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PARTⅠ カードカフェ 【7】イブ

 月は替わり、予約表は斜線のまま二十四日になった。その日、予定通り弥生と箭内は正午で上がり、女屋と芙美は女子大生二人と共に、多勢に懸命に対応した。三時過ぎ、お客が引けるとマスターは、学生二人に小さなデコレーションを渡し帰らせた。

「今日は四時で閉めよう」

その言葉に芙美たちは片付けを始めた。

 掃除が済むと芙美が言った。

「女屋さん。今日、これから予定ありますか?」

 女屋は一瞬きょとん。

「いいえ別に。主人は今夜もいつも通りですから。チキン買って帰るくらいです」

「だったら。あの。よかったら私の部屋に。お茶は無しですけど」

「えーっ。観ていただけるんですか? なら是非っ」

「本当なら今日が仕事納めでしたから。じゃあ、手が空いたらどうぞ」

 芙美はマスターにも声を掛けた。


 ――ポッポゥポッポゥポッポゥポッポゥ――

 女屋が入って来た。

「お部屋の中はこうなってるんですね」

 あちこち眺め座った。

「女屋さんには探し物はないようにも見えるんですが、前におっしゃっていたので」

 芙美が言うと女屋は下を向いて笑った。

「では。頭に浮かんだ数字を言って下さい」

「13です」

「マークは?」

「スペードです」

「もう一枚浮かびますか?」

「はい。10です」

「マークは?」

「三つ葉です」

 里夢は女屋の前にカードの束を置いた。

「今浮かんでいる数字はありますか?」

「はい。8です」

「では。ここから八枚選んで下さい。選び方は自由です」

 女屋は絵柄を出すと、ずらしながらクロスの上に広げた。


 クラブの3 ダイヤのA ハートの7 ダイヤの9

 スペードの12 クラブの5 スペードの3 赤のジョーカー


 出されたものを横一列に並べながら里夢が言った。

「お姉さんの御家族からお話を聞かれることです」

 女屋は唾を飲み込んだ。

「きっと、良いアドバイスが来ます」

 里夢は広げられたカード達をまとめ左に置いた。

「凄いんですねっ。私、何も言っていなにのに」

 女屋は掌で両頬を押さえた。

「何年か前。父が怪我で入院した時、母の妹弟がお見舞いに来てくれて、帰りに実家に寄りました。姉と私も一緒でした。姉は子どもの二人いるシングルです。お昼を食べお茶を飲んでいる時、叔母が姉に『再婚は考えてないの?』と言いました。すると、いきなり叔父が『二つも瘤がついてるんだぞ。結婚する男なんかいないよ』と。姉はその時は笑っていましたが、後から言っていました。『バツイチ子持ちは中古品の価値もない……まあ、言われてもね……。それが世間ってものだと、親切に教えてくれたんでしょうよ。だけど、子どものことを瘤と言ったことは、わたし一生忘れないわ』って。私は何も言えませんでした。叔父には娘が二人いて。それからしばらくして二人共結婚したんですが、母が姉なこともあって、結婚が決まる度報告に。姉も私も近くにいるのでことごとく会ってしまって。その時、二度とも叔父は姉に『婿には〝返品不可ね〟って言ってあるから』と言ったんですよ。それも笑いながら。姉も笑い返してましたけど。父親としての心情は、そうなのかも知れません。でも……」

「お姉さんはそのことについては何か?」

「後から。『あの(かた)流だと返品したのは私なんだけど』って。『成人娘が品物なら未成年は確かに瘤だわね』って。母にも話したんですが。母はその時甥や姪が近くにいたかどうかだけを気にして。叔父のことは、『退職するまで仕方ない』って」

 里夢の目は八枚に留まっていた。

「それからは叔父とは会わなかったのですが、従妹に当たる叔母の娘の結婚パーティーの時また。そうしたら、今度は母に子どもたちのことを聞いて来たんですよ。母が、今高一と中二だと言うと、いきなり姉に『進学、就職、結婚、どれも片親では不利だ。十年好きにやって来たんだから、そろそろ復縁を考えたらどうだ』って。さすがに、姉も驚いていました。何も言いませんでしたけど。『二度と知り合うことのない他人』、シングルになった時、そう言ってました。今もそうだと思います。でもそれは、叔父から見たら小娘の一時の感傷で。離婚した姉は、取るに足らない事で騒いだ愚か者って。ずっと言われ続けているんです。私は……自分に言われて来たことではないんですが、同じことになったら叔父のような考えの人たちからはそう思われるんだと思うと……。子どもを持とうとは思えなくて」

「御主人は?」

「『どちらでもいい』と言ってくれています。でも、〝今は〟かも知れません」

 里夢は八枚を束に加え三度切った。

「……私は。産まずにここまで、なんですよ」

「ええっ」が突き出されそうな目を女屋はした。

「いらっしゃらないんですか?お子さんっ。御主人も同意の上で、ですか?」

「もともと、私もそうでしたが、結婚そのものを考えていなかった人なので。夫はずっと年上です。結婚のことで母に追い詰められていた私が哀れに見えたようで。仏心でもないのでしょうが、『お互い居にくい者どうしだから良ければ俺のところへ来ないか』と言ってくれて。応じるとは思わなかったそうなので、半分冗談だったようですが。でも、私はそうかもしれないと思って。そういうかたちの結婚なんです」

「産みたくなかった理由は? 何かおありだったんですか?」

「詳しくは。でも私も女屋さんと同じです。わからない先が恐かったので」

「どうして? こうして先がわかるのにどうしてですか?」

「自分のことはわかりません。それに、わかっても回避のし方は見つけられませんよ」

「そういうものなんですか」

 女屋は指のリングを見詰めた。

「ではずっとお二人で。老後もどこかへお二人で?」

「夫が、私の弟を養子にしてくれました。十歳違うので」

「御実家はどなたか」

「兄夫婦が近くにいます」

「そういう方法も。でも……。主人にあとから『実子が欲しい』と言われたら……」

「お姉さんとゆっくりお話しされることです。甥子さんや姪子さんともお話しなさってみることです」

「芙美さんは、後悔はないのですか?」

 女屋はハッと口に指を当てた。

「今のところは。でも先はわかりません。ずっと前に又聞きで『決めたら振り返らないことだ』という言葉を知りました。伴侶も子どもも、持つ持たないは多くの場合、後悔があるものなのかもしれません。でも、決断の時の譲れない何かがあるなら、そちらの方が後悔よりもずっと重いのではないでしょうか。だからこの言葉があるのだと、私はその時思いました」

「私は……弱い自分には子どもを持つのは無理だと。でも、どちらも強くないとダメ、みたいですね」

 女屋は立つと「ありがとうございました」とチェアを戻し、出て行った。


 話し声の後、マスターが入って来た。

「携帯は倫ちゃんとこだって?」

「聞いたんですか?」

「まあね」

 マスターは座った。

「車見たことあったんですか?」

 今度は芙美が。

「ああ。何度か。BMW(ビーエム)だったかな。ここ辞めてから二、三回見たよ。先行きはどんな感じ?」

「プライドのある女性(ひと)のようですから、きっとそれ以上は」

「なら恩の字だ。でも女屋さん辺りが聞いたら驚くだろうな」

「女屋さんは帰られたんですか」

「いいや。下で明日の準備。ケーキもいつも通りの数だから。倫ちゃん、今日は配達屋さん?」

「はい。栄広さんのお店を往復していると思います」

「旅館の方にも?」

「あそこからは朝一で、誰かが冷蔵車で頂きに行ったと思います」

 倫太郎は毎年従業員にケーキを配っていた。

「毎度有難うございます」

 下げた頭を保盛が戻すと里夢はカードを。

「何番目がいいですか?」

「そうだなあ。じゃあ十六番目」

 里夢は上から十六番目のカードを抜いた。

「では。ここに、これ全部並べてください」

「はい」と受け取ると、保盛は五十三枚を並べ始めた。

「弟さん。誠也(せいや)くんだっけ。この前板長とあいさつに来てくれたよ。いい青年だ。もう養子にしたの?」

 手を止めず言った。

「ありがとうございます。あの後、すぐに」

「決まった人はいるの?」

「いません。器用な子じゃないもので」

「お嫁さん、もらう気ないかな。年が一つくらいしか違わないから、もっと若い()好みだと合わないけど。その娘も料理が好きな子で、学校出てから習いに行った経歴も似てるから、どうかと思って」

「もう、倫太郎さんに話しました?」

「いや。まだ」

「聞いたら誠也の代わりに返事しちゃいますよ」

 笑い声が同時に出た。

「じゃあ、会わせてもいい?」

「お願いします」

 保盛は最後のカードを右端に置いた。

「では。一枚選んでください」

 保盛がカードを眺めている間に、里夢は除けて置いた一枚を開けた。

「これだな」

 保盛が里夢の前に。

「協力者をお探しですね」

目が合った。里夢の指がクロスからカードを

 ――ポッポゥ ポッポゥ―― ――

 ダイヤのクィーンを返した。


♢♢♢♢♢


その夜。芙美の夢に、見たことのない鳩時計が出てきた。黒茶色の豪華なリーフが葡萄色の屋根を包み、赤や黄の小花が扉前を飾っていた。いつの間にか横に誰かが。蝶ネクタイの女の子も見上げていた。すると

――ここにいたの――

どこからか同じ服の二人が。

――もう、行くって。早く来て――

二人が去ると、女の子も去る気配を。しかし動かなかった。


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