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4.噂すれば影

「それだけ?」

「期待するほどでも無くて悪かったな」

 間の抜けた顔で問い直してくる大月に、些か彼は肩を上げて鋭く返した。

「いや、こういう時のお決まりって呻くような謎の声とかさあるじゃん?」

「ゴーストテレフォンじゃあるまいし」

「……あれってないの?!」

 小学生の頃、噂に登っていた幽霊電話を信じていた大月は思わず目の前にいる麗菜へ視線を向けたが、既に少女の姿は彼には見えなくなっていた。

「ありゃ? 麗菜の姿が見えない」

「時間切れだろ。そう何度も他人に使うものじゃない」

 物欲しげに視線を向けられた嵐は、ペットボトルの中身を空けていた。

「そういうもんなのか?」

「そういうモノだ。それより、心当たりってのはなんだ?」

 特に苛立つ風も見せず問いかけられ、大月は少しだけ驚いたように細い目を丸くした。

 それに気がつき、嵐は改めてのように彼を睨みつけた。

「女子たちが噂してたの聞いただろ、アレだよアレ!」

 ビッと人差し指を立てて嵐の目の前に突き出し、そしてそのまま麗菜の方へと少し逸らした。もちろん、大月にはその姿は見えていない。

「答えたらいけない噂ってヤツだ」

 そのまま視線を自分の指先に向けた大月は、遠くを歩く子供を見つけそのまま指し示した。

「あのくらいの小さな男の子がこう聞いてくるんだ。“ねえ、知ってる?”って」

 静かに呟く声を他の車の音で消さないように自然と耳を傾けながら、怪訝そうに眉が寄ったのが分かった。

 しかし、嵐はそのまま続きを待つしかなかった。

「普通なら、何かしらの正解となるキーワードを言わないと、ヒドイ目に合うのが怪談の定番だけど、これだけは違うんだ」

「どういう事だ?」

 いまいちピンとこない彼は、心配そうに兄を見つめている麗菜に目を向けた。

「どうもこうもそのままだよ。とにかく、返事はもちろん振り返るとかの反応もアウト! そのまま、どこかに連れ去られて、ある日突然帰ってくる。記憶も全部なくしてな」

「……何かおかしくないか、それ?」

 湧き上がった疑問を口にすると、彼もそうなんだよと頷いた。

「記憶もないのに勝手に噂だけが広がってるんだよ」

「そこも気にはなるが、何で記憶がないって噂も広がってるんだ?」

「あぁ、それ? 付属の噂って言えばいいのかね、噂の男の子に連れ去られたって言う子の友達が居るんだよ。えーっと、ちょっと待ってろ」

 うーんと唸りながら、上着のポケットからカバーがボロボロになった厚い手帳を取り出しページを捲っている。

 それはさながら新聞記者のようで、聞き込みを整理している刑事にも見えた。

『まだ使ってくれてるんだ』

「ん?」

 嬉しそうに頬を赤らめて、大月の手の中の手帳を覗き込む麗菜を見ると気がついてにこっと笑った。

『お兄ちゃんの合格いわいに、お母さんと一緒に選んだの』

「あ、あったあった。って、何だよ? 人をニヤニヤしながら見やがって」

「いや。その手帳、大事に使えよ」

「言われるまでもねーよ。って、麗菜が何か言ってたのか?」

「いいから、早くしろ」

 思わず歪む口元を隠しながら先を促せば、彼は見当外れな方向を向いて「余計なこと言うなよ」と小さく零していた。

「まあいいや。それで、その友達がこの噂の出所じゃ無いのかって言われてるんだ。だけど、その友達を知ってるヤツはいないらしく、内容も特定し切れていない感じだな」

『お兄ちゃん、ダメッ!』

 内容を読み上げようと口を開いた兄に警告の声を発するが、妹の声は届かない。

 代わりにそれを受けた嵐が手帳を取り上げた。

「あっ、てめ!」


    ――ねえ、知ってる?


「麗菜、アニキの傍にいろ」

 突然聞こえた声を無視するように、麗菜へ声をかけ腕時計に目を落とした。


  ――知ってる、ねえ?


 最初よりも寂しさが含まれた問い掛けを更に無視し、手帳へと目を落とし自分の力を流し込んだ。

「大月、チャリ頼むな」

「へ?」

 手帳を投げ返した嵐は声のした方へ振り返り、軽く後ろへ飛ぶようにして一言だけ呟いた。

「何をだ?」

「嵐っ!」

 何をするのかと思うより前に鳴り響いたクラクションの音に意識が逸れ、彼が再び視線を戻せば、嵐の姿が消えていた。

『お兄ちゃん』

「麗菜っ。アイツ、何度も使えないって言ったくせに」

 突然のことで混乱する頭を押さえながら、周りを見回した。

 コンビニでは人の出入りがあったが、誰一人としてたった今、目の前で起こった異変に気がついた様子はなかった。

「ど、どういう事だよ……?」

 人が目の前で一人消えたはずなのに、誰もそのことに興味や感心がない……それどころか、元から何も無かったように緩く時間が流れていっていた。

 自然と握り締めた手帳が僅かに軋む音を立て、そして力なく麗菜へ顔を向けた。

「友達、二人も居なくなっちまったよ」

 呟いた途端、目が痛むように自然と潤んできていた。

 しかし、麗菜は兄の手にそっと触れてにこりと笑みを向けた。

『大丈夫だよ。嵐お兄ちゃん強いもん、それに』

 一度言葉を切り、目の前にある手帳を開くように促した。



  ――心配するくらいなら、手伝え――

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