PART VI エピローグ
仕事場を長くは留守にできない寿美子や誠也達への配慮から、深雪側は披露宴会場を旅館近くのホテルと決めた。
残暑の去った週未、来館客の間を縫って慶治と深歩は挙式。保盛は無事深雪の希望を叶えた
身内だけの披露宴が終わり、友人たちも交えてのガーデンパーティーが始まると、芙美は寿美子たちと会場を後に。佳和美を百合と明寛の待つ自宅へ、寿美子を旅館へと送るためホテルを出た。
芙美たちがいなくなると、保盛は百合に連絡しようと屋内へ。通路のソファーに腰を下ろした。 テラスでは姿の良い木々が風に枝葉を泳がせている。本日は快晴。昨夜の雨音を思い出し“先雨は縁起物”と携帯に手を。すると、向こうから深雪がやって来た。
「ここにいたの」
「ああ、老人はひと休みさ」
「やあね、まだ老け込む年じゃないでしょ。でも、私もひと休み」
帯を気にしながら隣に腰かけた。
「いいのか? 主催がいなくて」
「それはさっきまで。今は、早ちゃんと弥生ちゃんが代わってくれてる」
あの二人なら……まあ、そうだった。
「なあ、深歩はお前似だよなぁ」
「そう?」
「ああ。慶ちゃんも倫ちゃん似だから、お前と倫ちゃんが並んでいるようで……一瞬、アレ? さっ」
「お父さんがクシャミしてるっ」
兄妹は笑った。
「ねえ、お兄ちゃん。倫ちゃんがずっと独りだった訳、知ってる?」
「なんだい、急に」
「『悪い女に』って、あれ、嘘よね。慶ちゃんがいたからでしょ?」
保盛も実はそう思っていた。
「まあ、栄広や弥生からポロリ慶ちゃんの耳に入れば……ってことだろうな」
「慶ちゃんは幸せ者よね。でも私、倫ちゃんのことは本当に心配してたのよ。だから、芙美ちゃん連れて来た時は、泣きたいくらい嬉しかった」
「まるで母親気分だな」
「そうよっ。だって、由美子さんも亡くなっちゃって、追うようにお父さんまで。お兄ちゃんは『好きにさせろ』って言うし。でもね、姉としてはよ――」
いつも冷静な深雪が今日は肩の荷を一つ下ろした安堵感を全開に。達ちゃん、褒めてやってくれよ……。妻となり、今日娘をヒトにした妹が誇らしかった。その時
「お久しぶりです」
誰かが。
「御無沙汰しております」
相手が一礼する前に、揃って立った。
「達ちゃんっ」と「賢二です」の声が一つに。深雪は薬指の石に手を重ね見守った。
「本当に……何年振りだろう。こっちへは仕事で?」
なんとか言葉を。
「いえ。友人たちとの集いです。昨晚ロビーで『照岡家』の名をお見かけして、もしやと。お会いできて嬉しいです」
笑顔に笑顔を返した。
「深雪さん」
忘れられない目元が深雪を。
「お会いして申し上げたいと、ずっと思っていました。私たち家族は、父も母も私も、深雪さんに救われました。もちろん、兄もだと思っています、あれからの日々は……。でも、ある日、遇然深雪さんのお噂を耳にした母が、『これでは、恥ずかしいわね』と。それから母は変わりました。母が変わると父も変わり、クリニックの診察室にも顔を出すように。父は生涯現役を貫き、二人仲良く一年違いで逝きました。深雪さんの御活躍が、私たちの支えでした」
賢二は深く頭を。
「よして、賢二さん、私なんか何も……」
賢二は頭を下げたまま「 いいえ……いいえ……」と静かに首を振った。
「訪ねてくれてありがとうっ」
深雪を泣かせまいと、保盛は声に勢いをつけ賢二の肩に手を。
「一度は先生たちに御挨拶に。俺たち二人で伺うよ」
「ありがとうございます。喜びます」
互いに連絡先を交換した。
覧ニが去ると、兄妹はまたソファーに。巡る想いにそれぞれ沈み、やがて深雪が呼びかけた。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
「今夜、百合ちゃん借りていい?」
郭公鳥の扉が開き、時が卦報の朝に戻る予感が。
その時、前の広間の扉からガバッと顔が出た。
「やだっ、どうしてそんなところから来るのよっ」
無粋者っ!とばかりに深雪に責められ、倫太郎はタジタジ。
「一体、どうしたんだい?」
すぐ助け舟を。
「トイレに行こうと近道したら従業員室に出ちゃったもんで……」
慌てて広間のドアを開け、四方ををあたふたする様が見えるようだった。
「物臭せず通路に出ろよ。更衣室なら捕まるところだぞっ」
脅かすと首まですくめた。
「でも、まあ、丁度良かった。見つける手間が省けて」
傾げながら首を伸ばした倫太郎に、保盛は「今夜、俺、泊めてよ」と。
「ええ、そりゃあもう。だけど保盛さん、百合さんにお客様ですか」
「あら、当たりっ。私がお邪魔するの。着替えて来るから送ってもらえる?」
今度は上機嫌な声に倫太郎は最敬礼。そして初心を思い出し、急ぎ足で去った。
そから三十分後、三人は芙美を待ちながらフロントに、。今日の式服のために保盛が胴回りを絞ったとか、修司はズボンだけ新調したとか、そんな話をしていると
「倫ちゃん、修司さんと慶治ちゃんをお願いね」
いきなり深雪が話を変えた。
「えっ、なんで?……まさか引……っ⁉」
早合点したので一言。
「心構えってことだよ。親父は九十二までお前を見てたんだ。今度はお前が……ってこと」
「そうよ。お嫁さんも若いのだし、今のことなら後三十年は。行けっ、倫太郎っ」
兄姉は冗談めかして本音を伝えた。
♢♢♢♢
家が近づくと、保盛は連絡を。
――今、パン屋の交差点――
芙美は門前を通過しいつものスペースに。
「じゃあ、ちょっと俺も」
保盛が先に。回って深雪のドアを開けた。後部からモクセイの香りが。見回したが垣根の色付きはまだだった。保盛と深雪は並んで門の方へ。開閉音と話し声が聞こえ、芙美は発進出来るようハンドルに手を置いた。ところが、戻ってくる足音も後ろのドアが開く音もない。おかしいと振り向くと、まだ門の前だった。
「今夜は蕎麦でもとるか」
ふいに話しかけられ隣を。
「それで足りる?他にも何か――」
「俺はそれで十分。昼間食べ過ぎた」
声が。
「えっ、いつ? いつ戻ったんですか?」
顔をまじまじと。
「いつって?」
不思議そうに保盛も芙美を。
「あの、だって、さっきまで門の前に」
「俺がかい?」
一点を見つめ「記憶にないぞ」と。
「倫ちゃん、俺、車から出た?」
聞かれた方も記憶に自信がないらしく一瞬沈默。しかし、すぐに「出てないっ」「出てないっ」を強調した。
「でも確かに……。先に出て、深雪さん側のドアを開け、それから一緒に――」
そこまで聞くと、保盛は穏やかな表情に。
「深雪にエスコートはしないな」
そして後ろを見つめた。
「倫ちゃん、実は今日、俺と深雪は倫ちゃんが来る前に、あそこで賢二君の姿の達ちゃんに会ったんだよ」
深雪が百合を訪ねた訳が倫太郎にも分かった。
「忌明け……ですね」
「そういうことかな。……百合達も乾杯してるだろう」
♢
家に着くと、倫太郎は芙美の置いたカードの前に四つ目のグラスを。保盛が注いだ。




