PARTⅠ カードカフェ 【6】クラブのクィーン
枝離れする葉を風が散らかし始めたある水曜日。芙美はいつも通り部屋で依頼主を待っていた。鳩が二度鳴き引っ込んだ時、弥生からコールが来た。
「予約の人。三十分くらい遅れるって」
「わかりました」と返し芙美は座った。一番上のカードを捲るとクラブのクィーンが出た。
二十分ほどしてドアがノックされた。
「どうぞ」
ヒールの音が衝立を回った。
「すみません。遅れて」
里夢が「いいえ」と言う前に依頼主は座った。
――ブー、ブー、ブー、ブー――
依頼主は素早くカット。ダイヤの指輪がオープン気味の胸元で揺れた。向き直るのを待ち、里夢はカードを中央に置いた。
「では。ここから一枚選んで下さい。選び方は自由です」
数分かけ、依頼主はダイヤの3を出した。
「次は三枚お願いします」
今度はすぐにハートのキングとハートのジャック、同じくハートのAを出した。
「カードをこちらにお願いできますか」
里夢は受け取るとダイヤを全て抜き、渡した。
「また三枚お願いします」
依頼主は次は黒のジョーカーとスペードの9とクラブのジャックを出した。
里夢は七枚を中央に横一列に並べた。
「最後に二枚お願いします」
依頼主は迷い気味にハートの10と赤のジョーカーを出した。
「挙式は年内の予定ですね」
女性は黙っていた。
「恋人は地元にはいませんね」
目は里夢を見たままだった。
「恋人の家を知っていますか?」
「場所なら知っています」
逸らした。
――カチャッ――
――コトン――
――カチャッ――
里夢は九枚を衝立側にずらした。甘い香りが広がり始める。いつものようにトレーを互いの前に置いた。
「ハチミツはないんですか?」
「お好みなので。今御用意致します」
里夢が立つと「いいです」と女性は止めた。
「誘導尋問みたいなのは止めて、はっきり言ってくれませんか? それともわからないんですか?」
――ポッポゥポッポゥポッポゥ――
「普通こういう所って音止めませんか?」
「婚約者と学生の恋人とあなたの三角関係です。結納も済んだ婚約者との別れ方を探しにあなたはここへ来ています」
「……それで。その方法は」
苛つきが消え、撫で声が這って来た。
「あなたと会う以前から、男性二人は知り合いです。何かでトラブルになった仲です」
「嘘を言わないでください」
「婚約者の方に、恋人の名を言ってみてください」
「私は別れたいんですっ」
「あなた方は三人共、結婚に親御さんが関わっています。婚約者の方も恋人も御長男です。あなたのお父さんは公職に就いています。仲人を立て交わした結納は、たやすくは変えられません」
「私は、やっぱり結婚したくないんですっ」
這いものが爆散した。
「恋人が気を引くからです。でも、恋人は不実です」
「……」
「婚約者の方に、結婚の延期をほのめかしていますね」
夜叉面になった。
「婚約者の方は、周囲にそれとなく理由を聞いています。情報を得るかも知れません」
「私には、その方が」
「婚約者の方は、御両親と仲人の方にその話をするでしょう。あなたの御両親は仲人の方から聞かされるでしょう」
「……」
「恋人の顔がちらついて冷静になれないなら、恋人の母親の方に会われると良いでしょう。会って『婚約者のいる自分との将来を息子さんは考えてくれている』と伝えれば、答えを出してくれます」
「反対されるに決まっているじゃないですかっ」
声が揺らいだ。
「息子さんに信頼があれば違います」
――ブズッ――
クッキーが刺された。
「それより先に、あなたのお母さんに話すことです」
里夢は香りの柔らいできたカップを取った。
「くどいようですが。恋人とのことは、あちらの母親の方が答えを出してくれます。結婚のことは、あなたのお母さんが答えを出してくれます」
女性は、クッキーを口に入れては鼻をすすりニ、三分で空にしたが、その後倍の時間を咀しゃくにかけた。
「どこのクッキーですか?」
飲み込み終えると、別声が出た。
「マスターの息子さんのお店です」
「近くにあるんですか?」
「いいえ。でもここでも売っています」
「予約するんですか?」
「予約もお受けしています。でも売り切れていなければ入口横のカウンターに並んでいますよ」
女性は三口でカップを空けると、ティッシュで口元を押さえ立ち上がった。
「ごちそうさまでした」
「お気をつけて」
遠ざかる足音を、里夢は温度の抜けたカップと送った。
[茉莉花亭―る]の年末休業は毎年二十八日からと決まっていた。霜月始め、カレンダーを捲り弥生が言った。
「二十四日は金曜だけどイブだから、予約はきっとないわよね。だから芙美さんの仕事納めは二十二日の水曜日ね」
そして予約表に斜線を入れた。
「あの。その日少し早めに上がっていいですか?」
箭内が聞いた。
「大丈夫じゃない? 例年イブは、お昼は混むけど引きは早いもの。ねぇマスター」
呼び掛けにマスターは頷いた。
翌日、いつも通りに寄った弥生に栄広が言った。
「チーズクッキーしばらく出せないよ」
「えっ。材料が何か欠品してるの?」
「いいや。結婚式の引物用に大量注文が入って。ラッピングのことで後で電話するって親父に言っといて」
弥生はそのままを伝えた。
第三水曜日。裏口を開けた芙美にいきなり
「芙美さん」
「芙美さん」
弥生と箭内が同時に呼び掛けた。
「はい」と答えながら、芙美はタイムカードを。
「イブの日。もう予定入れちゃった?」
「え? だって金曜日ですよね」
「じゃあ、来る気でいたのね。今のところ予約入ってないけど」
「ええ。空けてますよ」
これを聞き二人は笑顔になった。わけのわからない芙美に奥からマスターが言った。
「二十四日はそこの二人は昼までなんだよ。芙美ちゃん頼める?」
芙美は快く受けた。帰る頃に詳しい理由が知らされた。箭内は子どもの用事。自分は兄の店の助っ人だと弥生は言った。
今年は何年か振りにイブが週末に当たり、予約のケーキの台数が半端ではないからだとのことだった。
月末の水曜日。芙美の車は箭内たちより若干速く着いた。
「おはようございます」
ドアを開けると、奥にいたマスターは「おはよう」と言いながらレジ台の方へ。
「これ。昨日来た人から預かったんだ。『先生に渡してくれ』って」
〝寿〟の金印付き手提げを芙美に。
「少し前、栄広のところへチーズクッキーを結婚式の引物に頼んで来た人がいたんだよ。『[茉莉花亭―る]でいただいておいしかったので』と言って。きっとその人だろう」
「おはようございます。あら。芙美さんお早いんですね。道空いてたんですか?」
マスターに応す前に女屋が入って来た。




