PARTⅠ カードカフェ 【2】特典パフェ
翌月の第一金曜日、十時前に芙美はやって来た。マスターは主婦パートの二人にも芙美を紹介。子育て中の箭内と子どものいない女屋に芙美があいさつを終えると、マスターが言った。
「予約したいって言うから受けちゃったんだ」
「えっ。予約ですか?」
「そう。2時から高校生」
「2時って。学校は?」
「早帰りなんだそうだ。ここでお昼食べて、そのあと観てもらいたいって」
1時過ぎ、制服の女の子達が入って来た。ちょうど空いた四人掛けに少女達は座った。箭内が水とメニュー表を持って行き、あとから弥生がオーダーを受けて来た。
「ドリア3、トースト1、ミントのクッキー付」
芙美は休憩に入る女屋と二階へ。ドア前で女屋が言った。
「これ、何て読むんですか?」
「〝リム〟です」
「かっわいいっ。いつか私も観てくださいねっ」
そして隣のドアを開けた。
部屋に入ると芙美は、ブラインドを動かし少し光を入れた。テーブルには紺の別珍クロス。その上に、緑にシルバー模様のカードとペンを挟んだメモ用紙。
下からコールが来た。
「いつ頃運んで行ったらいい?」
弥生だった。
「30分経ったらで」
「わかった。チェストの上に置きますね」
「お願いします」
会話を終えると芙美は、付けてもらった掛け鏡を開き、ラピスのイヤリングを確かめた。それから壁をぐるり。
「ちょっと殺風景過ぎるかな」
呟いた時
――ポッポゥポッポゥ――
鳴き声と共にドアが開いた。
「こんにちは」
里夢は衝立脇から顔を。
「こんにちは」
若い依頼主は頭を下げると、垂れた髪を耳にかけた。
「そちらからどうぞ」
依頼主は反対側を回り座った。
「今テスト期間中?」
「いえ。文化祭の準備中なんです」
「ああ。そういう時期ね。学校近いの?」
「いいえ。今日は駅からタクシーで来ました」
里夢がカードを手にすると、「あの。時間制限あるんですか?」と早口で。
「いいえ」の答えに弱く息を抜いた。
「では。切っても切らなくても、見ても見なくてもいいですから、一枚選んでください」
里夢は束を前に。
「切っても切らなくても。見ても見なくても」
里夢の言葉を繰り返しながら手に取ると、依頼主は絵札を見ながらカードを選び始めた。
「じゃあ、これで」
時間をかけ赤と黒がある内の赤のジョーカーを前に。
「では。キングを四枚私にください」
里夢はキングを受け取った。
「また一枚。お願いします」
ダイヤの8を出した。里夢はじっと見て「ビスケット。覚えているんですね」と。
「あの……。でも……」
それから小さく「はい」と答えた。
「では。クィーンを四枚私に。そしてまたもう一枚を」
スペードの4を出した。
「では。ジャックも四枚私に。そしてまたもう一枚を」
依頼主はスペードの5を出し、四枚のカードが並んだ。
「カードを。お願いできますか」
依頼主からカードが里夢に。里夢は一度だけ切り、また返した。
「これが最後のカードになります。一枚お願いします」
依頼主はゆっくりとハートの10を。
「御祖母さんの所へ行きなさい。叔母さんたちも快く迎えてくれます」
すると、顔を歪ませ鼻をすすった。
「母が……。許してくれるでしょうか」
「大丈夫ですよ」
「……弟たちは。私がいなくなって……」
「弟さんたちは、たぶんお父さんが」
「父は……」
「子どもはいないでしょう」
しゃくり上げた。
――カチャッ――
――コトン――
――カチャッ――
香りが広がって来た。
里夢はカードを片付けトレーを置くと、ティッシュもクロスの上に。
「どうぞ。使って」
少女は一枚抜いた。
「母に会ってくれって言われて……。私教えられた店に行ったんです。その人は足を組んで大きな雑誌を広げていて。両面金髪の女の人の何も着ていない上半身の写真でした。それを、大きく平らに広げて見ていて……。驚いた私に『見たい?』って笑いながら閉じて。……『何か食べる?』って言うからランチパスタ頼んで。食べ終わってアイスティー飲み始めたら『避妊のし方知ってる?』って。私……やっと受験終えて高校に入ったばっかりで……。周りの友達も知ってる子はいません。だから『知りません』って言ったんです。そしたら『困るなぁ。それじゃこれから困る』って。それから『じゃあ、ホテル行ったことは?』って。行ったことないです。だからそう言いました。そしたらいろいろ説明してくれて『じゃあ、今度連れてってあげるよ』って。どういう人なのか……。私は正直(失礼な人だな)って思いました。でも、母はその人と再婚したいと言って……。二人で何かお店をやりたいって。私に……高校卒業したら手伝ってくれって。私……今までそう思ってやって来なかったので……」
一口飲んだ里夢が「飲み頃よ」と言うと、少女は素直にカップを取った。
「私ミント好きなんです」
そして湯気を吸いながら二口飲んだ。
「先生のおっしゃった通り、父にも誰かいるんです」
少女はカップを戻した。
「御祖母さんとよくお出掛けしたの?」
「はい。お芝居を見に」
楊枝をつまみクッキーに。
「ビスケットはその時の?」
「いえ……。あれは、もっと前だと思うんです。くださった方のこと何も覚えていないんで」
「その方のことを。御祖母さんに聞いてみたら」
「はぁ」
少女はまたクッキーを口に入れた。
「あなたの記憶が、よく覚えているようなので」
里夢もクッキーを刺した。
二人して口を……目が合った。
「これ、おいしいですねっ」
「ほんと。おいしいっ」
少女の口元が上がった。
「これもあげる」
里夢が小籠を向けると少女は「アハ」っと口を。薬指が目尻を拭った。
「食べ終えたら、祖母に電話してもいいですか」
「どうぞ。でも私、お客さん残して部屋を出るわけにはいかないけど」
「平気です」
少女は最後の一つを口に入れた。
電話はすぐつながったようだった。ところが「御祖母ちゃん」と言ったきり、時折鼻だけをすすった。向こうからは慌てた声色が抜けて来る。
「御祖母ちゃん……御祖母ちゃん……私に……私にビスケットくれた人だれ?」
やっと絞り出すと、向こうは静かになった。すると少女は畳みかけた。
「ねぇ。ねぇ。知ってるんでしょ? 覚えてるんでしょ? だれ? だれ? ビスケットくれた人だれ?」
そしてしゃくり上げた。里夢はカードを手に取ると中程から一枚。
ハートのキングが出た。
少女が携帯を置き鼻をかんだ。
「あの……。先生。ここどこですか?」
里夢は弥生を呼んだ。
弥生の教えた番地を少女は携帯に。
「叔父と迎えに来てくれるって言うんで」
「遠くないの?」と弥生が聞くと「高速で1時間ちょっとで来ると思います」と答えた。
――ポッポゥポッポゥポッポゥ――
少女はチェアを直し出て行った。
四人掛けがまた埋まったのを覗たマスターは、パフェを4つ作った。
「初日特典てとこかな」
抹茶・マロン・イチゴ・チョコ。弥生が運んで行くと
「うわぁ」が上がった。
――パチパチパチパチ――
少女も手を叩いていた。
「あの制服知ってる?」
戻って来た弥生が芙美に。
「いいえ」
「あれ□□女子の。うちの娘、行かせたかったんだけど、ちょっと無理だった」
「ちょっと無理なら超すごいですよっ」
横から箭内が言った。
「たぶん一年生ですよね」
女屋が芙美を見た。
「雪菜と同じね」
親子の目が合った。
4時過ぎ。セダンが二台入って来ると、三人が立ち上がった。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
そして座っている一人に小さく手を振り出て行った。
「それじゃお先に」
箭内と女屋も裏から帰った。
二台が出て行った後、ゆっくり一台が。
「へえぇ。ジャガーか」
マスターが言った時
「マスター、レジお願いしまぁす」
弥生がいないのを見て芙美が呼んだ。
「おいしかったです。ありがとうございました」
目を合わせ少女は外へ。
「『またどうぞ』って言わなきゃいけないんでしょうけど……」
緑の車を芙美の目が追った。
「私の所になんか、来ない方がいいですからね」
マスターは無言でレジ台の下から開いたノートを出した。
「これ。一日一人で取ったんだけど」
今月の枠は埋まっていた。
芙美が家に帰ると倫太郎が台所に立っていた。
「どうだった?」
「うん」だけで芙美は着替えに部屋へ。
「今日のはどうだ? 帆立ちょっと火入れ過ぎたか?」
食べ始めると倫太郎が言った。
「そんなことない」
芙美はソースを絡めた。
「なんかトラブったのか?」
「ううん」
倫太郎は箸でクレソンをつまんだ。
「ねぇ。倫太郎さん」
「はい」
「私の話聞いてね」
「はい」
「倫太郎さんは今二十代半ば過ぎ。人妻と恋に落ち、相手が別れたら一緒になろうとしています」
倫太郎は下を向き御飯を口に入れた。
「相手には子どもが三人。高校に入ったばかりの女の子と下に男の子が二人います。その女の子と、倫太郎さんは会うことになりました。洋食屋のソファーにもたれ、足を組み、金髪女性の半裸雑誌を大きく広げ、倫太郎さんは女の子を待ちます。地元の有名校に通う初な女の子が、今、お店に入って来ました。倫太郎さんを見つけ、こっちへ来ます。女の子が自分に声を掛けてから、倫太郎さんは顔を上げました。雑誌はまだ広げたままです。驚いている女の子に倫太郎さんは『見る?』と聞いて雑誌を閉じます」
「おいおい、誰だよそれ?」
「いいから。聞いてください」
「はいっ」
「無言で食事をし、ドリンクを飲み始めた女の子に、倫太郎さんが聞きます」
「何て?」
「『避妊のし方知ってる?』」
「はあぁ?」
「女の子は『知りません』と答えます。すると倫太郎さんは『それじゃあ困る』と言います」
「困るぅ? 困るったって……」
「その後倫太郎さんは」
「まだ何か言うのか?」
「『ホテルへ行ったことはある?』と聞きます。女子が『ありません』と答えると、行ったことのある倫太郎さんは様子を詳しく説明し『今度連れて行ってあげるよ』と言いました」
「なっ」
「どういうつもりで言ってるのか、知りたいんだけど」
「どういうったって……。気引き。気引きだろ? 相手はおつむのいいお嬢さんなんだろう? だったらパパさんだってそれなり。それに対抗するならちょいワル気取りの方が。それくらいしか手がねえだろう」
「そう思う? でも、これから家族になるかも知れない子によっ?」
「だからこそ。〝舐められねえように〟だろうが。娘がそんな目に遭ってて。父親は何してんだ。父親はっ」
「たぶん……」
「たぶん?」
「違うのよ」
倫太郎は置いた箸を滑らせた。
「それが初日の依頼人か」
「そう」
「それでその娘……」
「今いる親以外は、しっかりしてると出てた。御祖母さんも叔母さん夫婦も父親も。〝たぶん〟だけど」
「じゃあ、その娘は」
「御祖母さんが、もうひとりの親に連絡すると思う」
「だけど。そっちにも家族がいたら……」
「結婚はしてると思う。だけど子どもはいない。叔母さん夫婦にも。〝たぶん〟だけど」
芙美は残りのソースを絡めた。




