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PARTⅡ 緑のハートマーク

途中、佳和美と出くわした。

「今、救急車が着いて処置を」

「何があったのっ」

「段差で滑って。呼んでも反応がないんですっ」

由由しき事態かもしれない。

「倫太郎さんには?」

「誠也さんが」

誠也がとんで来た。

「付き添って行ってもらえる?」

芙美は運ばれて行く後を追った。


待合室にいると、倫太郎が来た。

「どうなんだ」

「処置室に入ったきり」

「まさか、もうあの世ってことじゃ――」

看護士が出て来た。

「このまま入院になりますので、手続きをお願いいたします」

芙美たちは受け付けに案内された。病室を教えられ不慣れな院内を二人で。寿美子の名を見つけ、倫太郎が静かにドアを開けた。

近づくと、寿美子は瞬きを。

「俺だ、わかるか?」

倫太郎が覗いた。

「わかるわよ」

力ないが、寿美子らしい言葉が返った。

「馬鹿みちゃった、足元見てなくて。起きたいのに力が入らない」

「寝てりゃいいだろうが」

鼻をすすりだした。

「痛えのか、頭」

「情けないのよ。母さん、こんなことなかったのに」

「お袋と比べるなよ。お袋にはお前もいたんだし――」

芙美は百合に連絡しようと病室を出た。

その晩、個々に病名を検索していた芙美と倫太郎は、電話のベルに揃って息を止めた。険しい目で倫太郎がナンバーを。誠也だった。少し話して芙美に。出ると向こうも佳和美に代わった。

「お義母さん、助けていただきたいんです 」

寿美子のことだと、一瞬詰まると

「明寛と、ダンス踊ってやってくださいっ」

明後日、朝一で戻って見に行くはずの、運動会のことだった。

「構わないけど、百合さんの方が」

練習の代役には百合が出ていた。

「ても、終わりにダッコするんです、照岡の母のじゃ……」

百合が腰を痛めたら、それこそ大事(おおごと)だった。 翌朝、女子会に出掛けるはずだった芙美は百合の元へ。コアラダンスを習うとその足で予行練習に参加した。


一夜明けた土曜日。全権を委任された祖父母四人は、意外な展開にはしゃぐ明寛を連れ花のアーチをくぐった。演目が始まると、障害物競争で、小柄な明寛はネットくぐりも平均台乗りも機敏にこなし、先頭に追いついた。

「あら、早いっ」

百合の家系は十人並だった。

「呼ばれてるの何時?」

保盛が倫太郎に聞いた。

「十時半です」

倫太郎は、親族として寿美子の担当医と会うことになっていた。


――コアラダンスに出場されるひまわり組の御家族の方は、入場門へお越しください――

アナウンスに芙美は立った。


「寿美ちゃん、変わったトコ、別にないんだろう?」

「ええ。、手も動くようで、食事も自分でしてますし、トイレも何とか伝い歩きで。 あちこち痛がってはいますが、見た目は何ともなんですけどね」

「血圧は?」

「お袋に似て低いはずなんですが」

ひまわり組が入場して来た。

「私、近くまで行って来るわ」

百合は佳和美に見せる動画を撮りに。ダンスが始まった。互いに向き合い両手を胸に。音楽に合わせ膝を曲げながら頭を右に、次に左に。頭が交互に動くはずが、明寛は芙美につられ右また右。思わず芙美が笑うと明覚は喜々とした。

「芙美ちゃん、若いなぁ」

言って保盛は倫太郎を。しかし聞こえなかったようで、倫太郎は向かなかった。 ダンスはいよいよクライマックス。しゃがんだ芙美のまわりを明寛が器用にスキップ。 次は芙美が、しゃがんだ明寛のまわりを小幅でスキップ、そして二人は互いに後ろにスキップして離れ、ドラムの音で近づいてハイタッチ。そのまま芙美が明寛を抱き上げると、明寛は首に抱きついた。

倫太郎がぽつり。

「俺と一緒にならなかった方が、良かったですかね」

「ん?」

「深雪ちゃんのように、後からでも、良い男性(ひと)に逢って子ども産んで。明寛くらいの子がいてもおかしくないですよね。会った時からしっかりしてた()でした。この娘なら、寿美子の片腕になれそうだと。でも、籍入れてから気づいたんですが、俺のかみさんなら女将でないと。すると寿美子が浮くわけで。それで結局芙美を半端なままに。誠也を養子にはしましたが、実子ではないし。こうなるなら、やっぱり自分の子どもを産んでいた方が良かったんじゃ……。『いらない』と言ってはいましたが、あの笑顔見ると……酷なことしたかも知れません。俺が、お袋の気に入る娘見つけてさっさと身固めていたら、そうしていたら、たぶん芙美も寿美子も……」

十九で大黒柱の父親を失い、以来母と妹を気遣いながら家業を続けてきた倫太郎を、保盛は知っていた。

「それは、れっきとした成人女性に失礼なんじゃないかな」

辛口から入ることにした。

「芙美ちゃんも寿美ちゃんも、無理強いされたわけじゃない。二人とも、自分で選んで現在(ここ)にいる。あの二人は自分の幸不幸が分からないほど鈍感かい?無い物ねだりよりもっと別のものを大事にしるんじゃないかい?」

「だけど保さん……」

「いい年をして。無い物ねだりしてるのはお前だけだぞっ、倫太郎」

言い方が安治だった。驚く倫太郎に保盛は、間髪入れず「もう時間だろう?」と。そして 「気を付けて行けよ」と畳みかけた。

寿美子の結果は「打撲以外、今のところ目立った箇所は見受けられません」とのことだった。「週明けに再び機能検査をし、異常がなければ水曜に退院です」と言われた倫太郎は、狐につままれた気分で保盛の家へ。本日人生初の運動会を無事終えた明寛は、“倫ちゃん”が来た途端みんなが優しい顔になったことに気を良くし、本番以上にハッスル。しかし疲れていたと見え、誠也たちが戻る前に保盛の膝の上で眠ってしまった。


翌朝、倫太郎は芙美より早く起きて顔を洗っていた。「出掛けるの?」と聞くと「ああ、昼頃寿美子のところへ」と。早起きに特に理由はないようだった。食事の仕度に掛かろうとすると、リビングの電気をつけソファーに。「まだ食べない?」と聞くと「ああ」と。

「具合いでも悪いの?」

「いいや。あの、なあ。夢、見たんだ」

「夢?」

「よしはるが……でてきた」

 頭の後ろで腕を組みソファーに寄り掛かった。聞き覚えのない名に「幼馴染?」と聞くと「寿美子の息子。ヨシは吉事の慶、ハルは治めるだ」と。初耳だった。

「寿美子はな、短大卒業するとお袋の手伝いに入って。縁談もそれなりに来たんだが、『今は旅館を抜けられない』と断わり続けて……。それが、二十八の時、泊まり客のひとりと知り合って。三歳下のサラリーマンだった。毎週毎週遠くから会いに来て、働いている寿美子とは一言二言交わせるだけなのに。都会人の気まぐれだろうと思っていたんだが、真面目さが伝わってきて。それでお袋も俺も腹を決めて送り出したんだ。次男坊だったもので職場近くの、こことは別世界のお街へ。仲が良くてすぐ子がな。男の子で大層喜んでた。だけど、ある雨の晩車にひかれて、四か月の慶治残して……。お袋は寿美子を呼び戻し、とにかく見ていて気の毒な程使った。赤ん坊もいることだし『少しは休ませた方が』と口を挟んだら 『動いていれば、余分なことは考えずに済むんだよ』ってな。お袋なりの配慮だった。その時期家で一番暇だったのが、三十二でまだフラフラしていたこの俺で。本家のおじさんからも『出来る事は手伝えっ』って言われたから、風呂にも入れたし寝かせもした。繁忙期で子守の手もない時は仕事場へも連れて行った。運動会も参観日も寿美子がダメなら俺が出た。土日なんか、もう、一日俺の係で。おじさんにぼやいたら『そんなら家へ連れてこい』って言われ、よく行ったもんだ。奥さんの蓉子さんは旅行好きでいつもいなかったから気兼ねなく。行くと深雪ちゃんだけじゃなく(たか)ちゃんも弥生ちゃんもいて、二人とももう大きかったが相手になって可愛がってくれた。学校に上がると勉強もみたさ。、回転の悪くないヤツで、あんまり手もかからず高校もすんなり入った。『うちは商売屋だから商か経済に行けよ』と言っておいたら『伯父さん、受かったよ』って、俺よりいい大学へあっさり」

目を細めた。 

「四年したら帰って来させて旅館の経理に入れてと、俺は決めてたんだ。だけど寿美子は反対で。その理由が『出戻りの私の子だからよ』だった。なら養子にと思った。でもな、いざとなると、喜んでた義弟の顔がチラついて。『お父さん』と呼ばせたら悪い気がして……。そうこうしているうちに、アイツはあっちに就職を決めた。寿美子が反対なのはつまりはお袋の考えだ。それで俺はお袋に、『ダメな訳はなんだ?』と聞いたんだ」

芙美も知りたくて次の言葉を待った。

「だけど、訳を言わないどころか『ここはお前の筋なんだよっ』の一点張りで。筋と言ったって、五十の息子がこれから子を持つかって。ただ、とにかく頭に血が上っていたもので、これは本家に相談した方がいいなとその場は引き下がった。ところがだ。それから二ヶ月立たずポックリさ。言いっぱなしであの世はズルいっ。ズルいが、そうやって釘刺されて逝かれたんじゃ、戻せない……。戻せなかったんだ」

突然の告白と見たこともない横顔……。予期せぬ陽が芙美の迷界に射し込んだ。

「ねえ、今回、連絡は? もしかして、してないの?」

「ああ、しなかった。連絡先は寿美子しかわからないし、寿美子のことだから、教えたがらないだろうしな」

「見たのって、どんな夢だったの?」

「よく覚えてないが、アイツが何か言いたげに。親子だし寿美子のこと何か感じてるのか」

「ねえ。今、思い浮かぶカードある?」

 すると、いつもは「ない」の倫太郎が、「ああ、あるなぁ」と。これは()けないわけにはいかない。

「それは何?」

「エース。こんなとんがり帽子みたいな」

 宙を見ながら手振りで見せた。

「マークは?」

「ハート。緑色のハート」

「赤じゃないの?」

「ああ。きれいな緑」

パタリと鮮やかな緑のハートのエースが表に。〚緑のハート〛は異変マーク。しかも〚鮮明〛では凶事はすぐそこまで。〚危険〛を伝えたいが、言葉を選ぶ必要があった。

「そのうち、その慶治さんと連絡取るわよね」

「まあ、寿美子が落ち着いたら。一応話はしないとな」

「もし、戻って来ることがあったら、もう、行かせない方がいい」

「はぁ?」

「もう、行かせちゃ駄目よっ」

「そんなことを言ったって……」

「駄目なのよっ」

瞳で釘を。そして願った。


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