第27話 魔女狩り
翌朝、目を覚ましたリリベル達はレイチェルの家へ向かう準備を始めた。
宿を出るとメインストリートには開店準備を始める人や仕事場へ向かう人達の姿が見られる。
中には既に屋台を開いて商品を作り始める人の姿も。
本日は祭り最終日とあって、商会を営む人達も気合を入れているようだ。
「お菓子買えるかな?」
リリベル達は乗り合い馬車の停留所へ向かう前にお菓子を補充。
三種類のクッキーをそれぞれ買い、馬車の中で交換しながら食べるらしい。
「家まではどれくらい?」
「隣領のサンジェルトン子爵領まで向かう馬車に乗って四時間くらい。街までは行かず、途中で降りる」
サンジェルトン子爵領領主街に向かう途中、小さな森が見えてくる。
レイチェルの家は森を抜けた先にあるため、街まで向かうと大回りとなってしまうようだ。
「森を抜けた先には綺麗な川があって、その傍に家がある」
「ほへー。森の中に住んでいるわけじゃないのね?」
「うん。森は杖を作るための材料を探す場所」
ヴァレンシアのように森全体を管理しているわけじゃなく、レイチェル達家族にとっては『採取場所』として活用しているようだ。
このあたりは魔女にとって様々だ。
森の中でひっそりと暮らすことを求める魔女もいれば、レイチェル達のように森を資源として捉える者もいる。
ヴァレンシアのように森全体が必要であり、管理もしなければならないと考える者もいるということ。
「馬車はどこだろう?」
停留所に到着したリリベル達は周囲を見渡す。
朝一番の停留所には既に数台の馬車が停まっており、四方へ向かう便が待機していた。
「今日はお祭りの最終日だから逃すと大変」
ジルモア領へ入ってくる馬車の数はうんと多いが、出て行く馬車は少なめ。
一日に二本あれば良い方で、朝一の便を逃すと次は何時になるか分からない。
それを分かっているからか、レイチェルはすぐに目的の馬車を見つけて荷台へ乗り込んだ。
その後、出発時刻を迎えて出発。
荷台に乗る客の数はリリベル達を含めて四人という少ない人数での出発となった。
入れ違いになる馬車を目で追いながらも、リリベルはソワソワと体を揺らし始める。
視線はチラチラとリュックに向けられており、中に入っているクッキーが食べたくて仕方ないのは誰が見ても明白だ。
「……せめてもう少し我慢したら?」
もちろん、テオにもバレている。
「だってぇ」
しかし、結局彼女は我慢できずにリュックへと手が伸びてしまう。
「一時間に一枚! 一時間に一枚食べれば丁度!」
街で買ったクッキーは四枚入りだ。
一時間に一枚食べれば、丁度目的地に着く頃に完食することになると。
テオはジト目を送り続けるが、リリベルは「一枚だけ、一枚だけ」と言ってクッキーを取り出した。
「美味しい!」
サクサクのクッキーはいつ食べても美味しい。
リリベルはすぐに一枚を完食してしまう。
「…………」
そして、再び目線はクッキーへ。
しかも、今度は涎が垂れるというリアクション付き。
「だめだよ。一時間に一枚って決めたでしょ? それにレイチェルと交換しながら食べるんじゃないの?」
「はっ」
今頃思い出したのか、リリベルは隣にいるレイチェルへ顔を向ける。
いつもの眠そうな顔を浮かべているレイチェルは、スッと自分の鞄に手を伸ばす。
そこからクッキーの入った袋を取り出し、一枚をリリベルに差し出した。
「あげる」
「え? レイチェルは食べないの?」
「食べるよ。でも、リリベルに上げる」
「どうして?」
「リリベルがクッキーを食べている顔、幸せそうだから」
また見たい、とレイチェルは小さく笑う。
「それに、友達だから」
「レイチェル……! あむっ!」
友達想いなレイチェルに感動したリリベルは涙目になりながらもクッキーを齧る。
「おいひい!」
「ふふ」
その後、馬車は順調に進んでレイチェルの言う森の傍までやって来た。
「そろそろ降りる」
「うん」
森の前で停めてもらい、リリベル達は御者と客に別れを告げて馬車から降りた。
「この森を進んで……あれ?」
森を指差すレイチェルが空を見上げると、森の奥から煙が上がっていることに気付く。
空へと上がる煙はかなり激しくて黒い。ちょっとした物を燃やしているようには思えないほどの勢いだ。
「……行こう」
胸騒ぎがしたのか、レイチェルは森の中を走り始めた。
その後に続くリリベルは「どうしたの?」と問うも、レイチェルは無言のまま。
いや、応える余裕がないといったところか。
そうこうしているうちに森の反対側へと辿り着き、二人と一匹が森を抜けると――
「お母さん!!」
レイチェルが叫ぶ先には、炎に包まれながら燃える彼女の家があった。
◇ ◇
リリベル達が到着する二時間ほど前――
レイチェルの母、ミランダは家の外で杖を作っていた。
材料となる大きな木の枝をナイフで削っていると、不意に勢いよく顔を上げた。
「…………」
嫌な気配を感じ取ったのか、視線の先を睨みつけるミランダ。
彼女は作りかけの杖を家の外壁に立て掛けると、傍に置いておいた自分の杖を掴む。
「…………」
いつでも魔法を放てる態勢を取りながら、未だ見えぬ何かに備えるミランダ。
そうして、見えてきた。
「あれは……?」
彼女はその正体を知らなかったが、この場にリリベルがいれば「イルミナスだわ!」と叫ぶに違いない。
魔女ミランダの元へ向かってくるのは謎の組織イルミナスの連中だ。
黒いローブを羽織った人間の数は二十。その後ろに十五体のマリオネットが続く。
ここまではリリベルが遭遇したイルミナスの部隊と同じだ。
しかし、違うのは最後尾に巨大なマリオネットが帯同していること。
通常のマリオネットよりも体が大きく、全長三メートルはあろう物体がノロノロと着いて来ているのだ。
とにかく、既に完璧な布陣を整えての登場と言っていいだろう。
となると、向こうも向こうでミランダの『魔女』としての実力を侮っていないことも察することができる。
ただ、繰り返しになるがミランダはイルミナスのことを知らない。
変な集団がこちらへ向かって来るという事実に動揺を隠しきれていなかった。
同時に「攻撃するべきか否か」も判断できなかったのだろう。
結果、ミランダはイルミナスの接近を許してしまった。
「やぁ、やぁ。貴女が魔女ミランダかな?」
「え、ええ……」
杖を構えながらも、動揺を含んだ声で頷くミランダ。
その声と態度、表情を見たイルミナスの男――モノクルを装着した中年男はニタリと笑う。
「単刀直入に申し上げるが、私は貴様を殺しに来た」
「え? は?」
唐突な殺害宣言に戸惑うミランダだったが、相手の男は構わず言葉を続ける。
「私の名はガードナー。イルミナスの二級審問官だ」
男は自ら自身の正体を明かすと、ニタニタと笑う表情のまま言葉を続ける。
「我々は神の声に従い、オールドマンを駆逐する神命を授かっている」
「オ、オールドマン?」
「そう。貴様のような異端者のことだよ」
ガードナーは片手を上げると、後ろに控えていた魔法使い達が一斉に杖を向ける。
「新しい時代に貴様らは不要。神はそう仰っている。よって、今すぐに断罪を決行する」
ガードナーは短く「やれ」と命じた。
魔法使い達は一斉に魔法を発射し、無数のファイアーボールがミランダに向かって放たれる。
「ハイドロ」
対し、ミランダは水の壁を張って防御。
迫り来るファイアーボールを全て防ぎきってみせる。
「さすがは魔女だ。一人で五十の魔法使いに匹敵すると言われているだけのことはある」
魔法を全て防がれても尚、ガードナーは態度も表情も崩さない。
「しかし、魔女と言えど人間だ」
彼は再び片手を上げると「次」と言う。
前に出たのは十五体のマリオネット。
「ハイドロ!」
ミランダは初見であるマリオネットに先制攻撃を放つ。
未知数の相手に対して受けに回るのはよろしくない、と考えたのだろう。
彼女は巨大な水の塊を放つ。それは捕らえた相手を水圧で圧殺する魔女魔法――だったのだが、片腕が杖のような形状になっているマリオネットが腕を突き出すと、ミランダの魔法は衝突前に霧散してしまう。
「ま、魔法が消えた!?」
動揺を見せるも、再びミランダは魔法を放つ。
だが、結果は同じ。
魔女魔法が通用しない。
「ンフフ……。ふはははははッ!! どうした、どうした魔女!? 貴様の力はその程度か!?」
ついに本性を現したと言えばいいのか、ガードナーはミランダを馬鹿にするように笑う。
「神の前では無力なのにも関わらず、周りから魔女などと呼ばれていい気になっていやがる! 本当に馬鹿な異端者だッ!」
ガードナーはミランダを指差し、マリオネットに「捕らえろ!」と命じる。
命令を受けたマリオネットはミランダへと走りだし、顔と腹を殴った上に杖を奪って無力化した。
そして、両腕を掴まれて拘束されたミランダはガードナーの前へと連れて行かれる。
「……私を殺すのでしょう? だったら、さっさと殺せばいい」
恐らく、ここで自身を早く殺せと言ったのは子供であるレイチェルを守るためだ。
レイチェルが帰って来る前にイルミナスの目的を果たさせたい。自分を殺せばこの場から立ち去る。そうすればレイチェルと鉢合わせになることはない、と考えたのだろう。
「ああ、殺すとも」
そう言うも、ガードナーはニタリと笑う。
「だが、まだ殺さない。貴様にはまだ利用価値があるからな」
そう言って手で示したのは、最後尾に待機していた巨大なマリオネット。
「これは我が組織の最高傑作、アイアンメイデン。魔女を利用するオールドマン狩りの兵器だ」
アイアンメイデンと称した兵器の腹を開けると、内部は鎧のように腕と脚を通す部分があるらしい。
「な、何をするの!? 私をどうするの!?」
「なに、簡単だよ。貴様をアイアンメイデンのコアとして活用して、貴様自身で他のオールドマンを殺すんだ」
魔女を兵器へ転換し、それによってオールドマンを狩る。
ミランダの仲間である他の魔女も、アレスやニーナのような英雄の資質を持つ人間も、それらを殺す『兵器』に仕立て上げるのが彼の目的。
「最後の最後まで、ボロ雑巾になるまで使い潰してやる! それから殺してやるよ、異端者ァッ!」
「い、いや! いやああああっ!!」
ミランダはアイアンメイデンの中に押し込まれてしまう。
いや、アイアンメイデンを装着させられたと言うべきだろうか?
「いぎっ!?」
腕と脚を通すと、彼女の手首と足首に太い針が刺さって固定される。
同時に脇腹と背中にも極太の針が何本も刺さり、最後は――ミランダの頭部にも針が刺さる。
「ぎぃあああああ!!」
絶叫を上げたミランダに異変が起きる。
突き刺さった針を通り、ミランダの体に得体の知れない何かが注入され始めたからだ。
彼女はぐりんと白目を剥き、ガクガクと全身を痙攣させ、口の端からは泡が噴き出し始める。
「あ、あ、あ……」
死んではいない。
だが、生きてもいない。
生と死の中間。
思考も言葉も奪われて、アイアンメイデンの『コア』とされたミランダは死ぬまでオールドマンを殺し続ける兵器に変貌してしまった。
「よし、これで兵器は完成したな」
ウンウンと満足気に頷くガードナーは、次の命令を部下達に下す。
「家を燃やせ」




