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終焉の塔  作者: 空白ノ音
1章 〜入学試験編〜
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5話 試験に向けて

今朝も、あのふかふかのベッドのおかげで熟睡できた。

異世界に来てからというもの、気が張り詰めてばかりだったが、せめて眠りの時間だけでも安らげることは、何よりの救いだった。

あと1ヶ月──この柔らかさに包まれて眠れると思うだけで、異世界生活への不安がほんの少し和らぐ気がする。


今日、ミリスに連れられて訪れたのは、屋敷内にある立派な書庫だった。

目的は、剣術学校の入学試験に向けた筆記対策。

残り1ヶ月という限られた時間の中で、どう勉強を進めていくか、まずはその方針を話し合うところから始まった。


「剣術学校の入学試験はね、筆記・剣術・魔術・精神適性検査の四つの観点から総合的に評価されるの」


筆記、剣術、魔術──その三つは、俺でもある程度は予想していた。

けれど、“精神適性検査”という聞きなれない言葉に、思わず首をかしげる。


「精神適性検査っていうのは……?」


「自分の”弱さ”に向き合う試練、って言われてるわ。詳しい内容は公表されてないの」


しかし、街で見かけた若者の数に対して、毎年の受験者が300人程度しかいないことに違和感がある。

商人や職人として働いている者もいるだろうが、それを差し引いても不自然なくらい、冒険者の姿は少なかった。


剣術学校といえば、高待遇で名誉ある職業への登竜門だ。

例え落ちたとしても、受けて損はないはずなのに…


とりあえず、まずは努力で何とかなる筆記から取り組もうということで、ミリスが用意してくれた大量の書物を開いていく。

本のページをめくるたび、この世界の文字──日本語とはまったく異なるそれが、なぜかすらすらと読めてしまうことに驚かされる。

理解もできる。なぜかは分からないけれど、拒絶感はまるでなかった。


筆記試験で特に重要なのは、フェリゼア王国の歴史、そしてこの世界全体の成り立ち。

中でも頻出するのが「英雄」と「巨塔」に関する項目らしい。


「英雄と……巨塔?」


不意に浮かんだ疑問を口にすると、ミリスは頷いた。


「巨塔が現れたのは、今からおよそ100年前。それを、最上階の一歩手前まで攻略したのが“英雄”と呼ばれている人物よ」


「リズナの森で見た塔みたいなもの?」


「ううん。あんなの、巨塔と比べたら小石みたいなもの。巨塔は、普通の塔の10倍の大きさよ」


──嘘だろ。


リズナの森で見上げたあの塔は、街の10メートル以上ある城壁の内側からでもくっきりと確認できるほど巨大だった。

あれですら推定200メートルはあったと思う。

その10倍──2000メートル?


想像もつかない。まるで山脈のようなスケールだ。


「普通の塔──E塔やD塔が空から落ちてくるようになったのは、巨塔の出現以降なの。以前は、冒険者っていう職業も今とは違って、自然に発生する魔物を討伐するのが主な仕事だったらしいよ」


「……その英雄の話、もう少し聞かせてくれない?」


「全属性の魔術適性が10。街を襲ったS級魔物を3体同時に倒した、なんていう逸話もあるのよ」


とんでもない話だ。

今の階級制度で言うなら、“特S級”という最上位の称号が与えられる存在だという。


けれど、それでも最上階には辿り着けなかった。


「英雄ですら、100階層ある巨塔の最上階の魔物に敗れた。これは、歴史に刻まれている事実よ」


全属性の適性──

俺と同じ条件のはずなのに、その“数値”が桁違いだ。

まさに、チートキャラとモブキャラの違いだと痛感させられる。


でも、今この世界に生きている以上、巨塔を避けて通ることはできないのだろう。

塔の出現は巨塔の出現以降の話であり、塔の出現を止める鍵が巨塔にあると考えられている。

多くの冒険者たちが、今なお巨塔攻略に挑み続けているという。


そこからは、ひたすらに勉強を重ねた。


塔の基本的な構造は、E・D・C・B・A・Sの6段階に分けられ、それぞれ制限時間が存在する。

制限を過ぎると、塔は地上に崩壊し、内部の魔物が世界に溢れ出してしまう。


どの塔も10階層構造で、最上階のボスを倒せば攻略成功とされ、塔は跡形もなく消滅する。


冒険者の階級もまた、E・D・C・B・A・特A・S・特Sの8段階。

特Aや特Sは、それぞれA塔やS塔を単独で攻略できる者のみに与えられる。


ただし、これまで実際に“特S”と認められたのは、あの英雄ただ一人だけ。

つまり、ほぼ伝説のような存在だ。


そもそもこの塔を基準とした特Sや特Aといった階級自体が、塔の出現以降に新たに整えられたもの。

英雄が生きた時代にはなかった制度だ。

後世の人々が彼の功績に敬意を示すため、“特S”という称号を与えたのだという。


──本当に、とんでもない世界に来てしまった。


そんな思いを胸に秘めながら、気づけば日も暮れていた。


朝から書庫にこもりきりだった俺とミリスは、食堂で夕食をとることにした。

今日の夕食は、ミリスの母がわざわざ手料理を振る舞ってくれた。

どれも見た目も味も素晴らしく、異世界料理だというのに、どこか懐かしさすら感じる味だった。


食後、それぞれ入浴を済ませる。

あいかわらず風呂のスケールも桁違いだ。

まるで王族の浴室のような広さと装飾で、疲れた体が一気に癒されていくのを感じる。


「それじゃあ、明日は剣術ね!」


ミリスがにこっと笑って言う。


どうか、あのヴェリオスという兄貴は現れませんように──

そう祈りながら、俺も笑みを返した。


やがて、それぞれの部屋へ戻る。

静かな夜が、屋敷を包んでいく。


「明日から剣術か……」


ベッドに横たわり、天井の一点を見つめる。

これから始まる実戦形式の訓練。

胸の中に、期待と不安、そしてわずかな恐怖が入り混じっていた。


そうして、今日という一日が静かに終わっていった。

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