第29話 おかしな見習い魔女 2
リリベルが目を瞑って集中している際、彼女の身に何が起きていたのか。
それは彼女の言った『潜る』という単語に答えが含まれている。
『あら~。今日は火の世界なのね~』
彼女が潜っていた場所は、現実世界の裏側にある精霊界だ。
精霊界は七つの世界――火、水、雷、氷、風、草、岩――があり、それぞれの世界に精霊達が暮らしている。
彼女は意識を精霊界に飛ばすことができるが、本人が言った通り任意の世界へ飛び立つことはまだ出来ないようだ。
さて、今回ダイブした世界は火の世界。
火の世界は火山と燃える大地、そして火山から流れるマグマに支配された世界だ。
リリベルは火の世界をふよふよと浮きながら彷徨っているのだが……。
『おおーい!』
彼女が手を振った先にいたのは、赤い肌を持つトカゲである。
『ンゲー』
手を振るリリベルに気付いた赤トカゲは鳴き声を上げるが、その声音は彼女を歓迎しているように聞こえる。
『元気? 王様って見かけた~?』
『ンゲ~』
リリベルの問いに首を振る赤トカゲ。
すると、後方から別の声で「お~い」と男の子の声が聞こえてきた。
彼女が振り返ると、そこにいたのは別の赤トカゲに乗る火の妖精だ。
燃える体と七色に光る羽を生やした小さな妖精が、何故かサングラスを身に着けた状態で手を振っている。
『いよーう、リリベルじゃん。元気してる~?』
『元気よ~。というか、その目に掛けてるの何?』
『これは異世界で作られたサングラスって道具なんだぜ~。これがあれば、王様がくしゃみした時に起きる爆発も眩しくないんだ~』
『へ~。便利ね~』
などと、二人は雑談を交わして互いの調子を確認する。
『ところで、今日はどしたん?』
『実はさ、現実世界で悪い人がいてさ。王様の力を借りようと思ってきたのよぅ』
『ははぁ、向こうの世界は相変わらず醜いことやってんねぇ』
火の妖精は肩を竦めて呆れると、リリベルに「着いてきな」と合図を出す。
『王様、今日は双子火山にいるよ。あちぃマグマに頭まですっぽり浸かりたい気分なんだってさ』
『本当は顔を見せるのが恥ずかしいだけなんじゃないの?』
『正解』
赤トカゲに乗った妖精が地を進み、その後ろを浮かぶリリベルがふよふよと続く。
そうして辿り着いたのは、山頂からマグマを流す双子山。
火の妖精は赤トカゲから降りると、リリベルと一緒に山頂へ向かって飛び立つ。
山頂に到着すると、火の妖精は「おーい、王様」と声を掛けた。
『おーい、リリベルが来てるよ~』
更にそう声を掛けると、山の中に満ちるマグマがブクブクと暴れ出す。
『愛しき子、リリベルよ。よくぞ参られた』
火の世界を統治する王はリリベルを歓迎するが、声だけで姿は見せなかった。
リリベルの言った通り、火の世界を統べる王はシャイなのかもしれない。
『実はお願いがあって来たんだけど――』
『言わずともよい。我は全てを把握しておる』
火の精霊界を統治する王は全てを知る。語るまでもなく、全ての事情を把握している――
『何故なら我はいつも愛しき子を見ているからだ』
把握の仕方が少々ストーカーちっくに聞こえるが、今は横に置いておこう。
『話が早いわね~』
『そうだろう、そうだろう。我は話が早い王だ』
姿は見えずとも、王の声音からは凄く楽しそうで、凄くルンルン気分な様子が伝わってくる。
愛しき子であるリリベルに「良いところを見せるチャンス!」と考えていることが容易に窺えた。
『悪しき人間諸共、その土地を消滅させることなど我には容易い』
『土地は消滅させちゃだめだよ。悪い人達だけにしてね?』
『むぅ……。仕方ないな』
せっかくアピールできる時間がきたのに、くらいのテンションである。
『とにかく、よろしくね。妖精ちゃんもまたね~』
『任せよ』
『おう、ばいばーい』
こうしてリリベルは約束を取り付け、現世に意識を戻した。
◇ ◇
パチリ。
現世に意識を戻したリリベルは目を開ける。
そして、彼女は精霊界で交わした約束を元に火の精霊王と魔力を接続するのである。
「接続!」
リリベルの魔力と火の精霊王の魔力が入り混じる。
その現象は魔法陣となり、やがて現世と精霊界を繋ぐ炎の門へと至る。
「来て! アモ・オーフェス!」
リリベルが杖で地面を叩いた瞬間、炎の門は開かれた。
現世と精霊界が限定的に繋がり、門から王が召喚される。
『オオオオオオオッ!!!』
飛び出したのは赤き竜。
四つの眼を持ち、六枚の翼、三本の尾を持つ超巨大な赤竜。
火の精霊界を統治し、火の精霊の頂点に立つ存在が現世へと顕現した。
「な、な、な……」
禍々しく、破壊的なフォルム。明確な殺意の篭った四つの眼で悪人共を睨みつけ、同時に開いた口からは炎の息が漏れる。
そんな竜を前にしては、さすがのガードナーも声にならない恐怖を感じてしまっているようだ。
いや、声にならないどころか腰を抜かしてしまっている。
「な、なにこれ……。何なの、これ……」
驚きを露わにしたのは傍にいたレイチェルも同じだった。
初めて見る精霊召喚――どころか、精霊王の召喚をやってのけたリリベルに驚きを隠せない。
「こ、これ……。お、王……」
正確に言えば、レイチェルはアモ・オーフェスが『火の精霊王』であることを、見たこともないので知らないはずだ。
だが、アモ・オーフェスから放たれる明確な王としての威厳と魔力圧が、知らずとも『これは王である』と認識してしまう。
「ど、どうして……。どうしてあの子が王を召喚できるの!? こ、こんなの、お、おかしい――」
レイチェルは現状が上手く把握できず、彼女は辛うじて首を動かして傍にいたテオに顔を向ける。
『あの子は特別なんだ』
テオはそうとしか語らない。
あの子は特別なのだと。リリベルは特別な魔女なのだと。
レイチェルからすれば「そりゃそうだ」としか思えないだろう。
何故なら、この世界に精霊を召喚できる者は複数いても、精霊の王を召喚できる存在はいないのだから。
それは明確に格が違いすぎる。ただの人間と王では差がありすぎるから。
だが、それでも――
「アモ・オーフェス! レイチェルのお母さんを救って! 彼女のお母さんに酷いことをした悪人をやっつけてッ!!」
それでも彼女はやってのけた。
『オオオオオオッ!!』
人と王の差を埋め、王に願うことができるのだ。
対等な存在として、愛された子として、リリベルという名の魔女見習いとしての願いを、竜は王の炎を以てして叶える。
――ガパッと開いた王の口から炎が放たれた。
いや、それは炎と呼ぶには高速で直線的すぎる。
炎のレーザーと言っても過言ではなく、王の一撃はあまりにも一瞬過ぎたのである。
音すらも置き去りにする炎のレーザーが放たれた途端、一直線上に地面が蒸発した。
もちろん、直撃を受けたガードナーは断末魔を上げる暇もない。一瞬も一瞬で塵も残らないレベルで消滅する。
直線上にいなかった者達も、その余波を受けて消滅。
たった一度の攻撃でイルミナスの人間とマリオネットは跡形もなく消滅してしまった。
だが、ミランダがコアとなったアイアンメイデンだけは消滅していない。
余波を受けたアイアンメイデンは外装がジワジワと消えるように消滅していき、やがてコアになっていたミランダだけが取り残される。
どういう仕組みなのは不明だが、アモ・オーフェスは正しくリリベルの願いを叶えた、ということになるだろう。
「お願いを聞いてくれてありがとう!」
リリベルはアモ・オーフェスに振り返って礼を言う。
すると、彼は四つの眼を細めて――
『グフフ。我、かっこいい?』
「かっこいい!」
『グフフ……。フヒ!』
怖いどころか超恐ろしい顔を持つ竜は、ニチャッとした笑顔を見せながら消えていった。
「リ、リリベル……?」
「あっ! レイチェル! 悪い人をやっつけたよ!」
未だ動揺を残すレイチェルだったが、リリベルに「お母さんの元へ行こう」と促される。
「お母さん……」
地面に横たわる母の元へ向かうも、ガードナーの言葉は正しかった。
ミランダは既に息絶えている。体にも痛々しい跡が残っている。
だが、その体は残った。
ガードナーに使われ続け、ボロボロになって捨てられる運命だけは避けられたのだ。
「……ねぇ、知ってる?」
リリベルは母に寄り添いながら泣くレイチェルに声を掛ける。
泣き顔を向けた彼女に対し、リリベルは背中をさすりながら言葉を続けた。
「人の魂ってね、精霊界に行くの。体は土に埋めることで世界の一部になるんだよ?」
人は死ぬと魂が体から離れ、一度は精霊界へと向かう。
魂の抜けた体は大地に還り、世界の一部へと還元される。
「そうするとね、精霊界に行った魂が再び生命として復活するの」
然るべき時を経て、精霊界に還った魂は再び現世へと戻る。
前世の体が大地に戻ったことにより、戻って来た魂は精霊王達の祝福を受ける資格を得る。
そうして、人は生まれ変わるのだ。
「これって本当の話だよ? だって、王様達に聞いたもん」
アモ・オーフェスの召喚をやってのけた事実を知っていると、彼女の話には信憑性がありすぎるくらいだ。
「そうなんだ……。じゃあ、お母さんも祝福を受けて……。いつかは別人として生まれてくるんだね」
だからこそ、レイチェルもすんなりと受け入れられたのだろう。
「じゃあ、お母さんを埋めて――」
リリベルがミランダを埋葬してあげよう、と言いかけたところで、遠くの――街の方から数十人規模の騎士が馬に乗ってやって来るのが見えた。
ただ、その中には老執事らしき人物もいて。
「お嬢様! お嬢様ァァッ!!」
騎士の中に混じるどころか、遂には騎士達を置き去りにして。怒涛の勢いで馬を飛ばす老執事は「お嬢様」と連呼していた。
「お嬢様?」
「……私のこと」
「え!?」
老執事が呼ぶお嬢様とはレイチェルのことらしい。
「レイチェルって貴族なの?」
「ううん。お父さんが貴族なだけ」
ここでレイチェルから意外な事実が語れる。
レイチェルの母であるミランダは、若い頃に現当主であるサンジェルトン子爵と恋に落ちた。
ただ、当時のサンジェルトン子爵は自身の身分を隠していたらしい。
三年ほど付き合った後、当時は魔女見習いだったミランダに身分を明かすが、ミランダは魔女の道に進みたいと決意。
ミランダは貴族として生きていく自信が無かったのか、それとも魔女になる夢が強かったのか。今になっては真実は分からない。
そういった背景もあり、二人は別れを決断。
サンジェルトン子爵は領主の道を行き、ミランダは魔女として一人前になる道を歩み始めたのだが……。
この時、既にミランダはレイチェルを身籠っていた。
二人が別れた後に発覚したようだが、ミランダは一人でレイチェルを育てることに決めた。
「お母さんは一人で私を育てるつもりだったんだけど、お父さんにバレた」
自分の娘がいることを知ったサンジェルトン子爵は再びミランダを家に迎えようとするが、やはりミランダは貴族にならなかった。
ならば、せめて援助はさせて欲しいとサンジェルトン子爵は陰ながら援助を行ってきたようだ。
「今、サンジェルトン子爵には奥さんと子供がいる」
「ん~? つまり、レイチェルは妾さんの子供? っていう立場になるのかな?」
「そうかも?」
あるいは隠し子?
どちらにせよ、今の奥さんからすれば歓迎されない存在だろう、と彼女自身が語る。
「でも、お嬢様って呼ばれてるよ?」
「あっちが勝手に呼んでくる」
わたしゃ知らん、とばかりに首を振るレイチェルだったが、お嬢様と呼ぶ当の本人は――
「お嬢様! ご無事ですか!? ここに竜が現れたと報告が入り、急いで飛んで参りましたが!?」
老執事は素早い動作で馬を降り、レイチェルへと駆け寄る。
そして、その傍で横たわるミランダの姿を見て、彼は「ギャー!」と声を上げた。
「ミ、ミランダ様が! ミランダ様がああああ!!」
叫び声を上げたかと思いきや、老執事はその場でバターン! と倒れてしまった。
「なに、この人……」
リリベルすらも驚愕するほどの行動力である。
「あの、事情を聞かせて頂けますか?」
唯一救いだったのは、後に続く騎士達が極めて冷静なことだった。




