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9.探索交差

 夕食の前には似つかわしくない、甘い匂いが玄関を開けた途端に香ってきた。

 それに嵐は痛い頭に眉間のシワを深くさせながら、いつもの様に他人行儀な帰宅の声をかければ、奥からエプロンをつけた修がボウルを抱えて顔をのぞかせた。

「おかえりー。ホットケーキ作ってるけど食べる?」

「いらん」

 にぱっと仔犬のような嬉々とした表情はあっさりと耳と尻尾を項垂れさせた。

「あっちゃん、ひどい」

「酷くは無い。それに……」

 と、ふと食べてきた事を告げようとしたが、そうすれば「ずるい、何で誘ってくれなかったのっ」と非難めいたセリフが続くと思いやめた。

「どーしたの?」

「いや、なんでもない。着替えてくる」

「そう? お茶なら飲むでしょ?」

 小首を傾げながら聞かれ、断ろうかと思ったがあまり無下にし続ける方が面倒だと思い、頼むと短く残して部屋へと戻った。

 それから、どのくらい時間が経っていたのか不意に叩かれた扉の音で嵐は目を覚ました。

 数秒の間まとまらない思考で部屋をぼんやりと眺め、二度目の音で意識をしっかりと覚醒させて扉を開いた。

「寝てたの?」

「……のようだな」

 調子の悪いまま、気力の使うモノを使役していたのだ。

 知らず知らずのうちに、疲れのピークを迎えていたのかもしれないと思い、大きく扉を開ければ修は手にしたトレイをいつものように彼の机の上に置いた。

「声かけても返事無かったから、持って来たよ」

「すまん」

 目を合わせることも無く口先だけの言葉でも修は、気にした様子も見せず椅子を引き寄せて座った。

「何だ、珍しいな」

 トレイの上には嵐の分だけの紅茶があった。いつもなら置いたらすぐに部屋を出るのだが、今回は少し考えるように、同時に拗ねているように僅かに唇を尖らせたまま部屋の隅へと視線を向けていた。

「あっちゃん、ボクに隠し事してない?」

 殆ど呟くようにしながら心配そうに目を向けてきた修に、彼は一瞬だけ目を合わせてワザとらしく溜め息を付いた。

「してるが? 何か問題あるのか?」

「もうっ、そういう意味じゃなくて、昨日の事とか!」

 返された返事と意地の悪い笑みに修は、頬を思い切り膨らませて眉を怒らせたが嵐はそれに返事を返さずゆっくりと紅茶を口に運んでいた。

 やっぱ、さっきの方が美味かったな。

 あっさりとしすぎた香りに感想をつけ、修を見下ろせばまだ同じ表情のままこちらを見上げていた。

「気になる事でもあったのか?」

「良くわかんないよ。だって覚えてないんだもん……」

 しゅんっと項垂れ、椅子の上で小さくなったまま呟く姿に彼は先ほど逢った志穂の姿を思わず重ねていた。

 周囲に取り残された孤独感。そんな不安に茶色い大きな瞳を揺らめかせていた。

「何だ、大月にでも聞いたのか?」

「ふぇ? なんで、分かったの?」

 はぐらかすような事をすれば、昨日のメールを見せてきちんと教えて欲しいと思ってた彼には予想外で目を丸くしていた。

「“覚えてない”って、言い切ってたからな」

「あ、うん。おーちゃんに昨日メールして、二時間くらい? いなかったって言われて」

 自分の指先を重ね合わせ、自信なさそうに応えた修に嵐は沈黙で応えた。

「ねえ、ホントなの? ボクさっぱり覚えてないんだ。でも、おーちゃんが嘘ついてるとは思わないし。だから、あっちゃんに聞こうかなって」

「さあな。あいつの思い違いじゃないのか?」

「え、え……でも、電話もらった時部屋にいたはずだし、でもケータイなくて」

「ああ、それね。俺が借りてった。充電無かったから代わりにな。声掛けたつもりだったんだがな」

「ふえ? え、でも」

「お前、一つに夢中になると時間も周りもすっかりだろうが」

 いつものように淡々と言い切られ、頭の中が混乱していた修は自然と唸りながら「そうだっけ?」と首を盛んに捻り思い出していた。

 しかし、考えれば考えるほど嵐の言う事も正しいような気もした。

「前にも同じ事あっただろ?」

「前にも……って、あったっけ?」

「そうだよ。俺が、こっちに下見がてらに泊まりに来た時。もう忘れたのかよ」

 うんざりとした口調のまま、修にとって真新しくも申し訳なさで頭を抱えたくなった出来事を思い出させられ、小さくごめんと呟いた。

「満足したか?」

「う、うん。ありがと」

 これ以上、食い下がることも出来なくなって修はすごすごと向かいの自分の部屋へと戻っていった。

 それを扉越しに聞き届けてから、半分以上残ったままぬるくなったカップをトレイの上において、溜め息を付いた。

「下手に巻き込めるか」



 ◇◆◇◆◇◆◇



 腕時計へ目をやれば時間は二十三時を過ぎた頃だった。

 冷たい空気を肺いっぱいに吸い込み、ゆっくりと細く長く吐き出しながら頬を撫ぜていく風へと意識を乗せていく。

 自分の意識の半ば、ふわりと感じる浮遊感をそのまま保ちながら遠くへその意識を向ける。

「風音よ、響け」

 紡いだ言葉に併せ、いっそう強く風が手元から離れていく感覚に今度は明確な方向を与えた。

 昨夜とは違う曖昧なものではなくもっと正確に。



『面白い情報ネタ仕入れたぜ』

 そう切り出された電話の相手に嵐は一瞬、八つ当たりめいた感覚を覚えたが言っていなかった事を思い出しごく短く尋ねた。

「何を?」

『例の噂の体験者』

 冷たくなっている言葉尻にも気が付く様子もなく大月は、嬉しそうに声を弾ませて応えた。

『ほら、新城が言ってたトモダチ。その二人の事分かったぞ。笹尾高校の三岡志穂に山中若菜。何か聞くところじゃ、三岡ってヤツは霊感少女って言われてて、神隠しにあった方らしい。

 しかも、その二人が噂の出所じゃないかってのが周りの……って聞いてるのか?』

「聞いてる。で、それで終わりか?」

 ずっと沈黙をしたまま聞いていたせいか、燻しがるように問い質す大月への返事が微かに掠れていた。

『いやいや、面白いのはこっからよ! よーく聞けよ』

 よほど良いモノを手に入れたと興奮している彼とは対照的に静かに促した。

『神隠しに遭ったて奴の話聞くと、同じところを回ってるみたいなんだよ』

「同じところ?」

『そう。同じとこ。まあ、追って調べてる途中だけど』と、言う大月の声が急に遠く、そしてノイズ混じりになって聞こえた。

 同時に慣れた違和感を感じとれば、ノイズに更に聞き逃しそうなほどの小さな音が入っていた。


  ねえ、しってる?


    ねえ、知ってる?




            ねえ……誰か……



 自分で切ったのか、それとも切れてしまったのか、白く歪んだ意識を払い飛ばす為に頭を振り気が付けば携帯電話の画面には通話時間が止まって表示されていた。

「――――くそっ」

 小さく毒づき、無意識のうちに携帯を掛け布団目掛けて叩きつけていた。

 ボフッという柔らかな音に飲み込まれ、携帯は少しズレ落ちて止まった。

 不意に重なった記憶にどうしようもない怒りを覚えたまま、それを追い払うように息を吐き出せば再び、着信を知らせるように携帯が震え留まった場所から動いていたが、出る気にはなれなかった。

 しばらくの間、震えて止まった携帯を眺めていたが無気力に零れた言葉に今度は自分自身に呆れを覚えて、ようやく携帯を拾い上げる為に歩いた。

 着信の相手は当然、大月洋の名を示しそのまま通話ボタンを押して掛け直せば直ぐに、彼の不安そうな声が聞こえてきた。

『大丈夫か? またなんかあったのか?』

「いや、何でもない」

 軽い詫びを入れて、いつものように準備を始めていた。

『なら良いけどよ。一応、気になった場所、もう一回言うぞ?』

「ああ」

『駅手前の交差点、中央公園、満谷陸橋の近辺が多いらしい、他の場所も幾つかあるみたいだけど、意外と人の多いところで起こってるみたい』

「それで十分だ」

 具体的な場所を告げられ、嵐は最後の場所がどこかと記憶を巡らせ一呼吸置いてから、突き放すように一言だけ告げた。

『これ以上、深入りするな』

 明らかな警告の言葉に、大月は返す言葉を一瞬見失い、脳裏に浮かんだ心配そうに自分を見上げてきた妹の姿を思い出して悩んだ。

 大月にとって最初はただの好奇心からだったが、今は違う想いがあった。

「悪いけど無理だ。オレ、こう考えたら突き止めたくなってさ」

 軽い口振りだが、声色に滲む決意の音に嵐は切ろうとしていた指先を押しとどめ先を待った。

 そんな事を知る由もない大月は、目の前に広げたパソコンと手帳へ目を向け、そして視線を横にずらせば小さな仏壇が視界に入った。

 入学式の時にとった妹の写真が手前に飾られ、同じように二人で写ってる写真も数枚飾られている。

「『知ってる?』って問いかけが、助けを求めてるように思えてさ……だから、お前が止めても勝手にオレは続けるよ」

 笑い声を交えて言えば、どこか照れくさい言葉も続けられた。それを感じたのか電話の向こうから嘆息するような音が聞こえた気がした。

『なら、もう一つ言う』

「ん?」

『アイツを巻き込むな』

「え、巻き込むって……あれ? もしかして、修に昨日の事言うのまずかったの?」

 淡々と言われたせいで、意味が分からず暫く考えたが思い当たるのはそれだけだった。

「だって、修もお前の手伝いしてるんだろ?」

『違うっ』

 そう思っていたからこそ、大月は修に自分が分かる本当の事を伝えた。しかし、語気荒く否定されれば、ただの思い込みだったと知った。

 同時に、何故と聞きいて見たくもあったが、自分の時の一件を思い出せば遠ざけたいと願う嵐の気持ちも理解できる気がした。

「わ、悪い。てっきり、お前ら一緒にこういう事してるんだと思ってた」

『……いや、俺も話してなかったしな』

「そうだよな、あんな危ない目にだって遭うんだし、心配だよな」

『それも違う。心配なんじゃない、面倒なことを広げるだけなんだよ……あいつは』

「はぁ? お前、そこでそんな事言うのかよ! 今一瞬、お前の苦労を垣間見たオレの気持ちはどうするんだ!」

 本音としか受け止められない口振りで溜め息を吐かれ、大月は思わず声を張り上げた。

『知るか。二度三度と勝手に勘違いしたお前が悪い』

「うわ、ヒドッ! 嵐、お前ホントに本気でそんな事思うなよ。なんか寂しいだろ!」

『それも知るか。用件はそれだけか?』

「あぁ、そうですよ。それだけですよ!」

『なら切るぞ。とにかく、修は巻き込むなよ』

「わーったよ!」

 なんて奴だと呟きながら携帯を切り、映し出された時間を見て一瞬ヤバイと隣の部屋を見たが、三分の二ほど開いた襖の奥に人の気配がないことを確かめて安堵の息を零した。

「あぶねぇ……」

 ペロリと唇を舐めてから、よしっと気合を入れなおして再びパソコンへと向き直った。



 先の件を思い出しながら、嵐は呼び出した光が見せる風景を追っていた。

 彼が今いる場所は家からは大分離れたところにある霞ヶ丘公園。先ほど名前の挙がった中央公園は駅の近くになりかなり大きな公園だが、こちらは小さな展望公園。

 霞ヶ丘一帯を見渡すまでは行かないが、かなり広い範囲を見下すことができ、眼下に広がる夜景は中々のものだが、近所に住む者を除けば此処に訪れるには駅から出るバスを利用し二十分ほど。ハイキングコースを有する夜の道は明かりも乏しく気軽に夜景を楽しむ為に訪れるには少々骨が折れる。

 それゆえに人の気配はなく、存分に己の力を発揮できる。

 薄らと瞳を開ければ、深緑の色が淡く宿り自分の体にも同じ色があった。

 これじゃあ、まだアイツに及ばないか……

 意識が揺らげば同じように、風が揺らぎ追っていた風景も歪んだ。

 それに気が付き呼吸を正せば、再び同じように求めたものが返って来た。

 まずは……と、一番真新しく覚えていた場所へ視線を向けた。

 脳裏に映る風景は広々とした芝生とその奥に闇に染まった大きな建物を映していた。霞ヶ丘図書館ならびに中央公園。その一帯を風を纏ったまま光が隅々まで駆け巡っていく。

 そしてそのまま、石畳の階段を駆け上り図書館へ続く扉の隙間から中へと侵入して行き、同時に二手に別れて訪れた喫茶店の中と図書館内を巡り再び一つに戻りながら外へ出ると、主の意思の元に階段とは反対側へと向かった。

 先日嵐が確かめようとしていた仕掛けの元。図書館と併設されているのはホールだけではなくデパートもあった。

 仕掛けはそのデパートの出入り口を挟むようにあるが、誰の目にも触れる事のないもの。

 大月の一件で情報を集める為に仕掛け、すっかりと忘れていた代物を解き上げてから次の場所へと風を移動させた。

 今度は駅近くの交差点。立ち寄ったコンビニの中に仕掛けたものを先ほどと同じように解き、最後の場所へと走らせる。

 最後は満谷陸橋と言ったな。

 思い出しながら、その場所へ走らせているなか光が揺れた。

 人であれば振り返ったような、そんな揺れを感じ嵐は止まるか躊躇ったが辿りつく方が分かりやすいかと、走らせた。

 満谷陸橋は跨道橋で県道を国道線が跨ぐ形となり、双方の合流地点は三車線で余裕のある作りではあるがやはり事故は多い。

 それ故に、今の彼にとっては余計なものも鮮明に見え微かに顔をしかめた。

 風を纏う光に伸びる手を上に逃げ躱し、上から辺りを伺い……ふと、気が付いたようにその高度を落とした。

 陸橋を越え、隣の町へ差し掛かる道筋を少し辿ってから引き返し、今度は道を一つまっすぐに戻り止った。

 確か、昨日見失った場所だよな。

 周囲の風景は正直似たり寄ったりで自信は無いが、光自身が違和感を訴えあたりを忙しなく見せていた。

 そして、少ししてから近づいてきたバスに気が付いたように光が近づいたが、直ぐに違うと言うように空に舞い上がった。

 暫くの間、嵐は拾い集めた情報を整理するがいつもと何か、勝手が違い思わず集中を途切れさせた。

 冷たい空気の中に身じろぎ一つせずいたというのに、首元が汗ばんでいる感覚に手をやるが、思い過ごしのように触れた手は綺麗なままだった。

 しかし、熱さは確かにあり体に感じる負担も決して小さくは無い。

 自分自身に舌打ちをしながら、もう一度光を呼び出そうとしたが押し留めるような痛みに胸元を押さえた。

「もう少しだけ……」

 自然と零しながら、今度は光は呼ばずに風だけを従え視界に広がる一帯に風を飛ばした。

 今度はもっと単純に、呆然と戸惑いを見せた志穂の姿を思い浮かべて。

 閉ざした瞳を静かに開きある方向へと向け、そのまま少し考えてからようやく自分の意思を持って集中を切り、踵を返した。

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