に祈りを捧げたが、光は弱く、彼らを退ける力にはならなかった。だが、その瞬間、獣が低く唸った。小さな体から放たれた声は、荒野の風を震わせるほど鋭かった。盗賊たちは怯み、やがて「気味が悪い」と言い残して去っていった。サーシャは獣を抱きしめ、震える心を落ち着けた。


また別の日、冷たい雨が荒野を叩いた。サーシャは濡れた衣を抱え、獣を守るように外套で包んだ。雨は容赦なく降り続き、地面は泥に変わる。彼女の足は泥に沈み、進むたびに重さが増した。だが、獣は彼女の胸に顔を寄せ、体温を分け与えるように震えていた。サーシャはその温もりに支えられ、夜明けまで歩き続けた。


荒野の旅は孤独だった。だが、孤独の中でサーシャは気づいた。人々に偽物と呼ばれ、居場所を奪われても、彼女を見捨てない存在がいることに。

「私は偽物じゃない。……少なくとも、この子にとっては」

その言葉は、彼女自身を支える祈りとなった。


やがて、荒野の果てに小さな森が見えてきた。木々はまだ冬の眠りに閉ざされていたが、枝の間から鳥の声が響いた。サーシャは森の中に足を踏み入れ、獣を地面に降ろした。獣は泥にまみれた毛並みを揺らしながら、草の匂いを嗅ぎ、嬉しそうに尻尾を振った。

その姿を見て、サーシャは微笑んだ。

「あなたは、ここが好きなのね」


森の奥で、彼女は小さな泉を見つけた。澄んだ水が湧き出し、光を反射して輝いている。サーシャは泉の水をすくい、獣の毛を洗った。泥が流れ落ち、毛並みが少しずつ柔らかさを取り戻す。すると、不思議なことに、獣の体から淡い光が零れた。ほんの一瞬、泉の水面に星のような輝きが広がった。

「……やっぱり、あなたはただの獣じゃない」

サーシャは胸の奥で確信した。だが、その真実を知るのはまだ早い。彼女は獣を抱きしめ、泉のほとりで眠りについた。


荒野を越え、森を抜けた先には、隣国の村が待っている。そこが新しい居場所になるかどうかは分からない。だが、サーシャはもう恐れていなかった。彼女の隣には、誰もが「汚らしい」と嘲笑した獣がいる。だが、その瞳は澄み、彼女を見つめていた。

「行こう……私たちの居場所を探しに」

サーシャは再び歩みを進めた。

荒野を越え、森を抜けた先に広がっていたのは、小さな隣国の村だった。石造りの家々が並び、煙突からは白い煙が立ち上る。畑には冬を越すための麦が芽吹き、子供たちの笑い声が風に乗って響いていた。サーシャは胸に抱いた獣を見下ろし、深く息をついた。

「ここなら……生きていけるかもしれない」

村人たちは最初、彼女を訝しげに見た。旅装は擦り切れ、聖女の衣は泥にまみれている。腕に抱いた獣は毛並みがまだ汚れ、痩せ細っていた。

「旅の女か……」

「その獣は、野良か? 汚いな」

冷たい視線が突き刺さる。だがサーシャは怯まず、村の広場で頭を下げた。

「私はサーシャ。王国から追われてきました。……働かせてください。畑でも、家事でも、何でもします」

村人たちは互いに顔を見合わせ、やがて一人の老女が前に出た。背を曲げたその人は、深い皺の中に優しさを宿していた。

「働く気があるなら、泊まる場所くらいは貸してやろう。だが、その獣は外に繋いでおけ」

サーシャは獣を抱きしめ、静かに答えた。

「この子は私の家族です。……一緒にいさせてください」

老女はため息をつき、肩をすくめた。だが、その眼差しは完全に拒絶してはいなかった。


村での暮らしは、決して楽ではなかった。サーシャは畑を耕し、薪を割り、井戸から水を汲んだ。慣れない仕事に手は荒れ、背は痛んだ。だが、働くたびに村人たちの視線は少しずつ変わっていった。


ある日、村の子供が熱を出した。母親は泣きながらサーシャに助けを求めた。サーシャは祈りを捧げ、掌から淡い光を放った。奇跡と呼ぶには小さすぎる力だったが、子供の熱は少しずつ下がり、安らかな眠りについた。

「……ありがとう、聖女様」

母親の言葉に、サーシャは驚いた。王国では「偽物」と呼ばれ続けたのに、この村では初めて「聖女」と呼ばれたのだ。胸の奥が温かく満たされ、涙が滲んだ。

獣もまた、村に馴染んでいった。最初は「汚い」と嫌われたが、子供たちはその丸い耳とふわふわの尻尾に惹かれ、いつしか遊び相手になった。獣は子供たちに寄り添い、転んだ子を慰めるように舌で頬を舐めた。

「この子、かわいい!」

「ふわふわだ!」

笑い声が広がり、村人たちも次第に獣を受け入れ始めた。サーシャはその姿を見て、胸が熱くなった。誰もが「汚らしい」と嘲笑した存在が、今では子供たちの笑顔を生んでいる。

季節は巡り、村に春が訪れた。畑には緑が芽吹き、祭りの準備が始まる。サーシャは村人たちと共に花を編み、パンを焼き、広場を飾った。夜には焚き火が焚かれ、歌声が響く。

その輪の中で、サーシャはふと立ち止まった。焚き火の光に照らされる村人たちの笑顔。子供たちに囲まれる獣の姿。――ここに居場所がある、と心から思えた。

「私は偽物じゃない。……この村で生きていく」

サーシャはそう誓い、焚き火の炎を見つめた。獣は彼女の足元に寄り添い、澄んだ瞳で彼女を見上げていた。


春の祭りが終わり、村に穏やかな日々が続いていた。サーシャは畑を耕し、子供たちに読み書きを教え、夜には焚き火のそばで獣と眠る。王国で「偽物」と呼ばれた日々は遠い過去のように思えた。だが、その静けさは長くは続かなかった。


ある夜、森の奥から不気味な咆哮が響いた。村人たちは怯え、戸を閉ざす。翌朝、畑は荒らされ、家畜が消えていた。森に棲む魔物が村に近づいているのだと、老人たちは震えながら語った。

「このままでは村が滅びる……」

「兵士を呼ぶにも、隣国の城は遠い」

絶望が広がる中、サーシャは立ち上がった。

「私が祈ります。神の加護が届くかは分かりません……でも、何もしないよりは」

村人たちは半信半疑だった。だが、彼女の真剣な眼差しに押され、広場に集まった。サーシャは祭壇の前に立ち、両手を組んで祈りを捧げた。淡い光が掌から溢れ、村を包む。だが、その光は弱く、魔物の影を退けるには足りなかった。

森の奥から、黒い影が現れた。牙を剥き、炎のような目を輝かせる巨大な魔物。村人たちは悲鳴を上げ、逃げ惑う。サーシャは必死に祈りを続けたが、光は揺らぎ、消えかけていた。

その瞬間――。

彼女の足元にいた獣が、低く唸った。小さな体から放たれた声は、荒野で盗賊を退けた時よりも遥かに強く、村全体を震わせた。毛並みが逆立ち、泥にまみれた姿が光に包まれる。

「……え?」

サーシャが目を見開いた瞬間、獣の体は眩い光に包まれ、姿を変えていった。小さな耳は長く伸び、尻尾は輝く炎のように揺れ、痩せ細った体は巨大で荘厳な姿へと変貌する。

そこに現れたのは――聖獣。

村人たちは息を呑み、誰もが膝をついた。聖獣は天を仰ぎ、咆哮を放つ。その声は魔物を震え上がらせ、森の影を押し返す。聖獣の瞳は澄み、サーシャを見つめていた。

「あなた……聖獣だったのね」

サーシャの声は震えていた。だが、聖獣は静かに頷くように彼女の前に立ち、魔物へと向き直った。光の翼が広がり、村を覆う。魔物はその光に焼かれ、悲鳴を上げて森へと退散した。

村人たちは歓声を上げた。

「聖女様だ! 本物の聖女だ!」

「聖獣が従っている……神の加護だ!」

サーシャは涙を流した。王国では「偽物」と呼ばれ、嘲笑され続けた。だが今、聖獣が彼女を選び、村人たちが「本物」と認めている。

「私は……偽物じゃない」

その言葉は、長い旅の果てにようやく届いた真実だった。


魔物が森へと退き、村に静けさが戻った。夜空には星が瞬き、焚き火の残り火が赤く揺れている。村人たちはまだ震えながらも、歓声を上げていた。王国では「偽物」と呼ばれ、嘲笑され続けた。だが今、村人たちは彼女を「聖女」と呼び、敬意を込めて見つめている。


聖獣は光を収め、再び小さなもふもふの姿に戻った。泥にまみれた毛並みは、今や柔らかく輝いている。子供たちは歓声を上げ、駆け寄って抱きしめた。サーシャはその光景を見て、涙を流した。


翌日、村人たちはサーシャを広場に招いた。老女が前に立ち、深い声で告げる。

サーシャは空を見上げ、星々の輝きを見つめた。王国で「偽物」と呼ばれた日々は遠い過去。今、彼女は「本物の聖女」として、村に居場所を得た。

「ここが……私の居場所」

その言葉は、静かな夜に溶けていった。聖獣が寄り添い、村人たちの笑顔が広がる。サーシャの新しい人生は、穏やかで、温かく、そして確かなものだった。


聖獣が村を守った噂は、隣国の城を経て、やがて王国にも届いた。かつて「偽物」と断じた聖女が、聖獣と共に奇跡を起こした――その報せは王都を揺るがし、王国の評議会は慌ただしく動いた。

数週間後、村に王国の使者が現れた。鎧を纏った騎士たちと、神殿の司祭が馬に乗って広場に入る。村人たちは緊張し、サーシャは聖獣を抱きしめながら彼らを見つめた。

「聖女サーシャ。王国はあなたを誤って追放した。今こそ戻り、王国を救うべきだ」

司祭の声は威厳に満ちていた。だが、その眼差しには打算が潜んでいた。王国は聖獣の力を欲しているのだ。

村人たちはざわめいた。彼らにとってサーシャは守り人であり、家族だった。老女が前に出て、震える声で言った。

「この子はもう、私たちの家族だ。王国に渡すわけにはいかない」

騎士たちは剣に手をかけ、緊張が広がる。サーシャは一歩前に出て、静かに告げた。

「私は王国に戻りません。あの場所では偽物と呼ばれ、居場所を奪われました。ここで、村と共に生きます」

その言葉に、聖獣が低く唸り、光を放った。騎士たちは怯み、司祭は顔を青ざめさせた。

「……聖女よ、考え直せ。王国にはあなたが必要だ」

サーシャは首を振った。

「王国が必要としているのは、聖獣の力でしょう。でも、この子は私を選んだ。だから私は、この村を選びます」

聖獣が彼女の足元に寄り添い、澄んだ瞳で彼女を見上げた。その姿は揺るぎない誓いのようだった。

王国の使者は退き、村には再び静けさが戻った。だが、サーシャは知っていた。王国は諦めない。聖獣の力を求め、再び手を伸ばしてくるだろう。

それでも、彼女の心は揺らがなかった。村人たちの笑顔、子供たちの笑い声、聖獣の温もり――それが彼女の居場所だった。

「私は偽物じゃない。……この村の聖女だ」

その言葉は、村人たちの心に深く刻まれた。


やがて村には新しい祭りが生まれた。聖獣に感謝を捧げる「光の祭り」。サーシャは祈りを捧げ、村人たちは歌い、聖獣は光を放って夜空を照らした。星々が輝き、村は祝福に包まれた。

サーシャは空を見上げ、静かに微笑んだ。王国の影はまだ遠くにある。だが、彼女は恐れていなかった。聖獣と共に歩む限り、どんな試練も越えられる。


聖獣が村を守った夜から数日後、王国の使者が再び村を訪れた。彼らは鎧を纏い、威圧的な態度で広場に立ち、サーシャに向かって声を張り上げた。

「聖女サーシャ。王国はあなたを誤って追放した。今こそ戻り、王国を救うべきだと、国王様のお言葉です。」

その言葉に村人たちはざわめき、子供たちは母の背に隠れた。サーシャは聖獣を抱きしめ、静かに答えた。

「私は戻りません。ここが私の居場所です」

使者たちは顔を歪め、剣に手をかけた。だがその瞬間、聖獣が低く唸り、光を放った。村人たちは息を呑み、使者たちは怯んで退いた。


その報せはすぐに隣国の領主の耳に届いた。領主は玉座で怒りを露わにした。

「追放した聖女を、今さら奪い返そうとするとは……王国は我らを侮っている!」

領主は兵を集め、村の周囲に守備隊を配置した。村人たちは驚き、恐れながらも安堵した。王国の横暴に対し、隣国が立ち上がったのだ。

サーシャは領主の前に呼ばれた。広間には重々しい空気が漂い、兵士たちの鎧が光を反射していた。領主は彼女を見つめ、低い声で告げた。

「サーシャ。あなたはこの村を救った。聖獣があなたを選んだのだ。王国が手を伸ばすなら、我らは剣で応える。だが……あなた自身はどう望む?」

サーシャは胸に手を当て、静かに答えた。

「私は戦を望みません。王国にも、隣国にも属さず、この村で生きたいのです」

領主はしばし沈黙し、やがて深く頷いた。

「ならば、この村は我らが守る。王国が侵すなら、隣国の怒りを思い知るだろう」

村に戻ったサーシャは、村人たちに告げた。

「王国は私を取り戻そうとしています。でも、隣国は怒り、私たちを守ると誓ってくれました。……だから恐れないでください」

村人たちは彼女の言葉に勇気を得た。子供たちは聖獣に駆け寄り、もふもふの毛並みに顔を埋めた。聖獣は静かに尻尾を揺らし、澄んだ瞳で村を見渡した。


隣国の領主が怒りを露わにし、村を守ると誓ったその日から、村の空気は変わった。兵士たちが村の周囲に駐屯し、夜ごと焚き火の光が森を照らす。子供たちは兵士の姿に怯え、母親たちは戸口に祈りを捧げた。

王国は聖獣の覚醒を知り、黙ってはいなかった。国境には王国の軍勢が集まり、隣国の兵と睨み合った。村はその狭間にあり、いつ戦火に巻き込まれてもおかしくなかった。

サーシャは広場に立ち、村人たちを見渡した。恐怖に震える顔、未来を失ったような瞳。彼女は胸に手を当て、静かに言った。

「私は戦の道具にはなりません。聖獣もまた、人を殺すために力を振るうことは望まない。……でも、皆さんを守るためなら、私たちは立ちます」

聖獣が低く鳴き、光を放った。その光は村人たちの心を包み、恐怖を和らげた。子供たちはその光に手を伸ばし、笑顔を取り戻した。


数日後、王国と隣国の使者が村に集まった。広場には兵士たちが並び、緊張が張り詰めていた。王国の司祭は冷たい声で告げた。

「聖女サーシャ。王国はあなたを必要としている。聖獣の力を王国に捧げよ」

隣国の領主は剣を抜き、怒声を放った。

「この村は我らの領土だ! 聖女を奪うなら、戦だ!」

村人たちは息を呑み、広場は混乱に包まれた。だが、サーシャは一歩前に出て、両国の間に立った。

「私は王国にも、隣国にも属しません。私はこの村の聖女です。ここで人々を癒し、守ります。それ以上は望みません」

その言葉に、両国の使者は沈黙した。聖獣が光を放ち、村を包んだ。まるで神の意思がそこにあるかのようだった。


夜、村の焚き火のそばで、サーシャは聖獣に寄り添った。光は静まり、星々が瞬いている。彼女は小さく呟いた。

「戦は避けられないかもしれない。でも……あなたがいてくれるなら、私は恐れない」

聖獣は澄んだ瞳で彼女を見上げ、静かに尻尾を揺らした。

村の未来はまだ不確かだった。だが、サーシャの心には揺るぎない決意があった。

「私は偽物じゃない。この村の聖女だ」

村の広場には両国の使者が集まり、兵士たちが睨み合っていた。王国の旗と隣国の旗が風に揺れ、村人たちは息を潜めて見守っている。緊張は張り詰め、剣が抜かれる寸前の空気が漂っていた。

王国の司祭が声を張り上げた。

「聖女サーシャ! 王国はあなたを必要としている。聖獣の力を王国に捧げよ!」

隣国の領主は怒声を放った。

「この村は我らの領土だ! 聖女を奪うなら、戦だ!」

村人たちは恐怖に震え、子供たちは母の背に隠れた。だが、サーシャは一歩前に出て、両国の間に立った。聖獣が彼女の足元に寄り添い、澄んだ瞳で見上げていた。

「私は王国にも、隣国にも属しません」

その声は静かだが、広場全体に響いた。

「私はこの村の聖女です。ここで人々を癒し、守ります。それ以上は望みません。聖獣もまた、戦の道具ではありません。人を殺すために力を振るうことは望まないのです」

聖獣が光を放ち、村を包んだ。柔らかな光は兵士たちの剣を照らし、怒りを和らげるように広がった。王国の司祭は顔を伏せ、隣国の領主は剣を下ろした。

「……神の意思か」

誰かが呟いた。

サーシャは両国の使者を見渡し、静かに告げた。

「争うなら、この村を巻き込むことになります。ですが、私はこの村を守ります。聖獣と共に」

聖獣が低く鳴き、光を強めた。その光はまるで境界を描くように広場を包み、両国の兵士たちは一歩退いた。

沈黙の中、村人たちが声を上げた。

「サーシャは私たちの聖女だ!」

「この村を守る者だ!」

その声は波のように広がり、両国の使者を圧倒した。

王国の司祭は唇を噛み、隣国の領主は深く息を吐いた。やがて両者は視線を逸らし、兵を退いた。戦は避けられた。


夜、村の焚き火のそばで、サーシャは聖獣に寄り添った。星々が瞬き、村人たちの笑い声が遠くから聞こえる。彼女は小さく呟いた。

「私は偽物じゃない。この村の聖女だ。……あなたと共に生きる」

聖獣は澄んだ瞳で彼女を見上げ、静かに尻尾を揺らした。

その瞬間、サーシャは確信した。王国でも隣国でもなく、この村こそが彼女の居場所なのだと。


戦の緊張は去り、村には再び穏やかな日々が戻った。王国も隣国も手を出せず、村は静かな平和に包まれている。サーシャは畑を耕し、子供たちに読み書きを教え、夜には焚き火のそばで歌を口ずさんだ。

聖獣は普段は小さなもふもふの姿で寄り添い、村人たちに慕われていた。子供たちはその柔らかな毛並みに顔を埋め、老人たちは「この子がいると心が安らぐ」と微笑んだ。サーシャはその光景を見て、胸が温かく満たされた。

朝は畑の匂いと鳥の声に包まれ、昼はパンを焼く香りが広がる。夕暮れには聖獣が尻尾を揺らしながら彼女の足元に寄り添い、夜には星空の下で眠る。もふもふの毛並みは柔らかく、彼女の頬を撫でるように温もりを伝えた。

「あなたがいてくれるなら、私はもう偽物じゃない」

サーシャはそう呟き、聖獣の瞳を見つめた。澄んだ瞳は静かに輝き、彼女の言葉を受け止めていた。

村人たちは彼女を「聖女」と呼び、祭りでは祈りを捧げる役を任せた。だがそれは権力のためではなく、人々の幸せのためだった。サーシャは笑顔で祈りを捧げ、聖獣は光を放って夜空を照らした。星々が輝き、村は祝福に包まれた。


戦も争いも遠い過去。ここにはただ、静かな暮らしと温かな絆がある。サーシャは畑を耕し、パンを焼き、子供たちと笑い、聖獣と共に眠る。――偽物と呼ばれた聖女と、薄汚れたと嘲笑された獣。二人の旅は終わり、今は「本物の幸せ」として続いていく。

もふもふの毛並みに包まれながら、サーシャは静かに目を閉じた。

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― 新着の感想 ―
 獣だけでなく人や鳥ですら、水害や戦乱、事故に遭えば体が泥にまみれ、汚れる事もあるでしょうに、人の無理解や長所を見つける努力の欠如は、時に残酷ですね。  一時期の冷遇・迫害・雨天・襲撃などに見舞われ…
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