PARTⅠ カードカフェ 【1】鳩時計
オープン2周年イベントの最終日、マスターが弥生に言った。
「来週の月曜用あるか?」
「月曜?今のところないけど」
「芙美ちゃんがそろそろ来たいって言ってるんで。お前も会っといた方がいいだろう」
「わかった。じゃあ倫太郎おじさんも?」
「倫ちゃんは別口だ」
「それで二階にテーブルとチェア入れてたのね」
「ああ。でも、あの幅のテーブルで……もっと広くないとダメかな。カード並べるって言うし。暇があったら見といてくれよ」
そして週明け。定休日の[茉莉花亭―る]にいつものポルシェが到着。少し遅れて赤のミニも。
「お久しぶりです。お待たせしちゃってすみません」
「いいや。俺たちもさっき来たとこ。それより、道わかった?」
「ええ。迷いませんでした」
芙美はサングラスをとった。
「なら良かった。芙美ちゃん、これが娘の弥生」
「岩田弥生です。開店の時は沢山にありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそ御父様には常々お世話になっておりまして。菅屋芙美です。よろしくお願いします。あの、これよかったら。いつもの甘露煮なんですけれど」
礼を言って弥生が受け取ると、マスターは照れながら裏口を。甘露煮は好物だった。
「ここなんだけど」
階段を昇ってすぐのドアが開かれた。
「わぁぁ」
クリーム色の床と白壁が放つ明るさに、芙美は小さく声を上げた。
「テーブル類あれでいい?」
マスターが、壁側の物たちを指した。
「はいっ。十分です」
「クロスは。掛ける?」
「あっ。それは自分で持って来ます」
「そう。じゃあ、物入れにはあれ使って」
角に壁と同化したチェストがあった。
「他に何が必要?」
「んー」
芙美は壁側からドアを眺めた。
――ガチャッ――
弥生が出て行った。
――ドタン。ドコッドコッ――
何かを運んで来た。
「これ。使いませんか」
ドアの手前に。
「出入口は見えない方が。私ならこの方が何となく……」
ピンクベージュの衝立が木目のドアを消していた。
「はい。でもこれ。使ってないんですか」
「ええ。使うかなって、持って来ていただけで」
「じゃあ是非」
部屋が落ち着いた。
衝立に合わせ、三人で家具を。
「芙美さんはどっちに座るんですか」
「私はこっちで」
正面に青や緑が鮮やかな鳩時計があった。
「照岡さん、あれ使っていいですか」
「いいけど。うるさいんじゃ」
「大丈夫です。私、この声好きなんですよ」
その場でマスターは、ボリュームを下げONにした。
「芙美ちゃん。来るのは月一? 週一?」
「週二じゃダメですか?」
「いいよ。こっちは全然オーケー」
「じゃあ、週二でお願いします」
「曜日は?」
弥生が聞いた。
「水・金で。午後からでいいですか?」
「いいけど。じゃあ、早目に来てお昼こっちで。何かあるから」
そういうことになった。
「それで料金いくらにする? 前にも言ったけど、ただってわけには――」
「ただぁ?」
弥生が頓狂な声を。
「だめですか?」
二人で首振り親子に。
「でも。部屋代無し。ガソリン代支給じゃあ……」
芙美は考え込んだ。
「じゃあ。ハーブティー付きでワンコインにしてください」
「ねぇねぇ、ちょっと待ってっ」
弥生がまた。
「今どきガチャガチャ占いだってワンコインよっ」
「でも。こういうのは重くない方が。軽い方がいいんですよ」
――ポッポゥポッポゥポッポゥ――
響いたらしく今度は何度も頷き合った。
部屋を出る時マスターが言った。
「ドアにプレート付けるよ。何てしたらいい?」
「じゃあ〔里夢〕で。里の夢です」
「素敵っ。御自分で考えたの?」
「いいえ。先生です。って言っても学生の頃通ってた喫茶店の奥さんなんですけど」
マスターは降りていった。
「高校の頃、占い好きの何人かとよくそこへ行ってたんです。彼氏ができると観てもらったりして。ある時奥さんが『ちょっと来てごらん』って私達を別部屋に呼んだんです。面白いことを教えてあげるって」
「……」
「私達を離れて立たせて『今から私がエネルギーを送るから目を閉じて体を楽にしなさい』って」
「危ない目にでも遭ったの?」
「いいえ。ただ腕がフワリフワリって。呼吸する度に上がっていっただけです」
「ええっ?」
「本当なんですよ。一種の催眠術だったんでしょうね。それがその時、みんな上がったんですけど私が一番軽かったらしくて。そしたら奥さんが『あなた向いてる』って言って『よかったら本貸してあげる』って。それでお借りして。お店でもちょっと使ってもらいました」
「地元の?」
「はい」
「じゃあ、今でも?」
「いいえ。ひとり娘さんが遠くの方と結婚されて。そしたら着いて行っちゃいました」
ジャスミン茶の香りが上って来た。
帰りの車の中で弥生が聞いた。
「芙美さんていくつなの?」
「アンダー20って倫ちゃん言ってたな」
「じゃあ今年四十くらい?」
「じゃないか」
「お店の人じゃないわね」
「ああ。違うな」
「どこで知り合ったの?」
マスターは首を傾げた。
「ハーブティーのこと何か言ってたか?」
「ううん。手に入るものなら何でもいいって。ミント、カモミール、ローズヒップ辺り?」
「じゃあ、それにクッキーでも付けるか」
「ならチーズがいい」
マスターは目を細めた。
二週間後。メニュー表に
ハーブティー 単品 各300円
クッキー・カード占い付き 各500円
が加えられ、正面のドア横に緑抜きのダイヤのクィーンのプレートが付けられた。




