逃げられない蜘蛛
朝日が差し込む眩しい空を見て、俺は考えごとをしていた。 自分の置かれている状況を、しっかりと整理しないといけない。 ここまでの事を振り返らなければ⋯⋯
俺ーー中村颯汰は前世で読んだ『蜘蛛の檻』という小説の主人公だ。
それを思い出したのは、彼女ーー白石美咲と出会った時だった。
原作での俺は、彼女に言いがかりをつけて、半ば強制的に家の家事代行をさせた。
そこでも事あるごとに、彼女責め、弱みを握り、彼女の心を蝕んでいく。
そしてついに、彼女を俺の住んでいる家に住ませる事になる。
同居してからも、言葉巧みに彼女の心を、誘導して彼女に俺に頼る以外の選択肢をなくしていった。
ついには、外出することがなくなり、残りの人生をこの家で過ごす⋯⋯と言う話だ。
記憶を思い出した俺は、彼女を遠ざけようとしたのだが、原作の強制力なのかうまくいかなかった。
状況は違うが、事実は同じで話が進み、そしてついに同居することになってしまったのだった。
こうなれば、彼女をなんとかして縁をきるしかない、俺は部屋を出てリビングへと向かう。
「颯汰さん、おはようございます。 今日もいい天気ですね」
「おはよう、美咲。 そうだな⋯⋯今日も朝飯を作ったのか」
「同居しているので、当然のことです」
「無理しなくていいからな。 辛くなったらいつでも実家に帰ってくれよ」
「辛いだなんて、そんなことないないですよ。 颯汰さんがいつも美味しそうに食べる姿をみるのが、楽しみなんですから。 あれ⋯⋯それとも颯汰さんは私がご飯を作ることが嫌なのですか? ずっと迷惑だったのかな。 私の食事はいらない、つまりは私は必要ないと言うことですね。 すみません、気付かずに余計なことばかりをしてしまいました。 私って本当に馬鹿」
「そんなことないぞ美咲! いつも感謝しているんだ。 ありがとう」
「そうですか、よかったです」
なんだろう、嫌な予感がしたから彼女を褒めてしまった、あのまま行けば、彼女は俺のそばから離れただろうに、やっぱり俺は彼女のことが好きらしい、彼女を一目見た時から⋯⋯でもそれだけにこのままだとまずい。
原作と同じになってしまうではないか。
「今日は出かけよう、よし行くぞ」
「え、待ってください、着替えとか準備が出来てません」
「準備? 別にいいだろ、美咲はそのままで可愛いから」
よし、俺ながらナイスだ。女性に準備もさせず、強引にデートに連れ出す。 これで印象が悪くなるだろう。
「そのままで可愛い⋯⋯そんなこと言ってもらえるなんて、うれしい」
「ほら、なにぼうっとしているんだ、行くぞ」
「はい、わかりました」
さて、連れ出したのはいいが、どうしたらいいかわからない。 とりあえずウロウロするか。
「あの、颯汰さんこれは」
「ああ、はぐれない様に手を繋いでいるんだ」
「そうですか、えへへ⋯⋯颯汰さんの手のぬくもりを感じます」
普通、荷物を持たせず、部屋着のままでつれ出したら怒ると思うのだが⋯⋯どうやら失敗したようだ。
「どこか行きたい所ないか」
「いいえ、特にないです。 一緒におでかけ出来るならどこでもなんでも構いません、颯汰さんの行きたい場所が私の行きたい場所ですから」
近くの公園へやってきた俺たちは、ベンチがあったのでそこに座ることにした。
「あの、もっと近いてもいいですか」
「ああ、いいよ」
「ありがとうございます。 よいしょっと⋯⋯はぁ、こうして近づくとあなたの心臓の鼓動が聞こえてきます」
「あのさ、やっぱり考え直した方がいいと思うんだよね」
「なにをですか」
ここで俺ははっきり言うことにした。 もうこれ以上一緒にいると引き換えせない気がするから。
「俺たちの関係をだよ⋯⋯俺たちは一緒にいたら、お互いによくないんだ」
「どうして、そんなことを言うのですか? ずっと一緒にいたいっていってくれたじゃないですか」
「いや、その気持ちは変わってない」
「だったらなぜ? ⋯⋯そうか、そういうことなんですね」
「どうした美咲?」
「帰ります」
「おい! ちょっと⋯⋯まあこれでいいか」
そうこれでいいんだ、それが俺たちの為だから⋯⋯
「おかえりなさい、颯汰さん」
「え! ああ⋯⋯すまない、帰る準備をしていたんだな。 そうこれがお互いの為だからな」
「いいえ、私はここから出ません、ですから心配しなくて大丈夫ですよ」
「心配? どういうことだ、分かりやすく説明してくれないか」
「はい、わかりました。 颯汰さんは心配してくれたのですね⋯⋯私が外に出たら、周囲の影響を受けて考えが変わり、自分の選択を後悔することを。 でも大丈夫です、安心してください。 私はもう外に出ませんから⋯⋯これで私の考えが変わる事がなくなり、今の私のままであり続ける事が出来るのですから。 だから颯汰、怖がらないで、私を離さないで、颯汰がいないと私はもう駄目だから⋯⋯」
俺の考えが甘かった、既に手遅れだったんだ。 ⋯⋯いつからだ? 今日? それとも同居することになった日? まさか初めて会った日? そんなこと考えても仕方がない、これが現実だ。
「それとも颯汰は私のことが嫌いになったのかな、そうか、そう言うことか⋯⋯でも大丈夫。 私はここにいるから、いつでもきが向いたらでいい、颯汰はその時に私を見てくれたらそれだけで、わたしは幸せだから」
「そんなことない! 俺はお前が好きだ、この気持ちは変わってない」
「本当、よかった。じゃあ颯汰、こっちにきて、さっきの続きしよ」
俺は彼女により添った。 ⋯⋯これは原作どうりの状況ではないものの、結果は同じになってしまった。これからどうなるか、俺にはもうわからない。
「逃げられると思った? 残念。 ずっとこれからも一緒だよ颯汰」