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第5話 乗り合い馬車にて


 領主街行きの乗り合い馬車に乗り込んだリリベルとテオは、同じく乗り込んだ五人の客と共に西へと向かっていた。


 乗り合い馬車――二頭の馬が引く幌馬車の中は実にシンプルで、腰を下ろすための椅子もない。


 全員が荷台で足を抱えるように座るのが普通。実に腰への負担が凄まじい、ともっぱら有名な交通手段である。


 しかしながら、乗り合い馬車以外の交通手段を使おうとすると、自身で馬や馬車を購入しなければならないのが現実だ。


 他にも街から街へ向かう行商人の馬車に相乗りさせてもらう方法もあるが、そう簡単にいくわけでもない。


 確実性を取るなら乗り合い馬車。乗り合い馬車を運営する大本、運送商会にお世話になるしかないのである。


 そういった背景もあり、乗り合い馬車に乗り込んだ五人の客は顔に「辛いけどしょうがない」といった表情が浮かぶ。


 対し、リリベルとテオはというと。


「あむあむあむあむあむ」


「がじがじがじがじがじ」


 第三街で購入したクッキーをリスのように食べるリリベル。


 ジャーキーへ必死に食らい付きながら涎の水溜まりを作るテオ。


 第三者からすれば、両者共に「必死すぎる」といった感じだろうか?


 飢えた動物が数日振りの食事にありついているようにも見えてしまい、足を抱えた状態で座る五人の客はチラチラと頻繁に視線を向けてしまっていた。


「お、お嬢ちゃん」


「あむ?」


 一人と一匹の態度に痺れを切らしたのか、それともまだまだ続く道中に飽きたのか、すぐ近くに座っていた中年男性がリリベルに声を掛けた。


 茶色の顎髭ともみあげが繋がった、顔面ふさふさの中年男性だ。


「お、お嬢ちゃんも旅を?」


「あむ……。そうよ。領主街へ行って南に向かうの」


 相変わらずクッキーを頬張りながら言うと、男性は合点がいったかのように「ああ」と手を打った。


「ああ、もしかして豊漁祭?」


「豊漁祭?」


「南部のジルモア領で行われる祭りだよ」


 トリニア王国南部の半ば辺りに位置する領地であり、巨大な湖を有するジルモア子爵領では毎年四月になると豊漁を祝う祭りが行われるようだ。


「無事に冬を越えられたってお祝いと新しい春を迎えるお祝いを同時に行う習慣があってね。次第に規模が大きくなって祭りになったんだ」


 無事に冬を越すことが出来たということで、余った食料などを景気良く一斉放出する機会として始まった習慣なのだが、街の人口が増えるにつれて一気に消化するのも大変になってくる。


 そこで領主は考えた。


 祭りにして商売にしちまえ! と。


 祭りとして大々的にアピールしつつ、在庫品を一斉処分する大セールを開催。同時に街の特産品をアピールできるし、他の産業もアピールできるという一石三鳥。


 いや、大量の旅人や観光客もやって来ることで宿業界も潤うので一石四鳥だろうか?


「まぁ、色々と思惑はあるけどね。盛り上がってて楽しいよ」


 保存食として定番の干物を食べるだけじゃなく、最近では色んな魚料理が食べられるんだとか。


 他にも魚の掴み取りだとか、湖での釣り大会などのアクティビティも有名になりつつある。


「ああ、最近はシュークリームも有名だね」


「シュークリーム?」


 聞き慣れない名前に首を傾げるリリベル。


「最近は酪農も力を入れているらしくてね。王都で流行ったお菓子を真似て作らせているんだってさ」


 領地の産業を増やそうと酪農に力を入れ始め、最初はチーズの生産で利益を得ようとしていたらしい。


 しかし、トリニア王国には既に「チーズといえば!」と有名な領地が西部にある。


 新参者が勝てるはずもなく、あまり売り上げはよろしくない。


 最近になって方向転換したらしく、まずは王都で流行ったお菓子を領内でも! というスローガンの元にスイーツ作りが始まったそうで。


「クッキー生地の中にトロットロのクリームが入ったお菓子なんだ」


「えー! 何それ!? 何それ!?」


 リリベルの視線は手にしているクッキーと中年男性を行ったり来たり。


 お菓子大好き見習い魔女であるリリベルとしては見逃せない情報だ。


「絶対食べる!」


「あはは。そうか。お嬢ちゃんの最終目的地がどこかは知らないけど、ジルモア領に立ち寄るのもいいかもね」


 南の魔女が住まう領地まで最速で向かうとなると、ジルモア子爵領を通過することはない。


 ジルモア子爵領は南部の半ばに位置しているが、領主街からのルートからは外れているからだ。


 立ち寄るとなれば時間も旅費も余計に掛かってしまうが、リリベルは何か案があるのだろうか? また光る石を売るつもりなのだろうか?


「おじさんお菓子に詳しいのね。これから向かう領主街に美味しいお菓子はある?」


 それはともかく、本人はジルモア子爵領の前に領主街でも楽しむつもりらしい。


 ただ、問われた中年男性は「特に詳しいってわけじゃないんだが」と困り顔を浮かべてしまう。


「う~ん、領主街かぁ。相変わらずひよこクッキーの伝統が強いからなぁ」


 ひよこクッキーとは、その名の通りひよこの形をしたクッキーである。


 クッキーに粉末砂糖とシナモンをまぶしたものであり、東部で初めて誕生したお菓子として歴史が深い。


 昔から平民貴族問わず愛されてきたお菓子ともあって、領主街では未だにひよこクッキーがお菓子の代表となっている。


 もちろん、販売する店もめちゃくちゃ多い。


「あとは、そうだな……。最近の領主街はお菓子よりも酒の方が有名になりつつあるからね。お酒に合う料理の方が多く――」


 中年男性が語っている途中、勢いよく馬車が停車。


 同時に前方からは馬の悲鳴じみた鳴き声が聞こえてきた。


「おい、どうした!?」


「ま、魔獣だ!」


 お客の一人が御者に問うと、御者をしていた男性が慌てて荷台のみんなに呼びかけてくる。


 御者の背後に一瞬だけチラリと見えたのは、今にも馬を襲おうとしている鹿()の魔獣だ。


 鹿が馬を襲うなんて正しく馬鹿な、と思うかもしれないが、そうも言っていられないのがこの世の中である。


「騎士団の嘘つきめ! 遭遇の可能性は低いって言っていたのに話が違うじゃねえか! なぁ、誰か戦える者は!?」


 御者の男性は顔中に脂汗を浮かべながらも、後ろと前へ交互に顔を向ける。


「馬鹿言え! 戦うよりも早く逃げろ! 馬を一頭囮にすれば簡単だろう!」


 馬車に戦力を乗せていない場合、魔獣に遭遇したら馬を一頭差し出すのがベター。


 魔獣が馬を食べているその隙に、もう一頭の馬を全力で走らせて逃げるという寸法だ。


 乗り合い馬車が馬を余計に連れている理由がこれである。


「お嬢ちゃん、魔法使いか!? 魔獣を倒せないか!?」


 ただ、この御者は馬を失いたくないらしい。


 リリベルの杖を目ざとく見つけ、彼女へ懇願するように問う。


 先ほどまでリリベルと喋っていた中年男性は「馬鹿言え! こんな小さい子に!」と返すも――


「いいわよ~」


 しかし、男性の反論を余所にリリベルは軽く了承。


 クッキーの入った袋の口をキュッと結ぶと、杖を持って立ち上がった。


「行こう、テオ」


「うん」


 リリベルとテオはぴょんと荷台を降り、早足で馬車の前方へ。


 すると、街道を塞ぐように立っていたのは、鹿の魔獣である『ボーンディア』だ。


 ――まず最初に魔獣という存在について説明せねばならいだろう。


 一言で説明するならば、魔獣とは動物が瘴気によって変異した生命体である。


 世界各地に自然と湧き出る『瘴気』という存在が動物を侵し、生命体を根本的に変えてしまう。


 今、街道のど真ん中でリリベルを威嚇する鹿の魔獣も元はただの鹿だったが、黒いオーラのような瘴気を纏う鹿の体は元の体に比べて大きく変化している。


 まず、単純にサイズがデカい。


 全長二メートル程度であり、四本の足は膨れ上がって太くなっているし、蹄は割れて鋭利な爪のような状態になっていた。


 更に鹿にとって最大の特徴である角は伸びた上でいくつも枝分かれし、湾曲した剣か槍の先端みたいな形状へと変化している。


 まだ変化は終わらない。


 その名の通り、体の数か所からは()が突き出しているのだ。


 骨が突き出す箇所は個体によって違い、今回の個体は腹の側面と首から白い骨が肉を突き破って露出している。


 加えて、頭部も非常に不気味だ。


 口の部分は肉が裂けて歯が丸見えだし、目は黒く濁ってしまっている。


 ここまでの特徴を総合すると、非常に恐ろしい鹿の化け物ということが分かるだろう。


 魔獣が誕生するプロセスが瘴気によるものと判明したのが数十年前。それまで魔獣達は魔獣と呼ばれず『悪魔の遣い』と呼ばれていたことも納得の恐ろしさだ。


「お、お嬢ちゃん! 無理するな!」


 リリベルと喋っていた中年男性は、怯えながらも声を掛けてくる。


『ヴゥロ、ヴゥロロロロッ』


 男性が声を掛けた瞬間、ボーンディアが独特な鳴き声を上げた。


 その鳴き声を聞いた大人達の肩がびくりと一斉に跳ねる。


 彼らの怯えっぷりを責めるわけにはいかない。


 ボーンディアだけじゃなく、魔獣の鳴き声はどれも恐ろしい。


 人間の恐怖心を煽るような、独特で恐ろしい鳴き声を上げるのだ。


 人の恐怖心を煽り、足を鈍くさせて、人を喰らう。


 これが魔獣。


 よっぽどの勇気を持った者、戦い慣れた者じゃないと対峙するのは難しい。


 そんな相手なのだ、魔獣という存在は。


 リリベルが対峙しているのは、それほど恐ろしい生き物なのだ。


「大丈夫よ」


 だが、リリベルは落ち着いた態度で杖の先を鹿の魔獣へ向ける。


 そして、彼女は一言呟く。


「パイロ」


 そう、一言。


 その一言だけで見守っていた大人達の度肝を抜く。


 彼女が一言口にした途端、杖の先端に埋め込まれていた赤い宝石がピカッと光る。


 光った瞬間、ボーンディアは口から火を噴いた。


 体内から炎が湧き出るように、口や目、鼻、辛うじて原形が残っている耳、至るところから火が噴き出す。


 その末、体全体が一瞬で炎に包まれてしまう。


「ひええええ!?」


 大人達が悲鳴を上げてしまうほど炎の勢いは強く、炎に包まれた魔獣は苦しむようにバタバタと暴れ回る……が、数秒ほどで地面へ倒れてしまった。


「…………」


 残ったのは『魔獣だったもの』である。


 真っ黒に焦げた死体が地面のど真ん中に鎮座しており、一部始終を見ていた大人達は開いた口が塞がらない。


「ひひぃ……」


 同じく一部始終を目撃していた馬でさえ、怖がるような鳴き声を漏らしてリリベルから数歩ほど距離を取った。


「はい、終わり~」


 一方、魔獣を殺害したリリベルの態度は変わらず。


 凶悪で強力で人類の敵である魔獣を、少なくとも戦える大人が三人はいないと倒せない魔獣を倒してしまった彼女は振り返ってニコリと笑う。


「どう?」


「ど、どうって……」


 御者の男性がそう漏らしたが、彼のセリフはもっともだと思う。


「お、お嬢ちゃん……。すごい魔法使いだったんだな……」


 リリベルと荷台でお喋りしていた中年男性が辛うじて感想を漏らす。


「違う、違う」


 しかし、彼に対してリリベルは指を振りながら「チッチッチッ」と否定する。

 

「魔法使いじゃないわっ! 私は見習い魔女よっ!」


 リリベルはドヤ顔で言うが、大人達の反応は薄い。


 非現実的な光景に頭の処理が追いついておらず、リリベルの素性を理解するにはまだまだ時間が掛かりそうだ。


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リリベルスゲーな! テオ、、、なんとなくコーギーイメージです、いつかする活躍を待ってます♪
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