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終焉の塔  作者: 空白ノ音
1章 〜入学試験編〜
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10話 入学試験

カーテンの隙間から差し込む陽光が、レイのまぶたを優しく叩いた。

微かにまどろみの残る頭で、彼はゆっくりと目を覚ます。


(……今日が、試験日か)


胸の奥に、静かに灯る緊張。

何度も夢に見た日が、逃げ場のない現実として目の前にある。


木製のベッドから体を起こすと、隣の部屋から控えめなノック音が響いた。


「レイ、起きてる?」


ミリスの声だった。心配げな調子に、レイは小さく頷いたあとで「今行く」と返す。


顔を洗い、動きやすい訓練服に着替える。

帯を締め直す手が、わずかに震えていた。


部屋を出ると、朝の食卓には温かいスープと焼きたてのパンが並べられていた。

キッチンに立つミリスの母が、レイを振り返る。


「おはよう、レイ。朝ごはん、しっかり食べていきなさいね」


「……ありがとうございます」


言葉は短く、それ以上がうまく出てこなかった。

だがその分、心の中には深い感謝があった。


ミリスは先に席に着き、パンをちぎりながらレイを見上げる。


「ねえ、緊張してる?」


「……してないって言ったら嘘になるかな」


「そっか、私も。ふふっ……なんか、変な感じだよね。ずっと準備してたのに、やっぱり怖くなる」


「……ああ」


それでも、こうして一緒にいるだけで救われる気がした。

ミリスと過ごした日々が、不安をほんの少し和らげてくれていた。


「でもね、受かろうね、ふたりとも。絶対に!」


ミリスは笑った。無理にでも前を向こうとするその笑顔に、レイも小さく頷いた。


「……ああ、必ず」


食事を終え、ふたりは準備を整えると、フェリゼア王国南部に位置する巨大な”闘技場”に併設された剣術学校へと歩き出した。

木々の間から差し込む朝日が、街道を金色に染めていた。


「ねぇレイ。筆記試験って、やっぱり難しいかな?」


「得意なんじゃなかったのか?」


「得意だけど……ああいう本番って、緊張するとダメになりそうでさ」


「大丈夫だ。ミリスならきっと平気だろ」


そんな他愛ない会話が、試験前の緊張を少しずつ溶かしていく。


そしてついに、王立剣術学校の校舎が視界に入ってきた。

隣には今日の午後、実技の試験会場となる闘技場がそびえている。


(ここで、俺は……剣士としての一歩を踏み出す)


喉が詰まりそうなほどの緊張。だが、隣には同じ夢を追う仲間がいた。


「行こう、ミリス」


「うん!」


───


校門をくぐると、すでに多くの受験生たちが集まっていた。

皆、整った訓練服に身を包み、互いを牽制するような視線を交わしながら、静かに開始を待っている。


闘技場の隣にある本校舎の教室が、今朝の筆記試験と適性検査の会場だ。


「……人、多いな」


レイのつぶやきに、ミリスが小さく頷いた。


「うん。でも、今さら緊張しても始まらないよね」


「それはそうだけど……強いやつ、いっぱいいそうだ」


「その中に私たちも入ればいいだけでしょ?」


ミリスの笑顔は少し強がっていたが、瞳には確かな意志が宿っていた。

その横顔を見つめながら、レイは心を落ち着けた。


受付を済ませ、指定された教室へ案内される。

木製の机と椅子が整然と並び、壁には王国の紋章が彫られた額縁。

正面の黒板の前には、試験官と思しき中年男性が厳しい眼差しを向けている。


「席は受験番号順に座れ。筆記試験は一時間、時間内にすべて解答せよ」


ミリスとは席が離れた。

互いにちらりと目を交わし、無言のままエールを送り合う。


配布された用紙を開いた瞬間、レイの心臓がひときわ高鳴った。


(……これは、見たことある問題だ)


過去問、塔の知識、魔物の分類、歴史、地理──すべて、繰り返し学んできた内容だ。

それでも、本番の空気は違った。筆が思うように進まず、一問目から手が止まりそうになる。


(落ち着け……深呼吸だ)


ミリスの声が頭の中で響く。

「大丈夫。やるべきことは、全部やってきたじゃん」


静かに息を吸って、吐く。

そして、レイはペンを走らせた。


時間は容赦なく流れていく。

魔物の弱点を問う問題で一瞬詰まったが、記憶の片隅から答えが蘇り、なんとか切り抜けた。


やがて、試験官の声が響いた。


「終了。全員、手を止めろ」


静寂。肩の力が抜け、どっと疲労が押し寄せる。


──筆記試験は終わった。


手応えは、ある。

そもそもレイは日本で9年間も義務教育を受けてきた。成績は中の上程度だったが、覚え、考える訓練は十分に積んできた。

この世界の知識は未知ばかりだったが、基礎的な内容を取りこぼさない力はついていたのだ。


試験後、ミリスと手応えを確かめ合い、ふたりとも好調なスタートが切れたことに安堵する。


次は──精神適性検査。


「これより、精神適性検査を行う。ひとりずつ別室へ案内する。順番が来るまで静かに待機せよ」


試験官の言葉に、教室の空気がさらに張りつめる。


(……“心の迷宮”、か)


その名を、レイは噂でしか知らない。

自分の内面と向き合う幻覚を見る、内容は人によって違う──と様々に囁かれていた。


ミリスの番号が早々に呼ばれ、彼女は「頑張ってくる!」と微笑んで教室を後にした。


不安が膨らんでいく中、とうとうレイの番号が呼ばれる。

冷や汗を流しながら、案内された部屋に入った。


石造りの床と壁、窓のない広間。

真紅の布がかけられた一脚の椅子があり、前には1人の女性が立っていた。

その奥には、すでに50人ほどの受験生が並ぶように倒れている。


一部は目覚めて試験官に何かを報告していた。

そして──ミリスもいた。


ミリスは目を覚ましており、涙を流して呆然としている。


レイは駆け寄ろうとしたが、女性に制止され椅子に座るよう促された。


戸惑うレイに、女性は簡潔に告げた。


「それでは、自分の弱さと向き合ってください」

「試練が終わったら近くの試験官に報告するように」


レイがぽかんとしていると──


女性は静かに言葉を紡ぐ。


魂霊飛行(アストラルドライブ)


一瞬、女性が首を傾げたように見えたが気のせいだろうか──

その声を最後に、レイの意識は深い闇へと沈んだ。

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