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2.予兆

  ねえ。


     ねえ!


  知ってる?

   ねえ、知ってる?


 ねえ、ねえ、ねえ、ねえっ!


◇◆◇◆◇◆◇


 背筋に走った寒気に、買い物袋を鳴らし足を止めた。

 誰かに見られているような気配。しかし、同時に振り返ってはいけないと何かが言っている気がした。

 深呼吸を一つして、微かに後ろへと視線を向けそして、ホッと一息をついた。

「ねえ、ねえ! おかーさん、お菓子かってってばー!」

「ダメよ。晩御飯食べなくなるでしょ!」

 近くのお菓子売り場で駄々をこねる男の子の声が店中に響き渡り、近くに居た老女が微笑ましそうに笑いながらカートを押してレジへと並ぶ。

「そうだ。あいつにお菓子買って行こう」

 来た道を戻り、まだ駄々をこねていた男の子を余所にしながら大月はマーブルチョコを一つ手に持って再びレジへと並んだ。

 そして、新たな小さな荷物をポケットへ捻じ込み駐輪場に止めていた自分の自転車のカゴに荷物を入れ、手で押したままある場所へと向かった。

 帰り道の途中、交差点の手前で自転車を止め買ったばかりの数本だけの質素な花と小さな水のペットボトルだけを持って歩いた。

 シャッターが下りたまま放置された店先。その手前に置かれた花を見つけ彼は細い目をさらに細め笑うように隣にあった上蓋のない空き缶を手に取った。

「麗菜、お前の好きそうな花があったから持って来たぞ」

 通り過ぎる人の視線も気にした風も無く、大月は新しい水を空き缶に入れ花を添えた。

 薄いピンク色の花と白い花は、微かに嬉しそうに揺れた。

「家に帰ったらマーブルチョコも添えてやるから、友達と一緒に食えよ。じゃあな」

 手を合わせ数秒だけ黙祷してから立ち上がった彼の周りに風が吹いた。

 その風が止み、改めて帰ろうと踵を返した彼は一瞬、朧気に見えた幼い姿に目を奪われたが人が通り過ぎた後にはもう見えなくなっていた。

 錯覚かと思ったが、大月は少し考えてから自転車を止めた場所へと戻った。

 派出所が直ぐ傍に見える場所のコンビニに止めておいたおかげか、カゴの中の荷物は無事。エコバックの奥に入り込んでいた携帯を取り出し履歴から電話をかけた。



 隣の部屋から規則的な電子音が鳴り響き、存在を主張するがそれを受け取るべき主の姿は傍になかった。

 そういや、何か無いって買い物に行ったんだったな。

 寝転がり読んでいた漫画を置き、起き上がった。

 どうしたものかと思いながらも中々鳴り止まない携帯に、嵐は少し考えてから部屋を出た。

「ったく、何のためのケータイだよ」

 悪態をつきながら、机の上に置いたままになっていた携帯を覗き、表示画面に映し出されていた名前に考える間も無く電話を取った。

『ようやく出たな、修!』

「俺だ。修なら出かけてるが……」

『お? 嵐か、ちょうど良い。お前に用事出来たんだ』

 大月はまさか本人が出るとは思っておらず少し声が上ずったが、すぐに気を取り直し用件を簡単に伝えた。

「……そうか」

『そうか、って気にならないのかよ。つーか、気のせいなら気のせいって言ってくれ!』

 電話の向こう側で必死に懇願する姿が目に浮かぶが、嵐は溜息を隠さず吐き言い放つ。

「見ても無いのに判断できるか、阿呆」

『じゃあ、見に来いよぉ』

「断る」

『あっさり断りやがって……いいよ。一応、注意しとけばいいんだろぉ』

「最初からそうしておけ」

 面倒事を持ちかけてくるなと含ませ、電話を切ろうとしたがそれを察したかのように大月は声を上げて引き止めた。

『そういや、修の奴何処に買い物に行くって言ってた?』

「あ? イセヤだと思うが……」

 質問の意味も解らず近くのディスカウントストアの名前を挙げたが、ふと気がついたように部屋にあった時計を見た。

「一時間近く帰ってきてないな」

『うわ、やっぱお前来い! とりあえず、一旦オレも買い物したもの置いてからにするから、三十分後に駅前な!』

「仕方ねえな」

 二人揃って嫌な予感を感じ、承諾した嵐はまずは確かめるように階下の居間へと降りていった。

 ダイニング一体型のごくありふれた作りのその部屋の明かりは、誰もいないのに点ったまま。

 キッチンへと回れば、混ぜられたホットケーキミックスが入ったままのボウルに、完成品を彩るための苺は既にヘタが取られキッチンタオルの上に置かれていた。

 明らかに直ぐ戻るつもりだったのが見て取れ、嵐は傍にあったラップでそれぞれに埃がかぶらないようにしてやりながら上着を取りに、部屋へ戻った。

 いつもの黒いジャケットを手にもち、修の携帯も一緒にその中へとしまうと、同時に玄関のドアが開く音が聞こえた。

 戻ってきたかと思い、階段の上から見下ろすが戻ってきたのは修の母だった。

「あら? 嵐君、おでかけ?」

 小首を軽くかしげ訊ねる姿はやはり修の親だと実感するほどに良く似ている。嵐はそのまま階段を下り入れ違いになるように靴を履いていた。

「日香里さん、すみません」

「急ぎの用事みたいね。気にしなくていいわよ。修も一緒なんでしょ? 夕飯作って待ってるからね」

「……すみません。帰ったらあいつに続き作らせますから」

「気をつけてね」

 詳細な理由は不明で伝えられなかったが、彼女は訊ねることもなくただ優しく見送ってくれた。

 表に止めていたマウンテンバイクの隣にはしっかりと修の自転車が留まったまま。

 嵐はそのまま自分のマウンテンバイクに跨り、修が立ち寄っていたはずのディスカウントストアへと向かった。

 何もなければ良いと思うには、風が不安を煽るように頬を撫ぜていった。

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