第7話 続・見習い魔女の伝説的な商売センス
ガナン伯爵領領主街に住む人口は五千人ほどであり、街の規模は第三街の二倍となっている。
領主街にも物流拠点となっている区画が存在しているものの、住宅や商店などに割り当てられた区画にはまだまだ余裕がある状態だ。
これは予め余裕をもって街の規模を設計したおかげであり、年々増え続けている人口から見るに想定した規模は適格だったと言わざるを得ない。
メインストリートとなる道も十分な道幅があるし、道沿いに並ぶ商会の建物も規則正しく並んでいるおかげで見る者全てに「綺麗な街並みだな」と感想を抱かせるだろう。
そして、特に整備されているのは中央区のど真ん中にある広場だ。
この広場にはわざわざ森の中から運ばれてきた花や木が植えられており、それらを鑑賞しながら一息つくためのベンチが並んでいる。
更には人々の目を惹く大きな噴水まであって、伯爵領の財力と権力をこれでもかと見せつける場所とも言えよう。
まだ朝の八時だというのに、既に噴水広場には心に余裕のある老若男女が足を運んでいて、綺麗な広場で朝食を摂る者や新聞を読む者などが目立つ。
こういった特別な場所で過ごしたい、と思う住人は多いようだ。
――前置きが長くなってしまったが、リリベルもこの場所を特別だと感じたようで。
「さぁ、売るわよぉ!」
一際目立つ場所、広場中央にある噴水の真ん前に陣取ったリリベルは地面にシートを広げる。
そして、第三街で余った石――まだ魔法文字を書き込んでいない物――を一つずつ並べていく。
すぐに売れると確信しているらしいリリベルは愛用の筆とインクを用意して――
「むふん!」
大きく胸を張った。
「さぁ、さぁ! 寄ってらっしゃい! 見てらっしゃい! 見習い魔女リリベルの光る石屋さんだよーっ!」
気合を入れて商売を始め、広場にいる人達へ猛烈アピール!
広場にいる人達の視線が一斉にリリベルへ向けられると、リリベルはニンマリと笑った。
彼女の脳内では「誰が一番最初に来るかな?」と思っているに違いない。
さぁ、来い! さぁ、来い!
声を掛けた瞬間、光る石を巧みな話術で売ってやろう!
そんな感じの自信が満ち溢れていたのだが。
「あれ?」
予想に反して誰も来ない。
皆、リリベルを一瞥した後に視線を逸らしてしまう。
どう見ても第三街とは違う温度感だ。
「あれれ?」
リリベルの顔には若干の不安が浮き出る。
彼女の口から「ねぇ、テオ」と言葉が出た瞬間――
「ちょっと、お嬢ちゃん」
斜め後ろから声が掛けられた。
一瞬、リリベルは「遂にお客が来た!」と思ったのだろう。
満面の笑みを浮かべて振り返ると、そこには警邏中と思われる騎士の姿があった。
「お嬢ちゃん、ここで商売しちゃダメだよ」
「えっ?」
「中央区は商売禁止の区画だよ。それに街の中で露店を広げるには商人組合の許可証が必要だけど、君はちゃんと持っているの?」
「えっえっえっ」
焦り始めるリリベル。
あーあ、とばかりに呆れるテオ。
「ん? どうなの?」
「う、うっ……。ご、ごめんなさい」
生まれたての小鹿のように震え出したリリベルは素直に謝罪した。
この行動にも師匠であるヴァレンシアの教えが関係している。
魔女ヴァレンシアの教え、その内の一つに『騎士には歯向かうことなかれ』というものがある。
国防・治安維持組織の一つであり、国家最大戦力を有する組織に歯向かっても勝ち目はない。
魔女たるもの、騎士に指摘されたら素直に従うべきだと。悪いことだと指摘されたら素直に謝りなさいと。
リリベルは師匠の教えに従って、涙目ながらに謝罪したのである!!
「ご、ごめんなさい! ごめんなさいっ! ただ、私はお菓子を買うお金が欲しかっただけなんです!」
涙目のまま、周囲の視線も気にせず大きな声で謝罪の言葉を口にする。
「ろ、牢屋に入れられちゃうんですか!? それとも火炙りの刑!? いやだー!!」
遂にはおんおんと泣きながら叫び出してしまうと、少女と騎士のやり取りを見守っていた住民達もざわざわし始める。
「ちょ、ちょっと! そんなことしないよ!?」
リリベルが声を掛けられた理由は明らかであるが、騎士と交わした言葉までは周囲に聞こえていない。
そんな状況下で大泣きする少女の声が飛び込んできたとしたら、分が悪いのは騎士の方である。
周囲の視線を痛がる騎士は慌ててリリベルをなだめ始めた。
「つ、捕まえたりしないよ。初犯っぽし……」
「ほ、本当?」
「本当だとも」
「よかった」
ここでようやくリリベルに笑顔が戻る。
さっきまで泣いていたとは思えないほど無邪気な笑顔が……。
「とにかく、街で勝手に商売しちゃいけないよ。商売するにもルールがあるんだ」
「そっかー。お金を稼ぐって簡単じゃないのね」
ちぇー、と口をタコの形にするリリベルに騎士も苦笑い。
「それにしても、何を売ってたんだい? ……石?」
「そう、光る石よ!」
リリベルは「お詫びに一つ上げるわ!」と絶賛ぴかぴか発光中の石を騎士に差し出す。
「そ、そっか……。仮に許可証を取れたとしても、売る物はもうちょっと考えた方がいいと思うよ」
騎士は戸惑いながらも石を受け取った後、正論を口にしながら去って行った。
その後ろ姿を見送ったリリベルは商品を片付けながらぷくっと頬を膨らませる。
「売る物は考えた方がいい、ですって! 失礼しちゃう!」
「いや、僕もそう思うよ」
ジト目を送るテオはシートを咥えて器用に畳んでいく。
「それにしても都会って怖いのね。すぐに怒られちゃったわ」
「ちゃんと街のルールも知っておかないとね。いい勉強になったじゃないか」
片付けが終わると、テオは領主街の南へ顔を向けながら「ワオン」と吠えた。
「もう早く次の街へ行こうよ。午前中に乗り合い馬車を見つけないと混むって宿のおばさんも言ってたでしょ?」
なんたってここは領主街である。
領主街から四方へ散る人の数は多く、その数は乗り合い馬車の本数と釣り合っていない。
地方であっても領主街のような大きな街では、慢性的に乗り合い馬車の本数が少ない状況であることが多く、下手すれば余計に滞在日数が増えることもざらにある。
「分かったわよ。乗り合い馬車に乗りながらお金を稼ぐ手段を考えましょ」
ぶーぶー言いながらもリリベルは乗り合い馬車の停留所へ向かったのだが――
「南へ向かう馬車が無いじゃない!」
リリベル達が次に目指すのはガナン伯爵領の南にある第二街だ。
第二街から馬車を乗り換え、南東部にある次の領地へと進むのが最短ルート。
しかし、南へ向かう乗り合い馬車は既に出発してしまったのか『第二街行き』の札を掲げる馬車は見当たらない。
「人に聞いてみようよ」
「そうね」
リリベルは乗り合い馬車を運営する商会の人間に声を掛け、第二街へ向かう馬車がやって来るのはいつかと問う。
すると……。
「ああ、第二街へ向かう馬車はもう無いよ」
「え!? どうして!?」
次に馬車が出るのは翌日の朝だという。
「今、第二街方面は魔獣が頻繁に出現するんだ。だから、乗り合い馬車にも護衛が必要なんだよ」
魔獣対策に護衛を揃えないといけないこともあって、乗り合い馬車の本数がぐっと減ってしまったという。
「えーっ!」
「悪いね、お嬢ちゃん。また明日来てくれよな」
商会の従業員はそう告げると、近くにあった建物の中へ入って行ってしまった。
「ほら言ったじゃないか!」
「どうしよう、テオ!」
どうしよう、どうしよう。わおんわおん! と言い合いを続けるリリベル達。
「お嬢ちゃん、どうしたんだい?」
そんな彼女達を憐れに思ったのか、商人らしき中年男性が声を掛けてきた。
「第二街へ行きたいんだけど乗り合い馬車がないの!」
困ったわ! と嘆くリリベルに対し、男性は「ああ、なるほど」と頷いてから笑顔を見せる。
「よかったら、おじさんの馬車に乗って行くかい?」
「え? 良いの?」
「うん。丁度、おじさんも第二街へ向かう途中なんだ。荷台には商売道具が乗ってて狭いけど、それでよければ」
「やったー! 是非お願いするわ!」
ぴょんと跳ねて喜ぶリリベルに微笑む商人おじさん。
「ふふ。いいとも、いいとも。さぁ、こっちだ」
商人おじさんは手招きしながらリリベル達を馬車に誘った。