15話 告白
夕焼けが街を朱に染める頃、俺とミリスは肩を並べて帰路を歩いていた。
赤く染まった空が、まるで何かを象徴するかのように重く胸にのしかかってくる。
沈みゆく太陽とともに、彼女の横顔もどこか寂しげだった。
ミリスは何度か口を開いては、言いかけて口を噤んでいた。
まるで言葉が喉に絡みついて出てこないかのように。
それが何度も繰り返されるたび、俺は黙って彼女の隣を歩き続けた。
今、彼女が話そうとしていること。
それは、きっと辛いことなんだろう。
俺は、ただ直感でそう感じていた。
やがて、ミリスがぽつりと小さな声で呟いた。
「……私は、人殺しなの」
最初にその言葉を聞いたとき、あまりに唐突すぎて、俺は耳を疑った。
初めは愛の告白でもされるのかと思っていた呑気な自分を、殴ってやりたくなるほどのギャップだった。
けれど俺は、彼女を責めようなんて、思わなかった。
だって、俺にとってのミリスは、そんなことをするような子じゃない。
少なくとも、今まで見てきた彼女の姿が、それを否定していた。
だから、俺はそっと優しく問いかけた。
「……どうして?」
それだけで、ミリスは小さく頷いた。
「昔……私には、たった一人だけ、友達がいたの」
ぽつりぽつりと、彼女は語り始めた。
幼い頃、なぜか理由もわからないまま、ただ“魔族の子”として周囲から嫌われ、いじめられたこと。
孤独の中で、唯一味方になってくれた友人がいたこと。
その子とともに塔に登ったとき、自分がクラスメイトを見殺しにしてしまったこと。
そして……信じてくれたその子すら、自分の手で──殺してしまったこと。
そのすべてを知りながら、自分の兄──ヴェリオスが、ミリスの罪を背負ってくれたこと。
その結果として、今の街で彼は疎まれ、恐れられていること。
それでも、彼は何も語らず、ただ妹を守るためにすべてを飲み込んだのだと。
「……レイが異世界から来たって話、最初は信じられなかった。でも、なぜか本当な気がしたの。……だから、つい、甘えてしまった」
ミリスは俯きながら、さらに続けた。
「試験のことも、過去のことも……レイが知らなかったから……全部、都合のいい理由だったの。最低でしょ……私」
その声は震えていた。
けれど、俺にはそれが、どれほどの覚悟を持って絞り出した言葉なのか分かっていた。
確かに、語られた内容だけを見れば最悪だ。
でも、俺は一度たりとも彼女のことを“最低な人間”だなんて思えなかった。
今、彼女は泣いている。
そして、その瞳の縁に浮かぶ赤みや、頬に残った涙の跡は、ほんの数時間前まで彼女がどれだけ涙を流していたのかを物語っていた。
彼女を見て、俺はふと、自分自身を思い出していた。
この世界に来る前──
俺は、周囲の人間に“素”を出せずに生きていた。
人にどう思われるかを気にして、嫌われるのを恐れて、
都合の良い自分を演じて、周りにも、自分にも“嘘”を重ねていた。
だから、ミリスの告白は、俺にはあまりにも眩しかった。
だってこれは、“本当の自分”をさらけ出している証だから。
“嫌われるのが怖い。ひとりになるのが怖い。”
その思いは、きっと俺たちの根底にずっとあった。
だからこそ、ミリスが語ってくれたこの告白は、過去の清算であり、
そしてこれから、その罪と向き合いながら生きていくという、彼女の“決意”の証でもあった。
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、それでも彼女は話してくれた。
言葉はもう続かなかったけれど、
その目には、“本気”が宿っていた。
きっと、俺がここで何を言うかで、彼女のこれからが変わってしまうのかもしれない。
喜ばせることも、突き放すこともできた。
でも俺には、そんな資格もなければ、裁く権利もない。
だから、俺はそっと、彼女を抱き寄せた。
「……大丈夫」
それだけを呟いて、彼女の小さな体を自分の胸に寄せた。
夕陽が差し込む中、俺たちはしばらく、何も言わずそのままでいた。
───
ミリスの家に戻った後、俺は与えられた部屋でひとり、今日の試験のことを思い返していた。
自分が試験官だったら、どんな評価を下すか。
そう思って冷静に自己採点してみた。
……その結果は、言うまでもない。
──不合格。
筆記を除けば、魔術も剣術も、まるで平均にすら届いていない。
まるで、自分の不甲斐なさを突きつけられているようで、気づけば俺は布団に顔を埋めて、声もなく泣いていた。
最近、涙を流してばかりだ。
ミリスも、俺も──
でも、それだけ“本気”で生きてる証拠なんだろうな、とも思った。
試験に落ちれば、この家を出ていくことになる。
けれど、それは“嫌だから”じゃない。
約束だからだ。
俺はこの家でたくさんの幸せをもらった。
ミリスの母さんは、食事の準備以外ではほとんど姿を見せなかったけれど、
その料理は、いつも栄養バランスが完璧で、優しい味がした。
あのご飯を食べられただけで、俺は充分すぎるほど幸せだったんだと、今さら気づいた。
ヴォルクおじさんとはあまり会話を交わすことはなかったが、
ミリスの話では、今日の試験に視察で来ていたらしい。
紅牙隊の副隊長であるヴォルクやその他剣士隊の主要メンバーが、卵を見つけるために。
剣術学校には"スカウト"という制度がある。
本来は3年間学校で学んだ末に剣士隊の入隊試験を受けるが、学校を卒業する前から剣士隊から声がかかり、異例の卒業という形で剣士隊に迎えられる、いわばエリート中のエリート。
そんな未来の剣士隊の卵を求めて、来ていたのだ。
俺がその“卵”になれるはずもないけど……
それでもきっと、あの姿を見て、がっかりされただろうな。
「……なんだ、あのザマは。お前なんか、この家に入れなきゃよかった」
そんなふうに言われても、俺は何も言い返せない。
だって、俺はこの家でたくさんのものをもらったから。
感謝だけは、絶対に忘れない。
ヴェリオスの兄貴のことは大好きだ。
初めは恐ろしい印象。
いや、それは今も変わってないか。
でも、それでも、あの瞳の奥にある優しさにさえ気づけば、きっとこの先も彼を恐れることはない。
ミリスの話をきいて、やっぱりかっこいい兄貴だと思った。
もちろんそれが最善の方法だったのか。
それはきっとNoだろう。
街で避けられ恐れられ…
ヴェリオスは悲しい思いをしたに違いない。
そして、ミリスもそれに罪悪感を覚えている。
つまり、2人とも苦しいのだ。
Win-Winの関係。なんてよくいうけれど、今回に限ってはLose-Lose。
別にどちらが助かったわけでもない。
ただそれでも価値があったのだ。
だってミリスは、ずっと孤独でいじめを耐え抜いていた時に、初めて体を張って守ってくれた兄がいることに気づけたんだから。
そしておそらくヴェリオスも、街で避けられるのが愛する妹ではなく自分であることが、悲しいけれどきっと嬉しいのだろう。
この1ヶ月で兄貴とは何度もご飯を食べた。
お金持ちの兄貴はいつも奢ってくれた。
いつもいくレストラン以外にも、ちょっぴり高級そうな焼肉屋やおしゃれなカフェなど。
たくさん俺を連れ回してくれた。
たまに付き合ってくれる訓練では何本骨を折られてあざを作られたのかは分からないけれど。
そんなのはどうでもいいくらい、俺は兄貴が好きだったし、尊敬していた。
そして何より──ミリス。
俺にこの世界での“最初の光”をくれた人。
右も左も分からなかった俺に知識をくれて、
目標をくれて、居場所をくれて、
そばにいてくれた。
ずっと、一緒にいた一ヶ月。
短い時間だったけど、間違いなく、俺の人生で一番充実した一ヶ月だった。
ミリスの前では、“素”でいられたから。
誰にも見せたことがない、本当の自分で――
だからこそ、俺は静かに荷物をまとめていた。
この家を出るその時まで、感謝の気持ちを胸に抱きながら。
床に、ぽたりと落ちる水音。
俺の手元に、静かに涙が落ちていた。
──この幸せが、ずっと続けばいいのに。
けれどそれが、叶わぬ願いであることも、俺は知っていた。
三日後──その手紙が届いたとき。
俺は、ここを去るだろう。
でもそれでも、
きっと俺は、ここで過ごした日々を一生忘れない。
静かに、夕闇が部屋を包み始めていた。
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〜雑談〜
僕は最近、「三日間の幸福」と「また、同じ夢を見ていた」という素晴らしい2冊の小説を読みました。
これまで、ラノベは読んだことあったけれど、文庫本に手をかけて小説と向き合ったのは初めてだったかもしれません。
ラノベ作者はとても素晴らしいです。
とても濃く、感動的な物語を、冊数にして十数巻ほど刊行している方もいるくらいですから。
でもそれと同じくらい、小説家の方には驚かされました。
たった300ページ。
あの一冊の本の中に、はっきりとした人物像や物語の方向性。この本で伝えたいこと。終盤での伏線回収。
その全てが、あの一冊に収まってるのです。
「また、同じ夢を見ていた」という本にこのような記述がありました。
「小説家ってすばらしわ。だってもう一つの世界を作っているんだもの」
確かそのような文章だったと思います。
本当にその通りだなと思いました。
小説を読んでいる時、今自分の過ごしている世界とは別の世界に入り込める。
僕もそんな小説家になりたいです。
小説を読む頻度が最近増しており、投稿頻度が落ち気味に感じている方もいるかもしれません。
けれど、それはモチベーションが落ちたからでも書くのが嫌いになったわけでもありません。
ですので、ぜひまた読みに来てくれることを楽しみにしています。