第3話 お金がなけりゃお菓子は買えぬ
「相変わらず美味しいね」
「変わらない美味しさ」
リリベルとテオは村長から貰った干し肉をカミカミしながら街道を行く。
一人と一匹が向かうのは、村から二時間ほど歩いたところにある最初の街――ガナン伯爵領第三街である。
領地内の地理に照らし合わせると、リリベル達が住んでいた森はガナン伯爵領の東側にある。
領内東側は農地の役割を持っており、点在する村は小麦や野菜を生産するよう領主から命じられている。
それらの農地を管理・統括指揮するのが領主より派遣された代官の役目であり、代官の勤める代官邸があるのが第三街ということだ。
第三街は街としての機能は勿論のこと、他には東側に流通する物資が集まる物流拠点にもなっている。
東側の村々で生産された特産品の買い付けに訪れる商人の数もそこそこ多く、領内最大の規模を誇る領主街に比べては劣るが賑やかなのは間違いない。
「街に行ったらお菓子食べようね?」
干し肉をカミカミしながらも、リリベルは目を輝かせながら言った。
対し、賢い犬の精霊であるテオは干し肉をカミカミしながらも呆れた表情を見せるのだ。
「何言っているんだい? お菓子はまだ食べられないよ」
「どうして?」
「だって、僕達にはお金が無いじゃないか」
「お金? お金、あるじゃないっ!」
リリベルは干し肉を口に咥えたまま、背負っていたリュックを前に回した。
抱き抱えるような形のまま中をまさぐり、取り出したるは『りりべる』と名前が刺繍された財布である。
「ほらぁ! 全部で……六千トーアあるわ!」
トーアとはトリニア王国内で使われるお金の単位である。
彼女の財布には若干ながらくしゃくしゃになった六枚の千トーア札があった。
魔女の家にあった全財産であり、亡くなったヴァレンシアから自動的に継承されたお金である。
「六千よ! 六千! これだけあれば好きなだけお菓子が買えるはずっ! それにテオの骨っことジャーキーもっ」
リリベルの口から出た「骨っこ」と「ジャーキー」を耳にした瞬間、干し肉をカミカミしていたテオの口から涎が滝のように溢れ出した。
しかも、目まで恍惚としている。
だが、彼は賢い犬精霊。賢イーヌ精霊なのである。
ぶんぶんと首を振った彼は「違う、違う!」とリリベルの言葉を否定した。
「それは南の魔女に会いに行くためのお金っ! 南の魔女がいる場所はトリニア王国の南端なんだよ? すごく遠いんだからっ!」
南の魔女が住まう場所――トリニア王国南部まで向かうには、何度も乗り合い馬車を乗り換えた上に街をいくつも経由せねばならないのだ。
乗り合い馬車に乗るお金も必要なら、街で宿を取るお金も必要。もちろん、日々の食事を買うお金だって必要だ。
六千トーアという金額を考えると本当にギリギリだろう。
「お菓子を買う余裕なんてないよっ! も、もちろん骨っことジャーキーも!」
「えーっ! じゃあ、どうするのよっ!?」
大人っぽい自立した生活を送るにはお金が足りない。
かといって、南の魔女へ会いに行くことを止めることもできない。
じゃあ、どうすればリリベルは存分にお菓子を食べることができるのか。
「あっ!」
ぴこーん!
リリベルは閃いた!
「お金を稼げばいいんだわっ!」
至極当たり前のことであるが、無いなら稼げばいい。
「どうやって?」
問題はどうやって稼ぐかだ。
「フフフ……」
不安そうな表情を見せるテオだったが、リリベルはニヤリと笑う。
どうやら彼女には妙案があるようだ。
「一体どうするつもり?」
「フフフ。簡単よ。師匠から学んだ技術を生かしてお金を稼ぐの」
「え? 薬? 薬を作るの? リリベルは薬学が苦手じゃないか」
テオが言った通り、リリベルは薬作りが苦手だ。
出来ないってわけじゃないが、ヴァレンシアには数段劣るし、本人も苦手意識があるのか上手く調合することができないことがほとんど。
「薬じゃないわ。師匠ほど上手く作れないのは自覚してるし」
自覚はあるらしい。
では、どうするのか。
「私が得意なことと言えば?」
「あー」
ニンマリと笑ったリリベルは口に干し肉を咥えたまま、街道の脇に広がる草原に足を向けた。
雑草の生える草原の中には『巨大な折れた何か』が突き刺さっている。
金属で作られた長くて鋭い物だ。見ようによっては長い塔の先っちょが地面に対して斜めに突き刺さっているようにも見える。
更に草原の奥にも同じような物が地面に突き刺さっているのが確認できる。
これが何なのか、現代人は分からない。
ただ昔からそこにあって、ずっとあるせいで周りの人間は気にもしなくなっている物だ。
そんな正体不明の何かに近付いて行くリリベル。
彼女は地面に突き刺さった物の傍でしゃがみ込むと、何かを探し始めた。
ウンウン唸りながら五分ほど探し、いくつか目当ての物を探し出せたようだ。
「ほら、いっぱいあった」
リリベルが見つけてきたのは『平べったい石』である。
スライスされたように真っ直ぐな断面を持つ石から、若干ながら歪な断面を持つ物まで。
とりあえず、一目で「平べったいかな?」と思える石。手の中に収まるサイズの丁度良い石を見つけてきた。
「私が得意な技術。それは魔法とエンチャント!」
魔法はその通り、魔法である。
魔力を糧に火や水を生み出す技。昔では「奇跡」と言われていた技だ。
ただし、魔女が扱う魔法は魔法使いが使う魔法とは異なり、名称も『魔女魔法』と呼ばれることが多い。
もう一方のエンチャントとは、簡単に言うと物質に任意の魔法を付与する技である。
「平べったい石を拾ってきたということは、エンチャント?」
「そうそう! 師匠は薬師としてお金を稼いでいたけど、私はエンチャントで稼ぐつもりよっ!」
エンチャントの方法は任意の物質に魔力で満たした文字を描くだけ。
これだけ聞くと実に幅がありそうで、工夫次第では色々と活用できそうな技に思える。
しかし、この技術を使える人間は魔女に限るという注釈が付くのが現実だ。
何故ならエンチャントを行うには古代魔法文字の習得が必要であり、古代魔法文字を扱える者は『魔女の資格がある者』に限る。
もっと詳しく言うと、普通の人間でも古代魔法文字を読み書きすることは出来る。しかし、エンチャントに必要な『文字に魔力を満たす』という行為が何故か出来ない。
故にエンチャントという技術は魔女の専売特許。
これら魔女特有の技術を『魔女技術』と世間は呼ぶ。
――とにかく、リリベルは見習い魔女として『魔女技術』を駆使しながらお金を稼ぐようだ。
「え~? エンチャントでお金を? 稼げるかなぁ?」
しかし、相棒のテオは渋い顔を見せながら首を傾げる。
「いけるって! 師匠だって魔女の薬で稼いでたでしょ!? なら、私のエンチャントだっていけるはずよっ!」
自信満々に言うリリベルだが、どこからこの自信が湧き出てくるのだろうか?
「見てなさい、テオ! 私にかかればお菓子やジャーキーの一つや二つ、簡単に買えるようになるんだからっ」
「え~、本当かなぁ?」
ルンルン気分のリリベルは再び街道を歩き出す。
その足取りは大股で軽快。何の心配もない、といった感じ。
しかし、未だに信じられないテオは、その短い手足をぽてぽてと動かしながら彼女の横を並走していった。




