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終焉の塔  作者: 空白ノ音
1章 〜入学試験編〜
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13話 魔術試験

ようやく、全ての受験生に対して精神適性検査が終わった。


ミリスと俺は受験番号が早かったこともあって、試験の終わりを待つ間、校舎の別室にて二時間ほど静かに待機していた。


そしてここから、いよいよ魔術と剣術、それぞれの実技試験が始まる。


俺たちは校舎を出て、城壁南部を大きく占める場所に位置する、剣士隊の模擬戦にも使われるという巨大な闘技場へと向かっていた。


試験開始前には確かに三百人ほどの受験生がいたはずだったが、闘技場へと集められた人数はその半数ほどになっていた。


後から聞いた話によれば、すでに精神適性検査の段階で約半数が不合格となっており、しかもその中の一割程度は精神的ショックによって昏睡状態に陥ってしまったのだという。


俺自身、突然見せられた“未来”の中で味わったあの地獄のような体験によって、メンタルは大きく消耗していた。だが、二時間という休憩時間が与えられたことで、なんとか体の震えもおさまり、徐々にだが冷静さを取り戻しつつあった。


──確かに思う。筆記試験の前にあんな過酷な試験を受けさせれば、当然、精神状態の違いによって筆記の成績に大きな差が出てしまうだろう。


けれど精神適性検査を最後にしてしまえば、いわゆる“足切り”ができなくなってしまう。試験官や学校側としては、早い段階でふるいにかける必要があるというわけだ。


そう考えると、第二試験に精神適性検査が配置されているのはこれが理由なのだろう。


だが──その時の俺はそんな理屈よりも、あることが気になっていた。


ミリスの様子が、明らかにおかしかった。


別室での待機中は、互いに会話を交わすような空気でもなかったため特に言葉を交わすこともなかったが、こうして闘技場へと向かって歩いている最中も、彼女はどこか上の空で、普段のような朗らかさがまったく見られなかった。


気になった俺は、声をかけることにした。


「おつかれ。……とりあえず、二人とも精神適性検査を突破できて良かったね」


それは、紛れもなく俺の本音だった。


ミリスは俺の声にビクッとわずかに肩を震わせて振り返り、そして──ぎこちなくではあるが、微笑みを浮かべて言った。


「そ、そうだね。……うん、頑張ろう。魔術も剣術も、私たちならきっと大丈夫だよ」


その言葉に、俺も小さく頷いて応えた。


そして、魔術試験が開始された。


試験官が前に出て説明を始める。


「これより魔術の試験を開始する。使用可能な属性の初級魔術を、正面に設置された的に向かって放ってもらう」


目線をやると、そこには赤と白の円が重なる──いわゆるアーチェリーの的のようなものが、大小さまざまに設置されていた。


聞けば、これは術者の“操作練度”を測る試験なのだという。


最初の的はかなり大きく、順を追うごとにサイズが小さくなる。そして6番以降の的は、実際に動き出すという段階構成になっていた。単純な照準だけでなく、的の動きに合わせて魔術を操れるか──そこまでが試されるわけだ。


ミリスは、弾自体が大きければ当たりやすいと考え、水属性の水弾槍(アクアショット)を選択したようだった。


俺の場合、発動が不安定な火と氷は論外。残された選択肢は水・雷・風の三属性だった。


確かに、ミリスの言う通り、攻撃の弾が大きければ的に当たりやすいというのは理にかなっている。


雷属性の雷槍突(スパークランサー)は刺突型で貫通力に優れるが、攻撃範囲は狭く、命中精度に自信のない俺にとっては扱いが難しい。


一方、水属性は──攻撃範囲は広いものの、適正値が1である俺にとって他の属性に比べて威力に難がある。


まあ、そんな理屈をこねても結局は一択だった。


──風。


初めてこの異世界で発動した属性魔術であり、俺にとって最も親しみ深い魔術。


《初級風術》風刃斬(ウィンドエッジ)は、縦に長く伸びた鋭い斬撃が飛ぶタイプの魔術で、攻撃範囲・命中精度ともに申し分ない。思い出補正もあるが、俺にとって最も扱いやすい魔術だ。


受験番号の関係で、先に試験を行うのはミリスだった。


試験の構成はこうだ。


的は全部で10枚。1〜5番まではサイズの違い。6〜10番までは同じサイズだが、的が移動し始める。


距離は、術者から的まで70メートルほど。


1番から3番までは難なく命中させたミリスだったが、4番の的から急激に難易度が上がる。


マンホールの蓋ほどのサイズの的は、遠目には視認するのもやっとだ。


しかし、ミリスは集中して水弾槍を放ち、ギリギリのラインで的に命中させてみせた。


5番の的はもはやCDのようなサイズ。目を細めてようやく見えるかどうかというレベルだ。


その5番は惜しくも命中ならず。続く6番からの動く的への挑戦へと進む。


移動する的は最初はゆっくりと等速で横移動するものだったが、徐々にスピードに緩急がつき、さらには動きも不規則になっていく。


ミリスは魔力操作を巧みに操り、的の動きに合わせながら空中で水弾槍の軌道を逸らすことで、なんと9番までを命中させてみせた。


しかし10番だけは、流石に魔力の追尾が間に合わず、惜しくも外れてしまう。


結果──10枚中8枚命中。


おそらく、相当なハイスコアだ。

周りの驚いた受験生たちの反応を見ればそれは明らかだった。


(ミリスでも5番と10番は厳しいのか……)


俺は、これから自分が臨む試験に対して、改めて不安を覚えていた。


それも当然だ。この世界の若者たちは皆、幼い頃から剣術学校への入学を目指して訓練を積んできた。


俺だってこの一ヶ月、必死に勉強と訓練に励んできたつもりだ。


けれど──経験が圧倒的に足りない。


いや、それだけじゃない。


“才能”が、足りていないのだ。


精神世界で見せられた“未来”によって、俺は知ってしまった。


塔の中にいた剣術学校の生徒たち──その全員が、俺の想像を遥かに超える強さを持っていた。


C級魔物を単独で討伐し、初級魔術どころか中級魔術を当たり前のように使いこなす。


俺の限界は──もう決まっている。


全属性初級魔術まで。


ただ、それでも俺は前に進むしかなかった。


「よし!やってやる!」


自分に気合を入れて、試験官に促されるまま、術者用に地面へと引かれた白線の前へと立つ。


目の前、遥か70メートル先に設置された10枚の的。1番の的は他と比べてかなり大きいはずなのに、今の俺の目にはそれさえ小さく感じられた。


まずは1番。


俺は右手に魔力を集中させ、深く息を吸う。


《初級風術》──「風刃斬!」


鋭い風の斬撃が一直線に前方へと放たれた。


勢いよく飛んでいった……はずだったのだが──


半分ほど進んだ地点から、徐々に軌道が落ち始め、速度も弱まっていく。


最終的には、なんとか最下部にかすめるように当たり、判定ギリギリでの“合格”。


改めて言っておこう。


これは──ただの1番目の的だ。


ミリスは、魔術の速度も威力も一切落とすことなく、10枚のうち8枚に命中させた。それがいかに異次元の実力であったか、今ようやく思い知らされる。


庭での魔術訓練では、せいぜい10〜20メートル先の岩を目標にしていた。


けれど、試験の距離は50メートル。単純な距離ではなく、魔術の精度・維持力・威力すべてが求められる。


このままでは2番も外す──直感的にそう悟った俺は、恥を捨てて発想を変える。


風刃を弓のように高く放ち、放物線を描いて的に落とす──まるで投石器のような、奇妙な撃ち方だ。


俺の魔力では、直線での命中は望めない。


だったら、落下地点を予測して撃つしかない。


不格好であっても、当たればいい。


風刃は山なりの軌道を描いて、なんとか2番の的の上部を掠めるようにして命中した。


──なんとか2番も合格。


けれど、3番の的で失敗する。


放物線の角度をつけすぎてしまい、風刃は途中で失速。的に届く前に地面へと落ちてしまった。


「おいおい、あいつ適正値いくつだよ……」


「ははっ、なにあの撃ち方?角度やばすぎるだろw」


「え、ってか外してるし……」


無慈悲な野次が、背後から容赦なく突き刺さる。


(……これ、大丈夫か?もし受かっても、いじめられたりしないよな……?)


正直、不安だった。


日本での学校生活では、俺はうまく溶け込めていた。目立ちすぎず、埋もれすぎず、平均的な“空気を読める”存在でいたから。


けれど、この世界では違う。

間違いなく平均よりも遥か下だ。


結果、6番から10番までは1発も当たらず。


それも当然だ。止まっている3番の的にすら当てられなかったのだ。動く的に当てられるわけがない。


最終的なスコアは──10枚中2枚。


俺の前後で試験を受けていた他の受験者たちは、だいたい4〜6枚を命中させていた。俺の2枚という成績は、その中でも最低レベル。


正直、精神的にもかなりキていた。


だが、試験はまだ終わらない。


ここからは、的に当てる精度ではなく、“威力と応用”を試される実践型魔術試験だ。


すぐ近くに設置された巨大な魔物用の檻には、E級からC級までの魔物が魔道具で拘束されて収容されていた。


試験官が淡々と告げる。


「自分の使える属性魔術の中で、最大威力のものを放て。対象はこの中から1体を選べ」


ミリスが選んだのは、C級魔物のガーゴイル。


彼女にとっては、単騎戦であれば勝利をおさめることができるであろう相手。


彼女は、静かに呪文を唱えた。


《中級水術》──「水牢球(ウォータージェイル)


術式が発動し、空中に浮かんだ水球が一気に肥大化する。次の瞬間、ガーゴイルの身体全体を包み込み、水の中に完全に閉じ込めた。


そのまま、水球が内側へと収束し、圧力を高め──


パァァァン!!


鈍い破裂音と共に水球が爆ぜ、ガーゴイルの身体は見るも無惨に砕け散った。


肉片の代わりに、魔石が地面へと転がる。


衝撃だった。


いつも訓練で見せてくれる初級魔術とは比べものにならないほどの威力。


攻撃としての威力もさることながら、捕縛、溺死、拘束──あらゆる可能性を備えた万能の魔術。


ミリスの練度は、まさに“別格”だった。


ミリスの試験に対して、試験官だけでなく、周囲の受験者たちも驚きを隠せないようだった。


「おい……あの子、中級魔術使ったぞ……」


「しかも失敗の気配ゼロ。練度が高すぎる……」


この剣術学校では、入学時点で中級魔術を使える時点で“エリート”扱いされる。それもそのはず、中級魔術は本来D級冒険者に昇格して初めて扱えるレベルであり、上級魔術に至っては卒業時点でも習得できればいい方という難易度だ。


氷属性では、適性値2というアドバンテージもあって、E級魔物のゴブリンを氷針弾(フロストニードル)で正確に貫き、討伐。


雷属性では《中級雷術》雷蔦縛(サンダーヴァイン)という地を這う雷の蔦でC級のガーゴイルを麻痺させ、拘束、そして収束による撃破。


ミリスはすでに、2属性の中級魔術を“実用レベル”で操っていた。


完全に、試験会場の空気を支配していた。


しかし──その次。


会場が一瞬にして凍りついた。


「おい……なんだ今の音……?」


まるで爆発のような轟音と、熱気が辺り一帯に吹き荒れる。


視界の向こう。煙の晴れたその先に立っていたのは、赤と黒が混ざった荒々しい髪を持ち、筋肉質な体をした1人の男だった。


その目は鋭く、猛獣のような“殺意”を帯びている。

ヴェリオスと同種の男だ──そう直感する。


「まさか……あれ、上級魔術じゃねぇか……!?」


「間違いない、《上級火術》焔獄(イグナイトインフ)(ェルノ)だ……!」


その魔術は、上級魔術に分類される火属性魔術。卒業時点でようやく扱える学生が出るかどうか──それほど高難易度な魔術だった。


試験官も一瞬表情を硬くしたが、すぐに平静を取り戻して声をかける。


「これが……火属性。素晴らしい出来ですね。続けて他の属性も──」


「ねぇよ」


「……え?」


「火しかねぇって言ってんだよ。俺の適性は火だけだ」


「──まさか。適性値は?」


「10だ」


「……()()……!?」


試験官の顔が驚愕に染まる。


純性──特定の属性にのみ特化し、適性値10という最大値を持つ者。


まさしく、彼は火属性の“天才”だった。


周囲の受験者たちも、驚愕と羨望を超えた“畏怖”のような視線を彼に向ける。


──まるでモンスターを見るかのように。


そして、そんな空気が一通り静まった頃──


次は俺の番だった。


気分は最悪だった。


すでに的の試験では散々な結果を残し、周囲の嘲笑も浴びた。


けれど、それでも俺には──“他とは違う唯一の強み”がある。


「よし、行くぞ……!」


試験官の指示に従い、俺はゆっくりと前へ進み出る。

使える初級魔術で撃破を狙えるのは当然E級の魔物だけのため、ゴブリンを選んだ。


最初に試したのは火属性。


《初級火術》火翔矢(ファイヤーアロー)


放たれた炎の矢は、魔物の腹部に命中したものの──威力が足りなかった。


倒しきれず、魔物が暴れかける。


試験官が即座に魔道具で拘束を強化し、場を収めた。


次は氷。


《上級氷術》氷針弾。


狙いを正確に定めて放ったはずが、今度は命中したが貫通力が足りず、またしても討伐失敗。


──俺の魔術は、やはり弱い。

完全に扱いきれていない適正値1の初級魔術ではE級すらまともに倒しきれなかった。


けれど──ここからだ。


水、雷、風。


《初級水術》水弾槍


《初級雷術》雷槍突


3つ目、4つ目と各属性の魔術を発動していく。

水術と雷術ではゴブリンの討伐をすることができた。


「……あれ、あいつもう4つ目の属性だよな?」


「てか、あいつ的の試験の時に使ってた魔術、まだ使ってなくねえか?」


「まさか─。全属性か?そんなはずは──」


そんな囁きが、徐々に広がっていく。


そして最後の1発。


《初級風術》風刃斬で、ゴブリンを的確に切り裂き、撃破。


──俺の“唯一の才能”が、とうとう試験会場全体へと認識される。


《全属性適性》


どの属性にも適性を持つ、極めて稀有な存在。


決して派手ではない。威力も、練度も他と比べて劣っている。


けれど──誰にも真似できない“幅”。


唯一の武器が、ようやく人の目に映った。


そうしてひとまずミリスと俺はお互いの試験も終わり、またしても次の剣術の試験までしばらく時間ができたため話していた。


会場の雰囲気は、先ほどとは打って変わって穏やかだった。あの赤髪の男のような“化け物”も、もう現れなかった。


「本当にミリスはすごいよ。やっぱり、今回実際に同じ試験を受けて。そして周りの受験者の実力も把握して。ミリスのすごさを改めて実感したっていうか…!」


俺は、これまで努力し続けたミリスが報われる形となってホッと安心した気持ちと単純に1冒険者として彼女に尊敬の念を抱いていた。


「……。ありがとう…。

レイこそ、流石に全属性適正には他の受験生たちもびっくりしてたね?」


ミリスはほんのり頬を染めて、小さく笑った。


「ねえ、レイ。……私、入学試験が終わったら、あなたに“伝えたいこと”があるの」


!?!?


俺の脳内は、突如真っ白になった。


まさか──これは、あれか? 告白……とか?


俺とミリスだって年頃の男女だ。

正直、恋愛にだって興味がある年ではある。

けれど、1ヶ月を共に過ごした感じとしては、俺にとってミリスは好きな人というよりは完全に頼りになる妹みたいな存在だ。


試験の緊張とは違う意味で動揺しながら、俺は顔を赤らめた。


「う、うん。……試験が終わったら、ちゃんと聞くよ」


たどたどしくそう返すと、ミリスは小さく笑って、目を伏せた。


こうして、魔術の試験は終了した。


──最後は剣術試験。

俺にとって1番努力してきた分野だ。

魔術は確かに才能がなかった。

初級しか使えないし、その初級すら威力や精度に難があるほどに…

けれど剣術は違う。その人の身体能力や努力量も大きな要素となってくる。


そうして──最後の剣術試験が始まるのだった。

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