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終焉の塔  作者: 空白ノ音
1章 〜入学試験編〜
13/16

12話 ミリスの秘密

私はミリス。剣術学校への試験が1ヶ月に差し迫っていた頃、リズナの森でたまたま出会ったレイという男子と剣術学校を受けることになった。


そして今からちょうど精神適性検査が始まる。

案内された部屋には何人かの受験者がすでに横たわっていて、赤い布がかけられた椅子に座るように促された。


「それでは、自分の弱さと向き合ってください」

「試練が終わったら近くの試験官に報告するように」


魂霊飛行(アストラルドライブ)


試験官がそう言葉を紡いだ。


やっぱり、自分の弱さと向き合うのがこの精神適正検査なのか。聞いていた通りでひとまず安心した。


そして視界が暗転する。


──やがて光が差し込み、そして闇が静かに降りていく。


気がつけば、ミリスは一人、冷たい石造りの廊下に立っていた。淡く靄がかかったその場所は、どこか懐かしくもあり、息苦しさを伴って胸を締めつける。


「……ここは……」


王立学舎。


かつて、七歳から十二歳まで通った教育施設。貴族も平民も、身分関係なく学び合う、建前だけは平等な学び舎。


けれど、ミリスにとっては違った。


彼女の記憶に刻まれていたのは、毎日のように投げかけられた罵声と、何度倒れても終わらない嘲笑だった。


「おい魔族!また一人で弁当食ってんのかよ!」


「なあなあ、昨日また誰か殺したんだろ?魔族の娘さんよ!」


「人殺し!こっちくんなよ、穢れる!」


教室では机を引っくり返され、食堂では食器を捨てられ、廊下ではすれ違いざまに肩を突き飛ばされた。


反抗することもできない。理由も知らされない。

ただただ、「エルフィリア家の娘」だというだけで。


彼女はただ、それに耐えていた。


いや──耐えるしか、なかった。


心ない言葉、陰湿な嫌がらせ、それに耐える毎日。息をひそめて生きるような六年間。けれど、そのなかで、たった一人だけ──ただ一人だけ、ミリスに優しくしてくれた同い年の女の子がいた。


名をリリィという。


正義感が強く、気が強いくせにどこか抜けていて、でも、その分誰よりもまっすぐだった。毎日泣きそうなミリスのそばに寄り添い、「大丈夫だよ」と手を握ってくれた、たった一人の“友達”。


──なのに。


十二歳の卒業を間近に控えたある日、同じ学舎に通っていた剣士隊志望の少年たちが言い出した。


「E塔に挑戦しようぜ。俺たちならいける!」


当然、ギルドや親たちは反対した。実践経験のないE級冒険者だけでいきなり塔に入るなど無謀にもほどがある。


けれど、少年たちは強引だった。

 

「お前、D級なんだろ? だったら付き添いでいけるじゃん。なあ、頼むよ〜」


「お前がしっかり護衛しろよ」


「いざとなったら、魔族の力使えよ?w」


「仲間が死んだら、全部お前のせいだからな」


当時のミリスは、年齢こそ十二だったが、既にD級冒険者だった。学内でも飛び抜けた実力を持っていたため、彼女の力を当てにされたのだ。


無理やりギルドの手続きも済まされ、気づけばミリスは塔へ向かう馬車に揺られていた。


「ミリス、大丈夫だよ。私がいるから」


そう言って、ミリスの手を取ってくれた女の子がいた。

唯一の“味方”だった。

正義感が強くて、優しくて、ミリスをいつも守ってくれていた存在。

そんな彼女が、今回も私のために同行してくれた。


──けれど、E塔はそんなに甘くない。


初めて踏み込んだその階層には、スケルトン、スライム、ゴブリン。

数で襲われれば、大人の冒険者ですらも危険に陥る。ましてや、実戦経験の乏しい子供など一瞬で命を落とすほどの危険領域だ。


そして案の定、パーティーは壊滅した。


悲鳴が響く。血が飛び散る。ひとり、またひとり──

いじめっ子たちが、無残に命を落としていく。


ミリスは、それをただ、見ていた。


助けようともしなかった。


泣き叫び、命乞いをするいじめっ子たちが次々と魔物に食い荒らされていく。

それを見て、何も感じなかった。

──いや、むしろ、胸が高鳴っていた。

ようやく自分の中に“正義”が通った気さえした。


そうだ。これでいい。これで、帳尻が合う。

こいつらは死ぬべき人間なんだ。

これまで私をいじめてきた"罰"なんだ。

ミリスは本気でそう思った。


──だが、リリィが言った。


「ミリス、何してるの! なんで助けないの! これじゃあ……これじゃあ、殺したのと同じだよ!」


それは、ミリスの心を唯一救い続けてくれた少女の、最初で最後の叱責だった。


だがその言葉が、ミリスの中にあった何かを──ズタズタに裂いた。


どうして……どうして……

あなたまで、そんなことを言うの?

私が今まで6年間もいじめられ続けていたところを見て…

普段の学校生活でどれだけ悲しい思いをしていたかを1番理解してくれていたと思ってたのに。

どうして?私の味方じゃなかったの?


この世界のどこに、私の“味方”がいた?


──誰もいなかった。

優しさも信頼も、結局は口先だけ。

だったら、信じる価値などなかったと──本気でそう思った。


信じていた。ずっと一緒にいてくれた。だけど、彼女もまた、自分を責めるのだと悟った瞬間、脳裏に浮かんだのは、これから先の未来だった。


正義感の強い彼女はきっと、この塔の出来事をありのまま話すのだろう。

助けられたのに助けなかった──人殺し。

きっとミリスのことをそう報告するに違いない。


──塔を出たその日から、また“人殺し”だと叫ばれる毎日が戻ってくる。


私がこの後剣術学校に合格しても、同じように虐められる3年間の学校生活が容易に想像できてしまった。


気づけばミリスは剣を抜き、少女の胸元へと突き立てていた。


感触を、覚えていない。


けれど、気づけば血塗れの剣と、動かない友の身体がそこにあった。


ミリスは──リリィを殺した。


自分の手で。


人殺し。ずっと言われ続けてきたその言葉を、今、現実にしてしまった。


───


ミリスは塔から1人で出て、ギルドに報告へと向かった。

当然、ギルドは騒然となった。

D級の1人を除いて12歳の少年少女が全滅したのだから当然だ。


いや、正確には違う。ミリスたちが塔に入った後、1人の人物がそのパーティーとは別で同じ塔に入った記録がギルドには残っていた。

家柄を理由に初めはひどい噂が立っていたものの、誰よりも先頭に立ち、危険な任務を引き受け、仲間をかばい、弱き者を助ける。が──口調や素行は荒い人物。


そしてやがては──


「あのエルフィリア家の男にしては、まともだ」

「いや、むしろあいつが一番信用できる」

「腕も確かだし、隊の連中にも信用されてるみたいだな」


若くしてB級冒険者という圧倒的な実力に、整った容姿。かつての悪評は、少しずつではあるが払拭されつつある。


──それがヴェリオスという男だった。


「全部、俺がやった。アイツらがミリスをいじめてたのを知ってたからな。俺が全員塔の中で殺してやったよ」


ギルドでそう言い放った彼の姿を、ミリスは今でも覚えている。


その日から、ヴェリオスは街の人々に恐れられ、忌避される存在となった。紅牙隊の“非人道的な剣士”として、冷酷で、仲間を平気で手にかける狂人として──そして、その汚名を、ヴェリオスはただ静かに受け入れていた。


ミリスはそれから、レイと出会った。


最初に出会った森の中。彼は不思議なことを言っていた。


「違う世界から来たんだ」と。


最初は何を言っているのか分からなかった。けれど、彼が日々使っている奇妙な言葉、メモに書かれた見たこともない謎の言語……


薄々気づいていた。

レイは“違う世界”から来た人間だと。


けれど、黙っていた。


だって、都合がよかったから。


彼は、何も知らない。


エルフィリア家のことも。私の過去も。あの罪も。


知らないまま、私の“隣”にいてくれた。

だから、何一つ打ち明けなかった。


精神適性検査の危険も──隠した。


本来、メンタルの弱い者は意識が戻らなくなる。

最悪、廃人として一生を終えるかもしれない。

けれど、それを伝えたらレイはきっと受けなかっただろう。


だから、黙っていた。


“私のために”。


2()5()()()()()()()()のことも。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことも。


全部。


そうやって、私はまた──

隠し続けたまま、“嘘の上に立って生きていた”。


しかし──精神世界は、それを見逃さなかった。


今、すべての罪と向き合う時が来たのだ。


(……私は、ずっと目を逸らしていた)


薄暗い精神世界の中。

どれだけ歩いても、終わらない灰色の廊下。壁には何も映らず、空気は静まり返っている。

誰の声も届かない。どこにも出口はない。


(友達を……殺した私。

それでも、何事もなかったように生きてる私。

レイにも、全部、嘘をついて──)


ひとつずつ、心の奥底に封じ込めてきた“黒い塊”が、胸の内で暴れ出す。


(言い訳なら、いくらでもできる。

私は悪くなかった。

私は追い込まれていた。

私は、ただ、生きたかっただけ──)


そう言い聞かせてきた。

“仕方なかった”と。


けれど──


「違う……違うんだ……!」


声が漏れた。喉が震えていた。


「私は、逃げただけだった……!」


涙が、堰を切ったように溢れ出す。


(あの子は、私にとって、たったひとりの“光”だったのに……

私は、そんな子さえ、手にかけてしまった……)


(殺したあとも……何もなかったように生きて、

兄様に罪を背負わせて……

今だって、何も知らないレイに……私の罪を押しつけてる……)


優しくしてくれた。信じてくれた。

そんな人にさえ、本当のことを打ち明けられない。

嫌われるのが怖かった。

罰を受けるのが怖かった。

“孤独”が、怖かった。


(それなのに私は……)


「全部……自分のためだった……!」


(本当は……話さなきゃいけなかったんだ)


震える指先。

それでも、ミリスは、唇を噛み締めて立ち上がる。


「私には、罪がある。……友達を、殺した。兄様を……レイを……利用してきた……!」


声が震える。足元が崩れそうになる。


「私は、自分の弱さから目を逸らして……“誰かのせい”にして逃げてきた!」


──でも。


「もう、やめる……!」


声に、力がこもった。


「私は、弱い。でも……その弱さごと、全部背負って生きる……!

もう、逃げない……!」


光が、差した。


閉ざされていた空間の向こうに、わずかな陽光が広がる。


そこにはレイがいるような気がした。

無言で、こちらを見つめている。

ただ、静かに。責めるでもなく、拒むでもなく。


(……あの人なら、きっと、話しても──)


“わかってくれる”なんて、都合のいい期待じゃない。


ただ、“話すべきだ”と思えた。


本当のことを。

過去の罪を。

私が背負ってきたもののすべてを。


それを、彼に伝えることは、

“過去の私”を否定しないための、第一歩になる。


──だから。


「レイ……私……あなたに、全部話す。私の罪を、過去を、すべて……!」


叫んだ瞬間、心の檻が崩れ落ちた。


視界が、開ける。


冷たい石床の感触が、肌に戻ってくる。

重い瞼をゆっくりと開くと、まばゆい天井の灯りが映った。


目を開けたとき、ミリスは試験場に戻っていた。

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