第28話 おかしな見習い魔女 1
「い、家が……! お、お母さん!」
自分の家が燃えていることに気付いたレイチェルは、焦りと不安を露わにしながら体が震えてしまう。
「ねぇ! リリベル、あれって!」
「うん、あの時の!」
隣にいたリリベルとテオは燃える家の前にいる集団の正体に気付く。
自分達『魔女』を殺すと高らかに宣言していた危険な存在に。
「お母さんっ! お母さんっ!!」
ただ、レイチェルはそんなことを知らない。
彼女が今、一番気になるのは家族の安否だ。
だからこそ、彼女の目に敵の姿など映っていない。いや、映っていても関係無い、と思ってしまう。
彼女は最愛の母を求めて走り出してしまった。
「待って! 待って、レイチェル!」
敵の正体を知るリリベルは彼女を止めようと手を伸ばす。
だが、掴めなかった。
走って敵へ向かうレイチェルに追いつくべく、彼女も走り出したが……。
「お母さん!!」
「おや?」
結局、レイチェルは自分と燃える家を隔てる集団の前に堂々と近付いてしまった。
当然、彼女の発した「お母さん」という単語にガードナーは反応する。
「お母さん? お母さんということは……。魔女の子供かね?」
ガードナーはわざとらしく肩を竦めながら問う。
「そ、そう。この家は私の家! 私とお母さんの家!」
燃える自分の家を指差すレイチェルは目尻に涙を溜めながら叫ぶ。
そんな彼女の表情を見たガードナーは遂に我慢できなくなったらしい。
被虐的な笑みを浮かべながら「そうか、そうか」と頷く。
「お母さんに会いたいかね?」
「あ、会いたい……」
レイチェルが頷くと、ガードナーはニタニタと笑いながらアイアンメイデンの腹を開けた。
「さぁ、感動の対面だ」
腹の中には白目を剥き、口の端から泡を零す彼女の母が。
しかも、体には痛々しい針が何本も刺さっている。
「お、お母さん……。お母さんッ!!」
痛々しい母親の姿を目撃したレイチェルは涙を堪えきれず、泣きながら母親の元に走り出そうとする。
「ダメよ、レイチェル!!」
だが、今度はリリベルがしっかりと止めた。
「でも、でもっ! お母さんがっ! お母さんを助けないとっ!!」
レイチェルが泣きながら訴えると、ガードナーは「ははははッ!」と大笑い。
「いやはや、何という家族愛だ! 異端者にも親を愛するという感情があるんだねぇ!」
まるで未知の動物に接するような態度だ。
イルミナスがオールドマンを同じ人間として見ていないことが容易に察することができる一言である。
「だが残念だけどね。君のお母さんは既に兵器となってしまったんだ」
ガードナーはアイアンメイデンのコアと化したミランダの顎を掴み、おもちゃのようにぐりぐりと首を動かす。
「君のお母さんはもう手遅れ。強制的に取り外しても死ぬ。アイアンメイデンを破壊しても死ぬ」
どちらにしても、彼女は助からない。
レイチェルにとって絶望的な現実を軽々と突きつける。
「そ、そんな……」
「ククク……。やっぱり良いねぇ! オールドマンが絶望する姿は! オールドマンのガキなら猶更良い!!」
またしても大笑いするガードナー。
対し、レイチェルは膝から力が抜けてガクリとその場に崩れ落ちてしまう。
「リリベル……。お母さん、私のお母さん……。もう死んじゃったんだ……」
大粒の涙を流し、嗚咽を上げるレイチェル。
「レイチェル……」
「どうしよう、リリベル……。私はどうすればいいの……?」
リリベルはレイチェルを抱きしめると、彼女の耳元で囁く。
「せめて、自然に還してあげよう? 死んじゃったのは悲しいけど、このままはもっと悲しいよ」
リリベルははっきりと言った。
あいつらからミランダを取り返そうと。
「取り返す? 私達から?」
「そうだよ」
リリベルはガードナーを睨みつけると、片手で杖を向けて「パイロ」と唱えた。
しかし、唱えた瞬間にマリオネットが前に出る。
杖の形状となっている片腕を伸ばし、リリベルの魔法を霧散させてしまう。
「魔法が効かない!?」
テオがキャン! と鳴くと、ガードナーはニタリと笑う。
「そうそう。魔女なんぞ魔法を封じてしまえばただの雑魚。残念だったねぇ? これでは取り戻せないねぇ?」
もはや、ガードナーの被虐心は最高潮に達したのだろう。
彼は腹を抑えながら「ぎゃははは!」と笑い続けてしまう。
「リ、リリベル……。貴女は逃げて……」
自分達魔女にとって最大の力である魔法が効かない事実を前に、レイチェルは最後の頼みを口にする。
せめて、友達だけでも逃がそうと。
「ううん、逃げない」
だが、リリベルはそれを否定する。
「言ったでしょ? レイチェルのお母さんを取り戻すって」
「でも、それじゃリリベルまで死んじゃう……!」
それだけはダメ、とレイチェルも必死にリリベルを止めようとする。
「ううん、死なないよ」
リリベルは杖を立て、イルミナスを睨みつけながら言葉を続ける。
「私は死なない。友達を泣かせるようなやつらには殺されない」
絶対にあり得ないと力強く言った。
「だから、安心して待ってて? 悪い人達なんて私がぶっ飛ばしてあげる!」
そして、再びレイチェルに笑顔を向けるのだ。
「どうして……。どうしてそこまでしてくれるの?」
「だって、家族が死んじゃうなんて悲しいじゃない。悲しい想いをした人には優しくしてあげたいじゃない」
リリベルはレイチェルの手を握り、彼女の目を真っ直ぐ見つめながら言葉を続ける。
「それにね? 私が師匠を亡くしたって話した時、レイチェルは手を握ってくれたよね?」
彼女はヴァレンシアの死を知り、リリベルを慰めてくれた。
寄り添ってくれた。
「それにそれに! 私達は友達じゃない! 一緒にお菓子パーティーを開いた友達だもの!」
自分を慰めてくれた優しい友達だから。
友達が悲しくて泣いているから。お菓子を食べて笑い合った仲だから。
リリベルが行動に値する理由は全て揃っている。
故に彼女は敵へ立ち向かうと決意した。
「ククク……。感動的な友情劇を見せてくれたところ申し訳ないが、我々は神の声に従って断罪しているんだ。そのまま手を繋いで地獄へ落ちてくれないかね?」
「本当に嫌な人達ね! ニーナの時もそう! 自分達の主張を一方的に押し付けて、しかも人のお母さんを殺しちゃうなんて最悪!」
頭にきちゃうわ! と、リリベルはガードナー達を睨みつける。
「テオ、あれをやるよ。潜っている間はお願い」
「うん」
そんな彼女だからこそ、テオも彼女の願いを聞くのだろう。
「ワオオオオオオンッ!!!」
彼女の願いに従い、テオは吼える。
吼えた瞬間、体は膨大な魔力に包まれて――テオの姿が大きく変化していく。
『この子には指一本触れさせない』
テオは体長二メートルはあるであろう、巨大な狼に――に似た犬へと姿を変えた。
しかも、纏う毛並みは炎。
炎を纏う巨大犬へと変化したのである。
「ふぅー……。ふぅ。テオ、お願いね」
『うん』
テオが本来の姿になると、リリベルは杖を両手で握って集中するように目を瞑る。
「ふん。精霊如きが。姿を変えようとも、所詮は魔力を原動とすることには変わりない」
テオが姿を変えようとも、ガードナーの表情は崩れなかった。
彼の言動からして、イルミナスは精霊がどんな存在なのかを熟知しているのだろう。
「アイアンメイデンの良い試験にもなるだろう。やれ!」
ガードナーが片手を上げると、まずは十五体のマリオネットが飛び出した。
『ガァッ!!』
迫って来るマリオネットを前に、テオは大きく口を開ける。
口の中には巨大な炎の塊が生成され、テオはそれを発射した。
対し、マリオネットは炎の塊を無力化しようとするが――マリオネットの力では無力化することが出来ず、テオの炎は五体のマリオネットを纏めて燃やし尽くす。
炎に飲まれたマリオネットは残骸すらも残らない。
文字通り、燃やし尽くされて消えてしまった。
「やはりマリオネットでは難しいか。だが、こちらにはアイアンメイデンがあるのだッ!! やれえええッ!!」
ガードナーが命じると、巨大な体躯を持ったアイアンメイデンが動き出す。
ドシン、ドシンと大地を揺らしながら歩き出す様は、一見するとノロノロとした動きに見える。
遠距離攻撃を主とする魔女、あるいはテオのような精霊からすれば狙い放題――なのだが。
『ガァッ!』
テオは再び炎の塊を発射した。
それは一歩一歩動くアイアンメイデンに迫るが、避ける動作も防御する動作も見えない。
そのまま直撃する瞬間、炎の塊は透明な膜に当たって消えてしまった。
「ははははッ!! どうだ、犬畜生めッ!! これがイルミナスの誇る対魔法兵器! 究極の防御を兼ね備えた最強の兵器だッ!!」
『だったら!!』
魔法が無力化されるならば、近接戦闘はどうか。
テオはアイアンメイデンに飛び掛かり、その鋭利な牙を武器に噛みつく。
だが、テオの牙はギャンと甲高い音を立てて弾かれてしまう。
近接武器すらも弾く、脅威の装甲をも持っているアイアンメイデンに全く攻撃が通用しない。
「そら! こちらの番だ!」
今度はイルミナスのターン。
ガードナーが被虐心たっぷりに叫ぶと、アイアンメイデンは大きく拳を振り上げる。
『―――ッ!!』
動作を見たテオが大きく横に飛ぶと、振り落ちてきた拳が地面に突き刺さった。
文字通り拳が地面に埋まるほどの威力であり、喰らえば精霊であるテオですらも無事では済まない。
ただ、まだまだアイアンメイデンの攻撃は続く。
地面から拳を引き抜くと、距離を離したテオに対して片腕を向けた。
片腕に埋め込まれた発射口からは電撃の矢が連続して放たれる。
ヒュンヒュンと音を立てて飛来する電撃の矢を躱すテオ。彼の能力を以てすれば躱すのは容易だろう。
「だが、これならどうかな?」
ニタリと笑ったガードナーは、未だ杖を握って目を瞑るリリベルとその後ろにいるレイチェルを指差した。
『卑怯なやつめ!』
ガードナーの思惑に気付いたテオは急いで彼女達の元へ。二人の壁になるよう立ちふさがる。
「ほうら! どこまで耐えられるかな? 精霊の耐久実験だ!」
アイアンメイデンは両腕を伸ばし、リリベル達を守るテオに向かって電撃の矢を連射開始。
対するテオは炎の壁を生み出して耐える。
『グウ、グウウ……!!』
猛烈な勢いで連射される攻撃に耐え続けるテオだが、徐々にその顔には焦りが見えてくる。
体を纏う炎は徐々に弱くなっていき、炎の下にあった茶の毛並みが見え隠れし始める。
だが、リリベル達を守ろうと必死に炎の壁を維持し続けていた。
「ははははッ!! そろそろ限界かッ!! 所詮、精霊などという存在はオールドマンと同じく脆弱なのだ! そのような弱い存在は今の時代に必要ないッ!!」
ガードナーが高笑いを決め、勝利を確信したところで――
「見つけたッ!!」
遂にリリベルが動き出す。
彼女が目を開けると、彼女を中心として巨大な白い魔法陣が生成されていく。
「テオ、やるよッ!!」
『うん!』
テオに合図を出すと、彼女は叫ぶ。
「接続!!」
白く巨大な魔法陣は赤に染まっていく。
赤く染まった魔法陣は炎と変わり、炎は大地を走って古代魔法文字を描きだす。
「な、なんだ、これは……!」
さすがのガードナーも初めて見る現象、それも巨大な謎の魔法陣に動揺を隠せない。
それもそのはず。
「来たれ! 原初の炎を司る王よ! 我が願いに応え、その身を現世に顕現せよッ!!」
今、彼の前にいるのは『見習い魔女』だ。
しかし、ただの見習い魔女ではない。
「来てッ! アモ・オーフェスッ!!」
悪人共よ、跪け。
その力に恐怖せよ。
今、目の前にいる者は――精霊の王より寵愛を受けた見習い魔女である。




