第9話 ハードボイルド馬
「テオ、これからどうしよう?」
自分を誘拐しようとした犯罪者共を返り討ちにしたリリベルは、森の中でこてんと首を傾げる。
「第二街までどうやって行けばいいの? 街道をずっと歩いて行けば着くのかしら?」
犯罪に巻き込まれる恐れはなくなったものの、肝心の目的を達することが難しい状況に。
「そうだね。まずは――」
テオがそこまで口にした瞬間、森の奥で異変が起きた。
先ほどまで明るかった部分が急に暗くなったのだ。
その上で、彼女達が向ける目線の先に一つの灯りが灯る。
『コッチダョ……。コッチニァルョ……』
微かに聞こえる人に似た声。
掠れた声で囁く人間が発した言葉のようにも聞こえるが、しっかりとした判断力があれば「あれは人の声じゃない」とも判断できるくらい曖昧だ。
「……とにかく、森を出た方がいいみたい」
テオの言う通り、森の奥には何かがいる。
恐らくは魔獣だろうが、魔獣は魔獣でも人の住処へ積極的に足を運ばないタイプ。森などの場所でジッと獲物を待つタイプの魔獣だ。
そういった類の魔獣は特別な凶悪性を持つモノが多い。
さっさと森から脱出した方が賢明だろう。
「そうね、すぐに出ましょ」
「ブルル!」
テオの言葉に同意するリリベルだったが、彼女が頷いたと同時に馬の鳴き声が聞こえてきた。
商人おじさんの馬車を引いていた黒毛の馬だ。
「俺も連れてけ! こんな場所に残して行くな! だってさ」
犬精霊であるテオは動物と会話が出来るらしく、馬の言葉を代弁してリリベルへ伝えた。
「そうね。残して行ったら可哀想よね」
リリベルは荷台と繋がった馬を解放し、手綱を握って共に森の外へと脱出した。
「ぶるる……」
森の外に出ると、連れられた馬は「助かったぜ……」とばかりに鳴いた。
その鳴き声を聞いたリリベルはぴこーん! と閃いたのか、勢いよくテオへ顔を向けた。
「あれ!? もしかして、この子に乗って行けば街に辿り着くんじゃない!?」
荷台は置いて来てしまったが、機動力となる馬は無事。
馬に鞍も装備されていないが贅沢も言っていられない状況だろう。
「わふん」
「ぶるる、ぶるる」
通訳であるテオが吠えると、馬も会話するように鳴く。
そして、最終的には馬が歯を剥きだしながらニカッと笑った。
「命の恩人だから途中までは乗せてってやる、だって」
「どうして途中までなの?」
「あのクソ人間から解放された今、俺は自由な馬だからって。自由な馬は行き先を決めず、風の吹くままに走るのさ……だって」
随分とハードボイルドな馬と言うべきなのだろうか?
「まぁ、途中まででもいっか。乗せてもらいましょ」
「うん」
リリベルは馬の言うことに承諾すると、彼女はまずテオを背に乗せてから自分も馬の背へよじ登った。
馬の背に乗ったリリベルはお腹の前にテオを置き、手綱を握って「どーぞ」と合図を送った。
「ぶるるん!」
ハードボイルドな馬は「行くぜ、お嬢ちゃん!」と言わんばかりに鳴いたが、走る速度は実に紳士的。
背に乗った少女と犬を落とさないようゆっくりと。歩き以上、走り未満の速度で街道へと戻っていく。
「まったく、都会って本当に怖いわね」
「そうだね。人が多く住む場所に近付けば近づくほど、悪い人の数も増えていくだろうね」
「私みたいな超絶可愛い女の子は注意しなきゃいけないのね。可愛いって本当に罪だわ」
「君が可愛いかどうかは置いといて、今度からは犯罪に巻き込まれないようちゃんと考えて行動しようね」
テオは「安易に他人を信用しない」「特に知らないおじさんには簡単に着いて行かないように」と注意する。
「そうね、不愛想な人が一緒にいたら特に危険かも!」
「それだけで判断するものよくないけどね……」
テオは大きなため息を吐き、馬の背で器用にぐったりと垂れる。
それから二時間ほど街道を進むと、後方から「ガラガラ」という車輪の音が聞こえてきた。
リリベルが振り返ると、どうやら行商人の馬車が追いついてきたようだ。
彼女を乗せた馬は器用にも街道の端へ身を寄せ、後方から来る馬車に道を譲った――のだが。
「…………」
「…………」
リリベルを乗せる馬と馬車を引く馬がすれ違う瞬間、目が合う。
目が合った瞬間、リリベルを乗せる黒毛馬の脳裏に電流が走った。
黒毛馬は一時大人しく馬車を見送ったが、見送った直後に歩みを止めてしまう。
「どうしたの?」
「ぶるる」
「降りてくれって」
急に馬から下馬するよう促されたリリベルは驚いてしまう。
だが、馬は「降りてくれ」と譲らない。
途中までという約束もあって、リリベルは渋々ながら馬から降りた。
しかし、ここまでである理由を知りたいのか、テオに「どうして?」と問うた。
テオがそれを通訳すると、馬は先に行った馬車へ顔を向けながら鳴いた。
「先に行った馬車を引いていた馬、あれは良いメスだ。顔も毛並も綺麗だったし、何より――」
訳している途中でテオは「わふん!」と吠えた。
言葉の続きは「何よりケツの形が最高だった」である。
こんな言葉はリリベルに聞かせられないとお兄ちゃんっぷりを発揮したのだろう。
「とにかく、この子はさっき馬を追いかけるって」
「ふぅん。一目惚れしちゃったのね」
リリベルがそう言って馬の腹を撫でると、馬は「ああ、そうだ」と言わんばかりに頷く。
「分かったわ。恋は止められないものね。一目惚れなら猶更だわ」
リリベルは「分かる、私にも分かるわよ」と何度も頷く。
「……恋愛小説の中でしか知らないのに」
テオは小さな声で呟きながら「へっ」と笑ったが、リリベルには聞こえなかったようだ。
「さぁ、お行き! 恋の道を走るのよ!」
「ヒヒーン!!」
リリベルの叫び声と共に嘶きを上げる馬。
馬はそのまま勢いよく走りだし、それを見送るリリベルは「がんばれ~!」と応援の声を送った。
取り残された一人と一匹は顔を見合わせる。
「相手の馬、商人さんの馬だよね? どうやって付き合う気だろう?」
「商人に身売りするんじゃない?」
リリベルとテオはゆっくりと街道を歩き始めた。
◇ ◇
恋の道を走り出した馬を見送り、街道を歩き始めてから一時間後。
街道の左側には大きな林が見え始めた。
少々不気味な林だ。
恐らく、人間なら誰しもが「早く通り過ぎてしまおう」と感じるほど強烈な気配が漂う。
「……近いよ」
犬精霊であるテオの耳がぴこんと反応し、彼の表情は次第に険しくなっていく。
「え? 何が?」
「もう! 探知魔法くらい使おうよ!」
「面倒臭いじゃない。それにテオが使ってくれるでしょう?」
「僕は探知魔法を使っているわけじゃないでしょ? ただ匂いを察知しているだけだから、リリベルが自分で使わないとダメだよ!」
ぷんすかと怒るテオは言葉を続ける。
「初めて嗅ぐ匂いは判別できないし、悪い人が近くに潜んでいたらどうするのさ! 前みたいに捕まっちゃうじゃないか!」
ヴァレンシアも森の外では常に探知魔法を使いなさい。そう言ってたじゃないか、とテオはガミガミと小言を続ける。
「分かった! 分かったわよぉ」
「いーや、君は分かってないね! いつも口だけなんだから!」
そんなやり取りを続けながら歩いていると、林の中から何かが走る大きな足音が聞こえてきた。
直後、街道の先に黒く大きな影が立ちふさがる。
「わっ!」
飛び出してきた影の正体は以前も遭遇したボーンディアだ。
林から飛び出してきたボーンディアは街道を塞ぐようにリリベルの前へ立ちはだかる。
「あっ、この辺りは魔獣が多く出るって言ってたものね?」
「この林が発生源なのかな?」
リリベルとテオは顔を見合わせて首を傾げる。
二人ともまだまだ余裕を見せているが、立ちふさがるボーンディアが『ヴォロ、ヴォロロロロッ!』と鳴き声を上げた時だった。
リリベルの背後にもう二頭のボーンディアが林から飛び出してきたのだ。
「あら」
「挟まれちゃった」
三頭の魔獣に囲まれたリリベル達だったが、声音はまだまだ余裕。
「とりあえず、燃やしちゃお」
そう言って杖を向けた瞬間だった。
後方から馬の走る音が聞こえてくる。
「今、助けるぞ!!」
そして、馬上で剣を抜いた青年が叫び声を上げたのだった。
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