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第8話 世の中は優しさだけで作られていない


「さぁ、乗って乗って! すぐに出発するよ!」


 商人おじさんはリリベル達に早く荷台へ乗り込むよう、言葉だけじゃなく手も叩いて急かす。


 それにつられてリリベルが荷台へ上がると、幌に覆われた荷台の中には大小含めて荷台の半分を埋めるほどの木箱が積まれていた。


 それに加えて、先客が二人。


「…………」


 一人は革の鎧を着た男。


 無精髭を生やし、目つきが鋭い。


 ムスッとした表情のまま何も言わず、鋭い視線だけをリリベルに向ける。


「やぁ、こんにちは」


 もう一人はメガネを掛けた細身の男だ。


 茶のローブに身を包み、腰のベルトには短いステッキが差さっていた。


 身なりから察するに、彼は魔法使いだろうか?


「こんにちは。貴方達は護衛の人?」


「うん、そうだよ。よろしくね」


 リリベルが問うと、細身の男はニコリと頷きながらメガネの位置を直す。


「こっちのおじさんも?」


 次にリリベルは無精髭の男に顔を向けるが、彼は「フン」と鼻を鳴らすだけで言葉を交わさない。


「ごめんね、愛想が悪くて。こいつも護衛なんだよ。お嬢ちゃん、名前は?」


「私はリリベル。こっちはテオよ」


「よろしく」


 リリベルが自己紹介した後、テオが声を発した。


 すると、魔法使いの男は驚いた表情を見せるが、彼よりも先に声を発したのは意外にも無精髭の男だった。


「その犬、精霊か?」


「ええ、そうよ」


「ふぅん」


 無精髭の男はテオをまじまじと見つめた後、やはり腕を組んで黙り込んでしまった。


「精霊を連れているんて珍しいね。精霊召喚は難しい魔法なのに」


 この世界において、精霊を使役するという行為は珍しいことではない。


 高名な魔法使いは自身のサポート役として精霊を使い魔として召喚することも多いし、別国にある魔法学校では精霊を召喚するための授業も行っているという話だ。


 とは言え、精霊――人とは違う存在な上、現世ではなく精霊界という異界に住む存在を呼ぶ行為は難易度が高い。


 更にはそれを服従させること、あるいはリリベルとテオのような関係性を結ぶのは召喚する行為よりも難しい。


「君、実はすごい魔法使いとか?」


 故に細身の男もリリベルを疑ってかかる。


 これだけ幼い見た目をしながらも、実は中身が大魔法使いレベルなんじゃないか? と。


「私は魔法使いじゃないわ。見習い魔女よ。それにテオは師匠が召喚した精霊なの。私達は小さな頃から家族なだけ」


「はは、そうか。そうか」


 細身の男は笑顔で頷く。


「師匠から譲り受けたんだね?」


「違うわ。家族よ」


 細身の男は「そっか」と再び頷いた。


「出発するぞ!」


 商人おじさんの声が聞こえてくると、リリベル達を乗せた馬車はゆっくりと動き出す。


「師匠はどうしたんだい?」


 馬車が動き出しても尚、細身の男による質問は続く。


「師匠は死んじゃったの」


「……そうか。悲しいね」


「そうね。人が死んでしまうのは悲しいわ」


 しょんぼりと肩を落とすリリベルに対し、細身の男は彼女の肩を撫でる。


「可哀想に」


 彼はそう呟くと、リリベルを慰めるように肩を撫で続けた。


 その後もリリベルと細身の男による雑談は続き、馬車が走り始めてから二時間ほど経過すると――


「あれ?」


 異変に気付いたのはテオだ。


「第二街へ向かうんだよね? 街道から外れているよ?」


 馬車は徐々に街道から外れ、その進路は街道沿いにある森へ向かっていく。


「第二街の方は魔獣が出て危険なんでしょう? 森へ近付いたら危ないんじゃない?」


「…………」


「…………」


 テオはそう指摘するが、護衛である男達は黙ったまま。


 この時点でテオは「何かがおかしい」と思ったのだろう。


 短い脚で立ち上がり、男達を睨みつける。


 睨みつけられた男達がギョロリとした目をテオに向けた瞬間、細身の男はリリベルを後ろから抱きしめるように拘束する。


「さすがは精霊。なかなか賢いじゃないか」


 リリベルを抱きしめる細身の男はニヤリと笑う。


 同時に無精髭の男はナイフを抜き、リリベルの首へ刃を向けた。


「大人しくした方がいい。お前の家族とやらが死んじまうぜ」


 無精髭の男はリリベルを人質にテオを牽制。


 その後、馬車は森へ入って行く。


 森の入口から少し進んだところ、街道から見えなくなる距離までやって来ると馬車は停止した。


「おい、早く縛って箱に詰めちまおう」


 そう言ったのは御者台から移動してきた商人おじさんだ。


 彼は荷台にあった縄を持ってくるとリリベルの手を縛り始めた。


「この杖も高く売れるかな?」


 手を縛った後、リリベルの杖を吟味し始めるが、彼に「いや、それよりも」と口にしたのは無精髭の男。


「杖よりもこの犬だ。ぶっ殺して精霊石を取り出そう」


「精霊? この犬、精霊なのか!」


 テオの正体を知った途端、商人おじさんは歓喜の声を上げる。


「精霊石ってどういうこと?」


 両手を後ろで縛られ、未だ細身の男に抱きしめられるリリベルが問う。


「なんだ、お嬢ちゃん知らないのかい? 精霊ってのは体内に特別な石を持っているんだ。これが綺麗でね、高く売れるんだよ」


 商人おじさんは「お嬢ちゃんだけじゃなく、精霊石まで手に入れられるとは」と舌舐めずり。


「今から取り出すところを見せてあげようか?」


 商人おじさんはテオを指差して「腹を裂けばすぐに取り出せる」とリリベルに笑顔を向けた。


 恐らく、恐怖による支配で抵抗する力を奪おうと考えているのだろう。


「……おじさん達、悪い人なの?」

 

「そうだよ。おじさん達は悪い人なんだ」


 そう答えたのはリリベルを抱きしめる細身の男だった。


 彼は背後からリリベルの髪をすくい、その匂いを堪能するように大きく息を吸う。


「はぁ、我慢できねえ。お前達が精霊をぶっ殺している間、俺はこの子に教育を施しておくからよ」


 細身の男は片手でリリベルの腹部を触り、もう片方の手は肩を撫で続ける。


 顔は完全にいやらしい表情を浮かべ、この後で彼女に何をするのかは簡単に想像できた。


「悪いけど、私はおじさん達の言いなりにはならないわ。それにテオも殺させやしないもの」


「強がるね。そういう子は特に好きだよ」


 細身の男はそう言いながら鼻息を荒くしていく。


 彼らの様子や手際を見る限り、今回が初犯というわけじゃなさそうだ。


「今回は大儲けだな」

 

「ああ、顔の良いガキだけでも結構な額になるのに。精霊石も追加となりゃ、買い手はオークションで探すのが良さそうだ」


 残念ながら、この世界にこういった輩は少なくない。


 どの世界にも、どの時代にも悪党は付きものだ。


「お嬢ちゃん、悪く思わないでくれよ? 変態貴族に飼われる方が魔獣に食われるよりはマシだろう?」


「まぁ、飽きたら殺されるだろうけどな!」


 商人おじさんと無精髭の男は大笑い。


 まさしく、美味しい獲物に笑いが止まらないといった感じ。


「もう一度確認しておくけど、おじさん達は悪い人なのよね?」


「そうさ。でもな、お嬢ちゃんも悪いんだよ? 世の中は良い人ばかりじゃないんだ」


「最近の世の中は魔獣被害で騒いでるけどよ、魔獣よりも人間の方がよっぽど怖いのさ」


 確かに彼らの言い分も一理ある。


 世の中は年々増える魔獣について意見を唱えるが、その傍らで起きる「悪い人間」による被害も増えているのだ。


 権力と金を有した人間達が好き勝手して、哀れな犠牲者を生み出す構図は無くならない。


 そういった連中相手に商売をする、この男達のような連中もいなくならない。


 シンプルに人を襲う魔獣も怖いが、彼らのような悪い大人も恐ろしい。


 ――ただ、彼らは知らない。


 真に恐ろしいのは魔獣でも狡猾な大人でもない。


「テオ、やるね」


「うん」


 真に恐ろしいのは、現代に生きる人間達から逸脱した存在。


 凡人の理解を越え、天才的な魔法使いをも凌駕する存在。


「パイロ」


 魔女だ。


「は? あ、あああああああッ!?」


 彼女が一言呟いただけで、彼女を抱きしめていた細身の男が発火した。


 体内が燃え始め、目や鼻、口などありとあらゆる穴から火が噴き出すのだ。


「は、はぁ!?」


「な、何が!?」


 急に燃え始めた仲間に驚きの声を上げる商人おじさんと無精髭の男だったが、既に縄を燃やして自由を得たリリベルの手が迫る。


「パイロ」


 リリベルはそれぞれの手で二人に触れ、また一言呟く。


「あああああああああッ!!」


「ぎゃあああああああッ!!」


 その瞬間、二人は体内から燃えていく。

 

 細身の男と同じように断末魔を上げ、体内を焦がしながら荷台に転がるのだ。


 彼らもまた口や耳、目や鼻の穴などから火を噴きだすが、その火は彼らの体内だけを燃やす。


 リリベルが器用なのか、それともそういう効果範囲なのか、彼らを燃やす火は決して荷台を焼くことはない。


 荷台に一ミリも焦げ跡を残すことはなかった。


「師匠の言ってた通り、悪い人っているのね」


「そうだね」


 リリベルは杖を拾い上げ、テオと一緒に荷台から降りながら言った。


 魔女ヴァレンシアの教え、その一つには『悪人には容赦をするな。殺すつもりで掛かるべし』というものがある。


 彼女はその教えを守ったのだ。


 魔女という身を守るため、自身の命と家族を守るため。


 世に充満する理不尽を振り払うために。


「ねぇ、テオ。この人達の死は悲しいと思わないわね。師匠が死んじゃった時はあんなに悲しかったのに」


「そりゃそうだよ。彼らは悪人だもん」


 テオの返答を聞きつつも、リリベルは「不思議だわ」と口にする。


「僕達を殺そうとする人達に同情するのもおかしな話でしょう? それにね、君はもっと怒ってもいいと思うけどね」


「うーん、怒りもしないわ。ただ、可哀想だなって思うの」


「まぁ、確かに可哀想かもね」


 テオは呆れるように言って首を振る。


 そして、リリベルは荷台の中に転がる三体の黒焦げ死体に向かって呟いた。


「私、見習い魔女だって言ったじゃない」


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