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終焉の塔  作者: 空白ノ音
1章 〜入学試験編〜
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6話 剣術訓練

「レイ〜? 起きた〜?」


優しく響くミリスの声と、扉をノックする音が重なった。


ぼんやりとまぶたを開き、寝ぼけ眼で辺りを見回す。すぐに、彼女の家の天井だと気づき、少しずつ現実に意識が戻ってくる。


眠たい目をこすりながら壁に掛けられた時計に目を向けると、短針はちょうど5を指していた。


「……5時って。早すぎだろ……」


思わず小声で文句をこぼす。


(でも、この世界にもちゃんと時計があるんだな……)


そんな当たり前のことを、ふと感心したように考えながら、ベッドから体を起こしてゆっくりと朝の支度へと向かった。



朝食を終え、身支度も済ませた俺は、ミリスに連れられて外へ出る。


エルフィリア家の庭は、まるで小さな公園のように広く、青々と茂る木々や美しく手入れされた芝生が朝の陽光を浴びて輝いていた。空気も清々しく、どこか気持ちまで晴れやかになる。


そんな中で、ミリスが手にしていた剣をこちらに差し出してくる。


「これ、レイにあげる!」


手渡されたのは、一本の鉄剣。


その刃に触れずとも、握っただけでその重量やバランス、そして職人の技が感じ取れるほどの逸品だった。


「え、こんな高そうなの……もらえないって。ちゃんと稼いで、自分で買うから!」


慌てて断ろうとすると、ミリスはぷいっとそっぽを向き、頬をほんのり赤らめながら答えた。


「私のお金で買ったんだもん。私があげるって決めたんだから、もうレイのものなの!」


彼女のその言葉に、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。


きっと、俺のために色々悩みながら選んでくれたのだろう。

その時間や気持ちまでもが、剣に込められている気がして──


「……ありがとう。大切にする」


心からの感謝を伝えると、ミリスは満面の笑みを浮かべた。


「でもこれは魔物用ね? 訓練で使ったら……人、死んじゃうかも!」


笑顔のままそんな物騒なことを言うミリスに、思わず目を見開いた。

……冗談だと信じたい。



訓練用には安全な木刀を借りることになり、さっそく剣術の基礎を教わることに。


握り方、構え方、重心の置き方……基本から丁寧に指導してくれるミリスの姿は、どこか頼もしく感じられた。


この世界の剣術は、日本の剣道とは全く違う。相手は人間ではなく、魔物だ。

回避の仕方や反撃のタイミングも、生死に直結することが前提で組み立てられている。


そして、いざ実戦形式での訓練が始まった。


木刀を右から振り下ろす。けれど、その一撃はあっさりとミリスに受け止められ、次の瞬間には彼女の突きが俺の腹にめり込んだ。


「ぐっ……!」


息が詰まり、胃の中身が逆流しそうになる。


「……あっ、ご、ごめんっ!」


ミリスが慌てて駆け寄ってくるが、その声の奥には「ちょっと力入れすぎたかな……」というニュアンスも見え隠れしていた。


分かっていたことだ。


昨晩聞いたように、彼女の冒険者ランクはC。

俺とはそもそも土俵が違う。


でも──それでも、諦めるわけにはいかない。


ぐっと奥歯を噛み締めて、俺は木刀を構え直す。


今度は横振り。ミリスはそれを縦構えで受け止め、すぐに横薙ぎで反撃してくる。


ギリギリで反応し、初めて防いだ──と思った、その瞬間。


「ぐあああっ……!」


ミリスの木刀が、俺の左腕を直撃した。

腕に電撃のような痛みが走り、力が抜けてだらんと垂れ下がる。


「待ってて! 今、治す!」


ミリスは急いで家に駆け込み、ポーションを持って戻ってくる。

腕にかけられた瞬間、傷が塞がり、痛みも消えていった。


ポーション──この世界の回復薬。


傷ついてもすぐに治るというのはありがたい。けれど同時に、それは「壊しても大丈夫」という考え方を生む危険な道具でもある。


もし相手が、限界を無視するような訓練狂だったなら──それはもう、拷問に等しい。


けれどミリスは、ちゃんと手加減してくれていた。

俺の反応速度に合わせて、わざとギリギリの攻撃を繰り出してくれていたのが分かる。


そんな彼女の優しさに応えるためにも、俺は必死に木刀を振り続けた。


気づけば、ポーションはすでに20本以上消費していた。


骨が折れたのは何回だろう? もはや数えきれない。



昼になり、ミリスと一緒に街へ出る。


彼女が案内してくれたのは、洒落た雰囲気のレストランだった。


「ここ、私のお気に入りなの。好きなもの頼んで!」


「でも、俺……お金ないし」


「私が出すから気にしないで!」


そんなやり取りの末、俺はミリスのおすすめを頼むことにした。

彼女が注文したのは、焼肉プレート。値段は30セリカ。銀貨3枚分。


(1セリカ=おおよそ100円くらいか……?)


日本の相場に合わせておおよその予想はたった。

つまり昼食だけで3000円相当。ミリスにまたしても奢ってもらう形になってしまった。


「うわ〜! やっぱりおいしい!! レイも食べて!」


「……あ、うん。……うまいっ!」


肉の旨味と脂の甘さが口いっぱいに広がる。

日本では味わえなかった味覚が、俺の五感を刺激した。


食後はポーションの補充のため、教会のような建物へ。


「ポーション30本お願いします」


「150セリカになります」


(……高ぇっ!?)


一本あたり500円、30本で15000円。あまりの金額に、ようやく自分の甘さを痛感した。


もう無駄にはできない。



午後からの訓練は、「避けること」を意識した。


防げないと判断した攻撃は、急所を外すように体を捻ってずらす。


体中に打撲の痛みが蓄積していく。だが、決して倒れることはなかった。


1時間が経った頃、さすがに限界が近づいた俺の元に、ミリスが駆け寄ってきた。


「ねえ、レイ。もう無理だよ。一回休もう」


差し出されたポーション。その温もりに、少し心が和らいだ。


でも、これが当然だなんて思っちゃいけない。


このままじゃ、俺はずっと守られる側のままだ──


そんな時、庭の奥から、空気の密度を変えるような存在が現れた。


剣を抜かずとも、ただ立っているだけで伝わってくる“威圧感”。


ミリスの兄──ヴェリオスだった。


「よぉ、ガキ」


「ヴェリオスさん、お疲れ様です!」


慌てて頭を下げる俺。

頼む、訓練とか言い出さないでくれ……!


だが、ヴェリオスの言葉は意外なものだった。


「ミリス、俺とやるか?」


「……はい。ぜひお願いします」


ミリスの声に迷いはない。


そして始まる、兄妹の模擬戦。


ヴェリオスは木刀を片手で持ちながら、片手で耳をほじり、ついでにあくびまでしている。

とてもこれから剣を交える人間とは思えない、ふざけた態度だった。


……にもかかわらず、ミリスは踏み込めなかった。


見るからに隙だらけ。なのに、まるで踏み込んだ瞬間に地雷を踏むような圧がある。

駆け出し冒険者の俺でもわかる。下手に動けば、ミリスでさえ数歩で地面に這いつくばるだろうと──そう、直感で確信してしまうほどに。


ヴェリオスは、ただそこに立っているだけで、圧倒的な覇気をまとっていた。


「おい、ミリス。殺す気で来いよ。

じゃなきゃ、相手にもなんねぇ」


その言葉に、ミリスが両手で木刀を構え、斬りかかる。


俺の目には追えなかった。

ただ、わかったのは、ミリスがとんでもないスピードで連撃を仕掛けているということ。

それをヴェリオスは、片手一本で、涼しい顔のまますべていなしていく。


そして──ミリスの体勢がわずかに崩れた瞬間。

背中に強烈な一撃が叩き込まれた。


「……っ!」


ヴェリオスは無言でポーションをミリスに振りかける。

ミリスはすぐに立ち上がり、また、構え直した。


再戦か。

また同じような展開になるのだろう。

そう思った、が。


違った。


次の瞬間

ミリスの剣に、ピキピキと音を立てながら、雷のような電流が走る。


再びヴェリオスに向かって斬りかかる。剣速はさっきと変わらない。

だが、ヴェリオスの表情が変わった。


時おり木刀を両手持ちにし、食い止めているようにすら見える。

目で追えないが、響き渡る衝撃音の数──すでに数十回は交差しているだろうか。


そして、ミリスはヴェリオスから距離を取り、不意に剣を振った。


え……?


誰がどう見ても、明らかな空振りだった。

俺は思わず心配になるが、次の瞬間、信じられない光景を目にする。


ミリスの剣に纏っていた雷が、剣の振り抜きとともに一直線に走り、ヴェリオスの元へ向かっていったのだ。


その雷を前に、ヴェリオスも同じく“空振り”のような剣を振る。

直後、突風が吹き抜け、電撃の軌道が逸れる。


雷は地面に突き刺さり、周囲の草を一瞬で焼き焦がした。

ジリジリと焦げた音が、まだそこに残っている。


……なんだ今のは。


俺には、起きていることがまったく理解できなかった。


これが、“剣術”? こんな世界が、あったのか?


初めて見る、エルフィリア家の本気の訓練。

いままでミリスが、どれだけ手を抜いてくれていたのか──初めて“実感”した気がする。


これが、C級冒険者の実力。

まだ剣術学校の試験すら始まってないのに、すでにこのレベル……それが“本物”の冒険者ってやつなんだ。


そこからは、もう訓練とは呼べない次元だった。


一撃一撃が鋭く、重く、速い。

風が唸り、打ち合う音が空気を震わせる。

木刀同士のぶつかり合いが金属のように甲高く響き、地面には斬られたような軌跡が残っていく。


そして2人の訓練が終わった時にはすでに17時を回っていた。

ミリスは身体中にあざをつくってはポーションを使っていたが、ヴェリオスには最後まで一撃も与えられなかったようだ。


「おいおい……まだ誰も行ってねぇのかよ。もうそろそろだろうが……」


ふと、ヴェリオスが一点を見つめて、呟いた。

彼の視線の先にはリズナの森に落ちた、E塔が見える。


確か、E塔は三日ほどで崩壊するって勉強したはず。

今日で、出現からちょうど三日目。


今夜を越えたら、塔が崩壊してもおかしくない。


「ちょうどいいのがいるじゃねえか。おいガキ、今から俺と一緒にE塔行くか?」


……はい?


まさかの提案。

いやいやいや、ちょっと待て。あなたと2人で? 塔に??


正直、俺のことを邪魔に思ってるに決まってる。

こんな危ない奴と一緒に行ったら、塔の中で事故に見せかけて殺される可能性すらある。


しかし、それと同時に俺にとっては初めての塔だ。

ゴブリンにトラウマを植え付けられた俺にとって、たとえE級といえど魔物は魔物。

また対峙した時、足がすくんで動けなくなるかもしれない。


それを思えば、他の初心者と組むより、ヴェリオスという規格外の男が味方にいる方が、よっぽど心強いのも事実だった。


「レイ。大丈夫。お兄様は、意外と優しいから。きっと助けてくれるよ」


「……ああ!? “意外と”ってなんだよ!!」


俺の背中を押すように声をかけてくれるミリス。

それに、いつものように怒鳴り返すヴェリオス。


そのやりとりが、少しだけ安心感をくれた。


俺は悩んだ末に、決めた。その決め手は“金”だ。


今日一日で、俺はミリスにいろんな面で負担をかけてしまった。

これからこの世界で、自立して生きていくには、稼がなきゃいけない。


冒険者として格を上げる。

そのためには、塔の攻略は間違いなく最短ルートだ。


「……ぜひお願いします、兄貴」


そう言って深く頭を下げる。


「誰が兄貴だ殺すぞお前!!」


全然冗談に聞こえない殺気を放ちながら睨んでくるヴェリオス。

俺はその視線だけで、ちびりそうになった。


しばらくして、

ヴェリオスは軽めの鉄鎧をプレゼントしてくれた。

少し傷があり使用感を感じるが、塔を攻略する上では必須の防具になるだろうから、ありがたくいただいた。


そして俺は、彼と共に初めての塔──E塔攻略へと向かうことになった。

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