14話 剣術試験
まずは1週間ほど投稿期間が空いてしまい申し訳ありません。
投稿頻度は、今後元に戻ります。
剣術試験は、学校側がランダムに選出したペア同士で行われる、一対一の模擬戦形式で実施されることとなっていた。
そして、最も驚かされたのは──この試験においては「生死を問わない」という、異常とも思えるルールが存在しているということだった。
殺すか、あるいは相手が明確な意思で「降参」を表明したときのみ、勝敗が決まる。
まさに──狂気の沙汰。
なぜこんな制度が存在しているのか。なぜそれを試験当日に、こんな土壇場で明かすのか。考えれば考えるほど理解が追いつかない。
もちろん、使用するのは鉄剣ではなく木刀だ。魔力による属性付与こそ可能だが、刃がない分、殺傷能力は抑えられている。
──とはいえ、急所を狙えば一撃で命を奪うこともできるのだろう。
そして、試合の組み合わせもまた謎に包まれていた。だが噂では、筆記試験・精神適性検査・魔術試験──その総合点が近い者同士で組まれるという話だった。
すでに名前を呼ばれた受験生の中には、試合を開始している者たちもいる。
その中には、初級魔術しか使っていないように見える者もいたが、それでも術の質が非常に高い。俺が使う初級魔術とは、同じ術式とは思えないほどの威力差があった。
また、二属性以上を自在に付与して戦う受験生も多く見受けられる。
この時点で、正直に言ってかなりの劣等感を覚えた。
……だが、剣術の試験だ。魔術だけではない。ここが俺の踏ん張りどころだ。
しかし、俺の目で追える剣速の持ち主はごくわずかだった。大半の受験生の動きは目視できず、何度も剣の軌跡を見失う。圧倒的な技量を誇る者たちが、この剣術学校には集まっているのだと痛感した。
「受験番号7番──ミリス・エルフィリア」
隣にいたミリスの名が、アナウンスによって呼び上げられた。
「エルフィリア家……まさか、あの一族の……?」
「どうりで魔術試験で中級魔術を2属性も使ってたわけだ」
「でも、エルフィリア家か……」
そんな囁き声が、観客席のあちこちから漏れ聞こえてくる。
精神適性検査にかかった時間は公開されていないが、筆記試験の手応えや、魔術試験での圧倒的な成果からしても──彼女が高得点を収めたのは疑いようがない。
そして、それに見合う実力者が対戦相手に選ばれるのだろう。
「受験番号96番──カイ・クロウレイン」
次に呼ばれたその名前に、会場が一気にざわついた。
ミリスが以前、俺に語ってくれた「剣の御三家」。
──紅牙の一族・エルフィリア家
──蒼炎の一族・ラズヴェリア家
──影刃の一族・クロウレイン家
そのうちのふたつが、今この場でぶつかり合う。
紫がかった髪、鋭く冷たい目をした男──それが、カイ・クロウレインだった。
「まさか、こんなところで魔族と戦うことになるとはな……この場で、一族の仇を取らせてもらうぜ」
「……なによ。私が何したっていうの? なんで魔族魔族って、ずっと決めつけられなきゃいけないのよ!」
「黙れよ、この御三家の恥晒しが……ここで殺してやるよ」
魔族──? 一族の仇──?
断片的な言葉に、俺の中で疑問が渦を巻く。しかし、ただ一つだけ確かなことがある。
──この二人の間には、決して埋められない因縁が存在している。
そしてカイの「殺す」という言葉。
その瞳は冷徹で、感情など一切ない。まるで森で遭遇したゴブリンのような、殺意しか宿していない目だった。
そして無慈悲にも、試合開始のゴングが鳴り響いた──
ミリスの適性属性は、水、氷、雷。
カイは火、風、雷──属性の構成が似ていながらも対照的な組み合わせだった。
互いの攻撃に対して有効な属性を後出しで付与し、常に先を読むようにして展開される剣術と魔術の複合戦。
剣に纏う属性は目まぐるしく変化し、剣先からは鋭い斬撃、雷の閃光、水しぶきが絶え間なく飛び交い、闘技場はまるで戦場さながらの緊張感に包まれていた。
──レベルが違う。
ミリスは現時点でC級冒険者、そしてカイもまたそれに匹敵する実力を持つ者だ。
剣術学校の入学試験という舞台で、すでにここまでの戦いが繰り広げられていること自体が奇跡に近い。
剣速は完全に目では追えず、交差する剣の金属音だけが、ふたつの魂のぶつかり合いを物語っていた。
数分に渡って続いた互角の攻防──だが、その均衡が崩れる瞬間は突然やってきた。
ミリスが詠唱したのは、水牢球。
球状の水の塊をカイの頭上に出現させ、直後に破裂させた。
直接の命中はしていない。そして、カイが避けたようにも見えなかった。
だが──水のしぶきは、カイの辺り一体を濡らしていた。
そしてその水たまりが生まれた瞬間、ミリスは間髪入れずに次の詠唱へと移る。
「中級雷術──雷蔦縛!」
雷の蔦がカイの身体に絡みつき、放電が濡れた全身を走った。
雷の麻痺効果に加え、濡れた体表に広がる感電──その瞬間、カイの動きが止まった。
──見事な連携だった。
属性の特性を組み合わせた戦略。
ヴェリオスが見せた複属性術式のような派手さはないが、シンプルだからこそ効果的な応用だ。
「降参しなさい。もうあなたに勝ち目はないわ」
「……嫌だね。魔族に屈して降参するくらいなら、俺は死んだ方がマシだ」
「……っ。私はもう、人殺しにはなりたくないのよ」
「“もう”、か。やっぱりあの学舎のパーティー壊滅事故はお前が──ふん、兄貴の名にも泥を塗ったらしいな。とことん御三家の面汚しだな」
「……そうかもね。でももう、乗り越えたの」
ミリスの声は震えていたが、瞳には確かな覚悟が宿っていた。
「誰かに許されたわけじゃない。私が自分を許したわけでもない。けど──私はこの罪を、一生背負って生きていく覚悟を決めた」
「じゃあ俺を殺せるのか? 今ここで、俺の命を奪って、さらにその罪を背負って生きていく覚悟があるってのかよ?」
「言ったでしょ。私はもう、人を殺さない。あなたが降参しないならいいわ。私が降参する」
その瞬間、試合が終わった。
「勝者──カイ・クロウレイン!」
けれども、アナウンスが響いても、場内は水を打ったような静寂に包まれていた。
誰の目にも明らかだった。
ミリスが勝っていた。だが、彼女は勝ちを捨てた。
それを最も理解していたのは、当のカイ自身だった。
「……くそっ……恥をかかせやがって……絶対に殺してやる……!」
唇を噛みしめ、小さく呟く彼の表情には、怒りと屈辱が滲んでいた。
───
試合後、ミリスが俺の元へと戻ってきた。
「レイ、聞いてた……?」
「うん。魔族……人殺し……兄貴に泥を塗った……ってあたりまで」
「やっぱり聞こえてたか……この試験が終わったら、ちゃんと話す。だから、今は剣術試験に集中して」
「……わかった」
ミリスの表情は、沈んでいたが、どこか吹っ切れたような色をしていた。
だからこそ俺は、それ以上何も言えなかった。
そして、ついに俺の名前が呼ばれる。
「受験番号38番──レイ」
「受験番号59番──ギル・アストリア」
俺は、目の前に立つ相手を見て──言葉を失った。
魔術試験で、上級魔術を放ち、試験会場の空気を一変させたあの赤髪の男。
兄貴を思い出させるような鋭い眼差しに、圧倒的な存在感。
まさか──こいつと俺の成績が現段階で近いとでも言うのか?
精神適性検査では40分もかかり、魔術の試験では威力が最低クラスの初級魔術のみ。
今の俺は相当スコアが低いに違いない。
明らかに、実力の差は歴然だ。
「……お前、命は惜しいか?」
ギルの問いは、唐突だった。
「え……? あ、ああ……そりゃ、惜しいに決まってるだろ……」
「なら、今すぐ降参しろ。……死にたくなければな」
「それは……ごめんだ。俺にも、強くならなきゃいけない理由があるんだ」
「……そうか。なら、ここが貴様の墓場だ」
ゴングが鳴り響いた。
その瞬間、俺は構えていた。
ギルは、構える様子もなく静かに歩いていた。だが──
(……っ、死ぬっ!!)
それは、理屈ではなく直感。
いや、体が本能的に発した生存警報だった。
一歩、後ろに跳ねた。
直後、目の前にいたはずのギルが──視界のすぐ前にいた。
ギルの木刀の剣先が、防具を擦る音とともに、俺の胸元を軽く裂いた。
それだけで、防具が砕け、俺は背筋が凍るのを感じた。
目で追えない速度。
剣速。威力。間合いの詰め方。すべてが化け物だ。
──属性付与など使うまでもない。
ギルからすれば、俺はただの雑魚。木刀で十分すぎる相手だった。
観客席にも動揺が広がる。
その動きを視認できたのは、おそらく数人程度だろう。
それほどに速かった。
──けれど、それは始まりに過ぎなかった。
ギルはすでに俺の背後に回り込み、背中に向けて木刀を振り下ろした。
ゴギィッッ!!
背骨に重く鈍い衝撃。
腰の骨が折れ、俺は吐血しながら地面に崩れ落ちる。
──1ヶ月の特訓。
──精神世界で耐え抜いた40分。
その努力が、たった2発で無に帰された。
圧倒的なまでに、力が足りない。
「その程度で、何が守りたいだよ」
ギルは俺を見下ろして、吐き捨てるように言った。
俺は何も言い返せなかった。
「降参するなら命は助けてやる。今なら、な」
──違う、ここで折れたら、何もかも終わりだ。
俺にとって、剣術で挽回するしか道はない。
合格を勝ち取るには、この試験に賭けるしかないんだ。
「……まだ、終われない……」
腰の激痛に呻きながら、俺は木刀を握る。
足も、立たない。だけど、立つ必要なんてない。
倒れたまま、振り回す。
「……何だよそれは。死に急ぎたいのか?」
ギルは、冷たい目で俺を見下ろした。
そして──本当に殺すつもりはないまでも、徹底的に痛めつける。
足。腕。指。
身体中の関節という関節を逆に折り曲げ、骨を折り続けていく。
ボキッ……ゴキッ……
「ッあああああああぁぁッ!!」
激痛が脳を突き抜ける。
「やめて……! お願い、やめてえぇぇ!!」
ミリスの叫びも虚しく、ギルの蹂躙は止まらない。
俺の身体は、まともな部分がもうない。
「最後は……首だなぁ?」
冗談めかしてギルが笑った。
──首を折れば、本当に死ぬ。
けれど俺は、思い出していた。
精神適性検査で、何度も殺された自分。
あの地獄に比べれば、これは“まだ”現実だ。
ギルが迫る。
「命乞いでもしてみろよ。人を守るとか、二度と言うな。弱い奴は、殺される」
「強い奴だけが、人を守れる」
ギルの目は本気だった。
でも、それを俺は、知っていた。
いや、誰よりも分かっていた。
だから、俺は笑った。
「何、笑ってんだよ……ッ!」
ギルが怒りに任せて俺を蹴り上げる。
だが俺は、ただ真っ直ぐに言った。
「俺だって……負けるわけにはいかないんだ。守りたい人がいるから、強くなりたいだけなんだよ……!」
「今はまだ弱い。でも、誓ったんだ。絶対に守るって」
──その言葉に、ギルは黙った。
俯き、唇を噛み締め、……そして、涙を流した。
「……なんだよ、それ……降参だ。俺の負けだよ」
そう言って、ギルは背を向けながら、手をひらひらと振った。
「お前こそ、必ず守ってやれよ。……約束だぞ、レイ」
ポーションがすぐに運ばれ、俺の体は回復していく。
「レイ!!」
駆け寄ってきたミリスが、俺に抱きついた。
涙を流しながら、何度も俺の名前を呼ぶ。
精神世界でミリスと再会するたびに泣き叫んでいた俺を思い出してしまうほどに、立場が逆転しただけの既視感のある光景だった。
「にしても、レイ。あのギルって男…とんでもない強さだね」
「やっぱりそうだよね…?明らかに他の受験者とレベルが違うっていうか…」
「うん。私ですら完璧に剣を見切れなかった。冒険者の階級で言ったら、おそらくB級あたりかも…」
あまりの衝撃に俺は頭を抱えてしまった。
B級相当の実力者相手にただ寝転びながら剣を振り回していた俺はどれだけ滑稽に見えたのだろうか…
──いや、今はそれでもいいんだ。
あの未来を変えられるなら、どれだけ恥をかいたって関係ない。
今の俺には、そう思えた。
───
その後も模擬戦は続いた。
中には、ミリスほどはいかなくとも高い剣技を持った受験者もいれば、俺でも勝てそうだと思える者まで、様々だった。
そして、全試合が終わると──試験官が一言、告げた。
「剣術学校の合否は、三日後に手紙で通知する。受験生は、速やかに退場するように」
こうして、俺たちは試験を終えた。
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