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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

婚約を破棄された令嬢の父に起こる事・リアル編

婚約破棄は、とてもショックな出来事だと思います。

人は、ショックな出来事に会うと、心や体に特有の変化が現れるのでして……


婚約破棄された令嬢は、もちろんショックなのですが、それは令嬢のお父さんにとっても

とっても大きな出来事なわけでして……



婚約を破棄された令嬢に起こる事・リアル編

https://ncode.syosetu.com/n0103jk/

の裏話になります。

「何があった?どうしてこうなった」


アーロントン公爵は、バーンッと扉を開けた。

娘の一大事と聞いて、急いでダンスホールの控えの間に着いてみると、娘のレティシアが、顔色が真っ青で震えており、お世話係が必死に背中をさすっている。

公爵はその様子を確認すると、一気に怒気を周りに振りまいた。


何があったのか、どうしてこうなっているのか。私の可愛い娘のレティシアをこんな目に遭わせたやつは誰だ!

周りにいたお世話係のメイドを問いただそうとしたところ、脇にいた側仕えが声を上げた。


「レティシア様の側仕えのコートニーが、アーロントン公爵にご挨拶申し上げます」


「挨拶はいい。何があったか申せ!」




国立学園の卒業記念舞踏会の会場は、王城の一角にあるダンスホールで行われる。

卒業は6月末で、その後に盛大に舞踏会が開かれるのだ。

ダンスホールに隣接して、庭園があり、その一角にバラ園がある。

そのバラ園は素晴らしいもので、1000種類10万本のバラがあると言われている。


国一番と名高いバラ園は、まさに見ごろを迎えていた。

赤、黄、ピンク、白とありとあらゆる色彩のバラが咲き乱れ、甘く芳醇な香りが園内を満たしている。

その一角に、白亜のガゼボがひっそりと佇んでいる。


帝国宰相アーロントン公爵は、執務を早々に終わらせ、娘レティシアの卒業記念舞踏会での晴れ姿を見るために参加するダンスホールへ向かっていた。

舞踏会はそろそろ始まる時間だったが、ダンスホールに向かう途中にあるバラ園が気になって足を止めた。

白亜のガゼボが目に入る。

公爵は、ゆっくりガゼボに向かい、椅子に腰かけた。

若かった頃の記憶が蘇る。




妻のアリエルと初めて出会ったのは、この場所だった。

まだ20歳の若造で生意気な公爵令息だった私だが、16歳だった妻に一目ぼれだった。

淡いピンク色の、一見して仕立ての良さが解る軽やかなシルクのドレスを身にまとったその姿は、今でも鮮明に思い出せる。


その令嬢は、父である伯爵が、王城での用事を済ませる間、バラ園で待っているように言われていたのだが、

ガゼボでバラを見ながら佇んでいる姿に、私は一目で心を奪われた。


私は、はやる気持ちを抑え、ゆっくりとした足取りで令嬢に近づいた。

そして、声をかけることができたのは、私の人生で一番の功績だったろう。


「ごきげんよう。きれいなバラですね。この場所におひとりでいらっしゃるとは、どなたかとお待ち合わせですか?」

私の声は、ほんの少し震えていたように思う。


その令嬢は微笑みを浮かべながら、

「父を待っております。きれいなバラ園が見られるということで、父についてまいりました。評判通りのすごく美しいところですね」

と、返事を返してくれた。


令嬢の蜂蜜色の髪が陽光にきらめくのに見入ってしまい、すこしの間沈黙が続いてしまった。

令嬢の瞳が不安げに揺れるのを見て、はっとした。


「自己紹介が遅れました。申し訳ありません。私はアーロントン公爵の長子で、エドワードと申します。周りで咲き誇っているバラよりもきれいなあなたを見て、言葉が出なくなってしまいました」


と、なんとか絞り出した言葉は、気障なセリフになってしまって、恥ずかしさに続けての言葉を出すことができなくなってしまった。


「ご挨拶ありがとうございます。私はエールギン伯爵の娘、アリエルと申します」


彼女の大きな瞳が自分に向けられると、私はどこか気恥ずかしいような、それでいて心地よい感覚を覚えた。

沈黙が続くのは良くないと、頭では分かっているのに、なぜか言葉が出てこない。


その時、一陣の風が吹き、ガゼボの周囲に咲き誇るバラの花びらが、ひらひらと舞い上がった。

淡いピンク色の花びらが、彼女の髪にそっと触れ、そのまま肩に落ちる。


「あっ……」


彼女が小さく声を上げたのを見て、はっと我に返った。私は無意識のうちに一歩前に出て、彼女の肩に落ちた花びらに手を伸ばし、彼女の白い肌に触れないよう、そっと指先で花びらを摘み取っていた。


「失礼いたしました」


 私は慌てて手を引っ込めたが、指先にはまだ、彼女の微かな温もりと、バラの繊細な香りが残っているようだった。彼女は、少し驚いたように目を丸くしていたが、すぐにふわりと微笑んだ。


「いいえ、ありがとうございます。エドワード様」


その笑顔は、バラ園に差し込む夕日のように暖かく、私の心にじんわりと染み渡った。

私は、その可憐な少女の笑顔をもっと見ていたいと思ったのだった。


そのあと、なんとか浮ついた心を必死に抑え、少しだけ話すことができた。



その後、アリエル嬢の父であるエールギン伯爵が戻ってこられたときは、必死に自己アピールをしたが、あがってしまって、公爵家の自慢というか、未熟な自分をさらけ出すような自己紹介だったように思う。


家に帰った私はすぐに、父に今日の出会いの件の話をし、エールギン伯爵家に、婚約を前提にした交際の申し入れをしてもらい、幸いにして、お付き合いを始めることができた。


私は、バラの花言葉を調べ、デートのたびにバラの花を1本、2本と、1本ずつ増やして渡していった。

9本渡した時の嬉しそうな顔は、一生忘れないと思ったものだ。

9本のバラの花言葉は「いつもあなたを想っています」「いつまでも一緒にいてください」なのだ。

プロポーズの時には、もちろん108本のバラの花束を贈ったとも。

108本のバラの花言葉は「結婚してください」なので!



ガゼボでイスに座りながら、そんな幸せだった最愛の妻との出会いを思い出していた。


しかし、アリエルは4年前に逝ってしまった。


宰相になり忙しくなって、一緒に話す時間も減っていったが、毎日夜遅く家に帰っても必ず出迎えをしてくれた。

アリエルには先に休めと言っていたが、頑なに、私の役目ですからと玄関ホールで出迎えをしてくれた。

しかし、政務に疲れていた私は、そのあとろくに会話することもなく寝てしまっていた。


ある日、妻の様子がおかしい事に気づいた。

顔色が悪く、ふらふらしていたので、医者を呼んで調べてもらったところ、重い病であるとが判明する。

国で一番の医者でもどうすることもできなかった。

私は政務を最小限にして、極力アリエルの側に寄り添った。

打てる手は何でも打とうと、近隣諸国からの情報も金に糸目をつけずに集めた。


しかし、アリエルはそこから半年で息を引き取った。


もっと一緒に居たかった。アリエルと話す時間が無くなるなら、宰相なんて引き受けるのではなかった。

亡くしてから、精神的にどれだけ妻に頼っていたかに気が付く。

宰相としての仕事をするにあたり、アリエルがいたからこそ、ここまで頑張れたんだと。



娘のレティシアはアリエルにそっくりで、きれいで可憐な娘に育ってくれた。

レティシアの事は、目の中に入れても痛くないほどに可愛がっている自信はある。

レティシアを悲しませる者は絶対に許さない。



少し感傷に浸っていると、馴染みの書記官が私の姿を認め、ものすごい勢いで駆け寄ってきた。


「宰相閣下、ご令嬢が大変な事になっています。会場にお急ぎください」


とりあえず、書記官の意味の解らない言葉で、小走りにダンスホールへ向かった。

そういえば、この書記官の娘も、学園に通っていたことを思い出す。

ということは、書記官も卒業記念舞踏会に参加していたということだ。

私の娘に何かが起こったのか。


「娘が?どういうことだ?無事なのか?」


走りながら確認する。


「私も詳しい事は解りません。ケガ等はしておられません。ご令嬢は控えの間に下がっておられます。」


まったく事情は分からないが、書記官の様子から、ただ事ではないことを感じ取った。

急いでダンスホールの入り口から控えの間に行く間に、派閥の貴族たちから娘が婚約破棄されたことと、何も言わずに控えの間に下がったことを伝えられる。


バーンッと扉を開け、控えの間に着いてみると、レティシアが椅子で震えている姿が目に入った。

頭に血が上るのが自分でもわかる。



「レティシア様の側仕えのコートニーが、アーロントン公爵にご挨拶申し上げます」


公爵は、側仕えのコートニーに向き合った。

この娘が、主に学園で、レティシアの側仕えをしていることは挨拶を受けたので知っている。

なかなか優秀な側仕えで、レティシアとの会話にもよく名前が出てくるので、レティシアも信頼しているようだ。

挨拶の時以外、直接話したことは無いのだが……


「挨拶はいい。何があったか申せ!」


そう強く促すと、コートニーは少しおどおどした様子だったが、しっかりとした言葉で話し始めた。


「と言われましても、レティシア様は、陛下のご臨席があるまでのお時間を、ご学友様たちとご歓談されておいででした。

そこに、アレクシル殿下がかなりの勢いでやってきて、いきなり婚約破棄と仰られたのです。

その後、理由をおっしゃっておりましたが、内容については思い当たることが一つもなく、私は詳細は覚えておりません」



公爵は、

は? 婚約破棄?? 誰が誰を?と、思ったがとりあえずは娘の様子が心配だ。

どうやら、私のことは認識できているようだが、震えているようにも見えるし、顔は真っ青だ。言葉を話すこともできなそう。

まずは娘に何が起こっているのか。


婚約破棄のような重要な話であれば、公式の場には必ずいる宮廷書記官が記録していることだろう。

詳しい会話の内容などは、後でも確認できる。



「そうか、殿下のお話しされた内容については、宮廷書記官が書き記している。あとで確認するが、それよりも、レティシアはなぜこうなった?」


コートニーは少し考える様子を見せた後に話し始めた。


「公爵様、レティシア様は、いきなり突き付けられた婚約破棄にショックを受け、心や体に変化が起きています。

すこし長くなりますが、詳しく説明させていただけますか」


公爵は、コートニーの様子が少し変わったような感じを受けた。


普段は伏し目がちで、目上の私に目を合わすこともなく話す印象があったが、しっかりと私の目をみている。

公爵は、その目を見て、自分の頭に血が上っていたことを自覚して、少し冷静になった。


控えの間にあるソファーに座るように促し、公爵も腰を掛け、先を促した。


「うむ、そなたの知っていることを申せ」


すると、流暢に、一気に話し始めた。



「解りました。人はショックな出来事に対応するために、心や体が変化します。

レティシア様は自分が危険な状態と認識して“茫然自失”、いわゆる死んだふり状態になって、動けなくなったのです。


人は、原始人の時代から生き残ってきた知恵、本能があります。

その本能が危険な事態が起こったと感じると、生き残るために心や体を変化させるのです。

例えば、急に誰かが投げた石が目の前に飛んできたとします。

すると、避けますよね。避けるときに何か考えたりとかせずに、体が勝手に反応すると思います。

もし、避けずにぶつかってしまう人は、生き残れないでしょうから、我々のご先祖様ではありません。

我々には生き残るための知恵が、本能として備わっています。


その中で、ショックな出来事の直後に起こる反応のひとつが、レティシア様に起こった茫然自失です」


まてまてまてまて、この娘は何を言っているんだ?

原始人とはなんだ??

公爵は内心非常に驚いたが、側仕えごときに、宰相である私が驚いている姿を見せてはなるものかと、必死に表情を作り鷹揚に言った。


「そうか、解った。レティシアは何も反論をしなかったと聞いている。それは茫然自失だったからなんだな」


理解はできなかったが、レティシアが信頼している側仕えが、宰相である私に対して、自信をもって話す事なので嘘ではないだろうと感じたので、解ったふりをして見せた。


「その通りです。ショックのあまり茫然自失になっていらっしゃるようにお見受けいたしましたので、レティシア様は、アレクシル殿下のお話は全く覚えておられないと思います」


意味は通っているように思った。なるほど理屈があるのだなと思い、レティシアの方に顔を向けた。

レティシアは、顔色は青ざめていたが私とコートニーの話を聞いているようだ。


「そうなのか?」


公爵は、椅子に腰かけていまだ落ち着かない様子のレティシアに問いかけた。


「はい。婚約破棄と言われて、ショックでした。そのあとは何も覚えておりません」


公爵は、一つ大きな息をついた。

まずは、外傷があるわけではないこと、しかし、非常にショックな出来事だったこと、覚えていないことを考えると、娘にしてあげられることは限られているだろうと考えた公爵は、レティシアに声をかけた。


「そうか、今後の詳しい事は私に任せなさい。何かわかり次第、お前に教えよう。今日は帰ってゆっくり休むがよい」


公爵はそう言って、婚約破棄の詳細を宮廷書記官に確認しようと腰を上げかけた。

そこに、コートニーが慌てた口調で話し出した。


「もう一つ、お伝えしたい事がございます」


公爵は、促してもいない側仕えからの言葉に少し驚いた。コートニーからは少し必死な様子が感じられたので、ソファーに座り直し、「申してみよ」と促した。


「レティシア様にお休みいただく期間ですが、」


少し間をおいて


「1か月から1か月半をお考え下さい」


公爵は驚いた。1日2日は休みが必要だとは思ったが、1か月~1か月半とはどういうことだ?

それだけの期間があれば、騎士の大けがでも回復するぞ?と思う。レティシアに怪我は無いのだし、大袈裟過ぎないか?


「そんなにか……」公爵の口からため息のような言葉が漏れた。


宰相である私に、自信をもって言うという事は、理屈も理由もあるのだろうと思ったが、なぜこの側仕えはそんなに自信をもって言い切れるのだろうと、不審に思いコートニーを見つめた。


「先程お伝えしました本能が落ち着くまで、それくらいかかります。そもそも本能は生き残ろうとする力ですが、危険から遠ざけてくれるものでもあるのです。そこで、一番安心安全な場所とはどこでしょう」


公爵は、この娘、私を試すのか?と思ったが、しょせん小娘、目くじらを立てることは無いと思い、


「自分の部屋か……」


と答えてみた。


「そのとおりです。その安心安全な場所に引き籠らせようと、レティシア様に、危険を感じた場面を思い出させたり、悪夢を見せたり、いろいろな手段を取ってきます。安心安全な場所にいて、本能がもう大丈夫、と役割を終えて落ち着くまでの時間がそのくらいなのです」


公爵は、この娘の話は、どこで学んだ知識なのか?なぜ学ぼうと思ったのか、疑問が大きくなった。


「また、その間、他にもレティシア様にいろいろな心や体の変化が起こります。私がお側でお支えできればと思うのですがいかがでしょうか」


公爵は、レティシアに目を向けると、涙目でコートニーを見つめていた。


「良かろう。レティシアについていてやってくれ。レティシアは帰ってゆっくり休みなさい」


公爵はそう伝えると、ソファーに深く座り直し、コートニーに向き直った。

そして、「コートニーは、もう少しここに残るように」と告げた。


レティシアは、お世話係のメイドに支えられながら、控えの間を退出した。扉を出るときに振り返り、コートニーと視線を合わせ、感謝の気持ちを伝えているようだった。


公爵はコートニーを見ながら考える。この側仕えは一体何者だろう。私どころか、きっと誰も知らない知識を持っている。

心を病んだものは多いが、1か月以上の休暇を言ってくる者の話は聞いた事がない。

何か隠していることがあるのではないかとおもう。そこを問いたださねば、信用はできない。



「さて、コートニー。娘に寄り添ってくれて嬉しく思う。言うとおりにしようとは思うが、その知識、何か裏付けがあるであろう。申してみよ」


コートニーは公爵の目をじっと見ている。目上の者の目をじっと見つめるのは無礼にあたるが、それよりも、その瞳には不安げな色が浮かんでいることが気になった。


「娘のために言ってくれたことは解っている。そして、そこに嘘があるとは思っていない。ただ、そなたのいう事を信頼するのには根拠が足りない。学園で教えていることではないだろう? そして、その年で、学園以外に学ぶ機会があるとは考えにくい。どこで手に入れた知識だ?」


コートニーは、話しだしそうな素振りを見せるが、躊躇いがあるようだ。

秘密を話そうとしてくれている感じもある。話をせずに私から逃げられると思ってはいないだろうとも思う。

公爵は、ここでは秘密を話すことは難しいかと思い、もう少し小さな部屋に移動しようと考えた。

王子の婚約破棄についての顛末よりも、この娘の知識の方が気になる。


「話しづらい事もあるのだろう。私の部屋まで来なさい」


宰相としての執務室であれば、秘密は守れる。公爵は立ち上がると、「付いてきなさい」と、コートニーに向けて言った。




宰相の執務室は、壁一面に、この国の歴史や地理、経済に関する分厚い書物がびっしりと詰まった本棚が並んでいる。

部屋の中心には、分厚いオーク材で作られたどっしりとした机が置かれている。

机の上には、書類や羊皮紙が整然と積まれており、処理待ちと処理済みの木箱に分類されているようだ。

机の周りには、使い込まれた革張りの椅子が数脚あり、来客用と自分用のものが用意されている。


コートニーは、おどおどした様子で、部屋を見渡して、扉の前で不安げに公爵を見る。

公爵は、自分用の椅子に座り、向かいの椅子にコートニーに座るように促した。


コートニーが椅子に座ると、ベルを鳴らし、部屋付きのメイドに紅茶を入れるように頼み、紅茶を入れた後に部屋には誰も入れないように指示をした。


公爵はコートニーに紅茶を飲むように促すと、話し始めた。


「まずは、いつも娘に寄り添ってくれていることに感謝を。そして、まだ詳しくは解らないが、今回の出来事に対しても良くやってくれた」


コートニーは、「とんでもないことでございます」と、小さな声で答えた。


「とはいっても、先程の提案について、理解しがたい点があることは、そなたも解っているのであろう。それでも伝えてくれたこと、感謝するが、信用するにはもう少し話してほしい。ここに場所を移したのは、人に聞かれたくない話があるのではないかと、私が感じたからだ。この部屋は、この国の中でも一番人に話を聞かれることのない安全な場所だと思っている。コートニーの秘密は守ろう」


と、公爵は紅茶に口を付けた。

しばらく沈黙が流れる。


コートニーは意を決したように口を開いた。


「私は、長い夢を見たことがあります。その夢の世界は大変便利な世の中で、遠くの人と会話ができたり、夜でも昼間のように明るく照らされている街があり、昼夜関係なく1日中働けるような世界でした」


そこで、公爵の様子を窺うように話を区切りった。公爵は先を促そうと、小さく顎を動かす。


「その夢の中で、学んだ知識です。その夢のことは詳しく覚えていないことも多いのですが、人の心に関することは、なぜか今でも思い出せるのです」


コートニーはすこし上目遣いで公爵を見た。


公爵は、この場で嘘はついていないだろうと思ったが、夢となるとこれ以上の追及は難しいかと思った。遠くの人と会話ができるような夢の世界の様子を聞いても、今は信用できるかできないかの判断にはならない。それよりは、人の心に関することが思い出せるということの方が気になった。


公爵は考える。何を聞いたら、私がこの娘の話が信じられると思うか。

ふと思う、アリエルを亡くしたこの心の痛みについて聞いてみたら、この娘はどう答えるだろう。

もし、それが、私の心情と一致していれば、この娘の知識の先よりも、結果として、言っていることが信じられるのではないだろうか。


「人の心に関することは覚えていると言ったな。では、質問をしてみよう。私の妻は4年前に亡くなった。私の気持ちを答えられるか?」


コートニーは少し考えた後に答え始めた。


「公爵様の奥様を思いやっていたお気持ちは、レティシア様から少しお伺いしておりました。しかし、その時の公爵様のお気持ちは、とても言葉に表すことなどできません。


しかし、答えよということであるならば、多くの人が辿るであろう心の感じ方についてお話しさせていただきますが、それでよろしいでしょうか」


公爵はうなずいた。


コートニーが続ける。


「まずは、奥様が亡くなられたことが信じられない、嘘だ、そんなはずはないというお気持ちが浮かんできたことと思います。

これは、あまりにも辛い現実からひと時でも離れることで、心が守られる、心の変化になります。


次に、なぜ私にだけ神様は試練を与えるのだと、怒りに似た気持ちが湧き上がって来たのではないでしょうか。その怒りの先は、例えば治療をしてくださった医師や、奥様のお世話をしてくださった方たちにも向いたかもしれません。


また、もし、私の命を使って奥様をこの世に戻すことができるならと、神様にお祈りをしたこともあったのではないでしょうか。


その後、奥様のいない現実で絶望感を、また、深い悲しみを感じるとともに、何もできなかった無力感で、やる気が起きず、もしかするとお仕事も手につかず、家から出ることも少なくなる時期があったかもしれません。


しかし、今は、だんだんとその事実を受け入れて、心の整理がついてきたのではないでしょうか。

もちろん悲しみは無くなりませんし、奥様のことを考えるだけで辛く感じることもあるかとは思います。奥様のいない現実は、公爵様にとって、とてもお辛いとは思いますが、なんとかその現実に折り合いをつけて、悲しみとともに生きる道を探していらっしゃるのではないかと思います」



公爵は、大きくうなずいた。

とても驚いた。表情には出さないようにすることが大変だった。おおむねコートニーの言ったとおりのことが起こっていたのだ。試すと思っていたが、まさかここまで具体的に心情を表せるとは思っていなかったのだ。

医師や家人に八つ当たりをした記憶もある。何もする気が起きなくなって、宰相の仕事を投げ出していた時期も確かにあった。

病気だったので、天命だと思おうとしたが、納得できるわけもなく、神に祈ったこともあった。


「見事である。確かに私の気持ちはそのような感じだった」


公爵は、少し涙ぐんでしまっている自分に気が付いた。バラ園での記憶も蘇ってくる。

しばらく執務室には静寂の時が流れた。


公爵は気を取り直してコートニーに告げた。


「コートニーの言うことを全面的に信じることにする。娘を頼む」


コートニーは静かにうなずいた。


「ありがとうございます。承りました」




その後、1か月でレティシアは元気になった。

コートニーの尽力があったことは言うまでもない。


しかし、アレクシル殿下のレティシアに対する愚行は絶対に許すことができない。

そこで、コートニーを呼び、アレクシル殿下を懲らしめる何か良い策は無いかと尋ねてみた。


コートニーの考えた策は次の通りだった。


アレクシル殿下から睡眠時間を取り上げる。


具体的には、学園を卒業された殿下には、第1王子の仕事だと言って過剰にデスクワークを割り振る。

大体日付が変わるまで帰れない状況にする。

アレクシル殿下と一緒にいたリアーナには、厳しい王太子妃教育を受けさせ、王子に会える時間は日付が変わってからとする。

リアーナの周りには、リアーナの言う事を聞かない侍女で固め、愚痴はアレクシル殿下にしか言えない状況を作り出す。

必ず毎日、リアーナをアレクシル殿下に会わせる。

また、将来王太子になるなら、デスクワークだけでなく、騎士団の訓練も必要、昼間は執務としての時間が必要なら、訓練は早朝に行うしかありませんねとして、太陽が昇る頃から肉体的な訓練を行う。

極力眠れない状況にして、数か月すると、きっとアレクシル殿下とリアーナの仲も悪くなり、アレクシル殿下は心の病を得るかもしれないとのことだった。


正直、生ぬるいと思った。いくら疲れさせても、リアーナと会わせることで、アレクシル殿下が回復してしまうのではないかと思った。


しかし、コートニーは言った。

「初めのうちはそうかもしれません。

しかし、だんだん疲労が溜まってくると、人には特有の心や体に変化が現れるのです。

本来、このような事には使いたくない策なのですが、私もレティシア様の側仕えとして、強い憤りを感じております。

この手は、他には決して使わないようにお願いします」


公爵は、コートニーの策を実行に移した。


アレクシル殿下は、体調を崩し、2か月持たずに離宮に籠ることになった。

また、リアーナとは別れることになったという。


私は、デスクワークを割り振っただけ、それも、日が経つにつれ、量を減らしていった。

それは、アレクシル殿下の処理できる量が減っていったからなのだが……

表立って復讐のようなことはしていないし、周りから見てもアレクシル殿下がダメな王子だったという印象になっている。

アレクシル殿下自身も私の事を恨んだりはしていないようだ。


その後、婚約破棄をしたアレクシル殿下は、廃嫡となり、表舞台から姿を消した。


公爵は、コートニーを敵に回してはいけないと思った。

決して逆らってはいけない。自身では気が付かずに身の破滅にもっていかれるかもしれないのだから。



レティシア&コートニーで元気になっていく過程の話やアレクシル殿下が落ちぶれていく話を書こうと思ったのですが、なぜかパパの話になりました……


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