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第6話 領主街へ


 魔獣を討伐したリリベルを乗せた馬車は進行を再開。


 荷台では乗り合わせた大人達がリリベルを褒め称えていた。


「お嬢ちゃん、本当にすごいんだなぁ」


「こんな大層な杖を持っているんだ! 俺は最初から高名な魔法使い様だと思っていたよ!」


「嘘おっしゃい、馬鹿たれ! あんた、この子が乗ってきた時に舌打ちしてたじゃないか!」


 最初に彼女へ話しかけていた男性はニッコニコ。他の人達も命を救われてニッコニコ。


 若干、一名ほど態度の悪さをチクられているが、総じてリリベルに好意的な態度を見せる。


 子供嫌いだった男性でさえ、リリベルを称えるように褒めるのだ。


 それほど魔獣という存在は人々にとって恐怖の象徴だということが窺える。


「あむあむあむあむあむ」


「がじがじがじがじがじ」


 感謝の言葉を何度も向けられるリリベルであるが、客から貰った『感謝の印』に夢中である。


 特におばちゃんからもらったチョコクッキー。


 三十枚箱入りのお土産感ばっちりなクッキーだったが、おばちゃんは気前よく全部くれると。


 くれるもんは頂く。断るなんてよろしくない、とリリベルも遠慮なく頂いているところだ。


 ご想像の通り、彼女の頬はリスのように膨れが合っている。


 テオもおじさんから塩分控えめの干し肉をもらい、ずっと幸せそうな顔で齧りついていた。


「しかし、本当にすごかったな。お嬢ちゃんは高名な魔法使いの弟子か何か?」


 既に彼女は見習い魔女と明かしているはずだが……。


「んーん。見習い魔女よ?」


「はは、またまた」


 どうにも中年男性はリリベルの言葉を信じていない様子。


 いや、彼の表情や態度から察するに「あり得ない」とすら思っているようだ。


「魔女様ってのは……。もっと凄い人なんじゃないか? 実際に戦っているところは見たことはないけど、隣国にいる魔女様は国を一つ丸ごと消しちまうって話じゃないか」


 もう一人の男性もリリベル見習い魔女説を否定する。


 ただ、続けて「魔女様ってのはご高齢な方だって聞くけど?」と口にする。


「東に住んでいる魔女様はすんごい薬を作って聞いたね」


「南の魔女様は何をしているんだっけ? 魔法使いの杖がどうとか、と聞いたけど」


 何にせよ、魔女は「なんかよく分からんけど、とっても凄い存在」という噂やイメージが先行しているらしい。


「魔法使いの子は魔女様に憧れる子が多いって聞くからねぇ」


 隣で話を聞いていたおばちゃんは「そういう時期なのだろう」と中年男性に頷く。


 誰にでも憧れの存在に憧れすぎて、痛々しい病を患う時期はある。私も小さい頃はそんなことを口走っていた、とでも言っているような態度だ。


「あんだけ凄ければ魔獣狩りで一財産稼げるんじゃないかい?」


「あむあむ……魔獣狩り?」


「そう、魔獣狩り。……知らないのかい?」


 中年男性の言葉に首を傾げるリリベル。


「魔獣狩りってのはその名の通り、魔獣を狩る人のことさ。元騎士だとか戦場傭兵だとか、そういった連中が魔物を狩って金を稼いでいるんだよ」


 魔獣狩りという職業――というわけじゃないが、魔獣を相手にして金を稼ぐ人達の数は年々増え続けている。


 これは年々魔獣の数が急増していることへの裏付けにもなるのだが、数年前から傭兵界隈の間で「戦争に参加するよりも実入りがいい」と話題であった。


 そういった話題が平民の間にも流れ始めると、各地の腕自慢――特に金に目がない連中までこぞって挑戦し始める事態に。


 結果としては屍累々といった状況がぴったり。


 魔獣狩りで成功する人間は極僅か。本物の猛者だけが生き残る、といった状況だ。


 それなのに後を絶たないのは、成功した人間は国から多額の報酬と名声を得たという事実があるから。


 そういった人達が自ら武勇伝を自慢したり、一部始終を見た者が酒のツマミに話し、またその噂が各地に流れる……というループが始まる。


 結果、トリニア王国だけじゃなく世界中の各国には魔獣狩りを専門とする人達を集め、統括する国営組織が結成されることに。


 各国で組織名は違うものの、トリニア王国内では元々存在していた民間組織『傭兵組合』がその役割を果たすことになった。


「傭兵組合に登録して魔獣を狩ると、倒した魔獣のランクや数に応じてお金がもらえるんだ」


「ふぅん。そういうのもあるのね」


 魔獣を一撃で屠る見習い魔女リリベルにはぴったりに思える稼ぎ方だが、本人はあまり興味が無さそう。


 それを察したのか、中年男性も「まぁ、一つの選択肢として覚えておくといいよ」と話題を終わらせた。


「おーい、もうすぐ到着するぞ~」


 話題が一息ついた時、御者の男性が荷台へ振り返りながら言った。


 彼の肩越しに大きな街が見える。


 どうやら目的地である領主街へ辿り着いたようだ。


「いやぁ、陽が落ちる前に辿り着けてよかったぜ」


 御者の男性は安堵の息を漏らす。


 同時に「一時はどうなるかと思った」とも。


「お嬢ちゃん、今夜は領主街に泊まるんだろう?」


「うん、そうだね」


 現在の時刻は夕方六時。


 既に空の端っこは暗くなってきている時間だ。


「助けてくれたお礼に良い宿を紹介してあげるよ」


「良い宿?」


「そう。おばちゃんの妹が経営している宿さ。安くするよう言ってあげる」


 タダにしてあげる、と言わないところが商売上手と言えるのだろうか?


「妹の旦那がひよこクッキーを作ってるから、ついでにいっぱい上げよう」


「ほんと!? 行く!」


 宿の料金よりもクッキーが決め手。実にリリベルらしい。


 このやり取りの通り、リリベルはおばさんの妹が経営している宿にチェックイン。


 領内で一番人口の多い領主街で営む宿のレベルは第三街とは比べ物にならず、部屋の質や食事の質はもちろんのこと――


「お風呂があるの!?」


 なんと、宿は浴場付きだ。


「姉さんの恩人だって話だからね。今回は特別にタダでいいよ」


 通常、浴場使用料は別料金である宿がほとんど。


 その理由は湯を沸かすのにコストが掛かること、掃除や準備にも手間がかかること。


 利用する客も裕福な者が多く、そうじゃない人達は領主が運営する『大衆浴場』へ行くのがほとんど。


 ただ、大衆浴場の利用時間は結構シビアだし、時間によっては浴場がぎゅうぎゅう詰めである場合も。


 ゆっくりゆったりとした時間を過ごすなら、やはり宿が運営する浴場を利用するべきだろう。


 そういった背景もあって、宿の浴場をタダで利用できるのは非常に大きい。


「入る! 入る!」


「そう。じゃあ、ゆっくりしておいで」


 利用客はリリベル以外にいないらしく、好きなだけ温まって来いと女将は笑顔で言った。


 しかし、やった、やった! とはしゃぐリリベルの傍からソロソロっと離れていく一匹がいて……。


「さぁ、行くよ。テオ」


 風呂嫌いのテオはその場からゆっくり退場しようとしたが、リリベルに捕まってしまった。


 容赦なく体を抱き抱えられるテオの顔は絶望に満ちている。


「家を出てからお風呂に入っていないでしょ? テオも臭くなる頃合いだよ。というか、もう臭いよ」


 リリベルはテオの頭に顔を埋めながらスゥゥゥッと匂いを嗅ぐ。


 臭い臭いと言いながらもリリベルの顔には笑顔が浮かんでいるが、臭いと言われた当の本人は不本意らしくムスッとした表情を見せた。


「臭くないもん。むしろ、いい感じだもん」


「どこがよ。獣臭いわ」


「獣臭くていいんだよ! リリベルだって人間臭いじゃないか!」


 わふんわふん! とリリベルの腕の中で暴れるテオ。


 しかし、彼の短い脚ではリリベルの腕から逃げ出せない。


「はいはい、一緒に石鹸臭くなろうね」


「いやぁぁ!」


 浴場の脱衣所へ入ったリリベルは器用にもテオを片手で抱えたまま裸に。


「よっし! 一丁、洗ってやりますか!」


 タオル一枚、そして一匹を小脇に抱えて浴場内へズンズンと進んで行く。


 温かい湯気が漂う浴場には大きな湯舟――というよりは、巨大な釜だ。


 まさしく、悪い魔女が「ヒヒヒ!」と言いながら掻き混ぜてそうな大きな釜が湯舟代わり。


「こらー! 暴れないの!」


 アワワ草という植物から採れた成分と水を混ぜ合わせた、石鹸代わりのドロドロ液体を使ってワシャワシャと洗っていく。


「いやいや!」


 テオは断固拒否の姿勢を貫くが、既にもう体は泡で覆われた泡犬になってしまっている。


 テオの体をお湯で洗い流したあと、リリベルは続けて自分の髪と体を洗う。

 

「ん~。すべすべ」


 泡の溢れるタオルで体を擦ると、リリベル自慢のもちもち肌が息を吹き返した。


「どう? 王子様も悩殺確実な色気でしょ?」


「へっ」


 体をぶるぶると振って水気を飛ばすテオは、セクシーポーズをキメるリリベルを鼻で笑った。


 最後は湯舟代わりの釜に浸かるのだが、結局寂しくなったテオも湯舟に入れてと言い出すのがいつものパターン。


「ふい~。きもち~」


「わふん……」


 テオは体を洗われるのは嫌だが、どうやらお湯に浸かるのは気持ちいと感じるらしい。


 もちろん、リリベルもお湯に浸かるのが大好き。


 一人と一匹は蕩けるような顔を見せながら湯舟に浮かぶ。


「明日はどうするの~」


 お湯に浸かるテオが問うと、タオルを頭の上に乗せたリリベルが片足を持ち上げる自称セクシーポーズを改めてキメながら口を開く。


「出発前に一稼ぎしよっか。また乗り合い馬車の中でお菓子食べたいし、おじさんの言ってたシュークリームも食べてみたいからね」


「もしかして寄り道する気?」


 寄り道はよくない、とテオは諫めるように言うが、リリベルは「チッチッチッ」と指を振る。


「私達は大人で自立した生活を目指しているのよ? 大人は寄り道しても大丈夫なの」


 どう大丈夫なのかは不明だが、とにかく彼女はシュークリームを絶対に食べたいらしい。


「しかも、また光る石を売るつもり?」


「そうよ。きっと領主街ならもっと売れるわ!」


 田舎街である第三街よりも都会な領主街なら間違いない。


「南の魔女へ会う前に億万長者になっちゃうかも!」


 確信を持って……いや、確信しか持ってなさそうなリリベルの商売、光る石売りの少女領主街編はいかに!


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