2話 ミリスという少女
俺はゆっくりと目を覚ました。
見知らぬ、やわらかくてふかふかのベッド。見上げれば、白くて滑らかな天井が広がっている。
窓のそばにかかっているカーテンの隙間から、橙色の夕陽が差し込んでいて、部屋の中を暖かく染めていた。
「やっと起きたね。体、大丈夫?」
ふと声がして顔を向けると、そこには椅子に腰掛けて、優しくこちらを覗き込んでいる少女がいた。
あのとき、森でゴブリンから助けてくれた──ミリスだ。
「えっと……大丈夫です。助けてくれて、本当にありがとうございます。それと……ここは」
「ここは私の部屋だよ。このベッドも……私のものだけど」
「……えっ」
しまった。よりによって、女の子のベッドを占領していたなんて──。
「あ、すみません!すぐにどきますから!」
慌てて謝ると、ミリスはふっと笑みを浮かべて首を横に振った。
「いいよいいよ。体が落ち着くまでは、ゆっくり寝てなよ」
さらりと受け流されて、俺は少しほっとした。
「本当に、何から何までありがとうございます……」
「それより、ねえ、敬語はやめてくれない?
私はミリス・エルフィリア。ミリスって呼んで」
「……わかった。俺はレイ。よろしくミリス」
「うん、よろしく」
森で助けてもらったときは気づかなかったが、改めて見るとミリスはすごく可愛い。いや、美人と言ったほうが正しいかもしれない。
目鼻立ちがはっきりしていて、落ち着いた大人びた雰囲気がある。
「ところでさ、レイはなんでリズナの森なんかに一人でいたの?」
リズナの森──あの森はそう呼ばれているらしい。
「目が覚めたら、そこにいたんだ……。ゴブリンに追いかけられて戦ったけど負けてしまって……情けない話だけど、気づいたらこうしてここにいた」
俯きながら答えると、ミリスは眉をひそめた。
「本当に、相手がゴブリンでよかったわ。リズナの森にはD級の魔物も出るのよ?
もしオークだったら、今頃この世にはいないわよ」
「は、はは……」
たしかに。ゴブリンが最弱だってのは俺でも知っている。
でも、その“D級”ってのが気になる。
「その、D級って……?」
「えっ、そこから説明しなきゃダメ?
……ちょっと待って、どうやって今まで生きてきたのよ!?」
ぐっと顔を近づけられて、思わずドキッとする。
間近でじっと見られると、改めて彼女の顔立ちの整い具合がよく分かる。近すぎるってば。
「D級っていうのは魔物の階級のことよ。
レイが森で遭ったゴブリンは1番下のE級ね」
あの森には、ゴブリンよりずっと強い魔物もいるらしい。
1時間もさまよって一度も会わなかったのは、むしろ奇跡かもしれない。
「その……信じてもらえないかもしれないけど、俺、多分……この世界じゃないところから来たみたいなんだ」
「……え?」
「あの森で目が覚めたとき、何が起きてるのか全然わからなくて。でも間違いないんだ。俺はこの世界の人間じゃない」
「……もしかして、頭を打ったりして記憶が飛んでるんじゃない?ひどい怪我だったんだし」
やっぱり信じてもらえなかった。
だけど、それは想定内だ。
「そういえば、俺……めちゃくちゃ酷い傷を負っていたはずなのに、今はどこも痛くない。体の傷もきれいに塞がっている。いったい何があったんだ?」
「そりゃあポーション使ったからね。知ってるでしょ?」
「ぽーしょん……?」
もちろん、名前だけは聞いたことがある。だけどそれはゲームの中の話。
現代の医療でもありえないほどの即効性と効能を持つ薬を、すぐに信じることはできなかった。
「はぁ……やっぱり重症ね。ポーションってのは、傷口にかけたり飲んだりするだけで怪我が治っちゃう薬のこと。この世界では常識なんだよ?」
ポーションは傷口などをすぐに塞ぐことはできても、当然ながら失った血液などがすぐに戻るわけではない。そのため、俺は長い時間気を失っていたとのことだ。
ゴブリンにポーション。
どうやらここは、本当に異世界らしい。
森でゴブリンに遭遇した時、本能的にその状況を受け入れてしまったものの、今となっては未だにこの状況を理解しきれずにいる。
この世界の人に、「異世界から来た」なんて言ったって、すぐには納得してもらえないはずだ。
記憶喪失ということで話を進めることにした。
「森で目を覚ましてから何も覚えてなくて……もしよかったら、この世界のことを教えてくれないかな?」
突拍子もない俺の願い出に、ミリスは少し目を丸くした後、ふっと微笑んだ。
「仕方ないなぁ。じゃあ、街に行ってみる?」
「え、街?」
「うん。このまま寝てても何も始まらないし、色々教えてって言ったのはレイの方でしょ?」
「……ありがとう。それじゃあ、よろしく」
こうして、俺の異世界生活が本格的に始まったのだった。
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