第31話 旅を終えて
サンジェルトン子爵領を出た後、リリベルは無事にニーナの屋敷まで戻ってくることができた。
出戻った彼女はニーナから歓迎を受け――
「っていうことがあってさ~」
くつろいでいた!
リリベルは屋敷のリビングでぐでーっとなりながら、お菓子をポリポリと食べながら全力でくつろいでいるのである!
「まぁ……。お母様が殺されてしまうなんて……。可哀想だわ」
ニーナもニーナでリリベルに甘すぎるのか、彼女を態度を一切指摘することなく優雅に紅茶を飲みながら話を聞いていた。
「それにしても、イルミナスという連中。国内に結構な数が入り込んでいそうだな」
もちろん、同席しているニーナの祖父ジョンも指摘しない。
傍で待機するメイドでさえ。
もはや、この家の連中はリリベルに対して何も感じていないのである。
「リリベル、態度が悪いよ」
せめて、ちゃんと座って。
そう指摘するのはテオだけだった……。
「はーい」
テオに指摘されてようやく態度を直したリリベルは、テーブルの上に置かれた山盛りのお菓子に手を伸ばす。
次はチョコクッキーとレーズンクッキーに目を付けたのか、両手に二種類のクッキーを持ちながらリスのように食べ始めた。
「となると、リリベルはどうしますの?」
「あむ?」
「一人前の魔女として認めてくれる人がいなくなってしまったのではなくて?」
「ん~。まぁ、魔女は他にもいるし……」
そう言いつつも、片方のクッキーを完食。
「正直、一人前かどうかはあまり大切じゃないかも?」
「そうですの?」
「一人前の魔女として認められるより、大人っぽい自立した生活の方が大切じゃない?」
一人前として認められるよりも、お菓子をたくさん食べられるかどうかの方が大切だ、と。
実にリリベルらしい答えでもあった。
「それはそれでどうかと思うよ」
ため息を吐くテオだったが、リリベルに「ジャーキーを食べたくないの?」と言われると体が反応してしまう。
目を逸らしたテオにくすっと笑うリリベルは、もう片方のクッキーを完食した。
「自立した生活となると、仕事かね?」
「そうねぇ。お菓子をたくさん食べるにはお金が必要だし」
ジョンの問いに「うーん」と悩み始めるリリベル。
魔女ヴァレンシアから引き継いだ『仕事』と言えば、森の管理と森の外にある村用の魔獣除けを作るくらい。
ヴァレンシアは他にも薬を売って生活していたが、リリベルはあまり薬の生成が得意じゃないことから元々選択肢には入れていないようだ。
「ずっと我が家で暮らせばよろしいのではなくて?」
「いや、それは迷惑でしょう?」
否定するのはテオしかいない状況だ。
頑張れ、賢い犬精霊。
「求められている仕事はあるんじゃないかな?」
「そうなの?」
そう言ったジョンはメイドに「彼らを呼んできてくれ」と命じる。
三十分後、屋敷に現れたのはカミ爺とモレノ伯爵である。
「君がリリベル君!?」
モレノ伯爵からすれば念願叶った形だ。
ただ、絵面がよろしくない。
鼻息を荒くしながらリリベルの両手を握り締める中年男性。そんな彼に若干引く十六歳の魔女見習い。
傍から見れば事案である。
「この人が私に仕事をくれる人なの?」
「うむ。モレノ伯爵は古代魔法文字の研究者でな」
「ワシも研究に協力しているんだ」
ジョン、カミ爺の順で事情を説明。
リリベルには古代魔法文字で書かれた文章の解読を手伝ってほしい、とのこと。
「出来れば古代魔法文字を読み解く解読書なども作りたいのですが……」
チラリ、とモレノ伯爵はリリベルの顔色を窺う。
ようやく会えたリリベル――古代魔法文字に詳しい魔女の機嫌を損ねたくはない、といった様子がビンビンに伝わってくる。
「あー、古代魔法文字ね~」
「用意された文を読むのはともかく、解読書は難しいかもね」
リリベルとテオは顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。
「どうして解読書の製作が難しいのかね?」
「魔女自身の身を守るためだよ」
カミ爺が問うと、その理由を語りだしたのはテオだ。
古代魔法文字を読み書きする者は魔女に限らず、世界中を探せばそこそこいるだろう。
ただ、古代魔法文字を真に扱える者――リリベルの得意とする『エンチャント』のように、文字を利用した技術を扱えるのは魔女しかいない。
「文字を読んだり書くだけならいいよ。でも、文字を使うとなると話は別だよね?」
「……なるほど。技術の乱用と魔女を利用した悪事を防ぐため、かな?」
「それもあるけどね。一番の懸念は魔女を戦争の道具として扱うことかな」
古代魔法文字の利用は現代の魔法技術よりも数倍は優れている。
リリベルが簡単に作る「光る石」でさえ、シチュエーションによっては重宝するだろう。
彼女は簡単で害の無いエンチャント品しか作っていないが、仮に戦争利用を目的としたエンチャント品を作ったらどうなるか。
それをトリニア王国が利用し、侵略戦争でも始めればどうなるか。
「魔女は戦争に駆り出されるし、それを見た他国も魔女を誘うでしょう? あるいは、力で魔女を屈服させ支配するかもしれない」
魔女の技術は富や権力を生むこともできるが、反して最悪の運命を自らの手で作り出す力も持ち合わせている。
テオが懸念した解読書も同じだ。
リリベルが完璧なる古代魔法文字の読み方を作ってしまった後、仮にそれが世に出てしまったら。
利用価値に気付いた者が他の魔女を使って古代魔法文字の兵器転用を始める可能性も否めない。
「だったら、最初から使わない。魔女だけのモノにしておくって掟ができたんだ」
「魔女の教えの一つなの。古代魔法文字の利用は慎重にって」
「なるほど」
テオとリリベルの説明にカミ爺が大きく頷いた。
「確かに人間は欲深い生き物ですからなぁ」
モレノ伯爵としても納得できるところなのだろう。
「それにね? 世界には古代魔法文字を読み書きできる人もいるよね? だけど、誰も解読書や利用方法を記した本を作らないでしょ?」
どうしてだと思う? とテオはモレノ伯爵に問う。
彼は「どうして?」と首を傾げると、テオは彼を怖がらせるような表情を作って……。
「消されるんだ。魔女の世界は掟に厳しいからね」
「け、消される……」
モレノ伯爵がブルッたところで、テオは笑顔に戻る。
「噂だけどね」
あくまでも噂。長年、魔女と共にいるテオですら本当かどうかは知らない、と。
「そ、それでも怖い話ですな……」
「でも、読むだけなら大丈夫よ」
約束さえ守ってくれれば大丈夫、とリリベルはお気楽な様子で言う。
モレノ伯爵もそれに強く同意し、まずは彼が遺跡で見つけた石板の文字を読むことに。
「あー、これは……」
「これは……!?」
モレノ伯爵は長年読み解けなかった石板に、古代の秘密が記されているんじゃないか? そう期待していたようだが……。
「日記みたい。今日はいつもに比べて涼しい。彼女を連れて、とーえーかん? に行こう……だって」
一部、リリベルにも意味が分からない単語があるようだが、彼女の言った通り古代人の日常を記した物だったらしい。
「じゃ、じゃあ、こっちは!?」
「こっちは……。料理のレシピ?」
どうにも古代人が愛した煮込み料理を記した物だったらしく、レシピの中には正体不明の材料がいくつも登場する。
「古代人の秘密とは言えないかも?」
「いや、しかし興味深い」
それでもモレノ伯爵は満足気だ。
「こういった日常から古代の謎が解けるかもしれません。日常生活から文化のレベルや技術レベルを探ることができますからな!」
ゆくゆくは古代人が滅んでしまった秘密にも辿り着けるかもしれない。
モレノ伯爵は嬉しそうに語る。
「モレノさんって本当は歴史学者なの?」
「いえ、古代魔法文字の研究者ですよ。古代歴史の研究はあくまでも趣味みたいなものです」
本業を通じて趣味にも没頭する男。それがモレノ伯爵という男の正体らしい。
「今後も読んでくれますかな?」
「いいわよ~」
またしてもリリベルはお気楽に頷く。
彼女の返事に満足したモレノ伯爵は懐から財布を取り出して――
「では、今回の報酬です」
リリベルに二万トーアを差し出した。
「ひゃー! こんなにたくさん!」
たった二つの石板を読んだだけで二万。
今度はリリベルの方が驚いてしまう。
「それだけ貴重な知識ということです。正当な報酬額を差し上げなければ、古代魔法文字を貶して下に見ているのと同じですからな」
報酬を払ったモレノ伯爵は「早速、次の予定を」と口にするが……。
「あっ。次回は家に帰ってからでもいいかしら?」
「え!? 家に帰りますの!?」
いち早く反応したのはニーナだった。
「うん。そろそろ帰らないと森も心配だし」
「えー!」
ニーナはリリベルに抱き着くと、頬をくっつけながら「ずっと居て下さいまし!」とダダをこね始める。
これにはリリベルも困ってしまうが、彼女はニーナに「ごめんねぇ」と謝る。
「家に帰ったら手紙を書くからさ。ああ、そうだわ! 次はニーナがうちに遊びに来てよ!」
そう提案されても、ニーナはまだ口元をモニュモニュとさせて渋っていたが、祖父のジョンに諭されて渋々ながらに頷いた。
「絶対に会いに行きますわ」
「うん」
その後、リリベルはモレノ伯爵とも再会の約束を交わして屋敷に一泊。
翌日の朝には出発し、小さな旅となった道を戻り始めた。
数日後、無事にガナン伯爵領第三街に到着。
そのまま家を目指して歩き始め……。
「村長さん、ただいま~」
「おお、リリベルちゃん! おかえり!」
村の村長に帰宅の挨拶を行い、村に異変はなかったかどうかを問う。
「何も問題ありゃせんさ。いつも通りだったよ」
「そっか。それは良かったわ。また数日後に魔獣除けを作って持ってくるわね?」
「おお、そりゃ助かる。お願いするよ」
村長宅を後にしたリリベルは、次に村の子供達に声を掛ける。
「今からお土産を配ります!」
途中で購入したお菓子を子供達に配ると、子供達からは歓声が上がった。
「わぁ! 本当に旅してきたのかよ! すげーな、リリベル!」
「ふふん! だって、私ったら大人だもの!」
子供相手に胸を張りまくったリリベルは、そのままブイブイいわせて村を出て行った。
「じゃあ、帰ろっか」
「うん」
家がある森を前にして、リリベルは大陸中央に聳え立つ『ユグドラシル』に顔を向けた。
「いつどこで見ても光ってて、変わらないのね」
そう呟きながら笑ったリリベルは森に入ると、馴染みの道無き道を進んで行く。
途中で大きな熊に手を振って、川の水面に頭を出す石を足場にぴょんぴょんとジャンプして。
そうして、彼女は家に辿り着いた。
「異常は無さそうね」
鍵代わりの結界も家を出た時のまま。
彼女は結界を解き、ドアノブに掛けてあった札を別の物と取り換える。
『魔女、在宅中』
札の文字を一瞥した後、彼女は家のドアを開けた。
「ただいまー!」
小さな旅から戻ったリリベルはリュックを下ろすと、その足で裏庭へ向かう。
「ただいま、師匠」
向かったのはヴァレンシアの墓だ。
「あのね、私、ちゃんと旅してきたよ? 南の魔女とは話せなかったけど、代わりにたくさん友達が出来ちゃった」
墓標の上にちょこんと乗っていた葉を摘まみ取ると、彼女は旅で経験した出来事を語っていく。
「世の中、色々あるのね。楽しいことも、悲しいことも。悲しい想いをするのは私だけじゃないのね」
語り終えたリリベルは顔を伏せてしまう。
その姿を見たテオは声を掛けようか悩んでいるようだったが、リリベルは自らの力で再び顔を上げて笑顔を見せた。
「でもね、みんな最後は笑顔になってた。だから、私も師匠が言った通り……。泣かずに生きていこうと思うの」
楽しいことも、悲しいことも全て受け入れて。
ありのままに、自分らしく生きていこうと。
「自分が夢見る自立した生活も諦めないよ。師匠みたいにすっごい魔女になって、お菓子をいっぱい食べちゃうんだから」
リリベルは最後に「見ててね」と言って、テオと共に家の中へと戻って行った。
家の中に戻ると、リリベルはソファーにぼふんと腰を下ろす。
腰を下ろした彼女は満足気な顔で「あ~」と声を出す。
「ニーナの家みたいな大きなお屋敷に住むのもいいけど、やっぱりこの家が一番かも」
「そうだね」
テオもソファーの上に乗り、一人と一匹は定位置に陣取りながら顔を見合わせた。
街の宿にも泊って、ニーナの住む屋敷にも泊った。豪華で広々とした部屋でくつろぎ、お菓子もいっぱい食べた。
それでも、数週間振りに帰ってきた家は一人と一匹にとって、やはり落ち着く場所なのだろう。
彼女にとって帰るべき場所とは、ヴァレンシアとの思い出が詰まったこの家以外にあり得ないのだ。
リリベルは「はふぅ」と息を吐いた後に――
「お菓子食べよ」
「僕のジャーキーも出してよ」
小さな旅を終えた魔女見習いと犬精霊は、お土産のお菓子とジャーキーをあむあむと満足気に食べ始める。
――師匠であるヴァレンシアとの約束を果たし、小さな旅を終えたリリベルとテオ。
二人の自立を目指した生活はこれからも続いていく。
ここまで読んで下さりありがとうございました。
小さな旅編はこれで終了となります。
別サイトのコンテスト向けに書いたこともあり、一旦ここで終わりにさせて頂きます。
またネタが浮かんだらシリーズ化して書くかもしれません。




