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10.届かぬ叫び

 

 ねえ、聞こえてる?


    ねえ、知ってる?


                    ねえ、誰か。


  しってる?


       ねえ、知ってる?




 くいっと小さく袖を引かれた気がした。

 そのわずかな感覚に、少女はぎくりと肩を震わせた。

 違う、そんな事はない! 強く強く否定する気持ちだけが嫌に焦燥感を煽り、煽られた分だけ訳も分からず泣きそうに涙がこみ上げてきた。

 振り返ることもなく、振り払うように手を大きく動かして走り始めた。

 短い黒い髪が走り始めた事によってさわさわと音を立てていた。

 けれど、少女はそんな音ですら振り切ろうと必死に走っていた。

 どこまで走ったのか、無我夢中でどう走ったのかも分からない。

 ぜえぜえと上がる息だけが気持ち悪く肺を締め付けていた。

 塾の帰り道、いつものバスを降りて後は家に帰るだけなのに、いま自分が何処に辿り着いたのか分からなかった。

 冷静になっていれば少女は家の近所であると気が付けたはずなのに、軽いパニックを起こしていた彼女には、まったく見知らぬ土地に居るような錯覚に陥っていた。

「だ、れか……」



        ねえ、        誰か          ――――



 ◇◆◇◆◇◆◇


                                                        ねえ、知ってる?

              ねえ、しってる?

      ねえ、シッテル?

                       ねえ、知ってる?

                                      ねえ、知ってる?

 ねえ、しってる?

            ねえ、シッテル?

                                                           ねえ、知ってる?

                                 ねえ、しってる?

                     ねえ、シッテル?

 ねえ、知ってる?

                 ねえ、しってる?

      ねえ、シッテル?

                           ねえ、知ってる?

  ねえ、しってる?

                                                          ねえ、シッテル?

 



 むなしく反響する声に、カツンッと無機質な音が混じった。

 その音に気が付いたように、響き渡っていた声がぷつりと止まった。

 数瞬の間訪れた沈黙は直ぐに、声によって破られた。





       もういい。



                   もういい。


     もういい。

                              もういい。

                      もういい。

                 もういい。

                                    もういい。

  もういい。

                         もういい。

                                   もういい。



 再び反響したすすり泣く声は、どこか諦めていた。

 


               たくさん     あるいたよ。


               たくさん     きいたんだよ。



 ねえ、知ってる?

              ねえ、 しってる?

                        ねえ         シッテル?


          たくさん    あるいたんだよ。

          たくさん    きいたんだよ。



   ねえ、知ってる?


                                    ねえ                              しってる?





    でもね、


               だれも



                             こたえてくれない





  だれも


         しらない



                                   しってる?


                    ねえ       知ってる?




    きいたのに


                  みんな  しらないって


   


      聞いたのに知らないって



                      ねえ、知ってる?

    ねえ、しってる?






                               もう、いい。




  たくさん、聞いたんだよ。

  たくさん、聞いたんだよ。


  なのに、だれも。



 ぎゅっと小さな鞄を握り締めたふっくらとした指先、血の気を失うように白くなった。

 俯いた頬を幾筋もの涙が伝い落ち、地面を濡らした。

 声を上げて空を仰ぎ、わんわんと泣く小さな男の子。

 しかし、自分が分からない。

 自分が誰なのか、何処に居るのか、何処に行くのか。

 前に聞いたシュークリームみたいな髪をしたお兄ちゃんは、一緒に探そうといってくれた。

 だけど、やっぱり分からないと言って泣き出しそうになりながら謝ってくれた。

 それは男の子にとっては初めてで、嬉しかった……けれど、その記憶はもう男の子の中にはない。

 誰かが、泣きそうになって謝った気がする。ただそれだけが、引っかかるように残っているだけだった。

 わんわん泣いて、泣いて、泣いて泣いて……泣きつくした時。

 男の子はまた同じ場所にいた。

 誰も知らない、誰も気づいてくれないこの場所に。

 そして、男の子は歩き始める。

 それが、どれほど前から繰り返されてることなのか、男の子には分からない。

 だから男の子はこう言うしかない。



           ねえ        知ってる?

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