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PARTⅢ テーブル

「ねえ。今、お店にはどんなお菓子が出てるの?」

 出勤しようとする深歩に深雪が聞いた。

「今……かぁ。桜も苺も終わりだから……。何かで使うの?」

「そう。寿美子ちゃんが昨日退院したからお見舞いに行こうと思って。すぐすぐじゃないけど」

 今春大学を卒業した深歩は、照岡の本社ではなく従兄の栄広の店に入っていた。

「メロンやゼリー系が出てくると思うから、(たか)ちゃんに聞いとく」

「おいっ、まさかお店でも『栄ちゃん』なんて呼んでないだろうな?」

さっきまで洗面所にいた父の修司が、リビングに入ってきた。

「まさかぁ。お店では『シェフ』ですぅ」

 深歩はリュックを肩に掛けると、深雪に手を振り家を出た。

 職場に着くと、いつも通り箒と塵取を手に正面口から外へ。風除室のドアを晴天の戸外へバーン。と、壁側に男性がいた。“チャンス”とばかり先輩口調を実践。

「開店は十時からでございますが」

「いえ、客ではありません」

しかし、扉が開くのを待っていたのは見え見えだった。訳アリそうだとひとまず道具を脇へ。 すると

「こちらは照岡保盛さんのお店と伺って来たのですが」

といきなり伯父の名を。そうではある。でも、そうでもない

「違いましたか?」

これには答えられた。

「いいえ。ここは、確かに照岡の洋菓子店で、初代は保盛です。が、今は代わっております」

「それでは保盛さんは今はどちらに」

スラックスにジャケット、レザーのショルダーと靴、そして眉間の濃くはないがちょっとしたシワ。同年代の感じはしない。チャチャチャと目視検索し〚タウン紙系の記者〛に行き着いた。

「取材でしたら本社の方へお問い合わせください」

「違います。個人的に――」

個人的?……。

その時、通りから店の駐車場へ車が一台。今度こそ客ではと、深歩は男性を無視して伸び上がり肩越しに車をキャッチ。無視された方も釣られて後ろを見た。ドアから女性が。そして手を振りこちらへ。クッキーを取りにきた弥生だった。

「いらっしゃいませ」

弥生も客扱いした。

「あっ。いえ」

「こちら、先代をお訪ねに」

店員として応対の途中報告を。

「先代?」

父の「こらっ」顔が浮かび、“伯父ちゃん”とはとてもとても。

「お会いしたいと思いまして」

「個人的にだそうです」

ここが重要だろうと付け足した。

「とうかした?」

パートから「深歩さんがお客様と揉めてます」と聞いた栄広が出て来た。するといきなり弥生が

「お兄ちゃん!この人、お父さんに会いに来たってっ。ねぇ、見覚えない?」

興奮気味の声に“隠し子”がピン。そこで、二人に便乗しオープンに観察。すると、なぜか眉間のシワが消えていた。

鳴きながらカラスが飛んで行った後

「僕、わかりますか?」

大胆にも“隠し子”から栄広に声掛けが。

「こんのヤロー、脅かすなよっ。こんなすかした格好して来やがってっ」

ドバッと栄広の片腕が男性の首周りに。

「やっぱりぃ?」

弥生も手を打ってホコホコに。残念だが、どうやら知り合いだったよう。なので、さっさと階段掃きへ。新人はのろまじゃマズイ。すると弥生に呼び止められた。

「深歩ちゃんっ、この人、倫太郎おじさんとこの慶治ちゃんよっ」

「深歩ちゃん?……えっ!」

栄広に向いていた男性が深歩を。言われてみれば、家に来ていた“お兄ちゃん”の面影がなんとなくあった。男性二人が話している間に弥生は保盛に電話。深歩はクッキーを車に。

「もうお店にいるから。(よっ)ちゃん、私と一緒に」

 なんてタイミングのいい男……チラ見すると、された方もチラリで車へ。そこをモールへ向かうアルバイトにジト見された。

いつまでも手を振る栄広に聞いてみた。

「ねえ、栄ちゃん、伯父ちゃん家に直接行けば良かったと思わない?」

「こっちの方がいいと思ったんだろう。あっちには百合さんもいるし。店も一度見たかったんだろう」

「そっか……」

しかし、それだけではない気が。個人的に“お兄ちゃん”に?をつけた。


弥生から連絡を受けた保盛は旅館のフロントへ電話し、今日行っているはずの芙美を呼び出してもらった。

「おはようございます。芙美です」

 連絡が着き、先ずはひと安心。「部屋を借りたい」と言うと芙美は快諾した。

「実は、寿美ちゃんのひとり息子が俺を訪ねてこれから来るんだ。それで個室がいいと思って。それじゃ、遠慮なく借りるよ」

 芙美が、寿美子の息子のことなど知らないのは重々承知。しかし一縷の望みをもって言ってみた。すると

「あの。マスター、その方慶治さんですか?」

なんと、知っていた。

「最近、倫太郎さんが夢を見たと言って話してくれたんです」

「最近?」

「はい。寿美子さんの結果を聞いた翌日に」

「で、どんな夢を見たって?」

「慶治さんが、何か言いたげにしていたそうです」

 聞いた芙美が反応していないはずはない。

「それで。どんな感じだったのかな?」

時間もないのでストレートに。察した芙美も端的に。

「倫太郎さんにはここまで言ってはいませんが、慶治さんは、現在とても危ういところに立っています。何とかしてあげないと。無理にでもこちらへ戻して安定させてあげないと。どうかお願いします」

 手掛かりを求めたつもりが、いきなり決め球を。と同時に天王山の風が。

「わかった。連絡取れてよかったよ。倫ちゃんとは午後会うから」

礼もそこそこに電話を切った。


部屋を開けた保盛は、空気を入れ替え芙美の位置に付いた。倫太郎が手塩に掛けた慶治は、子どもの頃から好感のもてる子だった。倫太郎の気持ちを良く知りながら、それでも負担にならないようにと故郷を離れ、以来帰って来ることもなかった。その慶治が育ての親にも何も言わず保盛に。たった今、芙美からは〚保護〛を頼まれた。……芙美は『無理にでも』と言ったが、無理強いはしたくない。が、しかし、三十過ぎの男を上手く誘導できるだろうか……。

「頼むよ」

いつもカードを見守っているテーブルに祈るように両手を置いた時、上がって来る足音がした。

――コン、コン――

「いいよ。入って」

慶治は矢印通りにやって来た。

「おじさん、御無沙汰しています」

「元気なら、それでいいよ」

慶治は一礼して座った。見るのは安治の葬儀以来。優男がなかなかの面構えになった――保盛は憂いより頼もしさを見て取った。

「来たの、今朝?」

「はい」

「なら、倫ちゃんにはまだだね」

 頷いた。

「俺が先な訳、聞いていい?」

「祖母から『相談事は、先は本家の保盛さんに』と言われていたもので」

「俺も親父から『菅屋の相談事は代わりに聞いてくれ』って言われてた」

 この言葉を、自分への気遣いと慶治は恐縮。しかし保盛は事実を言っただけだった。

――コン、コン――

弥生がお茶を運んで来た。

「弥生、昼は三人でどこかで食べよう」

待ってましたと弥生はニッコリ。

「どこがいいの?予約入れる」

保盛は倫太郎とよく行く店を指定した。弥生が去ると慶治は背筋を正した。

「職場のことで。お恥ずかしい話ですが、気づけば身動きのできない状態に。どうか御助力ください」

「話してごらん。俺には頼りになる助言者もいるから」

脳裏に、今日中には深歩から慶治帰郷を知るであろう深雪も浮かべた。

慶治は硬い表情のまま頭を下げ本論に。

「今の所へは、学生時代に関連会社でアルバイトをしていたことが縁で採用されました。他にも何社か内定をもらいましたが、資格を取るのに好都合だったので、そこに決めました。ところが、資格を取り終え暫くしてから、他の部署への応援へ行かされることが多くなり、これは僕だけではなく同期みんながそうで、【有資格になると基本給がアップする】という入社時の条件も適用されませんでした。そのうちに現場へも行かされるようになり―」

「工場かい?」

「いえ。撮映スタジオを持っていて」

「あそこ、そういう会社?」

「関連で多角的にやっているんです」

「ほほう。でも、財務関係の者に何をさせるの?」

「撮映補助です」

「条件が違うんじゃ、同期の幾人かはもう辞めたんだろう?」

「僕も含めみんな移る先を探しました。中でも、結婚の決まっていたRがいち早く転職先を決め、退社届を出しました。しかし・・・…今、休職中です」

「引き留められたかな?」

 慶治は口元を結び直した。

「データ処理の中で違法行為があったということで、会社から損害賠償を請求されたのです」

「どれくらい?」

「正確には聞いていませんが『退職金と相殺でいいから』と言われたそうです。 『会社のパソコンの中におかしなものが何台かあって、それで作業すると損害賠償沙汰になる』という噂は前からあったようで。僕らが知らなかっただけでした」

「操作しただけでかい?」

「『外枠のどこかが、クリックがなくても、その付近を動いた手の動きで反応してしまう』と話す人もいました」

「それでR君は?」

「なんとかしようとしたのですが、結局どうにもできず、今は・・・・・休んでいます」

(よっ)ちゃんも同じ目に?」

「僕は……昨年末に初めて海外撮映の随行を指示されました」

「……」

「不安になりましたが、いつもの社員が責任者だと聞き、少し安心できました。ところが、打ち合わせもなくいきなりの空港集合となり、行ってみると他は全員見知らぬ顔ぶれで。帰る頃に外部の方だと知りました」

芙美の言葉が形になり始め、保盛はテーブルを見つめた。

「ただ、その後は応援派遣もなく、年度代わりには昇格もしたので、Rのこともありましたから、今暫くは様子をみようと思っていました。ところが、ひと月して上司に呼ばれ、海外で一緒だった社員の方が退社したため、そっちへ行ってくれないかと言われたのです。『期間はどのくらいですか』と聞くと『わからない』と。実は、もともと社内では撮映の仕事は評判が良くなくて・・・・・・それで、即答は出来ず、退社も視野に一週間時間をもらったのですが、翌日また呼ばれまして、『前回の随行中に君は機材を壊してしまっていて』と切り出されました。僕は身に覚えがありません。僕がその機材に触れたのは指示された場所に置いた時だけでした。何度も説明したのですが、『指示した責任者が辞めてしまっていて君の言葉だけでは何とも』と。『問い合わせてください』と頼みましたが、『戻った田舎を知らないので連絡がつかないんだ』と言われ、『とにかく壊れて使い物にならない』で押し切られてしまいました」

 思い出したようで、眉間にシワが寄った。

「それでまた退職金?」

「いえ。『現場のピンチを救ってくれるなら、給料は二倍、壊したことも不問、それに手当ても付けるよ』と言われました」

保盛は冷めてきたカップに口をつけた。これでは……先に倫太郎に話すわけにはいかなかっただろう。聞いた倫太郎がどう動くかは保盛にも容易に想像できた。しかし、そのままでは高いであろう敷居に手心を加えて逝ったのは、慶治の祖母由美子だった。『さすが――』とやり手の美人女将に敬意を表したその時、堅物顔をしながら実はちょっとしていた安治がニヤつきながら浮上した。

「ふ〜ん。不問にねぇ。あちら様としては、どうあってもそうしたいってわけだ。でもそれは、こっちにとってはお家の一大事だな」

慶治は顔を強ばらせ赤くなった。

「別に責めてるんじゃないよ。むしろ、よく来てくれたと思ってる。これは慶ちゃんひとりの問題じゃないからね、俺がなんとかするよ。だから、もう戻らずにこっちにいなさい」

 一気に芙美のアドバイスまで引き込んだ。

「このままこっちに、ですか?」

「そう、寿美ちゃん見てやって」

「母、どうかしたんですか?」

 顔に狼狽も重ねた。

「滑って意識がはっきりしなくて救急入院したんだよ。安静が必要で、慶ちゃんの顔見たら冷静じゃいられないだろうと、俺たちみんなそう思って伝えなかったんだ。悪く思わないで」

「……おじさん。おじさんたちのご配慮は忘れません。たとえご連絡をいただいても、この顔では母には会えませんでした」

 慶治は片掌を目に。

「幸い、今のところ命に関わる症状は出ていないらしくてね。昨日退院になったよ」

「動けるんでしょうか」

「ああ。あちこち痛いらしいが」

「打撲ってことでしょうか?」

「だろうね。でも、しばらくは療養し、定期的に通院が必要らしい。専任看護士がいないから付いていてあげなさい。そうしてくれるとみんなが助かる」

慶治は指で目尻を押さえ何度も頷いた。

「それとね、倫ちゃん始めみんなには、俺から連絡が行ったことにしてくれる? 『今後のことで話がある』と呼ばれたってことに。いい?」

鼻をすすり頭をさげた。

「じゃあ、飯食いに行こう。倫ちゃんにはその後会おう」

テーブルに両手を置いてから保盛は立った。


店に着くと「寿美ちゃんのことで話がある」と倫太郎に連絡。食事が済むと、明寛が”お家“と呼ぶ家まで弥生に送らせた。保盛がひとりだと思って迎えた倫太郎は、連れがいるのを見て態度を改め、その連れが慶治なのに気づくと言葉を失った。

無言でお茶出しする倫太郎に保盛が言った。

「ごめんよ、倫ちゃん。実は深雪に頼んで連絡つけたんだ、急に寿美ちゃんに何かあっても困るし 」

倫太郎は戻って行くと冷蔵庫からロールケーキを出し、切り分け始めた。

「倫ちゃん、接待は有難いけど、急ぎの用だから早くこっちへ」

渋々座った。

「ここだけの話だ。それから、聞き終わっても立つなよ」

保盛は手短に話しを。何事かといぶかしそうだった倫太郎の顔は、話が終わる頃には蒼白に。芙美の釘も効き出した。

「や、保さんっ、それって」

「だろうと思うよ」

「申し訳ありませんっ」

立てない倫太郎はテーブルに手と額を。

「俺たちも、世間知らずだったってことさ」

「いいえ、 いいえ」

「この話は俺が受けるから」

「いいえ。これは俺に。(ほん)()に御迷惑はかけられません。この不始末は菅屋(うち)の――」

「外に置いた弟の家のことだ」

自責の念真っ只中の慶治には、暫しの沈黙も気に留まらず、“弟”とは祖父の祖父の祖父に当たる人のことだとしか判断できなかった。



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